[6]真実のかけら


「ヒゲ……さん。ちょっといいか」
「どうした、小僧」
 しばしの沈黙に、心臓がキリキリと痛む。ウィリアムは一度深呼吸をし、意を決して元盗賊に訊いた。
「トラスダンジュのスラムを襲撃したときのことを教えてほしい」
「……楽しい話じゃねえぞ」
「知りたい――知らないといけないんだ。頼む」
 ウィリアムの必死さに何かを感じたのか、髭男は声をひそめ、彼が知るすべてを教えてくれた。

 警備の行き届かないスラムを通り道にして襲い、住人を殺して進んだ――。悔いながら語る当事者の説明は、ジェシカが教えてくれた事件の詳細と一致していた。だが、一番知りたかった問いの答えは掴めない。
「シェリーっていう、小さな女の子がどうなったか知らないか」
「知らねえな。盗賊団は障害物を片付ける感覚で殺しをやってたから、たぶん生きちゃいないだろう」
 重い返事に、二人は深いため息をついた。彼はもう人の命を奪うつもりはないのだろう。けれど。
「そう……か」
 人を殺す。相手のすべてを奪う。その恐ろしい行為を、きっと彼らは何度も繰り返してきた。元盗賊であった彼らの、殺人犯としての一面をどうしても嚥下できない。

◇◆◇

 ヒゲが去ってから、入れ替わりにユンがやってきた。あまりにも絶妙なタイミング。近くの席にいたなら、会話の内容を聞くこともできただろう。ウィリアムは躊躇いながら尋ねた。
「今の話、聞いてたか」
「ごめん、聞こえちゃった。……ねえ、」
 ユンは漆黒の瞳でウィリアムを見つめた。何もかもを吸い込む闇色が、少年を捕らえて放さない。

「盗賊の人たちを助けたこと、後悔してる?」
 本気の問いだということは、その目を見るだけでわかった。彼女の持っている鋭さが、昏い視線となって伝わってくる。嘘は、吐けない。
「まさか。あの人たちはもう誰も殺さないだろうし、魔物に襲われてる人を救うのが討伐隊だろ」
「流石はウィリアム。まっすぐだ」
 迷いのない答えを聞き、ユンは静かに笑う。が、一度まばたきをすると、ウィリアムをじっと見上げた。まるで中身まで見透かすような漆黒の双眸は、どんな表情も作らない。そしてユンは飾らずに告げる。
「でも、キミは――『人を殺す』っていう行為自体は、許せてないよね」
 突き付けられた事実に、返す言葉はなかった。

◇◆◇

 それからというもの、三番隊は討伐に没頭した。銀の欠片が見つかると、いつものように左手で吸い込む。目を閉じて浮かんだ光景は、パンを頬張るシェリーの姿だった。

「ジェシカが置き去りの村で焼いたパンは、シルヴィがあの貧民街で配ったのと同じだったんだな」
「ええ、同じレシピよ」
「……ウィリアム、いま、記憶がすぐに戻ってる?」
「本当だ。慣れてきた、のか……?」
 それからウィリアムは、記憶の欠片が手に入るたびに、その場で過去を知るようになった。シェリーとの楽しい思い出、貴族らとの対立の記憶、シルヴィがくれたパンの優しい味。魔物に怯えて震えた夜。様々な光景と感情を、ウィリアムは思い出していった。

 半月が経った頃。ある夜、ついに彼は求めていた記憶に辿り着く。
 ――盗賊団による、トラスダンジュのスラム街襲撃。
 それは戦ではなく、一方的な破壊だった。棘を纏った闇の魔弾が過去のウィリアムに迫る。と、誰かがウィリアムを突き飛ばした。
「だめ!」
 魔法が炸裂する音がする。魔弾を受け、傷つき倒れたのは、間違いなく彼女――シェリーだった。傷口からはおびただしい量の血が溢れている。
力尽きる寸前の少女は、血を吐いてなお必死に唇を動かす。
「もっと、みんなが――」
 何か言葉を残して、彼女は動かなくなった。その最期の一言だけが、記憶から切り取られ、どうしても思い出せない。
 そして。記憶を辿るウィリアムは、魔力の弾を放った殺人者の姿を見た。
年齢や背丈は当時の自分とさして変わらない。ただ、一目で誰なのかわかるほど、その少年はうつくしかった。ところどころ跳ねた銀の髪、月光がよく似合う白い肌、そして禁断の美酒の如き金色の瞳。
 過去のシオンが、そこにいた。

◆◆第六章 真実のかけら 完◆◆
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