[6]真実のかけら
遠征から帰還した次の朝。三番隊の会議室では、全員が真剣な面持ちで座っていた。ウィリアムとジェシカの語った記憶の答え。ユンはまずその事実を聞き返した。
「ウィリアムはトラスダンジュのスラム出身で、そこで何度も助けてくれた子が実はジェシカ……。ってことは、二人は実は知り合いだったってこと?」
机に身を乗り出したユンの問いに、当事者は冷静に答える。
「ああ、そんな記憶が出てきたんだ。シルヴィ……いや、ジェシカと会ってた。何度も来てくれてたみたいだ」
「ええ。パンを届けに。……昔の私は、放っておけなかったのね。お父様に偽善だと叱られたわ」
まるで運命のように、二人は昔から白い糸で繋がっていたのだ。しかし、その通りだとするならひとつ疑問が残る。
「なあ、でも、この前のトラスダンジュ遠征ではそんな場所なかったよな」
貧民街のような場所があったらしい、と耳にしても、ウィリアムは実物を見ていない。記憶の中にある故郷が、あの純白の街にある? 寂れたスラムと眩い都市とが、頭の中で結びつかない。
「あったのよ、トラスダンジュにも。でもそのスラムは……盗賊たちにめちゃくちゃにされてしまった。数年前のことよ。スラムには警備兵が置かれていなかったの」
ジェシカの拳が震えている。青い瞳の奥に、激情を燃やしている。ユンは静かにジェシカを盗み見た。父の激しい怒りは、優しいシルヴィをどれほど傷ついただろう。
「今は、そういった人々が暮らす施設を作っているらしいわ。本当かどうか、わからないけれど」
明かされる真実と、己の記憶とを擦り合わせる。そうしてウィリアムの思考に浮かび上がるのは、ある少女の存在だった。
「スラムが壊滅したってことは、シェリーは? 記憶の中でオレとずっと一緒にいた、シェリーはどうなったんだ」
「わからないわ。でも」
ジェシカは目を伏せ、首を横に振った。
「被害は甚大だった。家は壊され、人も……見つかったら殺された。貴方が生き残っているのが、奇跡ってくらい」
一拍置いて、ジェシカは険しい顔で続ける。
「トラスダンジュの門番は強いわ。盗賊や魔物たちが街に入るたびに、その実力で返り討ちにしていた。でも、スラムが襲われたときは何もしなかった。都市は守られ、貧民街は守られない。それから、あの街を信じられなくなった。強者がいるのに、弱者を守ろうとしない居場所に耐えられなかった」
端正な眉間に皺を寄せる。気が付くとジェシカは、唇を噛みしめていた。
「だから私は、トラスダンジュを出た。シルヴィは死んだことになっていたから、都合がよかったわ」
「ねえ、ジェシカ……」
冷静さの裏にある悲しみに気が付いたのだろう、ユンが彼女の名を呼ぶ。揺れる瞳に己を案じる心を見て、少女は表情を作り直そうとした。
「ごめんなさい、余計な話だったわ。話題を戻しましょう。言いづらいけれど、きっと、シェリーって子はもう……」
言葉を濁した先にあるのは「死」だ。その残酷さにユンは同調し、リンは反対した。
「ボクも、そう思う。例えばボクが盗賊側だったら、誰一人として逃がさないもん」
「で、でももしかしたら、生きているかもしれないよ。ウィリアムのように」
三人は次々に意見を述べるが、どちらにせよ、話し合うだけではシェリーという少女の現在を掴み取ることはできない。そのためにすべきことを、四人はもう知っていた。ウィリアムが口を開く。
「オレは、記憶を取り戻して、シェリーがどうなったか、この目で確かめたい」
今の自分は、夜の魔物に怯えたかつての自分とは違う。強くなった実感がある。きっと今なら、強敵を相手に戦うこともできるはずだ。
「だから、時間外に……鐘が鳴らないときにも討伐を続けようと思う」
元々、討伐には時間制限がある。鐘が鳴ってから再び鳴るまで。鐘の音にはいくつかの種類があって、それぞれの音にチームが割り振られている。隊員を守るための時間割だが、狩りを続けたい者には足枷にしかならない。実際、シオンは夜に戦っていた。
本気で枷を外すのだとしたら、いずれは夜の魔物を相手にすることになるだろう。その覚悟は、全員が頷いて結ばれた。
「僕も行くよ。少しでも役に立つなら」
「ボクも。ボクがいれば夜の魔物だってなんとかなるよ!」
「止めるべきでしょうけど、私も手伝うわ。貴方たち、今でも放っておけないもの」
リンはおずおずと手を挙げ、ユンは声を張って、そしてジェシカは微笑んで、ウィリアムに手を貸した。理由はひとつ。自分たちはチームなのだから。
◇◆◇
それから数日後の昼下がり。午前中を討伐に費やした三番隊は、各々自由に行動していた。これも適度な休息のためだ。というわけで、ウィリアムは食堂でひたすら食事を続けていた。ただでさえよく食べる彼が戦闘を続けたのだから無理もない。それに、腹を満たす間は自分が食べているもののことだけ考えていればいい。
と、そこに通りがかった男が、ウィリアムに声をかけた。
「よう。いい食べっぷりだな」
声の主は元盗賊団の、ヒゲと呼ばれる男だ。元盗賊の中では比較的話し慣れた相手。一瞬雑談で済ませようと思ったが、ウィリアムはあることに気づいて手を止める。
トラスダンジュのスラムを襲ったのは「盗賊団」だ。そして目の前の男は、その組織で斧を振り回し命を奪ってきたのだろう。もしかしたら、シェリーも彼に――。一匙の迷いもなく、ウィリアムは彼を呼び止めていた。
「ウィリアムはトラスダンジュのスラム出身で、そこで何度も助けてくれた子が実はジェシカ……。ってことは、二人は実は知り合いだったってこと?」
机に身を乗り出したユンの問いに、当事者は冷静に答える。
「ああ、そんな記憶が出てきたんだ。シルヴィ……いや、ジェシカと会ってた。何度も来てくれてたみたいだ」
「ええ。パンを届けに。……昔の私は、放っておけなかったのね。お父様に偽善だと叱られたわ」
まるで運命のように、二人は昔から白い糸で繋がっていたのだ。しかし、その通りだとするならひとつ疑問が残る。
「なあ、でも、この前のトラスダンジュ遠征ではそんな場所なかったよな」
貧民街のような場所があったらしい、と耳にしても、ウィリアムは実物を見ていない。記憶の中にある故郷が、あの純白の街にある? 寂れたスラムと眩い都市とが、頭の中で結びつかない。
「あったのよ、トラスダンジュにも。でもそのスラムは……盗賊たちにめちゃくちゃにされてしまった。数年前のことよ。スラムには警備兵が置かれていなかったの」
ジェシカの拳が震えている。青い瞳の奥に、激情を燃やしている。ユンは静かにジェシカを盗み見た。父の激しい怒りは、優しいシルヴィをどれほど傷ついただろう。
「今は、そういった人々が暮らす施設を作っているらしいわ。本当かどうか、わからないけれど」
明かされる真実と、己の記憶とを擦り合わせる。そうしてウィリアムの思考に浮かび上がるのは、ある少女の存在だった。
「スラムが壊滅したってことは、シェリーは? 記憶の中でオレとずっと一緒にいた、シェリーはどうなったんだ」
「わからないわ。でも」
ジェシカは目を伏せ、首を横に振った。
「被害は甚大だった。家は壊され、人も……見つかったら殺された。貴方が生き残っているのが、奇跡ってくらい」
一拍置いて、ジェシカは険しい顔で続ける。
「トラスダンジュの門番は強いわ。盗賊や魔物たちが街に入るたびに、その実力で返り討ちにしていた。でも、スラムが襲われたときは何もしなかった。都市は守られ、貧民街は守られない。それから、あの街を信じられなくなった。強者がいるのに、弱者を守ろうとしない居場所に耐えられなかった」
端正な眉間に皺を寄せる。気が付くとジェシカは、唇を噛みしめていた。
「だから私は、トラスダンジュを出た。シルヴィは死んだことになっていたから、都合がよかったわ」
「ねえ、ジェシカ……」
冷静さの裏にある悲しみに気が付いたのだろう、ユンが彼女の名を呼ぶ。揺れる瞳に己を案じる心を見て、少女は表情を作り直そうとした。
「ごめんなさい、余計な話だったわ。話題を戻しましょう。言いづらいけれど、きっと、シェリーって子はもう……」
言葉を濁した先にあるのは「死」だ。その残酷さにユンは同調し、リンは反対した。
「ボクも、そう思う。例えばボクが盗賊側だったら、誰一人として逃がさないもん」
「で、でももしかしたら、生きているかもしれないよ。ウィリアムのように」
三人は次々に意見を述べるが、どちらにせよ、話し合うだけではシェリーという少女の現在を掴み取ることはできない。そのためにすべきことを、四人はもう知っていた。ウィリアムが口を開く。
「オレは、記憶を取り戻して、シェリーがどうなったか、この目で確かめたい」
今の自分は、夜の魔物に怯えたかつての自分とは違う。強くなった実感がある。きっと今なら、強敵を相手に戦うこともできるはずだ。
「だから、時間外に……鐘が鳴らないときにも討伐を続けようと思う」
元々、討伐には時間制限がある。鐘が鳴ってから再び鳴るまで。鐘の音にはいくつかの種類があって、それぞれの音にチームが割り振られている。隊員を守るための時間割だが、狩りを続けたい者には足枷にしかならない。実際、シオンは夜に戦っていた。
本気で枷を外すのだとしたら、いずれは夜の魔物を相手にすることになるだろう。その覚悟は、全員が頷いて結ばれた。
「僕も行くよ。少しでも役に立つなら」
「ボクも。ボクがいれば夜の魔物だってなんとかなるよ!」
「止めるべきでしょうけど、私も手伝うわ。貴方たち、今でも放っておけないもの」
リンはおずおずと手を挙げ、ユンは声を張って、そしてジェシカは微笑んで、ウィリアムに手を貸した。理由はひとつ。自分たちはチームなのだから。
◇◆◇
それから数日後の昼下がり。午前中を討伐に費やした三番隊は、各々自由に行動していた。これも適度な休息のためだ。というわけで、ウィリアムは食堂でひたすら食事を続けていた。ただでさえよく食べる彼が戦闘を続けたのだから無理もない。それに、腹を満たす間は自分が食べているもののことだけ考えていればいい。
と、そこに通りがかった男が、ウィリアムに声をかけた。
「よう。いい食べっぷりだな」
声の主は元盗賊団の、ヒゲと呼ばれる男だ。元盗賊の中では比較的話し慣れた相手。一瞬雑談で済ませようと思ったが、ウィリアムはあることに気づいて手を止める。
トラスダンジュのスラムを襲ったのは「盗賊団」だ。そして目の前の男は、その組織で斧を振り回し命を奪ってきたのだろう。もしかしたら、シェリーも彼に――。一匙の迷いもなく、ウィリアムは彼を呼び止めていた。