[6]真実のかけら


「ジェシカ!」
 ユンが声を荒げて走り出した。もう剣ごと放り投げた魔法でいくつかの魔物を切り裂いて、それすら気にせず向かっていく。リンもこちらに駆け寄ってくる。ウィリアムはただその方向を見つめて動けずにいた。
 やがて爆炎が収まると、意識をなくしたタバサを抱えて天使がそっと振り向く。勝者はこちらのようだった。

 少女の指揮を失って、魔物の波がどよめいた。どこか拠点へ帰るのか、あるいは魔力に還るのか、地平の果てへと消えていく。
 荒地には、いくつもの欠片とたたずむ仲間が残された。沈黙に耐え切れず、ウィリアムは言葉を練らぬまま口を開く。
「なあ、ジェシカ……どうしたんだよ」
「力を使い果たして倒れただけよ。生きてるわ」
「その子はそうだろうけど、キミの羽は? 天使の力……だよね」
 ユンの突き刺すような問いに、ジェシカは動じなかった。食事のメニューを告げるようないつもの声で返事をする。
「大丈夫。私は、私よ」
 そして一度だけ、どこか遠くを見て笑った。

◇◆◇

「で、そいつがこの村を焼こうとしたってのか。見かけによらないね」
 ドロシーはタバサを一瞥して吐き捨てた。歯に衣着せぬ物言いの魔法使いに、ウィリアムはこっそり頷く。気を失ったままジェシカに抱きかかえられている、自分たちとそう年齢の変わらない少女。そのか細い腕が魔物を導いていたとはとても思えない。

 見る限り、一番隊の面々もそれぞれ戦線を守り切ったようだった。危なげがなかったのは、敵の戦力がこちらに集中していたからか、それとも彼女らの実力か。支援部隊と村人たちは既に、被害がどの程度なのか見回りに出ている。ドロシーもそちらに加わるのだろう、立ち話を切り上げ慌ただしく去っていった。

 魔術師の影を見送り、ジェシカが口を開く。その背中にもう翼はない。
「私はこの子を宿に連れて行くわ。いつ目を覚ますかわからないから、あとは任せていいかしら」
「一人で大丈夫なのか? オレも――」
「いってらっしゃい。気をつけて」
 訊きたいことはいくつもある。けれどユンが勝手に手を振った。なぜか悪戯っぽく笑って頷き、ジェシカはそのまま去っていく。
「待ってくれよ。まだ聞きたいことが」
「だめ。ボクだって、ゆっくり話したいよ。でも、でも今はだめなの」
 足りなくなった息を継いで、ユンは黙り込む。
「後でしっかり、ぜんぶ、教えてもらうんだから」
 帽子を見せてうつむく少女を見て、ウィリアムはようやく気がついた。あるはずのない力が突然目覚めて、混乱しないわけはないのだ。形は違えど、ジェシカも扉を開いたとなれば。

「そうだな」
 ユンとジェシカは同じ部屋に泊まっているのだから、すぐにでも「教えてもらう」機会は巡ってくるだろう。ただ、ウィリアムはその翼の意味を知りたいわけではなかった。
(オレが暴走しなかったのは、ジェシカのおかげなんだ) 
 魔物を怯ませ、味方には安らかな熱を与えた光の波動。あれがこちらに手を伸ばす闇を祓ったのだ。おそらく自分だけが知っている、温かい魔法の波動。
「伝えといてくれないか。ありがとうって」
「うん、わかった。それまでボクも、村のお手伝いしてくるね」
 ユンはドロシーの背を追って走り出し、後には静寂が残る。

 終わってしまった会話の代わりに、背後の笑い声を耳が拾う。すると、そこには討伐隊の強者二人が並んでいた。
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