[1]討伐隊
「えっ、キミ、金眼の鎖剣士と会ったの?」
その夜、食堂の席でユンが聞き返した。
「きんめの……って、シオンのことか?」
「そんな名前なの? あの、チーム組まないで戦ってるアイツでしょ」
ユンは腕を組んで口を尖らせた。食堂のざわめきが一気に遠ざかり、潜めたような声になる。
「あいつがそうだったのか。ただあの目の色、見たことがあるかもしれなくて」
指の間からするりと抜けていってしまった、あの感覚を思い出す。全てを拒絶する彼の態度、そして冷たい黄金の瞳。
「じゃあ、彼が記憶の手掛かりということ?」
「わからない。でも、絶対に聞き出してやる」
拳を握り締めると、やわらかな声が降ってきた。
「あなたの意思、強いのね」
見ると、ジェシカがこちらを向いて微笑んでいる。花のような可憐さが溢れ出す。
「私、このチームで戦いたいわ。この四人でいれば、みんなで前に進める気がするの」
ジェシカの宣言を受けて、ユンも思わず笑みを零した。頷いてすぐに続ける。
「ボクも。リン君はどう?」
話を振られて、リンはそっと言葉を紡いだ。静かに、けれどしっかりと。
「僕……ここまで何かができるなんて、わからなかった。君たちと一緒なら、もしかして、僕にできることも見つかるかもしれないって思えたんだ」
「決まりだな。オレたちはチームだ」
最初はぎこちなかった会話も、少しずつ親しげな歓談に変わっていった。これが仲間なというもののだと、ウィリアムははっきり悟ったのだった。
◆◇◆
その夜。同室のリンが眠りについても、まだウィリアムは着替えすらしていなかった。眠れないのがわかっていたからだ。
(鍵から声がした。むやみに開けちゃいけない扉だって、運命の相手がいるって)
忠告、案内、まるでウィリアムを導いているようだ。鍵を胸から外して、ぎゅっと握りしめた。どこかで聞き覚えのあるあの声は、今は気配すらない。
(一体何が起こって、こうなってるんだ)
記憶のことも鍵のことも、今のウィリアムには一切わからない。途方に暮れ、ふと窓の向こうを見やる。
基地の外にシオンがいた。
(こんな時間に? 一体なんで)
不思議に思った次の瞬間には、身体が動いていた。
一度外に出てみると、夜風の涼しさが胸に入り込んですっと頭が冷えていく。今はわからないことだらけでも、戦い続けるしかない。その事実はきっと変わらないだろう。
結界が張られた基地周辺では、夜の魔物と出会う心配はない。視界の端で何かが動いた。人影だ。追ってみると、それは求めていたひとだった。黒衣に銀の髪、凛とした後ろ姿。
「シオン!」
名を呼ばれ、金眼の少年は足を止めた。振り返り声の主を確認するや否や、その顔が曇る。
「何の用だ。用事がないなら関わるな」
腕を組んで、シオンは明後日の方向を見る。視線すら合わせまいとする態度に、ウィリアムの背を焦りが駆け抜けた。言われた通りに放ってはおけない。
「鍵だ。あの鍵は何なんだ」
「言ったはずだ。お前には関係ない」
ここまでは夕方の繰り返しだ。だが、次は違う。冷たくなめらかな金色が、ウィリアムの手の中にはある。
「これを見ても、それが言えるのか」
この存在を明かすのは、ウィリアムにとって一種の賭けだ。差し出しされた鍵を見て、シオンは僅かに眉を動かした。
「……これは」
「これが何なのか、オレは知りたいんだ」
「それをお前に教える義務はない」
彼の纏う気は揺らいだが、それはほんの一瞬に過ぎなかった。シオンはウィリアムの手を、言葉を、迷いなく断ち切っていく。一振りの刃の如く。
「どうしても知りたい、って言ったら?」
その刃を、ウィリアムは受け止めようと決めた。返した一撃はつまり、こちらも刃を向けることを意味する。二人の視線が絡み合う。黄金の瞳がこちらを見ている。まるで記憶の中のように。
「勝てるのか? 俺に」
戦意と隙をちらつかせた、探るような目線。含みを持たせた声。問いの形で発せられたそれらすべてが、ウィリアムの闘志を捲り、奮い立たせていく。
「やってやろうじゃねえか」
辺りは開けた芝生。他に人の気配はしない。擬似決闘場として申し分ない。
ウィリアムの挑戦に答えるように、シオンは右腕で宙を凪いだ。黒のグローブを装着した手から、黒い鎖が生える。金眼の鎖剣士――聞いたフレーズが脳裏をよぎる。鎖は渦を巻いたかと思うと、剣を形作っていた。彼はその柄を握り、
「来いよ」
その一言が合図だった。返事はいらない。剣を構え、ウィリアムは駆け出す。ありったけの力をこめて、彼に渾身の一撃を――!
金属音、宙を舞う剣。衝撃だけが右手に残る。何が起こったのかわからないまま、ウィリアムの首筋に突きつけられる、切っ先。
「終わりだな」
たった一撃。先に仕掛けたのはウィリアムのはずだった。が、今、ウィリアムの剣は彼の背後、何歩も離れた位置に突き刺さっている。一度の反撃で勝敗は決した。
「一つだけ言っておく」
唖然としているウィリアムに、一かけらの情けもない声で勝者は告げた。その間にも彼の剣は黒い鎖となり、手の中に消えていく。
「その鍵が本当にお前のものなら、隠しておくことだな。狙う奴がいないとも限らない。勿論、俺が鍵を持っていることもだ」
ウィリアムが動けないでいるうちに、シオンは歩き出しやがて視界から消えていく。
吹き付ける風がやけに冷たく感じた。それが、ウィリアムの内側に芽吹いた熱のせいだということを、彼はまだ知らない。
◆◆第一章 討伐隊 完◆◆
その夜、食堂の席でユンが聞き返した。
「きんめの……って、シオンのことか?」
「そんな名前なの? あの、チーム組まないで戦ってるアイツでしょ」
ユンは腕を組んで口を尖らせた。食堂のざわめきが一気に遠ざかり、潜めたような声になる。
「あいつがそうだったのか。ただあの目の色、見たことがあるかもしれなくて」
指の間からするりと抜けていってしまった、あの感覚を思い出す。全てを拒絶する彼の態度、そして冷たい黄金の瞳。
「じゃあ、彼が記憶の手掛かりということ?」
「わからない。でも、絶対に聞き出してやる」
拳を握り締めると、やわらかな声が降ってきた。
「あなたの意思、強いのね」
見ると、ジェシカがこちらを向いて微笑んでいる。花のような可憐さが溢れ出す。
「私、このチームで戦いたいわ。この四人でいれば、みんなで前に進める気がするの」
ジェシカの宣言を受けて、ユンも思わず笑みを零した。頷いてすぐに続ける。
「ボクも。リン君はどう?」
話を振られて、リンはそっと言葉を紡いだ。静かに、けれどしっかりと。
「僕……ここまで何かができるなんて、わからなかった。君たちと一緒なら、もしかして、僕にできることも見つかるかもしれないって思えたんだ」
「決まりだな。オレたちはチームだ」
最初はぎこちなかった会話も、少しずつ親しげな歓談に変わっていった。これが仲間なというもののだと、ウィリアムははっきり悟ったのだった。
◆◇◆
その夜。同室のリンが眠りについても、まだウィリアムは着替えすらしていなかった。眠れないのがわかっていたからだ。
(鍵から声がした。むやみに開けちゃいけない扉だって、運命の相手がいるって)
忠告、案内、まるでウィリアムを導いているようだ。鍵を胸から外して、ぎゅっと握りしめた。どこかで聞き覚えのあるあの声は、今は気配すらない。
(一体何が起こって、こうなってるんだ)
記憶のことも鍵のことも、今のウィリアムには一切わからない。途方に暮れ、ふと窓の向こうを見やる。
基地の外にシオンがいた。
(こんな時間に? 一体なんで)
不思議に思った次の瞬間には、身体が動いていた。
一度外に出てみると、夜風の涼しさが胸に入り込んですっと頭が冷えていく。今はわからないことだらけでも、戦い続けるしかない。その事実はきっと変わらないだろう。
結界が張られた基地周辺では、夜の魔物と出会う心配はない。視界の端で何かが動いた。人影だ。追ってみると、それは求めていたひとだった。黒衣に銀の髪、凛とした後ろ姿。
「シオン!」
名を呼ばれ、金眼の少年は足を止めた。振り返り声の主を確認するや否や、その顔が曇る。
「何の用だ。用事がないなら関わるな」
腕を組んで、シオンは明後日の方向を見る。視線すら合わせまいとする態度に、ウィリアムの背を焦りが駆け抜けた。言われた通りに放ってはおけない。
「鍵だ。あの鍵は何なんだ」
「言ったはずだ。お前には関係ない」
ここまでは夕方の繰り返しだ。だが、次は違う。冷たくなめらかな金色が、ウィリアムの手の中にはある。
「これを見ても、それが言えるのか」
この存在を明かすのは、ウィリアムにとって一種の賭けだ。差し出しされた鍵を見て、シオンは僅かに眉を動かした。
「……これは」
「これが何なのか、オレは知りたいんだ」
「それをお前に教える義務はない」
彼の纏う気は揺らいだが、それはほんの一瞬に過ぎなかった。シオンはウィリアムの手を、言葉を、迷いなく断ち切っていく。一振りの刃の如く。
「どうしても知りたい、って言ったら?」
その刃を、ウィリアムは受け止めようと決めた。返した一撃はつまり、こちらも刃を向けることを意味する。二人の視線が絡み合う。黄金の瞳がこちらを見ている。まるで記憶の中のように。
「勝てるのか? 俺に」
戦意と隙をちらつかせた、探るような目線。含みを持たせた声。問いの形で発せられたそれらすべてが、ウィリアムの闘志を捲り、奮い立たせていく。
「やってやろうじゃねえか」
辺りは開けた芝生。他に人の気配はしない。擬似決闘場として申し分ない。
ウィリアムの挑戦に答えるように、シオンは右腕で宙を凪いだ。黒のグローブを装着した手から、黒い鎖が生える。金眼の鎖剣士――聞いたフレーズが脳裏をよぎる。鎖は渦を巻いたかと思うと、剣を形作っていた。彼はその柄を握り、
「来いよ」
その一言が合図だった。返事はいらない。剣を構え、ウィリアムは駆け出す。ありったけの力をこめて、彼に渾身の一撃を――!
金属音、宙を舞う剣。衝撃だけが右手に残る。何が起こったのかわからないまま、ウィリアムの首筋に突きつけられる、切っ先。
「終わりだな」
たった一撃。先に仕掛けたのはウィリアムのはずだった。が、今、ウィリアムの剣は彼の背後、何歩も離れた位置に突き刺さっている。一度の反撃で勝敗は決した。
「一つだけ言っておく」
唖然としているウィリアムに、一かけらの情けもない声で勝者は告げた。その間にも彼の剣は黒い鎖となり、手の中に消えていく。
「その鍵が本当にお前のものなら、隠しておくことだな。狙う奴がいないとも限らない。勿論、俺が鍵を持っていることもだ」
ウィリアムが動けないでいるうちに、シオンは歩き出しやがて視界から消えていく。
吹き付ける風がやけに冷たく感じた。それが、ウィリアムの内側に芽吹いた熱のせいだということを、彼はまだ知らない。
◆◆第一章 討伐隊 完◆◆