[6]真実のかけら

 空に穴が開いたような満月の夜。湿った空気を、乾いた薪の音が温めていた。ウィリアムは揺れる炎を眺めて、意思を呼気に乗せる。
「みんな、頼みがあるんだ」
 三番隊は村の東側、見晴らしのいい場所で焚き火を囲んでいた。らしくない沈んだ声の主に、戦友たちは瞳を寄せる。
「どうしたの?」
「もしオレが前みたいに暴走したら、止めてほしい」
「わかったわ」
 決死の問いに、けれどジェシカが即断し、リンが頷いた。ウィリアム自身はしばらく考え込んでいたというのに、彼女らは当たり前のことのように答えてくる。
「でもさ、止めるってどうやって? あの姿のウィリアム、何言っても伝わらないのに」
「殴ってでもいい、止めてくれ」
「たぶんボクらが束になっても、暴走したキミには勝てないよ」
「そう簡単にあきらめるなよ」
「あきらめてないよ。でも通用しないのは本当だから、別の手を考えようとしてるの」
「……そうだな。頼んだよ」

 ユンの無邪気さを曖昧に受け流し、闇色の空に目を移す。そろそろ日付が変わる頃、つまりタバサが提示した決戦の日が訪れる頃だ。討伐隊は昼から夕方に休息を取り、夜が更けたころから敵を待ち伏せていた。
 仲間の口数が少ないのは闇夜のせいか、深刻な話をしてしまったからかもしれない。黙り込むと自然に浮かんでくるのは記憶の情景で、それはよく似た世界で生きてきた日々だった。
 ここは確かに故郷であったかもしれない場所だ。だが、知らない場所であったとしても、住民と関わった以上ウィリアムの決意は変わらない。過去のことはこの際、彼らを守り抜くまで考えないことにした。

 気がつくと、夜の静寂を厭うようにジェシカが立ち上がっていた。なめらかな指先は魔物を待たずに魔法陣を描き出す。次から次へと生み出されていく印。淡い光が辺りを照らす。
「何やってるんだ?」
「今のうちに創印しておくんだって。ボクも気合いれなきゃ」
 一度刻んだ術を発動せずにいくつも維持するのはかなり難しかったはずだが、ジェシカはそれを慣れた手つきでこなしていく。
「今日はなんだか調子がいいの。必ず捕まえてみせる」

 雲がかかってきた空の下、いち早くそれに気づいたのはユンだった。
「空気が変わった気がする。そろそろ来るかも」
 彼女の言葉に、ゆるりと動き始めた浅い風につられて、仲間たちもそちらに目を移した。鎧のように魔力を纏うと、一気に緊張が高まる。
 敵襲だ。

 空を覆う影は記憶に新しい巨鳥のものだ。それも複数の翼がはためいて、こちらを翻弄しようと風をつくる。その間を縫って、赤いシルエットが飛び回る。次の瞬間には、頭を断ち切られた鳥の身体が霧散していた。
「ルビウスは相変わらず早いし強いね。一番隊は散っても戦えるから、向こうは任せて正解だ」
 四人がいるのは村の東側で、元々のつくりから防御が手薄になっていたところだ。この配置には守りを固めるという目的も、そして相手を迎え撃つ意味もあった。
「ほとんどみんなの予想通りっぽいね。たぶん狙いはウィリアムだ」
 ユンが構えた。こちら側にも敵の影が見えつつある。
「準備は万端。ただ、この数は――」
 開けた空を覆う翼、荒れた地を覆う獣。地平線を隠してしまうほどの物量を視認する。
「ちょっと、厄介かもしれないわね」
 言葉と同時に、一つ目の魔法陣が風の刃に姿を変える。それが戦闘開始の合図だった。

 敵将たるタバサを乗せて、翼の魔物が飛んでいるのが見えた。ちょうど四人を見下ろせるところから、声だけがおりてくる。
「おとなしくして。あまりこの子達を暴れさせたくないの」
 彼女の手のひらが踊れば、それだけで災厄の波は勢いを増す。
夜の闇を受けた魔物は普段よりも遥かに丈夫で強力だ。タバサの補助や指揮も機能しているのかもしれない。上空からの敵を撃ち落としながら、ジェシカは歯噛みした。
(せめてあの子を捕まえられれば)
 やみくもに魔物の相手をしているよりずっと早く決着がつく。けれどジェシカが守っているのは戦線の一番後ろ。戦場を見渡せる相手を撃ち落とすには遠すぎる。せめて彼女が地上に居れば、あるいは自分に翼があれば。
 夢想を打ち消し、ジェシカは攻撃を切り替えた。白い指が宙に異なる型を紡ぐ。
「風は刃、刃は牙、その鋭さは悪を絶つ。殲滅せよ――」
 この文言を戦場で唱えたのはひょっとしたら初めてかもしれない。威力重視の型はその分狙いが粗暴になるためあまり使わないのだ。前に立つ仲間を巻き込む可能性もあった。しかし、相手は大群。狙いを絞っている余裕は元からない。
「一気に削るわ、気合で避けて!」
 叫んでから、古代の呪文を呼び起こす。

 魔法で生み出された斬撃が疾走した。異形は弱りはしたが、依然としてこちらを襲う手を止めない。だとすれば、それらを屠るのは前衛の役目だ。
「硬いけど……えーいっ!」
 二体の魔物めがけて、ユンは両手で握った剣を振り下ろす。が、一方が片割れを盾にして逃れる。次に剣を持ち上げるまでのありあまる隙を、残虐な敵は逃さない。伸びるような突進でユンに迫る。
「ちょ、ちょっと待って!」
 薙ぎ払おうとしてもやみくもに剣を振り回したところで何にも当たらない。近づく鋭い爪がぎらりと光る!
「危ない!」
 一瞬の後、魔物は半透明の壁に頭をぶつけて転がった。リンがバリアを造ったのだ。四足の異形が立ち上がる前に、ユンは今度こそ正確に敵を仕留めた。
「リン君、ありがとう」
「大丈夫? 敵が多いから、魔法の方がいいのかもしれない」
「そう、だね。やってみる」
 ユンは頷いて敵陣から距離を取ると、剣から強力な光の波動をいくつも放ち始めた。慣れない創印は外から見ると危なっかしいが、彼女の魔力なら持ちこたえられるだろう。
 前線に目をやって、そこでリンはきらめきに気づいた。味方の誰のものでもない、知らない色の魔法陣がある。ちょうどタバサがいて、かつウィリアムの向かっているところだ。
 両腕を広げても覆えないほどの大きな円には、どこかで見た印が刻まれている。その正体を突き止める前に、リンは本能が鳴らす警鐘を聞いた。
「ウィリアム、そっちに行っちゃいけない!」
 咄嗟の叫びは、しかし、遅かった。
9/15ページ