[6]真実のかけら
置き去りの村。その場所がこの名で呼ばれているのは、本当の名前を失ったからだ。
ウィリアムがタバサの宣戦布告を受けてから、緊急支援編成が組まれ、全速力で馬車を飛ばし、その場所へ着いたのが真夜中。隣町で宿を借りて、翌朝まみえた光景は信じがたいものだった。度重なる魔物の襲撃、都市部へ逃げる富裕層、取り残された郊外の街。それらが作った凄惨な現状が広がっている。
朝とは思えない、活気を失った世界。それでも多くの人が生きてここにいる。彼らに僅かでも力を貸すというのは、新設された支援部隊の初仕事でもあった。
討伐隊が泊まったような近隣の都市には、最低限魔物を撃退できるような兵士がいる。余力がなくどこにも行けない、あるいは行き先に受け入れられない……そういった人々が細々と暮らしているのが、この寂れた土地だ。
一通り村を見て回ったところで、ドロシーがため息をついた。隣のジェシカを憚らずに舌で空を打つ。
「都市の人間はこんなところ助けない。貧しいものに割く戦力はないんだろうね」
「だから討伐隊がいるのよ。……私たちは違うわ。支援部隊もいるわけだし、できるだけのことはしましょう」
「たとえそれが偽善でも、か?」
いくら敵を退けたところで、人々の暮らしは好転しないだろう。魔物を倒すための討伐隊では、彼らを真に救うことはできないのだ。
「わかってるわ。でも、何もしないではいられないじゃない」
迷いのない返事にドロシーは微かに戸惑った。今しがた投げたものが、ジェシカの過去に触れる問いだと知っていたからだ。失言を責められないことに驚きながらも、ばつの悪そうな顔で視線を逃がす。
「悪い、変なこと言ったかも」
「気にしてないわ。目的を履き違えるつもりもない。彼女――タバサはここを襲うのでしょう。だったら戦わない理由はないわ。今度こそ逃がさない……」
「気合入ってるな。魔力が滲み出てる」
そうかしら、と生返事をしながら、ジェシカは視界に過去を重ねる。その通りかもしれない。ただでさえ苦しむ人々の居場所に凶悪な魔物をけしかける、そんな悪しき行為を食い止めるためなら、きっとどんな魔法も使える気がした。
◆◇◆
同じころ、ユンは村の反対側で空を見上げていた。緊急遠征と称してこの村に来ているのは、一番隊と三番隊、支援部隊数人、そして金眼の鎖剣士のみ。ユンでなくとも首をかしげるはずだ。
(本当にこれで大丈夫なのかな……ダメだったら、がんばるしかないか)
実力者が揃っているとはいえ、不安はぬぐえない。支援部隊は戦闘に参加しないとされているため、実質の戦力は数えるほどしかないのだ。
支援部隊の仕事は、人を守り助けることだ。今ここに来ているのは、元盗賊の三人やかつては戦線に立っていた少年少女が四人ほど。
「あっちに怪我人だってよ!」
「わ、わかった」
その一員である義足の少年と共に、リンは東へ西へと走り回っていた。その後ろをカノンがついていく。薬や医学に詳しい隊員たちが、傷や病を癒しているのだ。
一方、屈強な元盗賊らは力仕事に勤しんでいた。マゲとヒゲが複雑な顔で釘を打つ。
「果たしてオレらのしたことが、これでチャラになるのかねえ」
「ならないだろうよ、でも手は動かそうぜ。せっかくの住処からまた追い出されるのはごめんだからな」
まず必要なのは雨風をしのげる場所だ。現地の人々と力を合わせながら、彼らは建物を補修していた。ヒゲは意外にも器用で、その腕前を持て囃されていた。
「あ、細かい作業はおれがやるよ。慣れてるんだ」
と立ち上がるのは、元四番隊の少年だ。名前は忘れてしまったが、魔物と対峙することを恐れ戦地に立てなくなったと噂で聞いた。見上げるほど高い屋根に上り、いまは快活そうに笑っている。
「なかなかやるな」
「あっちの屋根も頼めるか」
「俺にも仕事くれよー!」
村人らは痩せこけていたが、口々に声をあげ、いつのまにかそこには明るい談笑ができていた。
人々は希望を持っている。儚い光を。
「嫌なところだ」
シゲは口の中で呟いた。苦い声がユンには聞こえて、なんとなしに男を眺めた。気づいた男が口元を緩める。
「おいおい、嬢ちゃんはここに用はないだろ。向こうで子供たちを見てきてくれ」
「はーい」
彼の言葉に、ユンは素直に従った。
村の西側にいたウィリアムはそろそろ戻ってくるはずで、ジェシカとドロシーは着々と作業を進めていた。残り二人の支援部隊とすれ違い、角を曲がった先では長身長髪の天才が子供に集られていた。それぞれが自分の力を生かし、少しでも誰かの力になろうとしている。
シオンの姿だけは見当たらなかったが、気づかなかったことにした。