[6]真実のかけら
討伐明け、昼下がりの基地。とっくに日常と化した風景の中、ウィリアムは食堂で空になった皿を眺めていた。ユンとジェシカは下町に出かけ、リンは治療班として他の隊に駆り出されている。つまり、ウィリアムだけが暇なのだ。
さて、あの後盗賊たちがどうなったかというと、すっかり基地になじんでいた。今では盗賊より新入りと呼ぶ方が自然なほどだ。
彼らの来訪から数日後、支援部隊創設の発表があった。実力不足やその他の事情で戦闘に出られない隊員が、魔物の被害から復興するための労働力になる。ユンの話によれば、それをかつて提案していたのはジェシカだという。
「つまりジェシカは、たくさんの人の居場所と、街を助ける仕組みとを一緒に作ったことになるんだ! 盗賊たちにもお説教して、支援部隊に入れちゃったんだよ」
などと触れ回っていたユンの姿は目に新しい。ただこれには相当の贔屓目があるらしく、ジェシカ本人は半分否定していた。
愉快な仲間はここにはいないが、それでも寂しくないほど討伐隊は賑わっている。負傷した面々もこれなら力になれると意気込んでいるようだ。
と、ちょうど元盗賊のうち一人、ヒゲと呼ばれていた男と行きあった。ばっちり目が合うと向こうから手を振ってくる。
「お前、あの鳥の魔物をやっつけたんだって?」
「仲間と協力したからだよ」
身内自慢を経て思いのほか話が弾んだ。世間話の後に、髭面の男は彼らの素性を語り出す。
「オレら元々はでっかい盗賊団にいたんだが、魔物と戦って怪我したせいで戦力外って言われて放り出されちまってよ……。どうしようもなくなったオレらに、シゲさんがわざわざついてきてくれて。三人だったから、これまでやっていけたんだ」
シゲさんには頭が上がらない、と何度も繰り返す。誰かに話したくてたまらなかったのだろう。どう返事をしていいかわからず、深くは踏み入ることができなかった。
沈黙を埋めるように、二人の間にひとりの影。
「よう、久しぶりだなおっさん。他の連中は元気か?」
「誰がおっさんだ。拳骨を喰らいたいようだな」
からっとした声の持ち主は、一番隊のヒューゴだ。それも、ウィリアムではなく髭男に話しかけている。
「知り合いなのか?」
「そっか、普通は知らないよな。おれ、元盗賊団なんだ。でも、人間を襲うより魔物を倒した方が楽しいって気づいて、こっちに来た」
「盗賊団?」
再び登場した、輪郭を持たない単語。思わず聞き返すと、ヒューゴは詳しい答えをくれた。
「人からモノを奪って暮らす奴らの集まりさ。親分って呼ばれる大男がリーダーで、そいつの言うことは絶対だった。逆らったり失敗したりしたら、追放されるか、殺される」
残虐な人間が集まる組織。かつてそこにいた、今の仲間。どれをとっても話を続けるには重い空気が纏わりつく。だが、ヒューゴはいつも通りの態度で話を振る。
「けど、まさかこんなところで盗賊仲間と会えるとはな、人生いろいろだ」
「盗賊団の話はほどほどにしとけよ。余計な誤解されたくないだろ」
「はいよーっと。じゃ、おれは訓練行ってくるわ。またな」
情報をいたずらに増やし、ヒューゴは通り過ぎていった。気が付くと、食堂は人もまばらになっていた。多くの隊員が昼食を終え、討伐や鍛錬に向かったのだろう。
「……ところで、」
人通りが減ると、ヒゲは一気に声を潜める。口にしてはいけないことを語るように。
「この前見ちまったんだけどよ、ここに、あの妙に奇麗な、お前くらいの年の剣使いがいるだろ。目が金色の」
「それって……」
討伐隊で金眼の剣士、おまけに見目がいいといえば、シオンのことでほぼ間違いないだろう。けれど、一体彼の何を見てしまったというのか。元盗賊は続けた。
「あいつ、盗賊団にいた奴とそっくりなんだよ。マルクとかいう生意気な若造と一緒に、略奪作戦に使われてた」
真昼の喧噪が遠ざかる。ひゅっと吸い込んだ息が、間抜けな声になって出ていった。
「それは……見間違いじゃないのか?」
マルクという名の男と、シオンによく似た少年。どちらも見知らぬ顔ではない。その二人がかつて、同じ盗賊一味にいた。じわじわとピースが繋がっていく。
「今度会ったら、確かめとくよ」
声が上擦る。ヒゲの返事を遮り、適当に言い訳をしてその場を離れた。ひとりにならなければ、動揺でどうにかなりそうだった。
(そういうこと、だったのかよ)
かの使命を秘めた少年が、あの命を奪って笑う男のもとにいた。それならば二人の間に横たわる縁とやらにも納得がいく。まさか。思考はいくつもの記憶を掠め、最悪の想定を弾き出す。
(まさか、あいつも誰かを――殺したり、したんじゃ)
マルクの囁きが蘇り、いやな想像が背中からついてくる。振り払おうと足を速める。人影の少ない方へ、ぐらぐらと。
当然、置き去りにされた髭男の呟きが、ウィリアムに聞こえるはずはなかった。
「……他人の空似だよな。あの小僧は死んだはずだ」
さて、あの後盗賊たちがどうなったかというと、すっかり基地になじんでいた。今では盗賊より新入りと呼ぶ方が自然なほどだ。
彼らの来訪から数日後、支援部隊創設の発表があった。実力不足やその他の事情で戦闘に出られない隊員が、魔物の被害から復興するための労働力になる。ユンの話によれば、それをかつて提案していたのはジェシカだという。
「つまりジェシカは、たくさんの人の居場所と、街を助ける仕組みとを一緒に作ったことになるんだ! 盗賊たちにもお説教して、支援部隊に入れちゃったんだよ」
などと触れ回っていたユンの姿は目に新しい。ただこれには相当の贔屓目があるらしく、ジェシカ本人は半分否定していた。
愉快な仲間はここにはいないが、それでも寂しくないほど討伐隊は賑わっている。負傷した面々もこれなら力になれると意気込んでいるようだ。
と、ちょうど元盗賊のうち一人、ヒゲと呼ばれていた男と行きあった。ばっちり目が合うと向こうから手を振ってくる。
「お前、あの鳥の魔物をやっつけたんだって?」
「仲間と協力したからだよ」
身内自慢を経て思いのほか話が弾んだ。世間話の後に、髭面の男は彼らの素性を語り出す。
「オレら元々はでっかい盗賊団にいたんだが、魔物と戦って怪我したせいで戦力外って言われて放り出されちまってよ……。どうしようもなくなったオレらに、シゲさんがわざわざついてきてくれて。三人だったから、これまでやっていけたんだ」
シゲさんには頭が上がらない、と何度も繰り返す。誰かに話したくてたまらなかったのだろう。どう返事をしていいかわからず、深くは踏み入ることができなかった。
沈黙を埋めるように、二人の間にひとりの影。
「よう、久しぶりだなおっさん。他の連中は元気か?」
「誰がおっさんだ。拳骨を喰らいたいようだな」
からっとした声の持ち主は、一番隊のヒューゴだ。それも、ウィリアムではなく髭男に話しかけている。
「知り合いなのか?」
「そっか、普通は知らないよな。おれ、元盗賊団なんだ。でも、人間を襲うより魔物を倒した方が楽しいって気づいて、こっちに来た」
「盗賊団?」
再び登場した、輪郭を持たない単語。思わず聞き返すと、ヒューゴは詳しい答えをくれた。
「人からモノを奪って暮らす奴らの集まりさ。親分って呼ばれる大男がリーダーで、そいつの言うことは絶対だった。逆らったり失敗したりしたら、追放されるか、殺される」
残虐な人間が集まる組織。かつてそこにいた、今の仲間。どれをとっても話を続けるには重い空気が纏わりつく。だが、ヒューゴはいつも通りの態度で話を振る。
「けど、まさかこんなところで盗賊仲間と会えるとはな、人生いろいろだ」
「盗賊団の話はほどほどにしとけよ。余計な誤解されたくないだろ」
「はいよーっと。じゃ、おれは訓練行ってくるわ。またな」
情報をいたずらに増やし、ヒューゴは通り過ぎていった。気が付くと、食堂は人もまばらになっていた。多くの隊員が昼食を終え、討伐や鍛錬に向かったのだろう。
「……ところで、」
人通りが減ると、ヒゲは一気に声を潜める。口にしてはいけないことを語るように。
「この前見ちまったんだけどよ、ここに、あの妙に奇麗な、お前くらいの年の剣使いがいるだろ。目が金色の」
「それって……」
討伐隊で金眼の剣士、おまけに見目がいいといえば、シオンのことでほぼ間違いないだろう。けれど、一体彼の何を見てしまったというのか。元盗賊は続けた。
「あいつ、盗賊団にいた奴とそっくりなんだよ。マルクとかいう生意気な若造と一緒に、略奪作戦に使われてた」
真昼の喧噪が遠ざかる。ひゅっと吸い込んだ息が、間抜けな声になって出ていった。
「それは……見間違いじゃないのか?」
マルクという名の男と、シオンによく似た少年。どちらも見知らぬ顔ではない。その二人がかつて、同じ盗賊一味にいた。じわじわとピースが繋がっていく。
「今度会ったら、確かめとくよ」
声が上擦る。ヒゲの返事を遮り、適当に言い訳をしてその場を離れた。ひとりにならなければ、動揺でどうにかなりそうだった。
(そういうこと、だったのかよ)
かの使命を秘めた少年が、あの命を奪って笑う男のもとにいた。それならば二人の間に横たわる縁とやらにも納得がいく。まさか。思考はいくつもの記憶を掠め、最悪の想定を弾き出す。
(まさか、あいつも誰かを――殺したり、したんじゃ)
マルクの囁きが蘇り、いやな想像が背中からついてくる。振り払おうと足を速める。人影の少ない方へ、ぐらぐらと。
当然、置き去りにされた髭男の呟きが、ウィリアムに聞こえるはずはなかった。
「……他人の空似だよな。あの小僧は死んだはずだ」