[6]真実のかけら
実際にどんな現象が起こったのか、わかったときにはすべてが終わっていた。一陣の風が通りすぎ、邪悪な牙は跡形もない。代わりに降り立ったのは長身の男。彼の両手に握られた短剣が、大雑把に結われた紅の髪が、つまりは天才の存在が、その間の出来事をありありと示していた。
「怪我はないな」
「……ええ」
口をついて出た返事から、タバサの心境は読み取れない。それでも、僅かに目元が緩んでいたように思えた。対するルビウスは、残る二体の獣に目を向ける。彼の瞳から、すっと感情が抜け落ちた。止まった時間が動き出す。魔物が飛び出すその前に、刃が躍る。
「退け」
そのときウィリアムは、ルビウスの声音に確かな違和感を聞いた。重く、鋭く。ここに居たのが魔物でなく人間だったとしても、躊躇いなく斬っていたような。思わず足が竦む。
すべての手駒、あるいは仲間を失いながらも、タバサは表情一つ崩さずに告げた。
「待っていて。また来るわ」
その言葉はウィリアムに向けたものだろうに、反応するどころではなかった。呆気に取られていたのだ。ルビウスがなぜここに。しかも、誰かを助けて、気にかけるなんて。
「逃げられちゃったね」
とユンが剣を収めたとき、ようやく我に返った。残されたのは移動魔法らしきものの残滓だけ。追い打ちのように足音がした。
「あの、えっと、これは……?」
盗賊らが呼んできたのは偶然にもドロシーとカノンだった。妙なことに天才を見ても何も言わない、と思いきや、ルビウスは既にいなくなっていた。彼女らはさっきまでチームリーダーがいたなどと思いもしないだろう。そんな表情でカノンは問う。
「魔物がいるって聞いてきたのだけれど、どこにいったのかしら?」
そんな彼女らを先導していたヒゲやマゲたちも、横に並んで茫然としていた。
「兄貴、さっき人が消えましたぜ! どうしましょう!」
「マゲ、少しは静かにしとけ」
約束通り戦力を連れてきた盗賊三人と、連れてこられた魔法使い二人。さらに三番隊の四人――計九つの影が夜の庭に立つ。しばらく好き勝手にあれこれ言いあった後、やがて示し合わせたような沈黙が降りた。
顔を見合わせていると、ドロシーがぶっきらぼうに口火を切る。
「で、何なんだよ、この男らは」
というわけで、運悪く彼女の真正面にいたユンとジェシカが成り行きを説明する羽目になった。ウィリアムは月に照らされた大地を見回してみたが、紅い髪はどこにも見えない。ルビウスはもう戦場に見切りをつけていたのだ。いつものように、ウィリアムを煽ることもなく早々に去っていった――。リンが躊躇いがちに声をかける。
「見てたよね。ルビウスが、あの子を助けたの」
「やっぱり、助けてたよな」
最初こそ、獲物を狩っただけだと思っていたけれど。浮かんでいた疑問は同じ。無事を問うまなざしは、明らかにウィリアムに向けるそれと違う色をしていた。
「意外だったな、人助けをするような奴なんだ」
「魔物に対して、あんな怖い目をするなんて」
「あいつ、本当は何者なんだろうな」
リンからの返事はない。似ているらしいかつての親友を思い出しているのだろう。殺意に満ちた眼差しを思い返しても、ウィリアムにはあの男を責める気にはなれなかった。
(気取った奴だし許せないけど、誰かを助ける気があるのなら)
心からの敵意を向けるべきではないのかもしれない。口には出していないが、隣の戦友もそれを了承しているようだった。
「怪我はないな」
「……ええ」
口をついて出た返事から、タバサの心境は読み取れない。それでも、僅かに目元が緩んでいたように思えた。対するルビウスは、残る二体の獣に目を向ける。彼の瞳から、すっと感情が抜け落ちた。止まった時間が動き出す。魔物が飛び出すその前に、刃が躍る。
「退け」
そのときウィリアムは、ルビウスの声音に確かな違和感を聞いた。重く、鋭く。ここに居たのが魔物でなく人間だったとしても、躊躇いなく斬っていたような。思わず足が竦む。
すべての手駒、あるいは仲間を失いながらも、タバサは表情一つ崩さずに告げた。
「待っていて。また来るわ」
その言葉はウィリアムに向けたものだろうに、反応するどころではなかった。呆気に取られていたのだ。ルビウスがなぜここに。しかも、誰かを助けて、気にかけるなんて。
「逃げられちゃったね」
とユンが剣を収めたとき、ようやく我に返った。残されたのは移動魔法らしきものの残滓だけ。追い打ちのように足音がした。
「あの、えっと、これは……?」
盗賊らが呼んできたのは偶然にもドロシーとカノンだった。妙なことに天才を見ても何も言わない、と思いきや、ルビウスは既にいなくなっていた。彼女らはさっきまでチームリーダーがいたなどと思いもしないだろう。そんな表情でカノンは問う。
「魔物がいるって聞いてきたのだけれど、どこにいったのかしら?」
そんな彼女らを先導していたヒゲやマゲたちも、横に並んで茫然としていた。
「兄貴、さっき人が消えましたぜ! どうしましょう!」
「マゲ、少しは静かにしとけ」
約束通り戦力を連れてきた盗賊三人と、連れてこられた魔法使い二人。さらに三番隊の四人――計九つの影が夜の庭に立つ。しばらく好き勝手にあれこれ言いあった後、やがて示し合わせたような沈黙が降りた。
顔を見合わせていると、ドロシーがぶっきらぼうに口火を切る。
「で、何なんだよ、この男らは」
というわけで、運悪く彼女の真正面にいたユンとジェシカが成り行きを説明する羽目になった。ウィリアムは月に照らされた大地を見回してみたが、紅い髪はどこにも見えない。ルビウスはもう戦場に見切りをつけていたのだ。いつものように、ウィリアムを煽ることもなく早々に去っていった――。リンが躊躇いがちに声をかける。
「見てたよね。ルビウスが、あの子を助けたの」
「やっぱり、助けてたよな」
最初こそ、獲物を狩っただけだと思っていたけれど。浮かんでいた疑問は同じ。無事を問うまなざしは、明らかにウィリアムに向けるそれと違う色をしていた。
「意外だったな、人助けをするような奴なんだ」
「魔物に対して、あんな怖い目をするなんて」
「あいつ、本当は何者なんだろうな」
リンからの返事はない。似ているらしいかつての親友を思い出しているのだろう。殺意に満ちた眼差しを思い返しても、ウィリアムにはあの男を責める気にはなれなかった。
(気取った奴だし許せないけど、誰かを助ける気があるのなら)
心からの敵意を向けるべきではないのかもしれない。口には出していないが、隣の戦友もそれを了承しているようだった。