[6]真実のかけら

「会いに来た……? オレに?」
「教えてもらったの。あなたの力」
 誰にだよ、と問い返したが答えはなく、タバサの薄い唇はただ謳う。
「今はだめでも、いつか必要になる。だから手に入れる。そうよね、みんな」
 傍らの異形に語りかけ、踊り子のように右手を振り上げる。それが合図だった。星を遮る翼が空を打ち、風の暴力が降り注ぐ。巨大な鳥を象る魔物が動き出していた。激しい風の中では身動きが取れず、ただ堪えることしかできない。
「そうはいかない!」
 リンの袖が揺れ、魔法のバリアを描き出す。繊細に紡がれた光の盾、その後ろなら風も問題ない。そう思ったときだった。耳をつんざく咆哮が高らかに響いた。一瞬の隙に翼は空を滑り、その勢いをすべて乗せて怪鳥の巨体が迫りくる。
「うわっ……!」
 緻密に張り巡らされた防護の陣を、切っ先は薄い紙を破るように突き崩す。木々を薙ぎ地を砕く、全身の体重をかけた刺突。リンは跳ね飛ばされただけで目立った傷を負ってはいないが、もしこれが防護術の発動中でなかったら。いやな想像がよぎり、胸の奥がひやりとした。

「大丈夫か?」
「僕は平気。でも風が防げなきゃ、誰も動けないよ。どうしよう……」
「魔法も相当強力でないと通じなさそう。面倒ね、いっそ私たちにも翼があればよかったのに」
 脅威は風だけではない。吐き出された灼熱の炎球を、ジェシカは語りながら次々と打ち消す。少しでも抵抗をやめれば、その隙に嘴が突っ込んでくる。
「あんなのまともに喰らったら、ひとたまりもないぜ」
 生えそろった羽根は大地を切り裂いてしまえそうなほど鋭い。ましてやそれが嘴となれば。額にじわりと汗が滲む。
(今のオレじゃ、空から雷は落とせない)
 魔力を練って魔方陣を広く描けば不可能ではない。だがそんな隙がどこにある? ジェシカが言ったのはそういうことだ。あるいは『覚醒』した自分なら、一瞬にして雷を呼び起こし全てを薙ぎ倒せるのかもしれない。恐らくは傍にいる者たちや基地をも巻き込んで。

 けれど、違う。
 誰かを置き去りにしないこと、いま大切なものを大切にすること。それがウィリアムの出した答えだ。だから、仲間を置いていく力には頼らない。
 ぱしん。勢いよく頬を叩く。自分でも驚くほどすんなりと、先が見えた。

「頼みがある」
 告げられた内容に、戦友はそれぞれに頷いた。
「まかせて!」
「試してみる価値はあるわね」
「できる限りやってみるよ」
 再び放たれた炎にタバサの姿がゆらめく。輝きを忘れた宝石のように、その瞳は相変わらずこちらを伺っているようだ。だが、いま目を向けるべきは少女ではない。
「あいつが次に地面に来たら――」


 ウィリアムはただ一人前線に立ち、敵に相対して剣を構えた。三者三様の詠唱を背後で聞きながら、なんとか打ち合いを繰り返す。魔法はまだ使わない。力を蓄えながら好機を待つ。見極めるべきは盾の隙間、風の切れ目。
「来る!」
 怪鳥はウィリアムめがけて一直線。咄嗟に跳び退ると、勢いのついた嘴は地面を突き刺し派手に抉る。それから巨体が持ち上がるまでの、僅かな一瞬。
 ――今だ!

 合図はなかったが、タイミングは完璧だった。
「光の加護を!」
 長い袖が淡い緑色に輝く。リンの紡いだ守る力は、転じて敵の勢いを削ぐ。
「星を結べ!」
 ユンの掲げる刃の先で、連なる光は無数の剣に姿を変える。怪鳥の嘴が光の壁に食い込む、その隙に魔法の針が硬い翼を縫いとめた。魔物は暴れ、即席の拘束を外そうともがく。
「ジェシカ!」
「ええ。切り拓く!」
 炎を纏った一矢が放たれる。古代魔術の威力をも乗せたそれは、狙い通り額に命中し硬い皮膚を穿った。
 そこでウィリアムは一気に距離を詰め、光の矢が作った傷めがけて己の剣を突き刺した。
「直接しびれさせてやる!」
貯めていた力を絞り出し、零距離の電撃を喰らわせる。腹の底から響く雄叫びは、やがて怪鳥の断末魔と混ざっていった。魔物の羽根がばらばらと散り、魔力の霧へと還っていく。

「やった!」
「すごいね、ウィリアム」
「いや、みんなの力だろ」
 拾い上げた欠片は黒くとも、やっと晴れやかに笑えた気がした。が、これで終わりではない。

「次が来るわよ」
 目を向けた先、四つ足の姿をとる敵は、タバサに対して三体並んでいる。しかし、それだけだ。妙なことに、襲ってこない。
「罠、なのか?」
 獣の唸り声が月に響く。いつ何が起きてもいいように身構えながらも、それぞれの顔には隠し切れない困惑が浮かんでいた。

「どうしたの? 早くあのひとを捕まえない、と」
 そこでタバサも気づく。獣の牙は怪鳥を刈った四人ではなく、主であるはずの少女に向けられていた。
「待って、わたしの話を聞いて。あなたたちにはあの力が必要なの。あのひとは統べる力の持ち主なのよ」
 少女は口早に続けるが、魔物が態度を変える気配はない。
「だって見たでしょう。かわいそうな翼の子を倒したのは彼らなのよ。あのひとにあちら側にいられては困るでしょう?」
(どうなってるんだ? マルクみたいに魔物を操作してるんじゃないのか)
 構えを解かないまま様子を見る一同を知ってか知らずか、獣はついに主に飛び掛かる。
「どうして――きゃあッ!」
 いたいけな少女の悲鳴がウィリアムの本能を動かした。敵だろうとはわかっている、けれど、と足を踏み出したその刹那、何かが起こった。
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