[6]真実のかけら

 三番隊を揺るがした単独任務からしばらく時が経ち、討伐隊としての日常が戻ってきた。日々の戦闘をこなし、基地や人々を魔物から守る――その繰り返しの中で、三番隊は少しずつ強くなっていった。

 その日も夜まで基地周辺の絶えない敵を蹴散らしていて、ようやく安らぎのときを得たのが夕食後の会議室だ。
 窓際に立って、ユンが吹き込む風を浴びている。夕食の片づけを進めるジェシカに頭を下げ、向かいの席に腰掛けるリンと他愛もない話をする。ゆったりとした時間を共有できるこの空間に、ウィリアムは言いようのない心地よさを感じていた。そんな彼には、穏やかな夜の力を借りて、目の前の戦友に言わなければならないことがある。
「研究所では、本当にごめん。でも、ちゃんとこの、覚醒の力をどうにかできるように頑張るから」
「いいよ、大丈夫。僕は、僕でよければ、そんな君を手伝うのを頑張る」
 何の不満も漏らさずに、リンは笑って答えてくれる。自信の足りない言葉はいつも通りだが、瞳に宿るひかりはこちらを照らしてくれるようだった。

「そのことなのだけれど」
 思い出したように告げたのは、壁に背を預けたジェシカだ。洞察は四人を渦中へ引き戻す。
「あなたがマルクに狙われていたことと、暴走のこと、そしてあの研究者。やっぱり、関係あるんじゃないかしら」
 魔物を生み出していた研究所のティアラ。魔物を操る術を使うマルク。二人はきっと、水面下を這う黒い糸で繋がっている。そしていま、糸の端を掴めるのは自分たちだけだ。
「マルクが悪いヤツで、ティアラって女の人も悪くて、たぶんウィリアムは狙われてる、ってことだよね。それで、あいつらは魔物を使ってる」
「だとしたら、そもそも魔物が暴れていること自体が誰かの陰謀かもしれないわ。だっておかしいじゃない、魔王は封印されているはずなのよ」
「その魔王って、具体的にどんなやつなんだよ」

 それは、と誰かが答えかけてそれきり何も続かなかった。重たい沈黙が場を支配する。いやになったユンがため息をついた。
「ボクたち、やっぱり何も知らなさすぎるよ。シュウさんも教えてくれないし」
 声色は今にも破裂しそうに苛立ちきっている。見ていたジェシカは不安になって、先回りして語りを継ぐ。
「賢者様がいれば、詳しいこともわかるのでしょうけど」
 隊員を指揮し民を守るべき創始者。かつて魔王と相対した、真実を知る男。その姿は今あるはずの場所にない。それどころか、どこにも。
「マルクはトラスダンジュで賢者サマを探してた。知りたいことがあるのは、あいつらも同じなんだ」
 目元に影を落としたユンの、乾いた声が部屋に響く。四人が進もうとしているのは暗闇の道で、行き先を知るには光が少なすぎるのだ。いまできることといったら、僅かな手掛かりを拾うくらい。ジェシカは続ける。

「確実にわかることがあるとしたら、相手が討伐隊を狙っているってことね。私たちも警戒しないといけない。ウィリアムだって一度攫われているのよ」
 どこか脅しにも似た口ぶりに、リンがうつむく。
「もし本当にそうだったら、もしかして、いつか悪い人たちが基地に忍び込んできたりして……」
 下り坂を転げ落ちていくのは彼の悪い癖だった。しかし隣には、その先を指さす黒髪の少女がいる。

「それって、あんな感じの?」
 何気なく言って、ユンは窓を大きく開け放った。ぬるい風が吹き込んで肌を撫ぜる。彼女が示す先には見たことのない人影が三つ、月に照らされて浮かび上がっていた。慣れない様子で何やらこそこそと動き回っている。
 ――あやしい。声に出さずとも考えたことは同じ。最初に立ち上がったのはウィリアムだった。迷わず三人も後に続く。
「とりあえず、行こう!」

 裏庭では、三人の男が作戦を立てていた。
「シゲの兄貴、ここから入るんですかい?」
「おう。まずはヒゲから飛び越め。誰かがいたらぶっ倒して突入だ」
 いかつい男が三人、裏口の前で話し込んでいる。髪を尖らせた大男が仁王立ちで舎弟に指示を出す。頷くのは顎を覆うように髭を生やした男と、赤茶色の髷を結っている男。外見通りヒゲ、マゲと呼ばれた二人は、大男・シゲの子分らしかった。
 髭男の手には巨大な斧。あんなものを扉に振り下ろされでもしたら。想像はウィリアムの手と口を同時に動かした。剣を差し向けて、腹の底から叫ぶ。
「お前ら、何してる!」
「み、見つかっちまいましたぜ兄貴!」
「構わねえ、ぶっつぶせ!」
「潰されるかよ!」
 突っ込んでくる斧を見極め、とっさに弾き返す。直後ウィリアムは飛び退って距離をとった。周囲を探っても魔物の気配はない。受け止めた気迫とは裏腹に、張りつめて鼓動を急かしたものはしぼんでいく。後ろに立つユンも同じ気持ちのようで、悠長に口を尖らせた。
「盗賊とかそんなとこかな。魔物も陰謀も、あんまり関係なさそうだね」

「だったら、まあ話は簡単だな。撃退すりゃあいい」
 意気込むウィリアムと構える侵入者たち。張りつめた空気――。そこに、リンは大胆にも割って入る。
「ちょっと待ってよ。ここは討伐隊で、あなた達が探すみたいなものはないはずだよ。いきなり戦うことはないんじゃ」
「そうね。食事ならなんとかするから、人間どうしで争うのはやめてちょうだい」
 続けて並んだジェシカを一目みて、髷男が鼻の下を伸ばした。
「こんなとこに、将来有望なビューティちゃんが」
「こらマゲ、デレデレするんじゃねえ!」
「す、すみませんシゲの兄貴!」
 当然、リーダー格のシゲに叱られる。真横に立つ髭男はというと、呑気に基地を眺めていた。
「この屋敷が全部俺達のもんになったら、武器も食料もあるし、しばらく暮らせるんじゃないですかね」
「おいヒゲ、余計なことを言うな!」
「わ、悪い兄貴!」
 そしてまたしてもシゲに諌められる。彼らのやり取りはどこか憎めない。本物の敵ではないと一目でわかった。……が、相手はそうではないようだ。
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