[1]討伐隊

 日が傾き切って、そろそろ夕暮れが近づいてくる頃、討伐終了の鐘が鳴った。
 討伐隊の活動は、基本的に日が暮れるまでだ。日没時に街や基地に結界を張り、夜が来る前に撤退する。夜になれば、魔物はより恐ろしく、戦う者の手にも負えぬほど凶暴になるからだ。

 結果的に、連携は大成功だった。傷一つなく、とまではいかないまでも、魔物たちを蹴散らすことができた。戦績の証となる魔物の核を拾い集めながら、ウィリアムは溢れかけた怪しい力について考える。
(扉といえば鍵……この鍵が何か関係してるのか?)
 紐を通して、首にかけてある鍵。勿論、この鍵について自分は何も知らない。けれど、片翼の装飾が施されているそれは、どこか特別さを感じさせる雰囲気を放っている。

「ねえ、ウィリアム! こっちに来て!」
 突然名前を呼ばれ、鍵を服の内側へとしまう。言われた通りユンの方へ向かうと、そこには望んでやまなかったものがあった。
銀の欠片。
 ウィリアムがそれに触れた瞬間、胸元で魔力のうねりを感じた。鍵が反応している。そして、左手も。熱を帯びる力に惹かれ、欠片を左手で握ったとき、それは起きた。
 銀色の欠片は、光の帯に代わり、ウィリアムの左手に吸い込まれていったのだ。まるで飲み込むように。魔法使いが魔力を取り込むように。初めて記憶を取り戻したときも、こうだった。

それはウィリアムが幼かったころの記憶。当時の彼よりも小さな、いたいけな少女がそこにいた。
 ――ぼろい布切れに身を包んだ彼女は、透き通るような空色の髪を揺らして微笑んでいた。
「おいしいね。とっても」
「そうだな、シェリー。やきたてのパンは、ちがうな」
「ほんと。いつもは、カチコチだもんね」
 ――きっと彼の日常であっただろう、二人のやりとり。過去の自分は、やはり仲間を持ち、暮らしていた。記憶の中には、確かな喜びがあった。
(……シェリー)
記憶の中の少女と自分が、具体的にどのような関係なのかは知る由もない。けれど、大切な女の子なのだということが一目でわかった。

「聞いていいかしら。さっきのは、なに?」
 興味を示すジェシカに、ウィリアムは自らの事情を洗いざらい話した。銀の欠片のことと記憶のこと。どちらにせよチームを組むなら、知ってもらわなければならない話だ。
「そこまで聞いてしまったら、もう協力するしかなさそうね」
 腕を組んでジェシカは言った。頼もしい声色は、少女の覚悟を示す。
「僕も……僕が力になれるのなら、君を助けたい」
「もちろんボクも、最初からそうするつもりだよ」
 リンとユンも続き、四人は互いに微笑み合った。


 そのときだった。突如として胸元の鍵が淡く光り、ひとつの方向を示した。頭の中、胸の内側にだけ響くこれは、鍵からの声だ。
――探している運命が、その先にある――

「探してる運命? もしかして、よくわからない力の……?」
 呟いて、気がついたときにはもう体が動き出していた。
「ちょっと、どうしたの、ウィリアム!」
仲間の制止もきかず、ウィリアムは駆け出した。

 遠ざかる光を絶えず目で追い、木々の間を駆け抜ける。と、突然、その視線が遮られた。黒い服、銀色の髪、背丈は自分と同じほど。知らない少年が、進路上を歩いていた。猛スピードで迫る気配を感じたのか、彼は振り返る。ウィリアムも危険に気づいたが、時すでに遅し。
 狭い道、駆け抜ける勢いは止まらず、避けることもできない。
 ――衝撃。


「いっ、てぇ」 
 呻きながら身体を起こすと、真っ先に激突した相手が目に入った。やはり、ウィリアムと同年代の少年だ。押しつぶすように転んでしまったためか、思わぬ至近距離のまま、彼はゆっくりと瞼を持ち上げる。
 白い肌、長い睫毛、その端正な顔立ちは、精巧に作られた人形のようだった。だがその美貌より、彼の瞳がウィリアムの目を釘付けにした。
 ――禁断の美酒の如き黄金の瞳。
長い前髪の奥で揺れている、あの色。目と目が合う、その色が、最初に手に入れた僅かな記憶を呼び覚ます。
 胸が高鳴る。
「ごめん! 大丈夫か?」
 我に返り謝罪を口走る。引き起こそうと手を差し伸べ、次の瞬間には乾いた音と、痺れるような痛み。少年はウィリアムの手を斬るように払いのけていた。差し向けられた刃かと思ったそれは、鋭い視線。
 そのまま彼は一人で立ち上がり、先程の衝突などなかったかのように歩き出す。所々跳ねた銀髪が、夕日を赤く照り返している。
「あ、おい、待てよ!」
 黄金の瞳を黙って見送ることなど、ウィリアムにはできなかった。
「オレはウィリアム。お前は?」
「好きに呼べばいい」
「名前で呼びたい」
 ずいと迫ると、彼は黄金のまなざしを逸らし、
「……シオン」
とだけ名乗った。もういいだろう、と背を向ける彼に、ウィリアムはまだ聴きたいことがあった。金眼の少年。もしかしたらという記憶への一筋の希望。
 翻るマントの端を、反射的に掴む。シオンの胸元に、何かが光った。はずみで飛び出したであろうそれは、ウィリアムにとってひどく見慣れた形をしていた。
 ――鍵。ウィリアムが首にかけているそれと、全く同じ。
「待て! その鍵は、」
「お前には関係ない」
 彼は鍵を懐に隠し、追いかける手を再び振り払う。シオンはそのまま去っていった。

(運命って、あいつのことなのか)
 ウィリアムは、暫く動けなかった。追いついた仲間たちの声にも答えられずにいた。
 間違いない。予感より強い確信が、ウィリアムの胸に灯る。彼という存在は、ウィリアムにとって何か大きな意味を持っている。まだ早鐘を打つ鼓動が、それを示していた。
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