[5]善か悪か、敵か味方か

「あの少年、あの力……あれじゃ器そのものじゃない」
 研究所を去ったティアラは、己の見たものを思い返してぼやいた。薄暗い部屋にはすでに人影がある。
「ティアラさん、重要書類の回収はできましたか?」
 持ち場に戻った彼女を一人の青年が迎えた。すらりとした長身に穏やかな目元の持ち主で、豊かで艶やかな髪がその肩に乗っている。柔和な笑みを浮かべる若い男は見たところ優しそうに見える。見た目だけは。
「なんとかね。でもそれどころじゃないでしょ、あの子はなんなの?」
 問い詰めると、男はすっと目を細める。楽しそうに。
「フリーの彼が見つけてくれたカタチですよ。なぜあんな力を持っているのかは不明ですが、それなら尚更興味深いでしょう? 僕も見てみたいものだ」
 じゃあ貴方も行けばいいじゃない、とティアラは訴えたが、男は聞かなかったふりをして話題を変えてしまった。

「それにしてもよく気づきましたね、あの廃墟に討伐隊がやってくるなんて」
 おかげでわざわざ出向く羽目になった、という事態をティアラはたいそう煩わしく見ていたのだが、男はそれを知りつつ茶化すように問う。
「だってアイツがそう言ってたもの」
「あの人は、無事なのね」
 ティアラの呟きに反応する者がいた――タバサだ。部屋の隅に座ってうつろな目でどこかを見つめているのが彼女のいつもの風景だったが、今はその双眸がはっきりこちらを向いている。彼女の瞳に光が灯るのは決まってその人物の話をするときだ、ということはとっくにわかっている。こんな会話だってもう何度もしているだろう。
「あら、人づての情報は信用しないんじゃなかったの」
「あなたの言葉から、わたしが判断したのよ。ああ、よかった」
 ひととおり相手の無事を喜ぶと、タバサはまた遠いところを見つめだした。それきりこちらには何も言ってこない。沈黙に耐えかねてティアラはため息をついた。
(わからない子)
 彼女と話を続けたくはない、だからといって黙って去る気にもならない。となると、やはり青年の方に向き合うことになる。

「ところでミスティス、今夜、どう?」
 名前を呼び、少し背伸びをして両腕を相手の首に絡ませる。それは二人にとっての合図だった。艶めかしく触れられて、青年――ミスティスは変わらない調子で答えた。
「また人体実験ですか?」
「ええ、今度は肉体強化よ。付き合ってくれる?」
 慣れきったいつものやりとり。けれど彼はどこか腑に落ちない様子だった。
「僕でいいんですか? 貴女のことだ、研究所で出会った彼らを連れ帰って実験材料にするとばかり」
 常に実験台を探し続けるティアラの言動を顧みれば、ミスティスの疑問は尤もだった。それがあんまり、とティアラは宙を仰ぐ。討伐隊の四人を捕らえなかったのはただその気にならなかったから、それだけなのだ。
「しっくりこなかったの。とくに女の子たちは、なんか興味がわかなかったわ。件の少年は手出しできないし、たぶんあと一人はもう――」

◆◇◆

「僕なら大丈夫だから。気にしないでね」
 そう言っていたリンは、今は静かに眠っている。窓の外はもう深い闇に浸かっている。研究所からどうやって基地に戻ってそのあとどう過ごしたのか、よく覚えていなかった。仲間が気を遣って残しただろうひとことは、やはり何かを変えることはない。

救う力だと思っていた。最初に扉を開いたのは魔物を倒すためだ。それなのに。
(オレはオレの力が、いったい何なのかわかってないんだ)
 必死に思いを巡らせても絡まった糸はほどけない。そもそも糸は途切れているのだから、解いたところで先へと辿ることはできない。
 ――キミのことは、もう考えたってわかることじゃないよ。
 帽子の少女にそれを言われたのは、シェリーといた日々の記憶を取り戻したときだ。自分の生きてきた環境を疑い始めたとき。
(繋がらない)
 元々ウィリアムが戦えるのだったら、彼女の隣で蹲っていた記憶は何だったのか。食料を手に入れることもあの状況より容易かっただろう。自らの無力さを嘆く必要などなかったはずだ。
ユンの言葉は続く。
 ――けど銀の欠片さえあれば思い出せるんだ。
 シェリーのことも自分の生い立ちも、きっとこの力のことも。見つけさえすれば少しずつわかってくるだろう。けれどそれは道が一つしかないということでもあった。

(知りたいんだったら、集めるしかない)
 考える前に立ち上がる。走り出す。それが自分のやり方だ。ほかの方法なんて知らない。このまっすぐさが、迷惑をかけたこともあったけれど。
 部屋の奥を振り返る。やはり疲れているのか、リンが目を覚ます気配はない。
(ごめんな)
 装備を整えて、部屋の扉に手をかけた。動き出すなら早い方がいい。基地周辺にはいつだって魔物がいる。夜の魔物は強いというが、躊躇いはなかった。
 それはつまり無鉄砲で、考えが及ばなかったというだけなのだが。
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