[1]討伐隊

 医務室にいたのは少年一人だった。緑のローブを着て、フードを被っている。なぜか右の袖だけが異様に長く、右手を伺うことはできない。垂れ下がった布から、蒼い髪と緑の瞳がちらりと覗いた。
「ようこそ。怪我人は……君だね? いま治癒チームの人は出払っているけれど」
「キミは違うの?」
 すかさずユンが突っ込むと、少年は躊躇って目を逸らした。
「僕も一応治癒術師なのだけれど、僕なんかでいいの?」
「急いでるんだ。頼むぜ」
「じゃあ……わかった」
 少年は、右袖に縫い込まれた魔方陣を光らせた。治癒術特有の不思議な文様が浮かび上がる。
 ――染み込むように、皮膚に刺激が走る。肌の上に、魔力が渦巻くのを感じた。淡い光の中で、腕の赤い線が消えていく。痺れる痛みが素肌に響き、思わず眉を寄せると、「ごめんね」と彼の声が聞こえた。
 他の小さな傷も含めて、右腕がすっかり癒えたところで、魔力の渦が止まる。
「終わったよ。大丈夫、だったかな」
 ああ、と軽く返事をして、その腕を伸ばしてみる。戦う前の腕だ。

「痛かった? 治癒術って、ちょっと沁みるよね。人によってはもっと痛むんだ。補助魔法で緩和してはいるつもりなのだけど……」
「お前、補助魔法も使えるのか?」
 聞いたばかりのフレーズが、輝いて見えるようだった。先刻の会話が蘇る。
「少しだけ。ひとの動きを早くしたり、シールドを張ったり、あと魔力を高められるくらいだよ」
 少年の口から告げられる、多種多様な術の数々。彼の態度にしては、とユンが指摘する。
「それってけっこうすごいことじゃない?」
「そんなことないよ。僕なんか、治癒チームに辛うじて入れてもらっているだけの役立たずだ」
 少年はそのまま俯いてしまう。その態度を尻目に、ウィリアムは背後の二人に目配せをする。恐らく、意思は同じだ。なんといっても目の前にいるのは、何よりほしかった補助魔法の使い手なのだから!
「オレはウィリアム。なあ、オレたちとチームになって一緒に戦わないか?」
「だめだよ。僕なんかじゃ、なにもできない」
「でも、ウィリアムの傷は治せたよね」
「それくらいしかできないんだよ」
「それがすごいことなのよ」
 ユンとジェシカが浴びせる事実と、少年の謙遜の応酬は止まらない。
「キミ、名前はなんていうの? ボクはユン、こっちの綺麗な子はジェシカだよ」
「リンって呼ばれているけど……どうして僕なの?」
「運命を感じたからだよ。キミ、本当はすごいのに、このままじゃもったいないよ」
 ユンがずばりと斬り込んだ。ジェシカも追従して、リンに優しく語りかける。
「ずいぶんと自信がないみたいだけど、私たちは今このときにあなたと出会えたことが、絶好の機会だと思ってる。お互いにとってね」
 ふんわりと微笑んだ少女を追うように、ウィリアムも続く。心の中に温めた想いを紡ぎ出していく。
「自信なんてこれからつければいい。一度やってみれば、思ってたのと違う結果が出るかもしれないだろ。本当は、そういう結果を出したいんじゃないのか」
 ウィリアムの真摯な言葉に、ユンが目をしばたいた。ジェシカも見守るようにこちらを見ている。まっすぐに見つめられたリンは、ひとつ息をついてからゆっくりと顔を上げた。
「そうだ……じゃあ、一度だけ。一度だけ試してみてもいいよ。僕なんかでも、力になれるなら」
「なれるよ。だってボクらは、キミの力を探してたんだから」
 ユンがふっと笑って、四人の中心に手を伸ばす。

「とりあえず、これでチーム結成だな!」
 互いに手を重ねようとして、ウィリアムはリンの長すぎる袖に気がついた。
「なあリン、お前なんで右手隠してんだ?」
「えっとそれは……気にしないで」
 隠している。知られたくないのだ――本能的に悟って追及をやめた。今はそこに拘っている場合ではないのだ。

 ――カラカラカラ、カーン。
 まるで四人を待っていたかのように、討伐開始の鐘が鳴る。

◆◇◆

 即興の作戦を組んで、四人は戦場へ繰り出した。
「飛んでる敵は私に任せて! 魔法で撃ち落とす!」
「なんでもいいから補助魔法ってのを頼む!」
「いいから急いで!」
 急かされるままに、リンは右袖を光らせる。
「えっと――風よ、彼の者に祝福を。<ベル・ヴェント>!」
 緑の光がウィリアムの手足を包んだかと思うと、身体が格段に軽くなった。
「これが補助魔法か」
 目にも止まらぬ速さで、魔物を二体同時に撃破する。背後で攻撃魔法が弾ける気配がする。ジェシカもこちらを巻き込まぬよう、狙いを定めて魔法を放っているのだ。

 一呼吸おいて、次はユンが剣を構える。さっと手を広げると、いつのまにかそこには精密な魔法陣があった。
「さて、ボクもいいところ見せないとね――必殺、<ステラ・グランセクル>!」
 剣先で丸く陣を描くと、星の光が剣から円状に現れ、地に落ちた鳥型の魔物を一気に切り裂いた。
 大技の隙に近づく魔物を、リンがタイミングよく盾魔法で防ぐ。
「みんな大活躍じゃないか、負けてられないな」
 気合を入れ直すと、ウィリアムも魔物の腕を切り離し、真っ二つにとどめを刺す。

 そのとき、ふわりと浮かぶような、足をとられて沈んでいくような、不思議な感覚に包まれた。
(……あれ?)
 胸の奥で、扉が開きかけていた。
(なんだ?)
 扉の向こうから、得体のしれない力を感じる。
 ――これは禁断の力、意図なく開いてはならぬ扉――
 どこかで聞いた、けれど知らない声が告げる。なぜそんなものが、ウィリアムの奥底に眠っている?
「ウィリアム、後ろ!」
 鋭い声にはっとして、奇妙な感覚は途絶えた。迫る魔物の爪をいなしながら、ウィリアムは謎の扉と声を思い返していた。
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