[5]善か悪か、敵か味方か

 ところが、廊下に出ると際立つ人影が見えた。遠慮のない紅の髪、頭一つ抜けた長身は離れていても嫌でも目に入る。
「ねえ、あれってルビウスじゃないかな」
 じゃないかな、でなく明らかにあの男だ。振り向きざまに靡いた髪が、ウィリアムの瞳をぎゅっと掴んだ。
「どうしたよお前ら、揃いも揃って」
 軽い応答は、天才の余裕を感じさせる。その気迫を恐れずに、あるいは感じずに、ユンが切り返す。
「あんまり基地で見かけないから、珍しいなーって思って。どうしてここに?」
 敵意を感じさせない問いかけに、ルビウスも答えを隠さない。
「オレはちょっと、調べ物をしてただけさ。おとぎ話みたいな楽園への鍵をね」

 ――楽園への鍵?
 もしかしたらそれは、ウィリアムのよく知る片翼の鍵ではないか。
「なあ、その鍵って――」
「鍵について話すなら、場所、変えようぜ」
  ルビウスは親指で窓の外を指した。廊下でする話題ではない、ということだろう。そうだなと返事をし、ウィリアムはまず仲間を顧みた。
「悪い、シュバルトさんのところには三人で――」
「わかってるわ。気をつけて」
 三人に見送られながら、ウィリアムは廊下を後にするのだった。

◇◆◇

「こんなところまでついてくるってことは、お前本気で知りたいんだな。鍵のこと」
 こんなところ、というのは、基地にある結界の外側のことだ。いつ魔物が現れるかわからない場所で、ウィリアムは前置きもしないまま問う。
「楽園の鍵って、なんなんだ? さっき言ってただろ」
「なんで教えなきゃならない?」
「気になったからだよ。この討伐隊にそんな謎があるって」
「そりゃそうだ。そもそも正義の味方になろうとしてここにいる奴の方が少ない。作った奴だって同じだろ」
「オレはそんなことを聞きに来たんじゃない」
 ひねくれた持論を突っ返されてもウィリアムは怯まない。ルビウスはそんな鋭さをしばらく受け止めていたが、やがて感心したように語り出した。

「お前は、魔王とやらがどうやって封印されたか知っているか?」
 考えてもいなかった単語にウィリアムは目を剥いた。かつて世を脅かしていた、魔物の長であるはずの存在。賢者が封じたという元凶。なぜ今ここでその名が出てくるのか。疑問が顔に出ていたのか、紅髪の男は聞かれる前に答える。
「元々『楽園の扉を開く鍵』っていうのは、賢者サマの言葉なんだってよ。魔王を封印したのもあいつだ」
「魔王を封じたときの、鍵の役割が何なのかを見つけ出してみせる。だからオレは討伐隊に来た。けど賢者サマは行方知れず。だとしたら、真実を知るには鍵を追うしかない」

 つまり、彼が追っているのは魔王にまつわる真相なのだ。楽園の鍵は中継地点にすぎない。
「魔王って、なんでそんなこと知りたいんだよ」
「なんでって、そりゃ――」
 会話はそこで途切れた。ぎろり。天才は目の色を変えて、注意を明後日の方向に飛ばす。そこでウィリアムも気づいた。そこには禍々しい気を放つ大男がいた。否――人間ではない。その証拠に、いままでさんざん戦ってきた敵がその巨体を取り囲んでいる。
「魔物? いつの間に!」

 大きな人型の魔物が、獣の姿の部下を三体引き連れて現れたのだ。先刻の討伐では、これほどの大物なんて見るどころか感じることさえなかったはずだ。ならば何故?
「喋るなってことかもな」
 懐からナイフを取り出し、冗談めかして天才は構える。理由はどうあれ敵意を感じたら応じるのが戦士であり、魔物を見つけたら倒すのが討伐隊だ。
「ようこそ敵さん。それと――お別れだ」
 言い切った頃にはもう、ルビウスは敵将の頭と四肢とを切り離していた。ウィリアムも向かってきた小さな魔物を斬り伏せてはいた。その間にあの男は他のすべてを片づけてしまったのだ。これが天才の本気なのか。はたまたこれ以上があるのか。とにかく、戦闘は一瞬で終わってしまった。
 ルビウスが捨て置いた、銀の輝きが一つだけ地面に残っている。人型の魔物を形成していた核。処分に困っただけなのか、それとも情けなのか。どちらにせよ受け取らない理由はない。この銀の欠片こそが、ウィリアムの戦う意味なのだから。

 魔物の気配も消えて場の空気が落ち着くと、今度はルビウスから口を開いた。
「そういえば、三番隊は単独任務だったな」
「ああ。廃墟の研究施設に行くんだ」
話の矛先が急にこちらに向いたものだから、ありふれた受け答えになってしまう。けれど相手はそこから何かを掴んだようだった。
「それって、ヴェノモーヴ研究所か?」
「そう言ってた気がするけど、知ってるのか?」
「いや、気になっただけだ。四人で魔物の群れと戦うんだから、山の下に降りて街で買い物でもしてきたらどうだ? 準備を整えろってやつさ」
「そうしてみる。ありがとな!」
 早々に去ったのは、これ以上ここにいても何も起こらないと踏んだからだ。シオンのときのようにことばで拒絶されたわけではない。ただ、橙の双眸は一度たりともこちらの目を見ていなかったのだ。
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