[4]トラスダンジュ
ウィリアムはしばらくその場に固まっていた。が、いつまでもそうしているわけにはいかない。
――悲鳴がする。金切り声が、彼を現実に引き戻す。まだ、終わっていない!
「こっちか!」
騒がしいのは街の中心部だ。走り回りながら首を巡らせても、マルクの姿は捕えられない。隠れているのか、もしかしたら魔物だけばらまいて消えてしまったのかもしれない。
商店街は、荒れていた。逃げ惑う人々と応戦する者たちが入り乱れ、魔法と剣が飛び交う。そんな中、三番隊の面々も力を尽くしていた。ウィリアムが合流して、挨拶を交わす間もなくジェシカの声が飛ぶ。
「ユン、動けない人たちの避難をお願い!」
「いや、あたしとカノンで行く。前衛はちゃんと剣を振りな!」
言うや否や、ドロシーは駆け出した。カノンもふわりと後を追う。相手がこの数ではもはやチームなど関係ない。少なくとも、この場の者たちにとっては。
「我が力よ、盾となりて総てを護れ!」
長い袖が揺れ、リンの結んだ印は魔力の防壁と化す。その間に、少しでも魔物を減らすしかない。呪文と共に現れた風刃の狙いは的確で、魔物たちの機動力を奪う。ユンが剣で叩き、光魔法でとどめを刺す。その間にも、災厄の使いは次から次へとやってくる。
「ねえジェシカ、火とかでばーっとやっちゃえないの?」
「あまり派手にやると街を巻き込むわ。慎重にいかないと」
「でもそれじゃ押されちゃうよ!」
無心に剣を振りながら、ひとつ、可能性が浮かんだ。鍵。扉。あれならば。
「オレ、やってみる」
時折ウィリアムのもとにやってくる、凄まじい力の覚醒。あれを呼び覚ますことができれば、きっとこの場も乗り切ることができる。ウィリアムの、仲間の窮地を幾度か救ってくれた力。あの奔流が、答えてくれたら。
目を閉じて、懐の鍵を静かに握る。この暗闇のどこかに、扉があるのだ。開くことができれば――。
果たして闇は、闇のままだった。いくら探っても、覚醒の象徴まで辿りつけない。
(なんでだよ)
熱く滾るあの感覚は、待てども待てども訪れない。
「なんで来ないんだよ」
鍵を握りしめても答えは出ない。もう一度、ぎゅっと目を瞑ったとき、
「ウィリアム、しっかりして!」
邪気。魔物の一撃を、魔法の盾が反射する。リンが助けてくれたのだ。こうなったら、もう覚醒に頼ってはいられない。剣の柄を握り直す。
「悪い。今度こそ援護頼むぜ!」
「わかった、補助を――あっ!」
仲間に気をとられた一瞬、一体の魔物がリンの防壁をすり抜けていった。
「どうしよう……!」
迫りくる敵や攻撃を抑えることはできても、突破されてしまってはどうにもならない。不運なことに、羽ばたく魔物の進路には、若い娘がいた。桜色の髪、白と黒の給仕服――。
「ケリーさん!」
向けられた凶刃に対し、ただの召使いになす術はない。尻餅をついて、ただただ震えるのみだ。
「まずい! 我が剣に舞う雷よ、」
魔力を飛ばそうとした剣先が、ケリーに重なる。引き金が、引けない。
(駄目だ。魔法じゃあの人に当たる!)
考える前に足が動いた。が、走って間に合う距離ではない。怯んだ給仕の少女に、異形の爪が迫る――!
「させない!」
――光の矢。
放たれた聖なる魔法が、まっすぐに魔物を貫く。
月のように、弧を描く弓が、彼女の手にあった。結っていた髪がほどけて、街の白さに照らされる。そこには少女がいた。月に似ている銀髪。空の蒼さをうつしとった瞳。弓に添えられた指先まで染み渡る、花のようなうつくしさ。そこには、凛とした少女がいた。知らず知らずのうちに、視線が吸い寄せられていく。さっきまで呼んでいたはずの、ジェシカという名が咄嗟に出てこない。
「キミ、は」
呟くユンが見たものはきっと、ジェシカがこれまで隠してきた姿――。
魔物の核が落ちて、からんと音を立てる。
凍りついてしまったように、矢を射った少女は動かない。固まっていたのは、助けられた側もまた同じ。極限まで見開かれたケリーの目に、はっきりと、その姿は映っている。
見つめあった形のまま、沈黙を破るために、運命の針を進めるように――核心の一言は、こぼれた。
「お嬢、様……?」
――悲鳴がする。金切り声が、彼を現実に引き戻す。まだ、終わっていない!
「こっちか!」
騒がしいのは街の中心部だ。走り回りながら首を巡らせても、マルクの姿は捕えられない。隠れているのか、もしかしたら魔物だけばらまいて消えてしまったのかもしれない。
商店街は、荒れていた。逃げ惑う人々と応戦する者たちが入り乱れ、魔法と剣が飛び交う。そんな中、三番隊の面々も力を尽くしていた。ウィリアムが合流して、挨拶を交わす間もなくジェシカの声が飛ぶ。
「ユン、動けない人たちの避難をお願い!」
「いや、あたしとカノンで行く。前衛はちゃんと剣を振りな!」
言うや否や、ドロシーは駆け出した。カノンもふわりと後を追う。相手がこの数ではもはやチームなど関係ない。少なくとも、この場の者たちにとっては。
「我が力よ、盾となりて総てを護れ!」
長い袖が揺れ、リンの結んだ印は魔力の防壁と化す。その間に、少しでも魔物を減らすしかない。呪文と共に現れた風刃の狙いは的確で、魔物たちの機動力を奪う。ユンが剣で叩き、光魔法でとどめを刺す。その間にも、災厄の使いは次から次へとやってくる。
「ねえジェシカ、火とかでばーっとやっちゃえないの?」
「あまり派手にやると街を巻き込むわ。慎重にいかないと」
「でもそれじゃ押されちゃうよ!」
無心に剣を振りながら、ひとつ、可能性が浮かんだ。鍵。扉。あれならば。
「オレ、やってみる」
時折ウィリアムのもとにやってくる、凄まじい力の覚醒。あれを呼び覚ますことができれば、きっとこの場も乗り切ることができる。ウィリアムの、仲間の窮地を幾度か救ってくれた力。あの奔流が、答えてくれたら。
目を閉じて、懐の鍵を静かに握る。この暗闇のどこかに、扉があるのだ。開くことができれば――。
果たして闇は、闇のままだった。いくら探っても、覚醒の象徴まで辿りつけない。
(なんでだよ)
熱く滾るあの感覚は、待てども待てども訪れない。
「なんで来ないんだよ」
鍵を握りしめても答えは出ない。もう一度、ぎゅっと目を瞑ったとき、
「ウィリアム、しっかりして!」
邪気。魔物の一撃を、魔法の盾が反射する。リンが助けてくれたのだ。こうなったら、もう覚醒に頼ってはいられない。剣の柄を握り直す。
「悪い。今度こそ援護頼むぜ!」
「わかった、補助を――あっ!」
仲間に気をとられた一瞬、一体の魔物がリンの防壁をすり抜けていった。
「どうしよう……!」
迫りくる敵や攻撃を抑えることはできても、突破されてしまってはどうにもならない。不運なことに、羽ばたく魔物の進路には、若い娘がいた。桜色の髪、白と黒の給仕服――。
「ケリーさん!」
向けられた凶刃に対し、ただの召使いになす術はない。尻餅をついて、ただただ震えるのみだ。
「まずい! 我が剣に舞う雷よ、」
魔力を飛ばそうとした剣先が、ケリーに重なる。引き金が、引けない。
(駄目だ。魔法じゃあの人に当たる!)
考える前に足が動いた。が、走って間に合う距離ではない。怯んだ給仕の少女に、異形の爪が迫る――!
「させない!」
――光の矢。
放たれた聖なる魔法が、まっすぐに魔物を貫く。
月のように、弧を描く弓が、彼女の手にあった。結っていた髪がほどけて、街の白さに照らされる。そこには少女がいた。月に似ている銀髪。空の蒼さをうつしとった瞳。弓に添えられた指先まで染み渡る、花のようなうつくしさ。そこには、凛とした少女がいた。知らず知らずのうちに、視線が吸い寄せられていく。さっきまで呼んでいたはずの、ジェシカという名が咄嗟に出てこない。
「キミ、は」
呟くユンが見たものはきっと、ジェシカがこれまで隠してきた姿――。
魔物の核が落ちて、からんと音を立てる。
凍りついてしまったように、矢を射った少女は動かない。固まっていたのは、助けられた側もまた同じ。極限まで見開かれたケリーの目に、はっきりと、その姿は映っている。
見つめあった形のまま、沈黙を破るために、運命の針を進めるように――核心の一言は、こぼれた。
「お嬢、様……?」