[1]討伐隊
討伐隊基地の三階より上は隊員の宿泊施設になっている。二階には隊員専用の食堂があり、ウィリアムは翌朝の食事をそこで済ませた。
そのときちょうど、どこからともなくユンがやってきた。食堂がざわめく。彼女はその背に、星が散るほど美しい少女を連れてきたのだった。
「やっほー、ウィリアム。さっそくだけど紹介するね、この子はジェシカ。ボクの友達で、一緒にチーム組もうって話をしてたんだ! ウィリアムの仲間にもなるだろうから、先に連れてきちゃった」
「ジェシカよ。よろしくね」
そういって名乗ったのは、ウィリアムと同じ年頃の少女だ。頭の後ろでくるりと巻かれた、星空に似た銀の輝きをもつ髪。空を思わせる青い瞳。すらっとした立ち姿になめらかな白い肌、薔薇色の頬をした、それはそれは綺麗な娘。けれどウィリアムの中では、少女の印象より驚きが勝った。
「オレはウィリアムだ。よろしく。それで、えっと」
「もう、ユンったら、突然仲間を紹介するって言い出して……ごめんなさいね、あの子、少しおてんばだから」
突然の出会いに困惑しているのはウィリアムだけではないようだ。当のユンは、シュバルトに用事があるとこの場を去ってしまったのだ。
「仲間ってことは、今までもユンと一緒に戦ってたのか?」
ユンの様子を見る限り、二人は友人関係にあるらしい。それにしては、昨日は姿を見なかった。
「いいえ、私は彼女とは別のチームにいたのよ」
それから気まずい沈黙が続いた。いったい何を話せというのか――ふと思いついて、そっと尋ねる。
「えーっと、ジェシカ、だっけ。どうして討伐隊に来たんだ」
そのときウィリアムは、少女の青い瞳に強い決意のひかりを見た。
「ここなら、すべての人を助けることができると思って」
「すべての人?」
「魔物に襲われてけがをしたり、住処をなくした人たちのことを、見捨てない組織。それがこの討伐隊よ。前のチームを抜けて援助に回ってから確信したの。ここは、都市がお金で作った軍隊とは違うって」
「軍隊じゃない……か。オレにはよくわからないけど」
「わからなくていいわ、私のことだもの。ただ、誰かを助けたい気持ちなら負けない。そのためなら新しいチームに入って、戦うことだってできるわ。攻撃魔法は得意なのよ」
その口ぶりからは、彼女はただの心優しい少女ではなく、気高い意志を持つ戦士のひとりだということが伺えた。なにか暖かいものにふれて、心の内側が静かに震える。
「あなたは何か、目的があってここにいるの?」
ジェシカはきりっと尋ね返したが、ウィリアムはすこし躊躇う。開かれた分だけ、心を開かなければならない気がした。
「オレは――奴らと戦わないといけないんだ。たぶんオレだけの事情があって」
「安心するといいわ。討伐隊員はみんな事情持ちばかりだもの。『ご褒美』目当てで点を稼ぐことだけを考える隊員もいるくらいよ」
「ご褒美?」
知らない概念が出てきて、ウィリアムは聞き返した。
「魔物をたくさん倒したチームがもらえるのよ。新しい武器だったり、ちょっとぜいたくな食事だったり。私は副産物みたいなものだと思ってるわ。討伐隊本来の目的は、魔物に苦しむ人々を助けることだもの」
答えるジェシカはどこか遠くを見る目をしている。
「だから報酬目当てに戦うのは、少し、納得いかないの。……あなたはそうじゃないでしょ?」
「……わからない」
ウィリアムの目的は人助けではない。己の記憶だ。報酬目当ての者たちと何が違うのか、今の自分には判断がつかなかった。再びの沈黙。記憶を失う前の自分は、誰かのために戦えたのだろうか。顔を上げて、凛とした少女に問いかける。
「なあ、ジェシカ。お前が人助けにこだわる理由って、何か――」
言いかけたとき、二人の間に知った声が割り込んだ。
「二人とも!」
きらきら輝く黒い瞳。持ち主である少女――ユンは、跳ねるような声で二人に語りかける。
「シュウさんがね、試しに三人チームで戦ってみてもいいって!」
「本当か!?」
吉報を受け、ウィリアムは思わず立ち上がる。
「珍しいわね、シュバルトさんがそんな判断をするなんて」
「さっそく行こうぜ!」
「だめだよ。討伐隊がこのへんの魔物と戦うのは、合図の鐘が鳴ったときだけ。依頼されれば、遠くに行って魔物退治をすることもあるけど、今はそうじゃない」
というユンの解説により、一行は鐘が鳴るのをただ待つ羽目になるのであった。
◆◇◆
待ちに待った試験実戦――ところが。
「散々だったね……いたたたた」
傷だらけのユンがうなだれる。ジェシカの魔法が道をふさぎ、ウィリアムとユンは魔物に気を取られて正面衝突し、結果として誰一人まともな連携ができなかったのだ。
「巻き込んでしまってごめんなさい。熱かったでしょう」
「ちょっと服が焦げたくらいだから大丈夫だ。にしても、なんでこんなにうまくいかないんだ……?」
ウィリアムの疑問に、ジェシカがぽんと手を打った。
「思ったのだけれど、私たちには補助魔法が足りないのよ」
補助魔法。対象の能力を高めたり、攻撃を防いだりする、名前の通り先頭の補助に使われる魔法だ。この場には、それを扱えるものが誰もいない。
「そういえば、ボクがシュウさんと一緒に戦うときも、そんなことしてもらってた気がする」
ジェシカが人差し指を立てた。
「そもそも魔法の術は魔法陣を描いて、それに魔力を込めながら詠唱をすることによって発動するの。後衛の魔法使いはその間に前衛にカバーしてもらわなきゃいけない。けれどその前衛を陰から支える補助魔法がないから、今みたいに間に合わなかったり、慌てて転んだりするのよ」
ジェシカの解説に、ああ、とユンが相槌を打つ。
「シュウさんが決めたチームは、だいたい前衛二人に後衛二人、って編成だったね。その方がバランスがいいんだって」
「結局メンバー探しをしなきゃいけないってことか。そのへんにいねえかな、ぴったりな奴」
そこでふとこちらを見たジェシカが、何かに気がついた。
「ってウィリアム、あなたひどい怪我してるじゃない!」
「ああこれ、魔物にやられて……」
慣れない連携に戸惑った隙をつかれて、鋭い爪が右腕を抉ったのだ。痛みはあるが、仲間との対話を優先させていた。ジェシカが慌てて応急手当をする。ユンはさらに落ち着きをなくして口走る。
「この傷じゃ、すぐ医務室に行かないと! 治癒術師の人に診てもらおう」
「ちょっと、引っ張らなくていいから!」
先程とは打って変わって、三人はばたばたと走り出すのだった。
そのときちょうど、どこからともなくユンがやってきた。食堂がざわめく。彼女はその背に、星が散るほど美しい少女を連れてきたのだった。
「やっほー、ウィリアム。さっそくだけど紹介するね、この子はジェシカ。ボクの友達で、一緒にチーム組もうって話をしてたんだ! ウィリアムの仲間にもなるだろうから、先に連れてきちゃった」
「ジェシカよ。よろしくね」
そういって名乗ったのは、ウィリアムと同じ年頃の少女だ。頭の後ろでくるりと巻かれた、星空に似た銀の輝きをもつ髪。空を思わせる青い瞳。すらっとした立ち姿になめらかな白い肌、薔薇色の頬をした、それはそれは綺麗な娘。けれどウィリアムの中では、少女の印象より驚きが勝った。
「オレはウィリアムだ。よろしく。それで、えっと」
「もう、ユンったら、突然仲間を紹介するって言い出して……ごめんなさいね、あの子、少しおてんばだから」
突然の出会いに困惑しているのはウィリアムだけではないようだ。当のユンは、シュバルトに用事があるとこの場を去ってしまったのだ。
「仲間ってことは、今までもユンと一緒に戦ってたのか?」
ユンの様子を見る限り、二人は友人関係にあるらしい。それにしては、昨日は姿を見なかった。
「いいえ、私は彼女とは別のチームにいたのよ」
それから気まずい沈黙が続いた。いったい何を話せというのか――ふと思いついて、そっと尋ねる。
「えーっと、ジェシカ、だっけ。どうして討伐隊に来たんだ」
そのときウィリアムは、少女の青い瞳に強い決意のひかりを見た。
「ここなら、すべての人を助けることができると思って」
「すべての人?」
「魔物に襲われてけがをしたり、住処をなくした人たちのことを、見捨てない組織。それがこの討伐隊よ。前のチームを抜けて援助に回ってから確信したの。ここは、都市がお金で作った軍隊とは違うって」
「軍隊じゃない……か。オレにはよくわからないけど」
「わからなくていいわ、私のことだもの。ただ、誰かを助けたい気持ちなら負けない。そのためなら新しいチームに入って、戦うことだってできるわ。攻撃魔法は得意なのよ」
その口ぶりからは、彼女はただの心優しい少女ではなく、気高い意志を持つ戦士のひとりだということが伺えた。なにか暖かいものにふれて、心の内側が静かに震える。
「あなたは何か、目的があってここにいるの?」
ジェシカはきりっと尋ね返したが、ウィリアムはすこし躊躇う。開かれた分だけ、心を開かなければならない気がした。
「オレは――奴らと戦わないといけないんだ。たぶんオレだけの事情があって」
「安心するといいわ。討伐隊員はみんな事情持ちばかりだもの。『ご褒美』目当てで点を稼ぐことだけを考える隊員もいるくらいよ」
「ご褒美?」
知らない概念が出てきて、ウィリアムは聞き返した。
「魔物をたくさん倒したチームがもらえるのよ。新しい武器だったり、ちょっとぜいたくな食事だったり。私は副産物みたいなものだと思ってるわ。討伐隊本来の目的は、魔物に苦しむ人々を助けることだもの」
答えるジェシカはどこか遠くを見る目をしている。
「だから報酬目当てに戦うのは、少し、納得いかないの。……あなたはそうじゃないでしょ?」
「……わからない」
ウィリアムの目的は人助けではない。己の記憶だ。報酬目当ての者たちと何が違うのか、今の自分には判断がつかなかった。再びの沈黙。記憶を失う前の自分は、誰かのために戦えたのだろうか。顔を上げて、凛とした少女に問いかける。
「なあ、ジェシカ。お前が人助けにこだわる理由って、何か――」
言いかけたとき、二人の間に知った声が割り込んだ。
「二人とも!」
きらきら輝く黒い瞳。持ち主である少女――ユンは、跳ねるような声で二人に語りかける。
「シュウさんがね、試しに三人チームで戦ってみてもいいって!」
「本当か!?」
吉報を受け、ウィリアムは思わず立ち上がる。
「珍しいわね、シュバルトさんがそんな判断をするなんて」
「さっそく行こうぜ!」
「だめだよ。討伐隊がこのへんの魔物と戦うのは、合図の鐘が鳴ったときだけ。依頼されれば、遠くに行って魔物退治をすることもあるけど、今はそうじゃない」
というユンの解説により、一行は鐘が鳴るのをただ待つ羽目になるのであった。
◆◇◆
待ちに待った試験実戦――ところが。
「散々だったね……いたたたた」
傷だらけのユンがうなだれる。ジェシカの魔法が道をふさぎ、ウィリアムとユンは魔物に気を取られて正面衝突し、結果として誰一人まともな連携ができなかったのだ。
「巻き込んでしまってごめんなさい。熱かったでしょう」
「ちょっと服が焦げたくらいだから大丈夫だ。にしても、なんでこんなにうまくいかないんだ……?」
ウィリアムの疑問に、ジェシカがぽんと手を打った。
「思ったのだけれど、私たちには補助魔法が足りないのよ」
補助魔法。対象の能力を高めたり、攻撃を防いだりする、名前の通り先頭の補助に使われる魔法だ。この場には、それを扱えるものが誰もいない。
「そういえば、ボクがシュウさんと一緒に戦うときも、そんなことしてもらってた気がする」
ジェシカが人差し指を立てた。
「そもそも魔法の術は魔法陣を描いて、それに魔力を込めながら詠唱をすることによって発動するの。後衛の魔法使いはその間に前衛にカバーしてもらわなきゃいけない。けれどその前衛を陰から支える補助魔法がないから、今みたいに間に合わなかったり、慌てて転んだりするのよ」
ジェシカの解説に、ああ、とユンが相槌を打つ。
「シュウさんが決めたチームは、だいたい前衛二人に後衛二人、って編成だったね。その方がバランスがいいんだって」
「結局メンバー探しをしなきゃいけないってことか。そのへんにいねえかな、ぴったりな奴」
そこでふとこちらを見たジェシカが、何かに気がついた。
「ってウィリアム、あなたひどい怪我してるじゃない!」
「ああこれ、魔物にやられて……」
慣れない連携に戸惑った隙をつかれて、鋭い爪が右腕を抉ったのだ。痛みはあるが、仲間との対話を優先させていた。ジェシカが慌てて応急手当をする。ユンはさらに落ち着きをなくして口走る。
「この傷じゃ、すぐ医務室に行かないと! 治癒術師の人に診てもらおう」
「ちょっと、引っ張らなくていいから!」
先程とは打って変わって、三人はばたばたと走り出すのだった。