[4]トラスダンジュ
「話し中だってのに、タイミングの悪い奴ら」
会敵して、真っ先に術を放ったのはドロシーだった。空中の敵を薙ぎ払うように迎え撃つ。騒ぎは加速していった。魔物を恐れ逃げ惑う人々、面白がるように追う異形たち。討伐隊として――戦う者として、黙っているわけにはいかない。
「兵隊の人が来るまで、僕らがみんなを守らないと」
力を固めて、防護壁を展開する。リンと同時に、ウィリアムも動いた。
「行くぜ!」
「気をつけて」
剣の一振りが纏う光は、威力を高めるリンの術だ。味方全体に作用する、ありがたい補助魔法。
「いくよ、<ステラッシュ>!」
勢いに乗ってユンも速攻を決めていた。身体ごと振り回した剣から、星の光が溢れ出す。弾かれた魔物たちは動きを止めた。その隙に、ドロシーが声を張り上げた。
「とりあえず、戦えない人たちはあたしが安全なところに連れていく! 三番隊は魔物をどうにかしてくれ」
「わかった、そっちは頼む!」
人々の避難は、土地勘のある彼女に任せた方がいいはずだ。幸いまだ怪我人はいない。災厄を食い止めて、彼女らが安全なところに逃げるまでの時間を稼がなければ。そのためにウィリアムがすべきことは、敵の殲滅。
「食らいやがれ! <トゥローノ>!」
炸裂する雷の矢に、
「ひゅー、待ってたよ」
――被さった声。魔物でも味方でもない、第三の存在。
「討伐隊のお出ましじゃん」
街灯の上。青い空を背に、流れる橙の髪が右目を隠す。正方形の黒いなにかを右手に収めて、誰かがこちらを見下ろしていた。極端に口の端を釣り上げた、いやな笑み。
「マルク!」
叫ぶと同時に、思い出す。彼こそシオンが警戒し、疑う相手――。
(こいつが、オーブリの治癒術に手を出したかもしれないんだ)
真相を匂わせないまま、マルクはじっとりとこちらを見やる。鎌首をもたげた蛇のまなこ。
「やっとトラスダンジュも討伐隊を呼ぶ気になったらしいな」
彼はこちらを観察して、なにやら好き勝手にぼやいていた。が、目線で何かを探したと思うと、ひとつ舌打ちをする。
「……いるのは隊員だけか。ここまでしても出てこないのかよ、賢者ってやつは」
「キミは賢者サマを狙ってるの?」
魔法を放ちながら、それでもユンは確信を突いた言葉を逃しはしなかった。
「あ、やべ、声に出てた? まぁいいや。とにかくそういうわけだから、残念だけど今日はあんたらと遊んでる暇ないんだよね~」
高みの見物を決め込んで、マルクはもう一度立ち上がる。高い街灯の上で、立って座ってくるりと回る。そして、戦場の道化師は、突然表情を変えた。
「さてと、もういっちょやりますか。<解放――ディコンプレス>!」
耳に覚えのない詠唱と共に、キューブ状の物体から黒い靄が溢れ出す。魔。靄が形作ったのは、いくつもの魔物たち。
「魔物を、呼び出した……?」
信じがたい光景だった。けれどそれが真実である証拠に、蝙蝠型の魔物が空を覆っている。
「状況に変化はなし、と。それにしたって賢者は何をやってるんだろうなあ。これくらいの魔物、あいつ一人出てくれば済むだろうに」
討伐隊の面々が目を疑うのを尻目に、マルクは呼びかけるように軽口を叩く。
「お前らも大変だよな。賢者に置いて行かれたせいでこんなに苦労してるんだから」
「どういうことだよ、賢者っていったい――」
意味深な態度に、ウィリアムが引き寄せられたとき。相手は静かに言葉の牙を剥いた。
「あの男はただひたすらに強い。だから、あいつがいればお前らは、怪我だって無理だってしなくて済む」
その一言が、ウィリアムの胸に突き刺さった。ベッドに横たわるチームメイトの姿がよみがえる。賢者と呼ばれるその男がいれば、リンが倒れることも、彼が自分の無力を責めることもなかった……。
「じゃあ、討伐隊諸君はせいぜい一般市民を見捨てないように。魔物のお相手よろしく!」
「おい! どういうことだよ!」
去っていくマルクを、追いたかったのは山々だ。目を疑っている場合ではない。こうしている間にも、増えた魔物は人を襲い始めるだろう。討伐隊の手の及ばないところもあるはずだ。そんなとき、圧倒的な実力者がいれば。
――確かにおかしい。創始者たる賢者は、いま討伐隊にいない……。
零された毒に囚われて、一瞬他の全てを忘れた。自分がいま魔物の大群と戦っていることも、背後に敵が迫っていることも。
「ウィリアム、後ろ!」
ユンの声が飛ぶ。認識したときには、既に遅かった。振り返ると、目の前に黒い牙。回避も迎撃も、間に合わない――!
「舞え、炎よ!」
詠唱と共に現れた炎が、迫る敵を焼き尽くす。灼熱に照らされて輝く髪、赤を真っ直ぐに射抜く青い瞳。
「ジェシカ!」
来てくれた! 歓喜とともに迎えると、彼女は術で答えた。厄介な空飛ぶ魔物たちを、一瞬にして撃ち落とす。
「遅れてごめんなさい。でも、他のところの魔物はなんとかしてきたわ。援軍も来てくれたのよ」
彼女の後についてきたのは、トラスダンジュが抱える精鋭たちだ。
「ここにも討伐隊がいたのか! ありがたいぜ、後は任せろ!」
「残りはこいつらだけだ! 魔物どもを押し切れ!」
士気に溢れた彼らの叫びが、白い街を揺るがした。
会敵して、真っ先に術を放ったのはドロシーだった。空中の敵を薙ぎ払うように迎え撃つ。騒ぎは加速していった。魔物を恐れ逃げ惑う人々、面白がるように追う異形たち。討伐隊として――戦う者として、黙っているわけにはいかない。
「兵隊の人が来るまで、僕らがみんなを守らないと」
力を固めて、防護壁を展開する。リンと同時に、ウィリアムも動いた。
「行くぜ!」
「気をつけて」
剣の一振りが纏う光は、威力を高めるリンの術だ。味方全体に作用する、ありがたい補助魔法。
「いくよ、<ステラッシュ>!」
勢いに乗ってユンも速攻を決めていた。身体ごと振り回した剣から、星の光が溢れ出す。弾かれた魔物たちは動きを止めた。その隙に、ドロシーが声を張り上げた。
「とりあえず、戦えない人たちはあたしが安全なところに連れていく! 三番隊は魔物をどうにかしてくれ」
「わかった、そっちは頼む!」
人々の避難は、土地勘のある彼女に任せた方がいいはずだ。幸いまだ怪我人はいない。災厄を食い止めて、彼女らが安全なところに逃げるまでの時間を稼がなければ。そのためにウィリアムがすべきことは、敵の殲滅。
「食らいやがれ! <トゥローノ>!」
炸裂する雷の矢に、
「ひゅー、待ってたよ」
――被さった声。魔物でも味方でもない、第三の存在。
「討伐隊のお出ましじゃん」
街灯の上。青い空を背に、流れる橙の髪が右目を隠す。正方形の黒いなにかを右手に収めて、誰かがこちらを見下ろしていた。極端に口の端を釣り上げた、いやな笑み。
「マルク!」
叫ぶと同時に、思い出す。彼こそシオンが警戒し、疑う相手――。
(こいつが、オーブリの治癒術に手を出したかもしれないんだ)
真相を匂わせないまま、マルクはじっとりとこちらを見やる。鎌首をもたげた蛇のまなこ。
「やっとトラスダンジュも討伐隊を呼ぶ気になったらしいな」
彼はこちらを観察して、なにやら好き勝手にぼやいていた。が、目線で何かを探したと思うと、ひとつ舌打ちをする。
「……いるのは隊員だけか。ここまでしても出てこないのかよ、賢者ってやつは」
「キミは賢者サマを狙ってるの?」
魔法を放ちながら、それでもユンは確信を突いた言葉を逃しはしなかった。
「あ、やべ、声に出てた? まぁいいや。とにかくそういうわけだから、残念だけど今日はあんたらと遊んでる暇ないんだよね~」
高みの見物を決め込んで、マルクはもう一度立ち上がる。高い街灯の上で、立って座ってくるりと回る。そして、戦場の道化師は、突然表情を変えた。
「さてと、もういっちょやりますか。<解放――ディコンプレス>!」
耳に覚えのない詠唱と共に、キューブ状の物体から黒い靄が溢れ出す。魔。靄が形作ったのは、いくつもの魔物たち。
「魔物を、呼び出した……?」
信じがたい光景だった。けれどそれが真実である証拠に、蝙蝠型の魔物が空を覆っている。
「状況に変化はなし、と。それにしたって賢者は何をやってるんだろうなあ。これくらいの魔物、あいつ一人出てくれば済むだろうに」
討伐隊の面々が目を疑うのを尻目に、マルクは呼びかけるように軽口を叩く。
「お前らも大変だよな。賢者に置いて行かれたせいでこんなに苦労してるんだから」
「どういうことだよ、賢者っていったい――」
意味深な態度に、ウィリアムが引き寄せられたとき。相手は静かに言葉の牙を剥いた。
「あの男はただひたすらに強い。だから、あいつがいればお前らは、怪我だって無理だってしなくて済む」
その一言が、ウィリアムの胸に突き刺さった。ベッドに横たわるチームメイトの姿がよみがえる。賢者と呼ばれるその男がいれば、リンが倒れることも、彼が自分の無力を責めることもなかった……。
「じゃあ、討伐隊諸君はせいぜい一般市民を見捨てないように。魔物のお相手よろしく!」
「おい! どういうことだよ!」
去っていくマルクを、追いたかったのは山々だ。目を疑っている場合ではない。こうしている間にも、増えた魔物は人を襲い始めるだろう。討伐隊の手の及ばないところもあるはずだ。そんなとき、圧倒的な実力者がいれば。
――確かにおかしい。創始者たる賢者は、いま討伐隊にいない……。
零された毒に囚われて、一瞬他の全てを忘れた。自分がいま魔物の大群と戦っていることも、背後に敵が迫っていることも。
「ウィリアム、後ろ!」
ユンの声が飛ぶ。認識したときには、既に遅かった。振り返ると、目の前に黒い牙。回避も迎撃も、間に合わない――!
「舞え、炎よ!」
詠唱と共に現れた炎が、迫る敵を焼き尽くす。灼熱に照らされて輝く髪、赤を真っ直ぐに射抜く青い瞳。
「ジェシカ!」
来てくれた! 歓喜とともに迎えると、彼女は術で答えた。厄介な空飛ぶ魔物たちを、一瞬にして撃ち落とす。
「遅れてごめんなさい。でも、他のところの魔物はなんとかしてきたわ。援軍も来てくれたのよ」
彼女の後についてきたのは、トラスダンジュが抱える精鋭たちだ。
「ここにも討伐隊がいたのか! ありがたいぜ、後は任せろ!」
「残りはこいつらだけだ! 魔物どもを押し切れ!」
士気に溢れた彼らの叫びが、白い街を揺るがした。