[4]トラスダンジュ
「三番隊のウィリアムって、あんたのことか?」
そこにいたのは同年代の少女だった。ウィッチを思わせる三角の帽子を被り、オーバーオールをアレンジした珍しい衣装を身に纏っている。興味津々に光る瞳が、ウィリアムを真正面から捉えた。
「そうだけど。ってことは、お前も討伐隊なのか」
「あたしはドロシー。一番隊だよ。あんたらのことはヒューゴからよく聞いてる。感じがよくて面白い奴らだって評判だ」
一番隊の少女は、初対面とは思えないほど大胆に舌を回す。ヒューゴの人懐っこい笑顔が浮かんだ。彼らもそう不仲ではないのだろう。恐らく、ルビウスを除いては。
「そういや、カノンが言ってた病人はちゃんと回復したのか?」
「あっ、それ、僕、です。カノンさんに手間をかけさせてしまったみたいで、ごめんなさい」
物怖じしながら名乗り出たリンに、ドロシーは目くじらを立てる。
「もっと堂々としろっての。そんなんだからオーブリでも余計な疑いをかけられるんだよ」
口ぶりからするに、彼女はオーブリでの騒ぎを見ていたらしい。厳しい指摘に、リンは下を向いてしまう。彼はそういう少年だからだ。
「そう、だね。僕がこんなだから、みんなにも迷惑かけて」
「そういう意味じゃない! だから、もっと胸を張れって言ってんだ」
態度からするに、どうやら敵意を抱いているわけではないようだ。言葉選びがきついのは、ドロシーがそういう少女だからなのだろう。とにかく、と一連の流れを押し切って、彼女は強引に話を進める。
「せっかく噂の三番隊と会えたんだ、ちょっと話さないか?」
道の先を指差し、一番隊の魔法使いはにやりと笑った。
「ここはあたしの故郷なのさ。道案内してやるよ」
整然とした街並みには、こちらを圧倒する断崖のように白い建物が連なっている。街の外壁も白く、家屋と道を隔てる塀も純白に塗られている。
「ここトラスダンジュには、神の使いである天使さまが生まれるっていう伝説が残ってるんだ」
その白い街を進みながら、ドロシーは都市に流れる思想を教えてくれた。
「この街の貴族っていうのは、『天使が生まれるかもしれない血族』の家のことさ。今では権力を示すために、よってたかって信仰を示している、とも言われてるけど……。まあ、そういうわけで、街中に天使さまの彫刻が飾ってあるってわけさ」
商店街への道のり、宿屋に戻る方向、ドロシーが商人の家に生まれたこと。様々な話を聞きながら煌めく街道を歩く。その途中でユンが訪ねた。
「ねえ、ドロシー。キミはどこに行こうとしてるの?」
「久々だからな、会いたい奴がいるのさ。もうすぐ着くよ」
そこは傍目から見ても、トラスダンジュで最も飾られた一画だった。城と見まごう大きな家の群れは、ここ一帯が貴族の暮らす区画であることを示している。建物のそばや広場に建てられた彫刻も、明らかに手の込んだものになっていた。
装飾のひとつひとつに目を奪われながらも、ドロシーの背中をついていく。彼女はとりわけ大きな門の前で立ち止まった。
「あったあった、この家さ。あの頃から変わってない」
視界に収まりきらないほどのお屋敷だ。今は閉ざされている門の向こうでは、彫刻の天使がいくつも並んで、天に祈りを捧げている。相当な権力を持った家なのだろう。ドロシーは感慨に浸る。
「子どものころ、ここのお嬢様に、いつもちょっかい入れてたんだ。今頃どうしてるのかと思ってさ」
思い出の中の友達。思わずシェリーの顔が浮かんだ。会えるといいな、と相槌を打つ。
「お客様、でしょうか」
そのとき、門の向こうに誰かが現れた。桜色のおかっぱ頭が特徴的な少女だった。白と黒を基調とした衣装からすると、貴族に仕える召使いといったところだろう。門を開けて、彼女は丁寧にお辞儀をした。
「申し遅れました。こちらのお屋敷に勤めております、ケリーと申します。旦那様にご用でしょうか?」
「ここにさ、シルヴィってお嬢様いただろ? あたしくらいの年でさ。もし会えたらと思って来てみたんだけど」
ドロシーは相手の立場を気にせず、無遠慮に聞いた。世間話のような物言いだった。しかし、対するケリーは俯いて口を噤んだ。
不自然な沈黙に、ウィリアムとリンは顔を見合わせた。ユンはというと、知らぬ間に一歩前に出ている。ドロシーが、「なあ」と念を押すと、観念したようにケリーが口を開いた。
「シルヴィお嬢様は、一年前に、病気で亡くなりましたわ」
絞りだされた報せを聞いて、ドロシーは絶句しているようだった。ウィリアムは思わず、隣のリンと顔を見合わせる。こういうとき、果たしてどんな言葉をかけるべきなのか。
「ちがうよね。キミ、嘘ついてる」
静寂を破ったのはユンだった。どこかで見せた昏い目で、召使いの娘をじっと見つめている。睨むのではなく、見通すかたちで。
「おい、ユン」
「キミの目に浮かぶ悲しみは、ひとの死をみた悲しみじゃない。だってキミはあきらめてないでしょ?」
仲間の静止も聞かず、ユンは問い続ける。乾いて張りつめた空気は、ウィリアムが首を動かすことも許してくれない。ドロシーは見開いた目で、ユンの横顔を食い入るように見つめていた。ケリーが告げた少女の死が、嘘だというなら。
「ねえ、召使いさん。本当は、どうなの?」
「待機兵士、出動せよ! 魔物が出たぞー!」
そのとき、雄々しい声がすべてを引き裂いた。魔物という単語が一同を塗り替える。それは真実に辿りつきかけていたユンも同じ。剣を抜き、背を向ける。
「きっとまた来るから、――教えてね!」
あっちだ、というドロシーの声に続き、一行は魔物の気配を追い始めた。その場に召使いの少女と、力強い口約束を残して。
そこにいたのは同年代の少女だった。ウィッチを思わせる三角の帽子を被り、オーバーオールをアレンジした珍しい衣装を身に纏っている。興味津々に光る瞳が、ウィリアムを真正面から捉えた。
「そうだけど。ってことは、お前も討伐隊なのか」
「あたしはドロシー。一番隊だよ。あんたらのことはヒューゴからよく聞いてる。感じがよくて面白い奴らだって評判だ」
一番隊の少女は、初対面とは思えないほど大胆に舌を回す。ヒューゴの人懐っこい笑顔が浮かんだ。彼らもそう不仲ではないのだろう。恐らく、ルビウスを除いては。
「そういや、カノンが言ってた病人はちゃんと回復したのか?」
「あっ、それ、僕、です。カノンさんに手間をかけさせてしまったみたいで、ごめんなさい」
物怖じしながら名乗り出たリンに、ドロシーは目くじらを立てる。
「もっと堂々としろっての。そんなんだからオーブリでも余計な疑いをかけられるんだよ」
口ぶりからするに、彼女はオーブリでの騒ぎを見ていたらしい。厳しい指摘に、リンは下を向いてしまう。彼はそういう少年だからだ。
「そう、だね。僕がこんなだから、みんなにも迷惑かけて」
「そういう意味じゃない! だから、もっと胸を張れって言ってんだ」
態度からするに、どうやら敵意を抱いているわけではないようだ。言葉選びがきついのは、ドロシーがそういう少女だからなのだろう。とにかく、と一連の流れを押し切って、彼女は強引に話を進める。
「せっかく噂の三番隊と会えたんだ、ちょっと話さないか?」
道の先を指差し、一番隊の魔法使いはにやりと笑った。
「ここはあたしの故郷なのさ。道案内してやるよ」
整然とした街並みには、こちらを圧倒する断崖のように白い建物が連なっている。街の外壁も白く、家屋と道を隔てる塀も純白に塗られている。
「ここトラスダンジュには、神の使いである天使さまが生まれるっていう伝説が残ってるんだ」
その白い街を進みながら、ドロシーは都市に流れる思想を教えてくれた。
「この街の貴族っていうのは、『天使が生まれるかもしれない血族』の家のことさ。今では権力を示すために、よってたかって信仰を示している、とも言われてるけど……。まあ、そういうわけで、街中に天使さまの彫刻が飾ってあるってわけさ」
商店街への道のり、宿屋に戻る方向、ドロシーが商人の家に生まれたこと。様々な話を聞きながら煌めく街道を歩く。その途中でユンが訪ねた。
「ねえ、ドロシー。キミはどこに行こうとしてるの?」
「久々だからな、会いたい奴がいるのさ。もうすぐ着くよ」
そこは傍目から見ても、トラスダンジュで最も飾られた一画だった。城と見まごう大きな家の群れは、ここ一帯が貴族の暮らす区画であることを示している。建物のそばや広場に建てられた彫刻も、明らかに手の込んだものになっていた。
装飾のひとつひとつに目を奪われながらも、ドロシーの背中をついていく。彼女はとりわけ大きな門の前で立ち止まった。
「あったあった、この家さ。あの頃から変わってない」
視界に収まりきらないほどのお屋敷だ。今は閉ざされている門の向こうでは、彫刻の天使がいくつも並んで、天に祈りを捧げている。相当な権力を持った家なのだろう。ドロシーは感慨に浸る。
「子どものころ、ここのお嬢様に、いつもちょっかい入れてたんだ。今頃どうしてるのかと思ってさ」
思い出の中の友達。思わずシェリーの顔が浮かんだ。会えるといいな、と相槌を打つ。
「お客様、でしょうか」
そのとき、門の向こうに誰かが現れた。桜色のおかっぱ頭が特徴的な少女だった。白と黒を基調とした衣装からすると、貴族に仕える召使いといったところだろう。門を開けて、彼女は丁寧にお辞儀をした。
「申し遅れました。こちらのお屋敷に勤めております、ケリーと申します。旦那様にご用でしょうか?」
「ここにさ、シルヴィってお嬢様いただろ? あたしくらいの年でさ。もし会えたらと思って来てみたんだけど」
ドロシーは相手の立場を気にせず、無遠慮に聞いた。世間話のような物言いだった。しかし、対するケリーは俯いて口を噤んだ。
不自然な沈黙に、ウィリアムとリンは顔を見合わせた。ユンはというと、知らぬ間に一歩前に出ている。ドロシーが、「なあ」と念を押すと、観念したようにケリーが口を開いた。
「シルヴィお嬢様は、一年前に、病気で亡くなりましたわ」
絞りだされた報せを聞いて、ドロシーは絶句しているようだった。ウィリアムは思わず、隣のリンと顔を見合わせる。こういうとき、果たしてどんな言葉をかけるべきなのか。
「ちがうよね。キミ、嘘ついてる」
静寂を破ったのはユンだった。どこかで見せた昏い目で、召使いの娘をじっと見つめている。睨むのではなく、見通すかたちで。
「おい、ユン」
「キミの目に浮かぶ悲しみは、ひとの死をみた悲しみじゃない。だってキミはあきらめてないでしょ?」
仲間の静止も聞かず、ユンは問い続ける。乾いて張りつめた空気は、ウィリアムが首を動かすことも許してくれない。ドロシーは見開いた目で、ユンの横顔を食い入るように見つめていた。ケリーが告げた少女の死が、嘘だというなら。
「ねえ、召使いさん。本当は、どうなの?」
「待機兵士、出動せよ! 魔物が出たぞー!」
そのとき、雄々しい声がすべてを引き裂いた。魔物という単語が一同を塗り替える。それは真実に辿りつきかけていたユンも同じ。剣を抜き、背を向ける。
「きっとまた来るから、――教えてね!」
あっちだ、というドロシーの声に続き、一行は魔物の気配を追い始めた。その場に召使いの少女と、力強い口約束を残して。