[1]討伐隊
魔法が閃き、剣が夕日を照り返す。太陽の最後の輝きが、辺り一面の木々を赤く染めている。そこに、陽光を遮る闇が蠢く。
「このままじゃ、やられちまう……」
少年を見やり、四足の魔物は唸り声をあげた。獣たちの凶悪な部分を切り貼りしたような、爪、牙、脚。ぎらつく深紅の瞳に、一切の慈悲はない。そんな災厄と呼ばれる存在に、少年はたったひとりで相対していた。
彼の鞘に記された名はウィリアム。体格は普通の若者たちと大差ない。毛先の暴れた髪は藍と紫の二色に彩られ、足取りと共に振り回される。真剣な表情に色を添えるのは、少しつりあがった目と、未知の深みをもつ紫の瞳。ぼろぼろの衣服を身にまとい、場違いな金色の鍵を首からぶら下げていた。腰布に巻いたベルトには、からっぽの鞘。その中身はいま、少年の右手に、確かな力として存在している。握りしめた剣は、答えるように火花を散らす。
――今度こそ!
そのとき、真横から純白の光が刃となって、魔物たちを真っ二つにした。恐ろしい奇獣は霧に還り、その場には人影と黒い核だけが残る。ウィリアムは落胆した。
「……これじゃない」
あたりはもう暗く、空が夜を迎える準備を始める頃だった。けれど闇色の核と少年の表情は、周囲より深い陰りを見せている。
直後。満身創痍のウィリアムに、芯のある声がかかった。
「そこのキミ、大丈夫?」
見ると、白い帽子と胸元を飾るピンクのリボンがなびく。そこにはウィリアムよりいくらか年下であろう少女がいた。黒い瞳は爛々と、腰まである黒髪は艶々と輝く。彼女はまっすぐこちらを見つめている。小柄な体型に見合わない大剣。あの剣から放たれた光が、魔物たちを蹴散らしたのだ。
「それで、キミ、誰? 魔物と戦ってたけど、討伐隊のひとじゃないよね」
「……討伐隊?」
耳慣れない言葉が少年に与えたのは、一つの道標だった。
◆◇◆
「行き場のない少年が偶然ここに辿りついた、ということか」
見知らぬ男は、穏やかな眼差しでウィリアムを眺める。連れて行かれた建物は見た目だけが豪奢で、中は質素だ。そのちぐはぐさはどこか軽く感じた。
「安心しなさい。僕たちは君の敵ではない。しかし珍しいね、髪の毛が二色の少年とは」
釈然としない顔のウィリアムに男は微笑んだ。くすんだ金髪に優しい目をした褐色肌の男。
「我々は、妖魔討伐隊。魔物たちと戦う者だ」
彼の堅苦しい説明を要約すると、こうだ。妖魔討伐隊――通称「討伐隊」は、有志の若者が集まった、その名の通り魔物を討伐する組織だという。そして目の前の男はシュバルトと言う名で、賢者の代理として討伐隊のリーダーを務めているようだ。今は帽子の少女・ユンと共に、討伐に出ていた途中だったらしい。
耳慣れない単語に、ウィリアムは首をかしげる。
「賢者、って?」
「二十年前に魔王……えっと、魔物の親玉を封印したすごい人だよ! 聞いたことないの? 誰でも知ってると思ってたけど」
ユンはウィリアムに迫り、どこか不安げな様子で問いかけた。ウィリアムは答えた――聞いたことがないのではなく、記憶にない。彼はそういう状態だった。
「それが、何も覚えてないし、知らないんだ。剣にはウィリアムって書いてあるからこれが名前だとは思うけど、それ以外は何もわからない」
「記憶喪失?」
そうだろう、とウィリアムは自分の状況を語った。自分が何者かもわからない。ただ、記憶の手掛かりは魔物にあるらしい、と。
「だから、記憶の欠片を探してる。ユンだっけか、見たことないか? 魔物の消えた後に残る、核みたいなの」
「あの黒いやつだよね? あれがキミの記憶なの?」
「ちがう。一度だけ見たんだ。銀色の欠片を」
それを左手で吸収したとき、最初の記憶が現れた。あるがままのことを語ると、聞いた二人は目を見はった。
「欠片が銀色?」
ふつう、欠片――魔物が消滅したあとに残る核は闇色だ。ウィリアムもそれは知っている。ここにたどり着くまでに、幾多の漆黒、つまりはハズレを拾ってきた。
「そんなの、ボクでも知らないな」
「オレが見つけたのはまだ一度だけで、ほかに手掛かりがなくて」
年若い二人が黙り込んだのを見て、シュバルトは咳払いをした。
「とにかく、行くあてがないなら君も討伐隊の一員にならないか? 奴らと戦うならば、どうあっても我々の仲間だ」
そのとき初めて男は笑顔を見せた。柔和な表情に、思わずこちらの表情も綻ぶ。
「わかった。よろしく頼む」
住み込みで魔物と戦う彼らの一員となることは、ウィリアムにとって絶好の機会なのだ。
それから間をおかず、便乗するようにユンが手を挙げた。
「じゃあ、ボクとチーム組もうよ!」
「チーム?」
立ち上がり、両手を広げて踊るようにユンは語る。
「討伐隊ではね、一人で戦うのは危ないからって、四人でチームになってるんだ」
隊を結成する仲間が決まるまでは、実際の戦闘ではなく物資の調達や復興の手伝いといった作業をする隊員が多いらしい。たしかに、とウィリアムは頷いた。魔物の大群相手に、ユンの助太刀がなければ――。
「チーム組まないで魔物を倒してるなんて、金眼のアイツだけだよ」
金眼。ユンが何気なくつぶやいたその言葉が、ウィリアムの胸を貫き記憶の欠片を思い起こさせた。
討伐隊に辿り着くまでに取り戻した唯一の記憶。それは、黄金の瞳で、誰かがこちらを見ている、その光景だったのだから。
その夜、慣れないベッドでウィリアムは夢を見た。黄金の瞳をした少年の夢だった。かつての記憶に刻まれたあの色に、まるで吸い込まれそうな心地がした。
「このままじゃ、やられちまう……」
少年を見やり、四足の魔物は唸り声をあげた。獣たちの凶悪な部分を切り貼りしたような、爪、牙、脚。ぎらつく深紅の瞳に、一切の慈悲はない。そんな災厄と呼ばれる存在に、少年はたったひとりで相対していた。
彼の鞘に記された名はウィリアム。体格は普通の若者たちと大差ない。毛先の暴れた髪は藍と紫の二色に彩られ、足取りと共に振り回される。真剣な表情に色を添えるのは、少しつりあがった目と、未知の深みをもつ紫の瞳。ぼろぼろの衣服を身にまとい、場違いな金色の鍵を首からぶら下げていた。腰布に巻いたベルトには、からっぽの鞘。その中身はいま、少年の右手に、確かな力として存在している。握りしめた剣は、答えるように火花を散らす。
――今度こそ!
そのとき、真横から純白の光が刃となって、魔物たちを真っ二つにした。恐ろしい奇獣は霧に還り、その場には人影と黒い核だけが残る。ウィリアムは落胆した。
「……これじゃない」
あたりはもう暗く、空が夜を迎える準備を始める頃だった。けれど闇色の核と少年の表情は、周囲より深い陰りを見せている。
直後。満身創痍のウィリアムに、芯のある声がかかった。
「そこのキミ、大丈夫?」
見ると、白い帽子と胸元を飾るピンクのリボンがなびく。そこにはウィリアムよりいくらか年下であろう少女がいた。黒い瞳は爛々と、腰まである黒髪は艶々と輝く。彼女はまっすぐこちらを見つめている。小柄な体型に見合わない大剣。あの剣から放たれた光が、魔物たちを蹴散らしたのだ。
「それで、キミ、誰? 魔物と戦ってたけど、討伐隊のひとじゃないよね」
「……討伐隊?」
耳慣れない言葉が少年に与えたのは、一つの道標だった。
◆◇◆
「行き場のない少年が偶然ここに辿りついた、ということか」
見知らぬ男は、穏やかな眼差しでウィリアムを眺める。連れて行かれた建物は見た目だけが豪奢で、中は質素だ。そのちぐはぐさはどこか軽く感じた。
「安心しなさい。僕たちは君の敵ではない。しかし珍しいね、髪の毛が二色の少年とは」
釈然としない顔のウィリアムに男は微笑んだ。くすんだ金髪に優しい目をした褐色肌の男。
「我々は、妖魔討伐隊。魔物たちと戦う者だ」
彼の堅苦しい説明を要約すると、こうだ。妖魔討伐隊――通称「討伐隊」は、有志の若者が集まった、その名の通り魔物を討伐する組織だという。そして目の前の男はシュバルトと言う名で、賢者の代理として討伐隊のリーダーを務めているようだ。今は帽子の少女・ユンと共に、討伐に出ていた途中だったらしい。
耳慣れない単語に、ウィリアムは首をかしげる。
「賢者、って?」
「二十年前に魔王……えっと、魔物の親玉を封印したすごい人だよ! 聞いたことないの? 誰でも知ってると思ってたけど」
ユンはウィリアムに迫り、どこか不安げな様子で問いかけた。ウィリアムは答えた――聞いたことがないのではなく、記憶にない。彼はそういう状態だった。
「それが、何も覚えてないし、知らないんだ。剣にはウィリアムって書いてあるからこれが名前だとは思うけど、それ以外は何もわからない」
「記憶喪失?」
そうだろう、とウィリアムは自分の状況を語った。自分が何者かもわからない。ただ、記憶の手掛かりは魔物にあるらしい、と。
「だから、記憶の欠片を探してる。ユンだっけか、見たことないか? 魔物の消えた後に残る、核みたいなの」
「あの黒いやつだよね? あれがキミの記憶なの?」
「ちがう。一度だけ見たんだ。銀色の欠片を」
それを左手で吸収したとき、最初の記憶が現れた。あるがままのことを語ると、聞いた二人は目を見はった。
「欠片が銀色?」
ふつう、欠片――魔物が消滅したあとに残る核は闇色だ。ウィリアムもそれは知っている。ここにたどり着くまでに、幾多の漆黒、つまりはハズレを拾ってきた。
「そんなの、ボクでも知らないな」
「オレが見つけたのはまだ一度だけで、ほかに手掛かりがなくて」
年若い二人が黙り込んだのを見て、シュバルトは咳払いをした。
「とにかく、行くあてがないなら君も討伐隊の一員にならないか? 奴らと戦うならば、どうあっても我々の仲間だ」
そのとき初めて男は笑顔を見せた。柔和な表情に、思わずこちらの表情も綻ぶ。
「わかった。よろしく頼む」
住み込みで魔物と戦う彼らの一員となることは、ウィリアムにとって絶好の機会なのだ。
それから間をおかず、便乗するようにユンが手を挙げた。
「じゃあ、ボクとチーム組もうよ!」
「チーム?」
立ち上がり、両手を広げて踊るようにユンは語る。
「討伐隊ではね、一人で戦うのは危ないからって、四人でチームになってるんだ」
隊を結成する仲間が決まるまでは、実際の戦闘ではなく物資の調達や復興の手伝いといった作業をする隊員が多いらしい。たしかに、とウィリアムは頷いた。魔物の大群相手に、ユンの助太刀がなければ――。
「チーム組まないで魔物を倒してるなんて、金眼のアイツだけだよ」
金眼。ユンが何気なくつぶやいたその言葉が、ウィリアムの胸を貫き記憶の欠片を思い起こさせた。
討伐隊に辿り着くまでに取り戻した唯一の記憶。それは、黄金の瞳で、誰かがこちらを見ている、その光景だったのだから。
その夜、慣れないベッドでウィリアムは夢を見た。黄金の瞳をした少年の夢だった。かつての記憶に刻まれたあの色に、まるで吸い込まれそうな心地がした。