[3]守るべきもの
――想いがすれ違う深い夜が明けた。討伐隊の面々は己の使命を果たすためその場所にいた。
村のはずれ、僅かな草木と岩肌の見える地面。そこは神殿へ続く道だったが、今は黒い影で埋め尽くされている。討伐が始まってすぐ、四人は違和感、そして危機感を確信した。強い――昨日より確実に!
「今日の魔物たち、違うよ!」
斬撃の跡である光の刃を、一発、二発、三発――敵はまだ沈まない。
神殿にも向かわず、こちらを襲ってくる魔物の群れ。幸いなことに昨日ほどの数ではないが、こちらのほうが手強さでは勝っている。感覚に身を任せていては、身体がいくつあっても足りない。
「悪い、リン、もう一回さっきの頼む」
「わかった」
ウィリアムも、考えなしに突撃するには至らない。振り返られて、リンは早速印を結ぶ。補助魔法の重ねがけ。負担が大きく、普段は使うことのない不確実な戦法だったが、今はそんなことに構っていられなかった。
(僕が、がんばらなきゃ……)
蘇るのは、見下してくる橙の瞳。
――仲間の足も引っ張ってるんだろ。
ルビウスの言葉は、まだ胸の奥に深く突き刺さっていた。考えを巡らす間にも、魔物たちは途切れずにやってくる。今度は軟体の敵だ。ちょうど詠唱を終えたジェシカが、魔法陣を輝かせていた。
「援護するよ」
布がはためく。袖に刻まれた印が光り、ジェシカの放った炎がその勢いを増す。それでも尚、一掃には至らない。
(力が、足りない)
攻撃魔法の威力を増加させる術。補助魔法と呼ばれるそれは、確実に機能していたが。
(駄目なんだ、このままじゃ)
リンはそれでも尚、胸の内に差す無力さを見ずにはいられない。その前方から、今度は白い星。
「いくよっ! <ミーティエル・ストリーム>!」
無数の光の尾が宙から降り注ぐ。ユンの一撃がとどめとなり、なんとか一群を押し切った。魔力と欠片を手に集めると、自然と身体の力が抜ける。
「多かったね」
乗り切ってもウィリアムの表情が晴れないのは、やはり戦利品の漆黒にあるだろう。求める煌めきは、そこにはない。
そこで、束の間の休息に割り込むように、音がした。乱れた足音。仄かな魔法の気配――魔物ではない、誰かが走ってくる。
「貴方は、」
麦色の髪、赤いバンダナ。先日に知り合った、一番隊のヒューゴだった。酷く焦った様子だったが、知った顔を見て足を止める。
「おまえら……三番隊か」
「どうしたんだ?」
「大変なんだよ! 神殿の守護が、なくなったみたいなんだ」
「なんですって!?」
「気配が違うって、村の人が騒いでる! おれは神殿の方へ行く、おまえらも気をつけろ」
それだけ言い捨てると、彼は行ってしまう。置き去りにされた四人は、突然に現れた事実に立ち尽くすしかない。凪いだ空気が立ち込める。
「守護がなくなったって……どういう、ことなの?」
「まさか、神殿の治癒術に何かあったんじゃ」
この村を守っているのは、神殿の内部にあるという治癒術書のはずだ。だとしたら、その術書に異常があったのだろう。けれど、一体何故?
そのとき、四人の間を黒い影が駆け抜けていった。――魔物!
「とにかく、倒さないと」
新手へ向き直った、直後。
「あの子!」
ユンの指差す先には、子供がいた。ルビウスに構っていた村のやんちゃ坊主・テオだ。必死に走っていたが、岩場に足を取られ転んでしまう。小さな背中に、迫る鋭い爪――!
「危ない!」
間一髪、魔力を固めた見えない壁が魔物の強襲を阻む。リンが敵を抑えているうちに、ウィリアムが地を蹴った。考えている暇などない。雷をまとった斬撃をただ重ねていく。勿論、敵が消えるまで。
「大丈夫?」
起き上がった少年に、真っ先にリンが駆け寄った。テオに目立った傷がないことを見て取ると、ひとまず安堵する。
「チカが、言ったんだ。神殿が気になるって。だからおれが、見に行かなくちゃ」
その目には涙が溜まっていたが、少年は必死に泣くのを堪えていた。ウィリアムも屈みこみ、彼に告げる。
「大丈夫だ。神殿には仲間が向かった。お前は早く村に戻るんだ」
「そうだよ。君はチカちゃんの傍にいて、あの子を守るんだ。魔物は僕らがやっつけるから」
穏やかな緑の光が、小さな身体を包む。守護魔法だ。幼子はひとつ息を呑みこんで、強く頷いた。
「……わかった。ありがとな、にーちゃんっ!」
テオはぱたぱたと去っていく。強めの防御術と土地勘があれば、恐らく村には戻れるだろうが――
「やっぱり心配だよ。追いかけよう!」
「ああ」
皆考えは同じだったようで、リンの提案に三人は頷く。
しかし、事はそう上手くは運ばない。
四人を足止めするように、立ちはだかるモノがいた。
威嚇している闇色の体躯、ぎらつく赤い瞳。四足の獣に見えるそれは、確かに魔の気配を漂わせている。こちらが四人、向こうも四体。身を引き締めて、剣を構え直す。
そして、魔物たちの間に、一人の少女が立っていた。宥めるようにその背を撫で、場違いな笑顔を浮かべる。年は討伐隊と同じくらいで、シンプルな白いドレスに身を包んでいる。腰にまで届く長い髪は波打って、明るい若草色を荒野に映えさせていた。奇妙なことに、魔物が彼女に襲い掛かる気配はない。だとしても。
「そこ、どいてくれないか」
今は、先へ行かねばならなかった。少女はウィリアムの声に答えない。ただ、可憐な海色の双眸でウィリアムを見つめ、はっきりと言い放つ。
「あなた、――いけない」
その一言をきっかけに、魔物たちは牙を剥いた。
村のはずれ、僅かな草木と岩肌の見える地面。そこは神殿へ続く道だったが、今は黒い影で埋め尽くされている。討伐が始まってすぐ、四人は違和感、そして危機感を確信した。強い――昨日より確実に!
「今日の魔物たち、違うよ!」
斬撃の跡である光の刃を、一発、二発、三発――敵はまだ沈まない。
神殿にも向かわず、こちらを襲ってくる魔物の群れ。幸いなことに昨日ほどの数ではないが、こちらのほうが手強さでは勝っている。感覚に身を任せていては、身体がいくつあっても足りない。
「悪い、リン、もう一回さっきの頼む」
「わかった」
ウィリアムも、考えなしに突撃するには至らない。振り返られて、リンは早速印を結ぶ。補助魔法の重ねがけ。負担が大きく、普段は使うことのない不確実な戦法だったが、今はそんなことに構っていられなかった。
(僕が、がんばらなきゃ……)
蘇るのは、見下してくる橙の瞳。
――仲間の足も引っ張ってるんだろ。
ルビウスの言葉は、まだ胸の奥に深く突き刺さっていた。考えを巡らす間にも、魔物たちは途切れずにやってくる。今度は軟体の敵だ。ちょうど詠唱を終えたジェシカが、魔法陣を輝かせていた。
「援護するよ」
布がはためく。袖に刻まれた印が光り、ジェシカの放った炎がその勢いを増す。それでも尚、一掃には至らない。
(力が、足りない)
攻撃魔法の威力を増加させる術。補助魔法と呼ばれるそれは、確実に機能していたが。
(駄目なんだ、このままじゃ)
リンはそれでも尚、胸の内に差す無力さを見ずにはいられない。その前方から、今度は白い星。
「いくよっ! <ミーティエル・ストリーム>!」
無数の光の尾が宙から降り注ぐ。ユンの一撃がとどめとなり、なんとか一群を押し切った。魔力と欠片を手に集めると、自然と身体の力が抜ける。
「多かったね」
乗り切ってもウィリアムの表情が晴れないのは、やはり戦利品の漆黒にあるだろう。求める煌めきは、そこにはない。
そこで、束の間の休息に割り込むように、音がした。乱れた足音。仄かな魔法の気配――魔物ではない、誰かが走ってくる。
「貴方は、」
麦色の髪、赤いバンダナ。先日に知り合った、一番隊のヒューゴだった。酷く焦った様子だったが、知った顔を見て足を止める。
「おまえら……三番隊か」
「どうしたんだ?」
「大変なんだよ! 神殿の守護が、なくなったみたいなんだ」
「なんですって!?」
「気配が違うって、村の人が騒いでる! おれは神殿の方へ行く、おまえらも気をつけろ」
それだけ言い捨てると、彼は行ってしまう。置き去りにされた四人は、突然に現れた事実に立ち尽くすしかない。凪いだ空気が立ち込める。
「守護がなくなったって……どういう、ことなの?」
「まさか、神殿の治癒術に何かあったんじゃ」
この村を守っているのは、神殿の内部にあるという治癒術書のはずだ。だとしたら、その術書に異常があったのだろう。けれど、一体何故?
そのとき、四人の間を黒い影が駆け抜けていった。――魔物!
「とにかく、倒さないと」
新手へ向き直った、直後。
「あの子!」
ユンの指差す先には、子供がいた。ルビウスに構っていた村のやんちゃ坊主・テオだ。必死に走っていたが、岩場に足を取られ転んでしまう。小さな背中に、迫る鋭い爪――!
「危ない!」
間一髪、魔力を固めた見えない壁が魔物の強襲を阻む。リンが敵を抑えているうちに、ウィリアムが地を蹴った。考えている暇などない。雷をまとった斬撃をただ重ねていく。勿論、敵が消えるまで。
「大丈夫?」
起き上がった少年に、真っ先にリンが駆け寄った。テオに目立った傷がないことを見て取ると、ひとまず安堵する。
「チカが、言ったんだ。神殿が気になるって。だからおれが、見に行かなくちゃ」
その目には涙が溜まっていたが、少年は必死に泣くのを堪えていた。ウィリアムも屈みこみ、彼に告げる。
「大丈夫だ。神殿には仲間が向かった。お前は早く村に戻るんだ」
「そうだよ。君はチカちゃんの傍にいて、あの子を守るんだ。魔物は僕らがやっつけるから」
穏やかな緑の光が、小さな身体を包む。守護魔法だ。幼子はひとつ息を呑みこんで、強く頷いた。
「……わかった。ありがとな、にーちゃんっ!」
テオはぱたぱたと去っていく。強めの防御術と土地勘があれば、恐らく村には戻れるだろうが――
「やっぱり心配だよ。追いかけよう!」
「ああ」
皆考えは同じだったようで、リンの提案に三人は頷く。
しかし、事はそう上手くは運ばない。
四人を足止めするように、立ちはだかるモノがいた。
威嚇している闇色の体躯、ぎらつく赤い瞳。四足の獣に見えるそれは、確かに魔の気配を漂わせている。こちらが四人、向こうも四体。身を引き締めて、剣を構え直す。
そして、魔物たちの間に、一人の少女が立っていた。宥めるようにその背を撫で、場違いな笑顔を浮かべる。年は討伐隊と同じくらいで、シンプルな白いドレスに身を包んでいる。腰にまで届く長い髪は波打って、明るい若草色を荒野に映えさせていた。奇妙なことに、魔物が彼女に襲い掛かる気配はない。だとしても。
「そこ、どいてくれないか」
今は、先へ行かねばならなかった。少女はウィリアムの声に答えない。ただ、可憐な海色の双眸でウィリアムを見つめ、はっきりと言い放つ。
「あなた、――いけない」
その一言をきっかけに、魔物たちは牙を剥いた。