[3]守るべきもの
広間に集められた討伐隊員は、隊長代理・シュバルトによると総員の四分の一ほどらしい。多い人数ではないが、広間が狭く感じるほどにはひしめき合っている。騒がしさが感じられないのは、シュバルトが彼らに向かい合って立っているからだ。
「今回は、特例として魔法での移動を行う」
男の背後には、巨大な魔法陣が描かれていた。感じたことのない気配が漂ってくる。研ぎ澄まされた風と、澱みない水のような力。それこそが、彼の言う転移魔法なのであろう。
「さて、これから実際に目的地へ向かってもらう」
その指示が届いたのは、何の変哲もない朝だった。事の発端は、討伐隊が擁する予知部隊だった。遠い村に大規模な魔物が襲来するらしい。よって討伐隊は、基本戦力を割いての村の護衛へと赴くことになった。比較的長期に渡って現れるという内容が問題らしく、宿泊しての討伐となる。というわけで、荷物をまとめ、彼らは呼び出された大広間にいるのだが――。
見慣れない魔法陣を前に、ウィリアムは声を潜めて訊く。
「移動するっていったって、いつもは魔法じゃないよな?」
「行き先がね、オーブリっていう村なんだ。そこにおっきな神殿があるの」
「神殿の魔力を移動魔法に応用するのね」
「さっすがジェシカ! そうなんだよ」
いつだって答えをくれるジェシカに、ユンの瞳をきらきらとさせるばかり。だが、その高揚に、冷静な指示が水を差す。
「今から順に君たちを送る。一番隊から順番に来なさい」
「はいよっと」
隊列の戦闘にいるルビウスは、真剣さを微塵にも感じさせない。
周囲に目を配ると、ウィリアムの瞳にはシオンの背が映った。彼はただ、じっと前を見据えている。彼もまた遠征に同行するのだ。もちろん、その周囲にチームメイトはいない。
(あいつは、どこまで一人で戦うつもりなんだろう)
記憶の中の誰かと似た、黄金の瞳。ウィリアムの謎と同じ形をした鍵。けれど、今ウィリアムをその背中へ引き付けるものは、それ以上の何かだ。
「ウィリアム、行くよー」
ユンの呼びかけで、ようやく自分たちの番になっていたことに気がつく。光の中へ、一歩踏み出した。求めるものの影を追って。
◆◇◆
辿りついた先は、神殿の目の前だった。案内された先は確かに小さな村だったが、人々は総力を挙げて討伐隊を迎えてくれた。村人が集まってのちょっとした歓迎会だ。
「わざわざここまでして頂いて、恐縮です」
「俺らにできることは、これぐらいしかないからねえ」
老人の多い村人たちに応対するシュバルトをよそに、隊員たちは見慣れぬ土地に馴染むべく、自由に振る舞っていた。ウィリアムら三番隊も例外ではない。四人揃って木で作られた椅子に腰かけて、村の老婆との談笑を楽しんでいた。
「どれもこれもうまいな! おかわりはどこだ?」
「ウィリアムってば、こんなところでも食べてばっかり」
歓迎会には、村人が腕を振るったという食事が並んでいた。素朴だが技巧をこらしたものばかりで、ウィリアムはそのあたたかみを夢中になって味わっていた。
「まあ、それはそれでいいんじゃないかしら。ウィリアムらしくて」
「うわあ、おねえちゃん、髪ながーい!」
甲高い声が、一度続いていた会話を遮った。一同が振り向くと、おさげ髪の幼い娘が、テーブルの影からぴょこんと顔をのぞかせていた。
「え、ボク?」
「そう、帽子のおねえちゃん! いいなあ、あたしももっとながーくしたい!」
「待っていれば伸びるわよ」
屈託のない無邪気な微笑みは、あたりの空気を和やかに塗り替えた。
「あたしね、チカっていうの! おねーちゃんたちは?」
「ボクはユン、こっちの綺麗なお姉さんがジェシカだよ~」
「ユン、言い過ぎよ」
「本当だもん!」
きゃっきゃと騒ぐ幼子は、彼女ひとりだけではなかった。姿も知らないような他の隊員たちに混ざって、多くの村人が和気藹々としている。
「みんな、元気なんだね。もっと魔物を怖がってるかと思ってた」
「守りがあるからじゃろう」
リンの素朴な呟きに、部屋の奥にいたはずの老婆が目の前で答えた。いつのまに、と驚く間もなく、老婆は続ける。
「ここには、神殿の奥に魔法の術書がある。書の力が、古代からこの村を守ってきた」
「古代魔術の書が、残っているんですか?」
「そうよ、お嬢ちゃんは詳しいんだねえ。だからきっと大丈夫、そう村の皆は思っているのじゃよ」
「そんなにすごいんだな、神殿ってのは」
「どうしたの、おばあちゃん?」
きょとんとしているチカの頭を、老婆は優しく撫でる。彼らが戦うために来たということを、まだ小さな彼女は理解していないのだろう。無邪気な娘に、ジェシカが微笑みかける。老婆は天を仰いだ。
「しかしまあ、こんなめんこいお嬢ちゃんが、魔物と戦うとは。嫌な時代になったものだ」
「構いません。私は私で、戦う意思がありますから」
チカがまたしても首をかしげる。彼女にはやはり、二人の会話の意味が解らないのだ。けれど、穏やかでない気配を感じ取ってか、次第に俯いてしまう。
(それに、私には、これしかないから)
「何はともあれ、守護だけでは心もとないのが本音といったところじゃ。若いの、頼んだぞ」
チカのような子どもたちの笑顔を、奪われたくない。老婆の託した想いが、胸に染み入るようだった。
「ええ、勿論」
「今回は、特例として魔法での移動を行う」
男の背後には、巨大な魔法陣が描かれていた。感じたことのない気配が漂ってくる。研ぎ澄まされた風と、澱みない水のような力。それこそが、彼の言う転移魔法なのであろう。
「さて、これから実際に目的地へ向かってもらう」
その指示が届いたのは、何の変哲もない朝だった。事の発端は、討伐隊が擁する予知部隊だった。遠い村に大規模な魔物が襲来するらしい。よって討伐隊は、基本戦力を割いての村の護衛へと赴くことになった。比較的長期に渡って現れるという内容が問題らしく、宿泊しての討伐となる。というわけで、荷物をまとめ、彼らは呼び出された大広間にいるのだが――。
見慣れない魔法陣を前に、ウィリアムは声を潜めて訊く。
「移動するっていったって、いつもは魔法じゃないよな?」
「行き先がね、オーブリっていう村なんだ。そこにおっきな神殿があるの」
「神殿の魔力を移動魔法に応用するのね」
「さっすがジェシカ! そうなんだよ」
いつだって答えをくれるジェシカに、ユンの瞳をきらきらとさせるばかり。だが、その高揚に、冷静な指示が水を差す。
「今から順に君たちを送る。一番隊から順番に来なさい」
「はいよっと」
隊列の戦闘にいるルビウスは、真剣さを微塵にも感じさせない。
周囲に目を配ると、ウィリアムの瞳にはシオンの背が映った。彼はただ、じっと前を見据えている。彼もまた遠征に同行するのだ。もちろん、その周囲にチームメイトはいない。
(あいつは、どこまで一人で戦うつもりなんだろう)
記憶の中の誰かと似た、黄金の瞳。ウィリアムの謎と同じ形をした鍵。けれど、今ウィリアムをその背中へ引き付けるものは、それ以上の何かだ。
「ウィリアム、行くよー」
ユンの呼びかけで、ようやく自分たちの番になっていたことに気がつく。光の中へ、一歩踏み出した。求めるものの影を追って。
◆◇◆
辿りついた先は、神殿の目の前だった。案内された先は確かに小さな村だったが、人々は総力を挙げて討伐隊を迎えてくれた。村人が集まってのちょっとした歓迎会だ。
「わざわざここまでして頂いて、恐縮です」
「俺らにできることは、これぐらいしかないからねえ」
老人の多い村人たちに応対するシュバルトをよそに、隊員たちは見慣れぬ土地に馴染むべく、自由に振る舞っていた。ウィリアムら三番隊も例外ではない。四人揃って木で作られた椅子に腰かけて、村の老婆との談笑を楽しんでいた。
「どれもこれもうまいな! おかわりはどこだ?」
「ウィリアムってば、こんなところでも食べてばっかり」
歓迎会には、村人が腕を振るったという食事が並んでいた。素朴だが技巧をこらしたものばかりで、ウィリアムはそのあたたかみを夢中になって味わっていた。
「まあ、それはそれでいいんじゃないかしら。ウィリアムらしくて」
「うわあ、おねえちゃん、髪ながーい!」
甲高い声が、一度続いていた会話を遮った。一同が振り向くと、おさげ髪の幼い娘が、テーブルの影からぴょこんと顔をのぞかせていた。
「え、ボク?」
「そう、帽子のおねえちゃん! いいなあ、あたしももっとながーくしたい!」
「待っていれば伸びるわよ」
屈託のない無邪気な微笑みは、あたりの空気を和やかに塗り替えた。
「あたしね、チカっていうの! おねーちゃんたちは?」
「ボクはユン、こっちの綺麗なお姉さんがジェシカだよ~」
「ユン、言い過ぎよ」
「本当だもん!」
きゃっきゃと騒ぐ幼子は、彼女ひとりだけではなかった。姿も知らないような他の隊員たちに混ざって、多くの村人が和気藹々としている。
「みんな、元気なんだね。もっと魔物を怖がってるかと思ってた」
「守りがあるからじゃろう」
リンの素朴な呟きに、部屋の奥にいたはずの老婆が目の前で答えた。いつのまに、と驚く間もなく、老婆は続ける。
「ここには、神殿の奥に魔法の術書がある。書の力が、古代からこの村を守ってきた」
「古代魔術の書が、残っているんですか?」
「そうよ、お嬢ちゃんは詳しいんだねえ。だからきっと大丈夫、そう村の皆は思っているのじゃよ」
「そんなにすごいんだな、神殿ってのは」
「どうしたの、おばあちゃん?」
きょとんとしているチカの頭を、老婆は優しく撫でる。彼らが戦うために来たということを、まだ小さな彼女は理解していないのだろう。無邪気な娘に、ジェシカが微笑みかける。老婆は天を仰いだ。
「しかしまあ、こんなめんこいお嬢ちゃんが、魔物と戦うとは。嫌な時代になったものだ」
「構いません。私は私で、戦う意思がありますから」
チカがまたしても首をかしげる。彼女にはやはり、二人の会話の意味が解らないのだ。けれど、穏やかでない気配を感じ取ってか、次第に俯いてしまう。
(それに、私には、これしかないから)
「何はともあれ、守護だけでは心もとないのが本音といったところじゃ。若いの、頼んだぞ」
チカのような子どもたちの笑顔を、奪われたくない。老婆の託した想いが、胸に染み入るようだった。
「ええ、勿論」