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■リペア
「なんで直さないんだろう」
独り言が、汗と一緒に垂れ落ちる。
午後の西都はよく晴れて、宮殿の白が青空に映えている。
そんな中、学生の少年・ナツユキは絡繰り装置を抱えて歩いていた。授業で使う写真機を倉庫から教室まで運んでいるところだった。古びた機械はところどころ壊れかけていて、持ち上げるだけでも気を遣う。昔の型だから、ただでさえ大きいのに。
目的地は最近、町の中心にできた新校舎だ。
西都の指導者である魔導師――執行官またはシェリフと呼ばれる人物が建てたもので、ナツユキも普段はこちらに通っている。
今は、旧校舎から少しずつ物を運び込んでいる最中なのだ。ナツユキたち上級生は、細々とした引っ越し作業を手伝うことになっている。
「シェリフが全部やってくれればいいのにな」
と文句を言っていたのはクラスメイトのジェイだ。まじめにやれとつっつけば、「なんだよ」と睨まれる。彼はいわゆる不良で、ナツユキはその態度をどうも見過ごせない。いつになく刺々しい空気なのは、あるはずの「まあまあ、二人とも」の声が足りないせいだ。
前までは、二人の間に入って場を和ませてくれる友達がいた。彼が今どこにいるのか、この街の誰も知らない。
目的地――ぴかぴかの新校舎が遠くに見える。
せっかく執行官様が建ててくれたのだと、大人たちはありがたがっているけど、ナツユキは乗り切れない。まだどこかで身体はそわそわするし、胸には消化できない靄が溜まっている。
これから旧校舎はどうなるだろう。取り壊すわけではないと聞いた。なら、くたびれたまま酷使されるのだろうか。ナツユキが運んでいるおんぼろ写真機のように。
ふとあたりを見渡すと、露店の前でジェイを見つけた。彼にもナツユキのような手伝いがあったはずだが、持っているのは何かの串焼きに揚げ物の袋。どう見ても食べ歩きしている。
――サボりだ!
この状況ではジェイと顔を合わせたくない。ナツユキは道を変えることにした。遠回りになるけど仕方ない。
このままじゃ、理由の違う不機嫌を彼にぶつけてしまいそうで、怖かったのだ。
露店から見えない裏道では、賑やかな声が遠くに聞こえる。
(平和な街だ)
大人たちいわく、西都が平和なのはシェリフを主とする魔導師らのおかげらしい。授業で習うし、いつも言われる。指導者の住む宮殿は、街のどこからでも見える。
あの白い荘厳な建物は、政権が「オズ王」に移る前、人間の王家が使っていたらしい。その歴史を、今はポピーレッドと呼ばれる魔導師が引き継いでいる。執行官の役割を果たすため。いつか本人が宣言した、「シェリフ」という語の在り方が思い出された。いわく「正義の執行者」と。
――悪い魔物はシェリフがやっつけてくれる。それはわかる。
でも。ナツユキはずっと、言えないままの問いを抱え続けている。
正義ならどうして、たとえば不良で口の悪いジェイはやっつけてくれないんだろう? あいつは先生にもひどいこと言うやつなのに。
それに、正義の味方がこの街にいるなら。どうして、ナツユキはずっとマサと会えないままなんだろう。どうして手紙の返事は一度も来ないんだろう。彼を連れて行った魔導師は、どういうつもりでいるんだろう。
――魔導師は、本当に正義でいてくれる?
偏った見方なのはわかっている。けれど自分には、魔導師を疑う理由が十分にあるのだ。
(帰ってきてよ、マサ)
親友の笑顔を思い出しながら、裏道を出たときだった。
「ちょっといいかな」
宮殿がよく見える曲がり角。知らない男が声をかけてきた。
「その写真機、少し見せてほしいんだ」
ゆったりと喋る、背の高い男だった。
姿を見上げて、まず目を引いたのは髪の毛だった。空より薄い水色が、肩の上でさらりと揺れていた。そのひとの整った顔立ちと、青い瞳の輝きをみてナツユキは直感する。――魔導師だ。
「これ、学校で使うボロいのだけど、どうして? っていうか、ここの人じゃないよな、誰だ?」
ずっと機嫌が悪かったから、ぶっきらぼうな言い方になった。言い過ぎたかもとはっとしたが、相手は怒る様子もなく、目元から柔らかく笑っている。
「あんた、魔導師……だよな?」
「うん」
上から下まで見ると、西都にはまず見ない服装をしている。洒落っ気がないというか、なんというか。パーツはごちゃごちゃしてる割に、色が味気ない。そのうえ、両耳と腕にだけアクセサリーをつけているので、浮いている。ここにジェイがいたら変な格好だと茶化してくるに違いない。
魔導師の男はふんわりと、パステルの描き心地みたいな声で名乗った。
「俺はリカルド。普段は東の方にいる。技師としての心得があってね、直せるかもしれないから声をかけたんだ。……驚かせちゃって、ごめんね」
「いや、別に。見せるくらいなんとも」
言われるままに、写真機を地面に置いた。
気分の風向きが変わったのは、リカルドが謝ったからだろうか。対等な言葉を使う魔導師がいることを、ナツユキは知らなかったのだ。
「これ直せるのか? 先生たちはほっといてるのに……」
直せばいいのにとはきっと誰もが思っていた。が、どの先生に言われても後回しにされて、長いことこのままだったのだ。魔導師は苦笑した。
「西の方は技師の人手が足りてないから、写真機ひとつで人を呼ぶわけにもいかないんだろうね。規模が大きな修理だとシェリフが技師を招集するけど、彼女も忙しいし」
「シェリフも忙しいとか考えるわけ?」
「いくら指導者だからって、西都の何もかもをお見通し――とはいかないからね。こういう困りごとには気づけないんだ。……よし、これだったらすぐに直せるよ」
待っていてねと一声かけて、リカルドは写真機の前に座り込んだ。
指でとんとんと叩いたり、蓋を開けて中をのぞき込んだりしていたけど、ナツユキにはよくわからなかった。
空中に光の線をいくつも描いて、螺子を取り替えたり、部品を綺麗にして組み合わせなおしたり。腰のポケットから工具を取り出して手作業することもあった。
「魔導師でも道具って使うんだな」
「俺はね。目を瞑ったまま直せる人もいるよ」
次は、上着の内ポケットから別の道具が出てきた。リカルドが身に纏う見覚えのない服、これは技師の装いなのかと、ナツユキは今更ながらに思い当たる。
魔導師の仕事を、この目で見るのは初めてだった。こんなに目が離せない作業があるなんて。魔法にまかせて、世界の大部分を勝手に動かしているわけじゃなかったのだ。
「なあ」
夢中で見入って、それから、気づくと、まるくなった闇が零れだしていた。ずっと誰かにぶつけたかった疑念。これまでナツユキを曇らせていた、真っ暗な気持ち。
「シェリフは、忙しいからわるい魔導師にも気づかないのか?」
「わるい魔導師? ――聞くよ、続けて」
慣れたように手だけ動かしながら、リカルドは目を合わせてくれた。透き通るようなブルー。宥めるようににっこりと笑って。
青い微笑みに背を押され、ナツユキはゆっくり話し始める。
疑心の種を蒔いたのは、親友の不在とその理由。
「魔導師のところに行った友達が、返ってこないんだ。手紙の返事もない」
新校舎完成より前のことになる。名も知らぬ魔導師が「この街は危ない、人間を守りたい」と主張して、何人もの人間を西都の外に連れて行ったのだ。
怪しいと思って反対はしたが、ナツユキと違いマサには大人の身内がいなかった。止める力がなかったのだ。
手紙を書く、必ず返事をする。そう約束したのに、新校舎ができてから、引っ越しが終わりかけている今まで、十通送って何も返ってこない。
「魔導師が人間を攫ったってこと?」
「違うかもしれない。マサは、人間を守るって言う魔導師についていったんだ。西都のはずれのほうって聞いた。でも魔物が多いから一人じゃ確かめに行けないし、大人には止められる」
――ただ、マサや他の人間を連れて行った魔導師に、もしも、裏があるなら。
「その魔導師が、わるいやつだったら。だって、手紙が届かないなんておかしい。シェリフだって退治してくれるんじゃないかって……」
人間を守ると言いながら、当の魔導師は悪さをしているんじゃないか。同じ魔導師だから、執行官からも見逃されているんじゃ。
――そう疑っていた、けれど。
目の前で進む技師の魔法を見ると、どうすればいいのかわからなくなった。
「オレが間違ってるのかな。魔導師はみんな正しいことをしてて、シェリフもそれがわかってるだけなのか」
問いかけは戸惑いだ。リカルドは迷いを聞いて、一度手を止めた。
「人間を連れていく魔導師の話は、聞いたことないな。ごめんね、力になれなくて」
ただ、と繋いで、技師は言葉を続けた。
「魔導師でも、そうじゃなくても。いいとかわるいとかじゃなく、何が正しいかわからない人の方が多いんじゃないかな」
いまの君のように。言われれば確かに、ナツユキにもわからない。どうなるのが正しいのか。魔導師がどうとかじゃなかった。自分が望んでいるのは友達との再会だけだった。
「ああ、でも、そうだ。その魔導師だって、『守る』って言ったんだよね? それは本心だと思う。みんな、誰かの役に立ちたいって気持ちは持ってるから」
誰か。
誰かとは誰だろう。リカルドは東の空を見上げて、遠くにいる人を思い出しているみたいだった。重なるものがあって、ナツユキはためらわずに聞いた。
「魔導師にも友達っているの」
「もちろんいるよ」
「あんたにも?」
即答に食いつくように、重ねて尋ねる。ナツユキの勢いに、リカルドはどう思ったのか、少しずれた答えがくる。
「俺には友達より守りたい人たちがいる」
魔導師というより、大人びた男の顔だった。
「それって恋人とか?」
「ふふ、はずれ。きょうだいだよ、弟と妹」
ナツユキの予想は的外れで、思わずというふうにリカルドは笑った。
「俺はお兄ちゃんだから、二人を危ない目に合わせないって決めてるんだ。どう思われてもね」
雲を眺める横顔は、やっぱりどこか凛々しく見える。まだ知らないけれど、この目を覚悟と呼ぶのだった。
「これで直ったはず。先生には、通りすがりの魔導師が、シェリフに会いに行くついでに直してくれたって伝えるといいよ」
シェリフの知り合いだとはわかっていたけど、これから会いに行くらしい。
「それから、さっきのお友達のお話。俺から彼女に伝えてみるね。行き違いかもしれないし、事件だったら彼女もそのままにはしないと思う」
彼が言うならそうなのだろうと、思うことができた。シェリフに希望を見たのも、ナツユキにとって初めてだった。
「リカルドさん、ありがとうございます」
なんて、丁寧な言葉が今更すっと出てくる。滑り出すように自然に。
「どういたしまして。俺も行かなきゃ。道、気を付けてね」
「……元気で」
そこでナツユキはリカルドと別れた。
目の前で見た魔導師は、ひらひらと手を振る後ろ姿まで軽やかだ。午後の光を受けた手元で、ブルーの腕輪がきらりと光っていた。
写真機はなんとなく軽く、持ちやすくなっていた。見た目もすっきりした気がする。マサが戻ってきたらきっと驚くだろう。
白い宮殿は相変わらず空の青さを遮ってそびえ立つ。大人たちが言う感謝や信頼は、今日みたいな出来事の重なりだろうか。
知らないことがたくさんある。魔導師のこと。執行官のこと。それから。
なんとなく、ジェイと話してみようと思った。あの口の悪い旧友が何を考えているのかも、全然知らなかったから。
そうと決まれば、まずはこの手伝いを終わらせなければ。ナツユキは写真機を抱え直し、昼下がりの街を再び歩き始めた。
「なんで直さないんだろう」
独り言が、汗と一緒に垂れ落ちる。
午後の西都はよく晴れて、宮殿の白が青空に映えている。
そんな中、学生の少年・ナツユキは絡繰り装置を抱えて歩いていた。授業で使う写真機を倉庫から教室まで運んでいるところだった。古びた機械はところどころ壊れかけていて、持ち上げるだけでも気を遣う。昔の型だから、ただでさえ大きいのに。
目的地は最近、町の中心にできた新校舎だ。
西都の指導者である魔導師――執行官またはシェリフと呼ばれる人物が建てたもので、ナツユキも普段はこちらに通っている。
今は、旧校舎から少しずつ物を運び込んでいる最中なのだ。ナツユキたち上級生は、細々とした引っ越し作業を手伝うことになっている。
「シェリフが全部やってくれればいいのにな」
と文句を言っていたのはクラスメイトのジェイだ。まじめにやれとつっつけば、「なんだよ」と睨まれる。彼はいわゆる不良で、ナツユキはその態度をどうも見過ごせない。いつになく刺々しい空気なのは、あるはずの「まあまあ、二人とも」の声が足りないせいだ。
前までは、二人の間に入って場を和ませてくれる友達がいた。彼が今どこにいるのか、この街の誰も知らない。
目的地――ぴかぴかの新校舎が遠くに見える。
せっかく執行官様が建ててくれたのだと、大人たちはありがたがっているけど、ナツユキは乗り切れない。まだどこかで身体はそわそわするし、胸には消化できない靄が溜まっている。
これから旧校舎はどうなるだろう。取り壊すわけではないと聞いた。なら、くたびれたまま酷使されるのだろうか。ナツユキが運んでいるおんぼろ写真機のように。
ふとあたりを見渡すと、露店の前でジェイを見つけた。彼にもナツユキのような手伝いがあったはずだが、持っているのは何かの串焼きに揚げ物の袋。どう見ても食べ歩きしている。
――サボりだ!
この状況ではジェイと顔を合わせたくない。ナツユキは道を変えることにした。遠回りになるけど仕方ない。
このままじゃ、理由の違う不機嫌を彼にぶつけてしまいそうで、怖かったのだ。
露店から見えない裏道では、賑やかな声が遠くに聞こえる。
(平和な街だ)
大人たちいわく、西都が平和なのはシェリフを主とする魔導師らのおかげらしい。授業で習うし、いつも言われる。指導者の住む宮殿は、街のどこからでも見える。
あの白い荘厳な建物は、政権が「オズ王」に移る前、人間の王家が使っていたらしい。その歴史を、今はポピーレッドと呼ばれる魔導師が引き継いでいる。執行官の役割を果たすため。いつか本人が宣言した、「シェリフ」という語の在り方が思い出された。いわく「正義の執行者」と。
――悪い魔物はシェリフがやっつけてくれる。それはわかる。
でも。ナツユキはずっと、言えないままの問いを抱え続けている。
正義ならどうして、たとえば不良で口の悪いジェイはやっつけてくれないんだろう? あいつは先生にもひどいこと言うやつなのに。
それに、正義の味方がこの街にいるなら。どうして、ナツユキはずっとマサと会えないままなんだろう。どうして手紙の返事は一度も来ないんだろう。彼を連れて行った魔導師は、どういうつもりでいるんだろう。
――魔導師は、本当に正義でいてくれる?
偏った見方なのはわかっている。けれど自分には、魔導師を疑う理由が十分にあるのだ。
(帰ってきてよ、マサ)
親友の笑顔を思い出しながら、裏道を出たときだった。
「ちょっといいかな」
宮殿がよく見える曲がり角。知らない男が声をかけてきた。
「その写真機、少し見せてほしいんだ」
ゆったりと喋る、背の高い男だった。
姿を見上げて、まず目を引いたのは髪の毛だった。空より薄い水色が、肩の上でさらりと揺れていた。そのひとの整った顔立ちと、青い瞳の輝きをみてナツユキは直感する。――魔導師だ。
「これ、学校で使うボロいのだけど、どうして? っていうか、ここの人じゃないよな、誰だ?」
ずっと機嫌が悪かったから、ぶっきらぼうな言い方になった。言い過ぎたかもとはっとしたが、相手は怒る様子もなく、目元から柔らかく笑っている。
「あんた、魔導師……だよな?」
「うん」
上から下まで見ると、西都にはまず見ない服装をしている。洒落っ気がないというか、なんというか。パーツはごちゃごちゃしてる割に、色が味気ない。そのうえ、両耳と腕にだけアクセサリーをつけているので、浮いている。ここにジェイがいたら変な格好だと茶化してくるに違いない。
魔導師の男はふんわりと、パステルの描き心地みたいな声で名乗った。
「俺はリカルド。普段は東の方にいる。技師としての心得があってね、直せるかもしれないから声をかけたんだ。……驚かせちゃって、ごめんね」
「いや、別に。見せるくらいなんとも」
言われるままに、写真機を地面に置いた。
気分の風向きが変わったのは、リカルドが謝ったからだろうか。対等な言葉を使う魔導師がいることを、ナツユキは知らなかったのだ。
「これ直せるのか? 先生たちはほっといてるのに……」
直せばいいのにとはきっと誰もが思っていた。が、どの先生に言われても後回しにされて、長いことこのままだったのだ。魔導師は苦笑した。
「西の方は技師の人手が足りてないから、写真機ひとつで人を呼ぶわけにもいかないんだろうね。規模が大きな修理だとシェリフが技師を招集するけど、彼女も忙しいし」
「シェリフも忙しいとか考えるわけ?」
「いくら指導者だからって、西都の何もかもをお見通し――とはいかないからね。こういう困りごとには気づけないんだ。……よし、これだったらすぐに直せるよ」
待っていてねと一声かけて、リカルドは写真機の前に座り込んだ。
指でとんとんと叩いたり、蓋を開けて中をのぞき込んだりしていたけど、ナツユキにはよくわからなかった。
空中に光の線をいくつも描いて、螺子を取り替えたり、部品を綺麗にして組み合わせなおしたり。腰のポケットから工具を取り出して手作業することもあった。
「魔導師でも道具って使うんだな」
「俺はね。目を瞑ったまま直せる人もいるよ」
次は、上着の内ポケットから別の道具が出てきた。リカルドが身に纏う見覚えのない服、これは技師の装いなのかと、ナツユキは今更ながらに思い当たる。
魔導師の仕事を、この目で見るのは初めてだった。こんなに目が離せない作業があるなんて。魔法にまかせて、世界の大部分を勝手に動かしているわけじゃなかったのだ。
「なあ」
夢中で見入って、それから、気づくと、まるくなった闇が零れだしていた。ずっと誰かにぶつけたかった疑念。これまでナツユキを曇らせていた、真っ暗な気持ち。
「シェリフは、忙しいからわるい魔導師にも気づかないのか?」
「わるい魔導師? ――聞くよ、続けて」
慣れたように手だけ動かしながら、リカルドは目を合わせてくれた。透き通るようなブルー。宥めるようににっこりと笑って。
青い微笑みに背を押され、ナツユキはゆっくり話し始める。
疑心の種を蒔いたのは、親友の不在とその理由。
「魔導師のところに行った友達が、返ってこないんだ。手紙の返事もない」
新校舎完成より前のことになる。名も知らぬ魔導師が「この街は危ない、人間を守りたい」と主張して、何人もの人間を西都の外に連れて行ったのだ。
怪しいと思って反対はしたが、ナツユキと違いマサには大人の身内がいなかった。止める力がなかったのだ。
手紙を書く、必ず返事をする。そう約束したのに、新校舎ができてから、引っ越しが終わりかけている今まで、十通送って何も返ってこない。
「魔導師が人間を攫ったってこと?」
「違うかもしれない。マサは、人間を守るって言う魔導師についていったんだ。西都のはずれのほうって聞いた。でも魔物が多いから一人じゃ確かめに行けないし、大人には止められる」
――ただ、マサや他の人間を連れて行った魔導師に、もしも、裏があるなら。
「その魔導師が、わるいやつだったら。だって、手紙が届かないなんておかしい。シェリフだって退治してくれるんじゃないかって……」
人間を守ると言いながら、当の魔導師は悪さをしているんじゃないか。同じ魔導師だから、執行官からも見逃されているんじゃ。
――そう疑っていた、けれど。
目の前で進む技師の魔法を見ると、どうすればいいのかわからなくなった。
「オレが間違ってるのかな。魔導師はみんな正しいことをしてて、シェリフもそれがわかってるだけなのか」
問いかけは戸惑いだ。リカルドは迷いを聞いて、一度手を止めた。
「人間を連れていく魔導師の話は、聞いたことないな。ごめんね、力になれなくて」
ただ、と繋いで、技師は言葉を続けた。
「魔導師でも、そうじゃなくても。いいとかわるいとかじゃなく、何が正しいかわからない人の方が多いんじゃないかな」
いまの君のように。言われれば確かに、ナツユキにもわからない。どうなるのが正しいのか。魔導師がどうとかじゃなかった。自分が望んでいるのは友達との再会だけだった。
「ああ、でも、そうだ。その魔導師だって、『守る』って言ったんだよね? それは本心だと思う。みんな、誰かの役に立ちたいって気持ちは持ってるから」
誰か。
誰かとは誰だろう。リカルドは東の空を見上げて、遠くにいる人を思い出しているみたいだった。重なるものがあって、ナツユキはためらわずに聞いた。
「魔導師にも友達っているの」
「もちろんいるよ」
「あんたにも?」
即答に食いつくように、重ねて尋ねる。ナツユキの勢いに、リカルドはどう思ったのか、少しずれた答えがくる。
「俺には友達より守りたい人たちがいる」
魔導師というより、大人びた男の顔だった。
「それって恋人とか?」
「ふふ、はずれ。きょうだいだよ、弟と妹」
ナツユキの予想は的外れで、思わずというふうにリカルドは笑った。
「俺はお兄ちゃんだから、二人を危ない目に合わせないって決めてるんだ。どう思われてもね」
雲を眺める横顔は、やっぱりどこか凛々しく見える。まだ知らないけれど、この目を覚悟と呼ぶのだった。
「これで直ったはず。先生には、通りすがりの魔導師が、シェリフに会いに行くついでに直してくれたって伝えるといいよ」
シェリフの知り合いだとはわかっていたけど、これから会いに行くらしい。
「それから、さっきのお友達のお話。俺から彼女に伝えてみるね。行き違いかもしれないし、事件だったら彼女もそのままにはしないと思う」
彼が言うならそうなのだろうと、思うことができた。シェリフに希望を見たのも、ナツユキにとって初めてだった。
「リカルドさん、ありがとうございます」
なんて、丁寧な言葉が今更すっと出てくる。滑り出すように自然に。
「どういたしまして。俺も行かなきゃ。道、気を付けてね」
「……元気で」
そこでナツユキはリカルドと別れた。
目の前で見た魔導師は、ひらひらと手を振る後ろ姿まで軽やかだ。午後の光を受けた手元で、ブルーの腕輪がきらりと光っていた。
写真機はなんとなく軽く、持ちやすくなっていた。見た目もすっきりした気がする。マサが戻ってきたらきっと驚くだろう。
白い宮殿は相変わらず空の青さを遮ってそびえ立つ。大人たちが言う感謝や信頼は、今日みたいな出来事の重なりだろうか。
知らないことがたくさんある。魔導師のこと。執行官のこと。それから。
なんとなく、ジェイと話してみようと思った。あの口の悪い旧友が何を考えているのかも、全然知らなかったから。
そうと決まれば、まずはこの手伝いを終わらせなければ。ナツユキは写真機を抱え直し、昼下がりの街を再び歩き始めた。
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