wonderland code

■水面を蹴ってバターを混ぜる
[1]知らない

 レテは瓶を、レベッカは槍を構え、巨大な魔物と対峙していた。

 四つ足のそれにはぎらぎらとした二つの赤い目と、額にもう一つの目があった。第三の目の真上には、皮膚を突き破るように生える角。硬い爪が目立つ四肢は誰かの血で赤く濡れていた。
 どの獣に由来した魔物かもわからない姿。これまで消し飛ばしてきた魔物とは決定的に違う強敵だ。二人で相手するとしても手に余る。
 だというのに。
 レテは少し振り返って、レベッカをちらと見る。魔物との戦闘は、本来ならレベッカの得意分野なのだ。だが今は、左腕の盾も右手の槍も使われていない。

 背後の学友は小さな姿を庇っている。レベッカは、化け物に追われていた子供を守るのに手いっぱいなのだ。

(レベッカが本領発揮するのは、たぶん厳しい)
 あの子を守りながら、いつもの槍術に持ち込むのは無理がある。こちらからなにか動きを作った方がいい。新たに術を組もうと瓶を開けた、そのときだった。

 邪悪な力が波打って、風のように吹きつける。魔物が駆け出してレテを通り過ぎた――突進している!
異形の巨躯が狙うは人間だった。怯える子供めがけて一直線。
「させるか!」
 響き渡る高音。レベッカが迷わず割り込み、左腕の小盾で魔物の爪を弾いていた。

 バランスを崩された巨体がよろめいた、その一瞬を逃さない。一息の間もなく、レベッカは右手の槍を、魔物の額、歪な一つ目に思い切り突き刺した。
 息の上がったレベッカが叫ぶ。
「レテ!」
 今こそ、千載一遇のチャンス。
「わかってる」
 準備はしていた。石をいくつかと、魔法の氷を並べた魔法陣。魔力を導く線を引いて、レシピ通りに粉を撒けば、狙った通りの術が動く。
「ちょっと凍ってて!」
 ――発動。
 地面から生えた氷柱が、魔物の体を閉じ込めた。

 どんなにおぞましい敵だって、固めてしまえば動かない。ただ、例外だらけの敵に氷漬けがいつまで持つか。
「レベッカ、退却。このまま二人で戦うのはマズい」
「ああ。別行動でいいか? 報告も含めて色々頼む。オレはこの子を、落ち着けるところへ連れていく」
 言いながら、レベッカは小さな子供を抱え上げた。一人で外出も許されない年だろう。優先すべきは、戦えない人間を守ること。魔導師のほうが強いのだから当然だ。
「寮のが近いから、一旦オレの部屋で休ませるよ。レテはアカデミーで増援や報告やらを頼む」
「了解。そっちこそまかせたよ」

 手分けをして、学舎に向かう途中。レテは幸運なことにリナを見かけた。すぐさま事情を話すと、彼女は迷わず武器を手に取る。
「あたしが魔物を片付けてくる。いつものとこにキャロがいるはずだから、具体的なことは話しといてくれ」

 まっすぐ談話室に向かえば、言われた通りキャロが待っていた。リナから連絡でも受け取っていたのだろうか、静かに促してきたので、レテは流れのままにすべてを話した。魔物の異常さを語っているあたりでリナが戻ってきた。
「たしかにやばい奴だったけど、しっかりトドメを刺してきた。巻き込まれたって子は、レベッカが保護してるんだよな。あとで話を聞きに行くか」
 これから二人は、周囲の魔導師ともかけあって事態をまとめるという。他の教授や上層部の人脈でも頼るのだろう。

「レテくんも、教えてくれてありがとう」
 キャロの声音は時々聞く、お話が終わりになるときの穏やかなものだった。
 だからレテは、この事件はここで終わりなのだと思っていた。

 しかし、そうではなかった。
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