wonderland code
嘘と微笑のアフタヌーンティー
つかみどころのない嘘に手を焼いている。
カフェの片隅、特別なカーテン席の内側で、花火師・スケアクロウはため息をついた。対面の女が、知っているはずの話を尋ねてきたからだ。
「花火師くん、公演はいいの?」
「オレが出るのは夜公演だ。準備までもう少しかかる」
「へえ、知らなかった」
レース布をマスクにした魔導師の女――人形使い・キャロはそう言った。スケアクロウは返事の代わりに肩をすくめる。
昼公演のスケジュールが入っていないからこそ、いまここで花火師はキャロと向き合っているはず。
つまり、彼女の「知らなかった」というのは見破るまでもなく嘘なのだ。
そんなどうでもいい嘘を毎度毎度散りばめて喋るものだから、キャロとのやり取りはいつだって面倒だ。
――私、嘘つきだからね。
そう念押ししてきたのは、初めて会ったときのことだったか。
スケアクロウは額を抑えて、呆れるのを抑える。どうしてまた、手に負えない変人とばかり縁が続くのか。眼前の女は微笑むばかりだ。
スケアクロウは劇団オズマの中核を担う団員で、ドロシーの親しい友人のうちひとりだ。
公演中の古布をイメージした衣装とは違い、ワンポイントの刺繡をあしらった私服に袖を通して、指定された席についていた。
約束のカフェは昼食どきの賑わいを引きずっていて、香ばしいチーズのにおいがこちらまで漂ってきている。食欲を軽くくすぐられるが、自分たちが待っているのはティーセットだ。
なにより、天蓋のようなカーテンで他の客らと遮られた、この席が特別なのだ。料金上乗せの代わりに、プライベートが強く保証される。
ここを選んだ時点で、キャロが密談を企んでいるのは明らかだった。
「何の用事だ」
花火師が真剣に切り出すと、キャロは囁いて窘める。
「そんな顔しないで。この子が怖がっちゃう」
四角いカフェテーブルには、手のひらほどの大きさの椅子が置かれていて、そこに小さな人形が座っている。
少女のすがたをした金髪のドール。その頭を軽く撫でてやると、キャロは態度を変えずに答えた。
「貴方、ドロシーの側近でしょ?」
「わかって言ってるよな」
押し殺した怒りは、しかし露わになっていた。スケアクロウにとってドロシーは――立場上は座長と団員ではあるが、キャロが言うような上下の位置がある関係ではない。
「なーんて、うそうそ。友達だよね。だからこれ」
反論しようとした矢先に、キャロが両手を振った。レースの手袋に結ばれている、飾りリボンがひらひら揺れる。
毒気を抜かれた花火師をよそに、キャロは布に包まれた荷物を取り出した。布の結び目を解くと、中には「時計屋」の印が入った小さな箱と手紙。
「用事があったっていうのは本当。時計屋くんからの預かりもの。ドロシーが取りに来ないから、届けてくれって言われたの。手紙のほうは大事な言付けみたい」
キャロの説明を聞き流し、スケアクロウは小箱と封筒を見分する。
まず、外見に妙なところはない。
箱を手に取って、一旦気配を確かめた。次に、グローブ越しに魔法を使う。対象の物体に仕掛けられている魔法を見抜く術だ。魔導師の間でやり方は確立されているが、この術を正確に操るのは難しい。
しかし、警戒こそが己の役目。調べる魔法はスケアクロウの得意分野だった。
数回の確認の末、送り主・時計屋以外から魔法の細工はされていないとわかった。
小箱を開けると、中身は特注の砂時計だった。ドロシーが以前頼んだと言っていた、そのものだ。手紙の方も、開けた者を陥れる罠のような魔法は確認できなかった。
これなら、彼女に届けても大丈夫だろう。
「確かに受け取った。昼公演後のドロシーに渡しておく」
箱と手紙をまとめて結び、腰のポーチにしまう。残った布を持ち主のキャロが引き取るまで、油断するつもりはなかった。彼女の言うことがどこまで本当かなどわからないのだ。
「敵じゃないんだから、そんな警戒しなくてもいいのに」
「敵じゃなくたって警戒していいだろ」
レースで飾られた布がテーブルを去り、キャロの「用事」が終わった。
それから、人形を自慢されたり、日常の話をされたりした。嘘とわかることはあれど、真実と断定できる話は非常に少なかった。
ただ、彼女が劇団オズマの大ファンなのは本当のようだ。演出の話、名物演目の話、ドロシーと団員に関する裏話――を軽く語ったら、目を輝かせて続きを聞きたがった。
ドロシーなら喜んで話したかもしれないが、スケアクロウはそうしなかった。互いに力を持った魔導師である以上、本当に語れることは多くない。
――強い魔導師ほど、いつ敵同士になるかわからない。
それは聞き及んだ実話により、伝わった歴史により、魔導師に刻まれた共通の知恵なのだ。
「ご注文のお品物をお持ちいたします」
ノックの音の後、店主の声がかかった。まずはティーセットの紅茶が運ばれてくる。
紅茶の色が見える透明なポットと、あえて飾らない真っ白なソーサー。キャロの方に運ばれたカップは彼女の髪のような淡いピンク色で、自分の方に来たカップは金色の模様入りだった。
次はお菓子を持ってくると言い残して店主は一度引っ込んだ。布が揺れる。内側からしか見られないカーテンの刺繡は細やかで美しかった。
店主の女性に軽く挨拶をして、キャロはうきうきと手元に品を運ぶ。先ほどのカップを「見て見て」と人形に近づけて嬉しそうにしていた。
――人形のぶんを注文してもいないくせに。どこまでが本音か読みようがない言動を、どう面倒見てやろうか、スケアクロウは少し躍起になってきた。
「大事な用事があるというから、何かと思えば。届け物ならいくらでも方法があっただろう」
「それだと、貴方とお茶ができないじゃない。これまでは公演会場でのお話ばかりだったから、ゆっくりお茶したかったの」
ドロシーの友達こと劇団オズマの主要団員である者たちと、キャロは親しくなりたいらしい。先ほどは人形使いとして学ぶことが多い、などと言っていたが、本当だろうか。
「やっぱり、演者と一対一で話すのって楽しいな。他の子にも一度会ってみたい」
――こっちは大嘘だ!
同期の一人から、キャロと「お茶会」をした話を聞いている。ため息を捨てようと窓際を見ると、金髪のドールがにっこりと笑っていた。睨みを利かせているような、取り囲まれているような錯覚。この人形がこの位置にいるのは計算か?
二度目のノックを挟んで、スイーツも運ばれてきた。スケアクロウはあえてキャロと同じものを選んでいて、結果としてシフォンケーキが二皿届く。
紅茶をカップに注ぎ、その香りを楽しんで、口を付けたときに気づいた。
――目の前の女はマスクをしている。
以前、顔を隠すためのマスクだと言っていた。それをしたままで、どうやって食べるのか? この店に誘ってきたのはキャロの方だというのに。
気になって視線をやると、キャロは耳の後ろ、リボン結びにした紐をあっさりと解いて――マスクを外した。
「不思議?」
素顔のキャロと目が合う。気にしていたのがバレていた。こういう状況では、正直になったほうがいい。スケアクロウは己の知恵に従って白状した。
「顔を隠すマスクと言っていなかったか」
どうして外したんだ。言外に問うと、微笑みが返ってくる。描いたような笑顔。ドールみたいな。
「あなたにはいいかって」
あまりにあっけらかんと言うので、スケアクロウは余計に呆れた。到底、本当の話をしているとは思えなかった。
気を取り直すために、紅茶とケーキの力を一口ずつ借りて、その後改めて聞き直す。
「オレには顔を見せてもいい、というのは?」
「だって劇団オズマのみんなって、私の追っ手と関係ないもの」
追っ手なんて話は、これまでの彼女との会話で一度も出てこなかった。そもそもあれは本当に、顔を隠すためのマスクなのか?
「聞いたことがない。お前、追われているのか?」
「有名な魔導師から、秘密の織布を盗んじゃってね」
言いながら、キャロはウインクをした。そんな表情で言うことじゃないし、大罪の自覚があるなら他者に話してはいないはず……。
今度こそスケアクロウは盛大にため息をついた。金髪のドールが、頭を抱える花火師を向いて微笑んでいた。
つかみどころのない嘘に手を焼いている。
カフェの片隅、特別なカーテン席の内側で、花火師・スケアクロウはため息をついた。対面の女が、知っているはずの話を尋ねてきたからだ。
「花火師くん、公演はいいの?」
「オレが出るのは夜公演だ。準備までもう少しかかる」
「へえ、知らなかった」
レース布をマスクにした魔導師の女――人形使い・キャロはそう言った。スケアクロウは返事の代わりに肩をすくめる。
昼公演のスケジュールが入っていないからこそ、いまここで花火師はキャロと向き合っているはず。
つまり、彼女の「知らなかった」というのは見破るまでもなく嘘なのだ。
そんなどうでもいい嘘を毎度毎度散りばめて喋るものだから、キャロとのやり取りはいつだって面倒だ。
――私、嘘つきだからね。
そう念押ししてきたのは、初めて会ったときのことだったか。
スケアクロウは額を抑えて、呆れるのを抑える。どうしてまた、手に負えない変人とばかり縁が続くのか。眼前の女は微笑むばかりだ。
スケアクロウは劇団オズマの中核を担う団員で、ドロシーの親しい友人のうちひとりだ。
公演中の古布をイメージした衣装とは違い、ワンポイントの刺繡をあしらった私服に袖を通して、指定された席についていた。
約束のカフェは昼食どきの賑わいを引きずっていて、香ばしいチーズのにおいがこちらまで漂ってきている。食欲を軽くくすぐられるが、自分たちが待っているのはティーセットだ。
なにより、天蓋のようなカーテンで他の客らと遮られた、この席が特別なのだ。料金上乗せの代わりに、プライベートが強く保証される。
ここを選んだ時点で、キャロが密談を企んでいるのは明らかだった。
「何の用事だ」
花火師が真剣に切り出すと、キャロは囁いて窘める。
「そんな顔しないで。この子が怖がっちゃう」
四角いカフェテーブルには、手のひらほどの大きさの椅子が置かれていて、そこに小さな人形が座っている。
少女のすがたをした金髪のドール。その頭を軽く撫でてやると、キャロは態度を変えずに答えた。
「貴方、ドロシーの側近でしょ?」
「わかって言ってるよな」
押し殺した怒りは、しかし露わになっていた。スケアクロウにとってドロシーは――立場上は座長と団員ではあるが、キャロが言うような上下の位置がある関係ではない。
「なーんて、うそうそ。友達だよね。だからこれ」
反論しようとした矢先に、キャロが両手を振った。レースの手袋に結ばれている、飾りリボンがひらひら揺れる。
毒気を抜かれた花火師をよそに、キャロは布に包まれた荷物を取り出した。布の結び目を解くと、中には「時計屋」の印が入った小さな箱と手紙。
「用事があったっていうのは本当。時計屋くんからの預かりもの。ドロシーが取りに来ないから、届けてくれって言われたの。手紙のほうは大事な言付けみたい」
キャロの説明を聞き流し、スケアクロウは小箱と封筒を見分する。
まず、外見に妙なところはない。
箱を手に取って、一旦気配を確かめた。次に、グローブ越しに魔法を使う。対象の物体に仕掛けられている魔法を見抜く術だ。魔導師の間でやり方は確立されているが、この術を正確に操るのは難しい。
しかし、警戒こそが己の役目。調べる魔法はスケアクロウの得意分野だった。
数回の確認の末、送り主・時計屋以外から魔法の細工はされていないとわかった。
小箱を開けると、中身は特注の砂時計だった。ドロシーが以前頼んだと言っていた、そのものだ。手紙の方も、開けた者を陥れる罠のような魔法は確認できなかった。
これなら、彼女に届けても大丈夫だろう。
「確かに受け取った。昼公演後のドロシーに渡しておく」
箱と手紙をまとめて結び、腰のポーチにしまう。残った布を持ち主のキャロが引き取るまで、油断するつもりはなかった。彼女の言うことがどこまで本当かなどわからないのだ。
「敵じゃないんだから、そんな警戒しなくてもいいのに」
「敵じゃなくたって警戒していいだろ」
レースで飾られた布がテーブルを去り、キャロの「用事」が終わった。
それから、人形を自慢されたり、日常の話をされたりした。嘘とわかることはあれど、真実と断定できる話は非常に少なかった。
ただ、彼女が劇団オズマの大ファンなのは本当のようだ。演出の話、名物演目の話、ドロシーと団員に関する裏話――を軽く語ったら、目を輝かせて続きを聞きたがった。
ドロシーなら喜んで話したかもしれないが、スケアクロウはそうしなかった。互いに力を持った魔導師である以上、本当に語れることは多くない。
――強い魔導師ほど、いつ敵同士になるかわからない。
それは聞き及んだ実話により、伝わった歴史により、魔導師に刻まれた共通の知恵なのだ。
「ご注文のお品物をお持ちいたします」
ノックの音の後、店主の声がかかった。まずはティーセットの紅茶が運ばれてくる。
紅茶の色が見える透明なポットと、あえて飾らない真っ白なソーサー。キャロの方に運ばれたカップは彼女の髪のような淡いピンク色で、自分の方に来たカップは金色の模様入りだった。
次はお菓子を持ってくると言い残して店主は一度引っ込んだ。布が揺れる。内側からしか見られないカーテンの刺繡は細やかで美しかった。
店主の女性に軽く挨拶をして、キャロはうきうきと手元に品を運ぶ。先ほどのカップを「見て見て」と人形に近づけて嬉しそうにしていた。
――人形のぶんを注文してもいないくせに。どこまでが本音か読みようがない言動を、どう面倒見てやろうか、スケアクロウは少し躍起になってきた。
「大事な用事があるというから、何かと思えば。届け物ならいくらでも方法があっただろう」
「それだと、貴方とお茶ができないじゃない。これまでは公演会場でのお話ばかりだったから、ゆっくりお茶したかったの」
ドロシーの友達こと劇団オズマの主要団員である者たちと、キャロは親しくなりたいらしい。先ほどは人形使いとして学ぶことが多い、などと言っていたが、本当だろうか。
「やっぱり、演者と一対一で話すのって楽しいな。他の子にも一度会ってみたい」
――こっちは大嘘だ!
同期の一人から、キャロと「お茶会」をした話を聞いている。ため息を捨てようと窓際を見ると、金髪のドールがにっこりと笑っていた。睨みを利かせているような、取り囲まれているような錯覚。この人形がこの位置にいるのは計算か?
二度目のノックを挟んで、スイーツも運ばれてきた。スケアクロウはあえてキャロと同じものを選んでいて、結果としてシフォンケーキが二皿届く。
紅茶をカップに注ぎ、その香りを楽しんで、口を付けたときに気づいた。
――目の前の女はマスクをしている。
以前、顔を隠すためのマスクだと言っていた。それをしたままで、どうやって食べるのか? この店に誘ってきたのはキャロの方だというのに。
気になって視線をやると、キャロは耳の後ろ、リボン結びにした紐をあっさりと解いて――マスクを外した。
「不思議?」
素顔のキャロと目が合う。気にしていたのがバレていた。こういう状況では、正直になったほうがいい。スケアクロウは己の知恵に従って白状した。
「顔を隠すマスクと言っていなかったか」
どうして外したんだ。言外に問うと、微笑みが返ってくる。描いたような笑顔。ドールみたいな。
「あなたにはいいかって」
あまりにあっけらかんと言うので、スケアクロウは余計に呆れた。到底、本当の話をしているとは思えなかった。
気を取り直すために、紅茶とケーキの力を一口ずつ借りて、その後改めて聞き直す。
「オレには顔を見せてもいい、というのは?」
「だって劇団オズマのみんなって、私の追っ手と関係ないもの」
追っ手なんて話は、これまでの彼女との会話で一度も出てこなかった。そもそもあれは本当に、顔を隠すためのマスクなのか?
「聞いたことがない。お前、追われているのか?」
「有名な魔導師から、秘密の織布を盗んじゃってね」
言いながら、キャロはウインクをした。そんな表情で言うことじゃないし、大罪の自覚があるなら他者に話してはいないはず……。
今度こそスケアクロウは盛大にため息をついた。金髪のドールが、頭を抱える花火師を向いて微笑んでいた。