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バイアスだって十人十色 [5]マカロン(青/白)
「これ甘いし、すっきりしておいしい。シトラス系? こっちのは――」
さて。しっかり頭のいいゼル博士は、趣味の甘味についても理解を深めている。正直なところ、レテのお菓子の話題にここまでついていける相手は他にいない。
「そう、希少だけどいい感じの繋がりを作っておけばこういう実とか花も、安く譲ってもらえるし、配合を試したら」
「なるほど。こっちはジャムを添えることが前提で、そっちは単体だから口当たりが違うのか」
「そうなんだよ! 同じベリーでも使い方と量が全然違う。どっちが好き?」
「いやこれはあえて別の、こっちじゃないか? ちょうど同じ地域の茶葉と合うようになってる」
「やっぱりわかるかぁ……!」
レテは本当に、本当にこのとき楽しんでいた。あまいおかし、というものはレテとゼルの間にある共通の趣味で、二人の嗜好はやたら似ていた。同じぐらいの高度で「好き」を話すのは楽しかった。楽しかったんだ。
だからこそレテはゼルが――、そうだ、とレテは、やっと課題のことを思い出した。
「課題あった。えっと博士、初めてひとを殺したのってどんなときだった?」
「……『殺し』の定義は?」
「定義?」
やばいかも、と思いつつ、もう引き返せないので聞き返す。レテが問い、ゼルが答える。ことばの動作は変わっていないはずなのに。
「だから、『殺し』はどこから殺しなのかって話だよ。たとえば僕がつけた傷が悪化して、僕の知らないとこで結果的に死んだ奴を含むかどうか――とか。他にも判断が必要な事例はいくつも存在する。どこから殺人と呼ぶのか、その基準が確定していないなら話は違ってくる」
そして橙色のマカロンをつまんで、ひとくちで食べる。これ甘くていいね、好きだな。と呟くゼルに対して、「続きを話してくれない?」とレテが促してようやく話が進む。
「僕の話でいうと――、そうだな、」
そこからゼルはとんでもない早口になった。
「使い潰したサンプルがたまたま人間だった場合は、殺人に含まれるのか、とか。ほらサンプルって生きてるだけで本質は実験対象で物体だ。それを使って実験した結果、勝手に壊れた。という出来事を人殺しって言われても困る。実験による物理的な破壊だ、という事実は覆らない。それを勝手に殺しだなんだって責められても」
「責めてないけど」
「だとしたら僕にひとを殺した記憶はないよ」
記憶はないとはよく言ったものだ。
「……博士に答えてもらえて光栄だけど――」
じゃあ課題はどうすればいいの、と。これから、レテが質問するはずだった。これまでの三人だったら、少なくとも学生の課題に対して目は向けてくれる状況のはずだった。
はずなのに。
「自動的に起きた損失と意図的に起こした損傷。結果として傷を負った場合と、加害と被害が意識的に成立した場合の差異。意識とルーン基が関係している可能性を考えると……」
ゼルは自分の頭の中を見て、レテには理解の及ばないことを呟いていた。
「試してみたいな」
――だとしたらアレをとってこなきゃな。後は物質を回転と何か焼けるやつ――ここにあるのは――。と、ゼルはしゃべり続ける。
――こういうところだ。
ゼル博士の視野に、既にレテは存在していない。
結局。結局こうなるのだ。
楽しいこともすごく楽しいことも嘘じゃない。レテにとってゼルは、楽しいを唯一のレベルで共有できる、とても大事なひとだ。
でも、せっかく焼いたマカロンを置いてけぼりにして知らないところに行こうとする。レテのことだって知らない誰かにしてしまう。
あーあ。大キライだ。
「どうせ僕がいなくなったって」
気づきやしないんだ、この男は。
恨み言を小さく吐き捨てて部屋を出た。予防線のつもりで置いた挨拶も、どうせ彼には聞こえていなかった。
「これ甘いし、すっきりしておいしい。シトラス系? こっちのは――」
さて。しっかり頭のいいゼル博士は、趣味の甘味についても理解を深めている。正直なところ、レテのお菓子の話題にここまでついていける相手は他にいない。
「そう、希少だけどいい感じの繋がりを作っておけばこういう実とか花も、安く譲ってもらえるし、配合を試したら」
「なるほど。こっちはジャムを添えることが前提で、そっちは単体だから口当たりが違うのか」
「そうなんだよ! 同じベリーでも使い方と量が全然違う。どっちが好き?」
「いやこれはあえて別の、こっちじゃないか? ちょうど同じ地域の茶葉と合うようになってる」
「やっぱりわかるかぁ……!」
レテは本当に、本当にこのとき楽しんでいた。あまいおかし、というものはレテとゼルの間にある共通の趣味で、二人の嗜好はやたら似ていた。同じぐらいの高度で「好き」を話すのは楽しかった。楽しかったんだ。
だからこそレテはゼルが――、そうだ、とレテは、やっと課題のことを思い出した。
「課題あった。えっと博士、初めてひとを殺したのってどんなときだった?」
「……『殺し』の定義は?」
「定義?」
やばいかも、と思いつつ、もう引き返せないので聞き返す。レテが問い、ゼルが答える。ことばの動作は変わっていないはずなのに。
「だから、『殺し』はどこから殺しなのかって話だよ。たとえば僕がつけた傷が悪化して、僕の知らないとこで結果的に死んだ奴を含むかどうか――とか。他にも判断が必要な事例はいくつも存在する。どこから殺人と呼ぶのか、その基準が確定していないなら話は違ってくる」
そして橙色のマカロンをつまんで、ひとくちで食べる。これ甘くていいね、好きだな。と呟くゼルに対して、「続きを話してくれない?」とレテが促してようやく話が進む。
「僕の話でいうと――、そうだな、」
そこからゼルはとんでもない早口になった。
「使い潰したサンプルがたまたま人間だった場合は、殺人に含まれるのか、とか。ほらサンプルって生きてるだけで本質は実験対象で物体だ。それを使って実験した結果、勝手に壊れた。という出来事を人殺しって言われても困る。実験による物理的な破壊だ、という事実は覆らない。それを勝手に殺しだなんだって責められても」
「責めてないけど」
「だとしたら僕にひとを殺した記憶はないよ」
記憶はないとはよく言ったものだ。
「……博士に答えてもらえて光栄だけど――」
じゃあ課題はどうすればいいの、と。これから、レテが質問するはずだった。これまでの三人だったら、少なくとも学生の課題に対して目は向けてくれる状況のはずだった。
はずなのに。
「自動的に起きた損失と意図的に起こした損傷。結果として傷を負った場合と、加害と被害が意識的に成立した場合の差異。意識とルーン基が関係している可能性を考えると……」
ゼルは自分の頭の中を見て、レテには理解の及ばないことを呟いていた。
「試してみたいな」
――だとしたらアレをとってこなきゃな。後は物質を回転と何か焼けるやつ――ここにあるのは――。と、ゼルはしゃべり続ける。
――こういうところだ。
ゼル博士の視野に、既にレテは存在していない。
結局。結局こうなるのだ。
楽しいこともすごく楽しいことも嘘じゃない。レテにとってゼルは、楽しいを唯一のレベルで共有できる、とても大事なひとだ。
でも、せっかく焼いたマカロンを置いてけぼりにして知らないところに行こうとする。レテのことだって知らない誰かにしてしまう。
あーあ。大キライだ。
「どうせ僕がいなくなったって」
気づきやしないんだ、この男は。
恨み言を小さく吐き捨てて部屋を出た。予防線のつもりで置いた挨拶も、どうせ彼には聞こえていなかった。