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バイアスだって十人十色 [3]朝焼け(赤/青)
「……で、あたしに何か用事ができたのか? レテ」
「初めて人を殺したときってどうだった?」
「えっ」
レテの問いに、リナが驚きの声をあげた。
うわあ。どうしよう。なんでそんなこといきなり聞いてきたんだ。課題か。課題だとして、なんで? でもこいつの教授はキャロだ、彼女のことだから何か意味か意図があるのだろう。――という表情をしていた。
「まあ、キャロの出す課題だからな。意味はあるか」
まさかその通りとは思わなかった。嘘でしょと言いかけてなんとか堪えた。もしかして感情の隠し方を知らないのか? 選ばれた教授である以前に、魔導師としては単純すぎると思う。この女、いつか必ず騙される。――逆にこの正直さが人望に繋がるのかもしれないが。
「……言いたくないなら、他をあたるけど」
とレテが言い出すほど、リナは非常に言いづらそうな態度だった。無理やりに追及したらこちらが嫌な気分になりそうなくらい。
「いや。覚悟決めてただけ。あたしだって先生さ。学生には教えなきゃ」
息を吸って、吐いて。また吸って。
「……仲間、だよ」
遠くを、亡くしたその人を見やる目をしてリナは答えた。
「今でいうハンターみたいな。大人数ででかい動物や魔物の狩りをやって、残った爪や牙をカネにしてた頃だ。仲間に頼まれて、死にかけのそいつにトドメをさした」
「魔導師?」
「そうなるな」
一拍、視線が外れた。
「魔導師なのに、わざわざ頼んで殺されたの? またどうして」
教授になる前の話ということは、少なくとも過去である。それにしては、今でも辛いような顔をしている。やはり殺しには後悔があるんだろう。取り返しのつかないことだから。そういう気持ちはわからなくもない。
「強い魔物にやられて。バジリスク種の――あの時は新種か。とにかくあいつは毒で苦しんでた」
毒という響きに顔を上げた。そういえばこの女は魔物や魔獣の専門家だった。
「毒に耐性があるかどうかは、正直魔物と魔導師の力量次第だ。あいつの力は毒と拮抗して――でも、届かなかった。あいつにとってギリギリだめな毒だった。ってことに、あたしが気づけていたら」
殺さずに済んだかもしれない、という声は、目から聞こえた。生意気と呼ばれるレテだって、リナの顔を見ながら口を挟むほど冷酷ではなかった。
「徹夜で看病したよ。だけど、もうダメだって悟って。夜が明ける頃……終わらせてくれって頼まれた」
魔法で槍を作って刺したんだ。と、静かに言った。
「喰らう前に毒持ちだってわかってたら、最初から魔力制御で軽減できた。生き残れなかったのは知らなかったから。あたしはそういう経験ばっかしてきて、全部経験で覚えたんだよ。それで今は魔物について教えながら、研究――というか分類というか、そういうのをしてる」
「辛い思いをしたのは、お互いってわけ?」
「さあ。朝焼けを綺麗といいながら死んでいったよ」
昔話にしてはとても鮮明で具体的だ。レテは一瞬奇妙だと思ったが、リナの表情が理由だった。ただたんに苦しい記憶だったんだろうな。そう認識すると、追い詰めているようで結局やっぱり嫌になった。自分が。レテと違って、リナは他者を動機に生きている。他の命が同じ後悔をしないために、学生たちに伝えに来たのだ。
「もし単位が足りなかったら取りにくればいい。あたしの講義が合うかはわからないから、お試しでもさ。クラウツの奴みたいに本を読み漁るのもいいかもしれないけど、現場じゃなきゃわからないこともあるさ」
ここまでの話を紙に記録しながら、レテはリナを見た。自信。こんなに意思がバレるような奴が、自信に満ちた目でいる。それだけで、不思議と課題もなんとかなりそうだと思えた。
「キャロが出した課題、残りの二人も必要なんだろ? ちょっと待ってれば、それこそクラウツはここに来るはずだ。ゼルの野郎は……まあ今日は来るだろ。アイツらにだって無自覚な法則がある。まるで魔物の生態みたいにな。だからまあ、待ってればいいさ」
翡翠色の目が、今度はやわらかく微笑んでいる。やけに元気の出るまなざし。
「ありがとう、リナ先生」
「あたしのことは、そんな丁寧に呼ばなくてもいいよ!」
彼女はそそくさと去っていった。誰がどう見ても照れ隠しであった。
「……で、あたしに何か用事ができたのか? レテ」
「初めて人を殺したときってどうだった?」
「えっ」
レテの問いに、リナが驚きの声をあげた。
うわあ。どうしよう。なんでそんなこといきなり聞いてきたんだ。課題か。課題だとして、なんで? でもこいつの教授はキャロだ、彼女のことだから何か意味か意図があるのだろう。――という表情をしていた。
「まあ、キャロの出す課題だからな。意味はあるか」
まさかその通りとは思わなかった。嘘でしょと言いかけてなんとか堪えた。もしかして感情の隠し方を知らないのか? 選ばれた教授である以前に、魔導師としては単純すぎると思う。この女、いつか必ず騙される。――逆にこの正直さが人望に繋がるのかもしれないが。
「……言いたくないなら、他をあたるけど」
とレテが言い出すほど、リナは非常に言いづらそうな態度だった。無理やりに追及したらこちらが嫌な気分になりそうなくらい。
「いや。覚悟決めてただけ。あたしだって先生さ。学生には教えなきゃ」
息を吸って、吐いて。また吸って。
「……仲間、だよ」
遠くを、亡くしたその人を見やる目をしてリナは答えた。
「今でいうハンターみたいな。大人数ででかい動物や魔物の狩りをやって、残った爪や牙をカネにしてた頃だ。仲間に頼まれて、死にかけのそいつにトドメをさした」
「魔導師?」
「そうなるな」
一拍、視線が外れた。
「魔導師なのに、わざわざ頼んで殺されたの? またどうして」
教授になる前の話ということは、少なくとも過去である。それにしては、今でも辛いような顔をしている。やはり殺しには後悔があるんだろう。取り返しのつかないことだから。そういう気持ちはわからなくもない。
「強い魔物にやられて。バジリスク種の――あの時は新種か。とにかくあいつは毒で苦しんでた」
毒という響きに顔を上げた。そういえばこの女は魔物や魔獣の専門家だった。
「毒に耐性があるかどうかは、正直魔物と魔導師の力量次第だ。あいつの力は毒と拮抗して――でも、届かなかった。あいつにとってギリギリだめな毒だった。ってことに、あたしが気づけていたら」
殺さずに済んだかもしれない、という声は、目から聞こえた。生意気と呼ばれるレテだって、リナの顔を見ながら口を挟むほど冷酷ではなかった。
「徹夜で看病したよ。だけど、もうダメだって悟って。夜が明ける頃……終わらせてくれって頼まれた」
魔法で槍を作って刺したんだ。と、静かに言った。
「喰らう前に毒持ちだってわかってたら、最初から魔力制御で軽減できた。生き残れなかったのは知らなかったから。あたしはそういう経験ばっかしてきて、全部経験で覚えたんだよ。それで今は魔物について教えながら、研究――というか分類というか、そういうのをしてる」
「辛い思いをしたのは、お互いってわけ?」
「さあ。朝焼けを綺麗といいながら死んでいったよ」
昔話にしてはとても鮮明で具体的だ。レテは一瞬奇妙だと思ったが、リナの表情が理由だった。ただたんに苦しい記憶だったんだろうな。そう認識すると、追い詰めているようで結局やっぱり嫌になった。自分が。レテと違って、リナは他者を動機に生きている。他の命が同じ後悔をしないために、学生たちに伝えに来たのだ。
「もし単位が足りなかったら取りにくればいい。あたしの講義が合うかはわからないから、お試しでもさ。クラウツの奴みたいに本を読み漁るのもいいかもしれないけど、現場じゃなきゃわからないこともあるさ」
ここまでの話を紙に記録しながら、レテはリナを見た。自信。こんなに意思がバレるような奴が、自信に満ちた目でいる。それだけで、不思議と課題もなんとかなりそうだと思えた。
「キャロが出した課題、残りの二人も必要なんだろ? ちょっと待ってれば、それこそクラウツはここに来るはずだ。ゼルの野郎は……まあ今日は来るだろ。アイツらにだって無自覚な法則がある。まるで魔物の生態みたいにな。だからまあ、待ってればいいさ」
翡翠色の目が、今度はやわらかく微笑んでいる。やけに元気の出るまなざし。
「ありがとう、リナ先生」
「あたしのことは、そんな丁寧に呼ばなくてもいいよ!」
彼女はそそくさと去っていった。誰がどう見ても照れ隠しであった。