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第12話 疾風迅雷ドキドキ保健室!
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もうすぐ夏休み前だと言うのに、気分はこの空模様に比例して晴れ渡ってくれない。その理由は1週間後に迫った定期考査が原因だ。
今日も放課後に亮ちゃんと春人と3人で、図書室で勉強会をしていこうという話になった。
数時間課題に勤しみ、だいぶ集中していたせいで、外が暗くなっていたのに気がつかなかった。
亮ちゃんはお家で急ぎの用事ができたらしく、急いで図書室を出て行った。車で送っていくと提案してくれたが、用事があるのに遠回りしてもらうのも悪いので、私たち2人はいつも通り歩いて帰ることにした。
亮ちゃんを見送った後、私たち2人も帰ろうということになった。
が、外から急にバケツをひっくり返した様な土砂降りの雨の音が聞こえ出した。さっきまではサラサラと降っているだけだったが、今は窓を閉めているにも関わらず、地面を叩きつける水音が室内でもはっきりと聞こえる。
傘は持っているが、この雨の中靴をぐちゃぐちゃに濡らしてまで外へ出たくないと判断した私たちは、まだ仕事をしているであろうユエさんのいる保健室で、雨が止むまで時間を潰すことにした。
「お前たちは時間を潰すためだろうが、私はまだ仕事があるんだが」
「えーやないの、こうやって備品の整理手伝ってるんやし」
「これ終わる頃には雨、弱くなってればいいね。そしたら3人で一緒に帰ろう」
もうすでに学校を後にしていたと思われていた私たちが保健室のドアを我が物顏でくぐった時、
この時間まで勉強のために校舎に残っていたことが予想外だったらしく、珍しくユエさんのポカン顔が見れた。
隙だらけで可愛いと思ったが、本人にいうと不機嫌になりそうなので、心の中だけで留めておいた。
今日この新米保険医は備品の棚卸しに勤しんでおり、雨宿りのために訪問した私たちに「ついでだ」と保健室の棚にある備品全ての個数チェックと点検を命じた。
「しっかし、保健室って備品が多いなー」
「そうだねーこの圧迫固定帯ってどこにあるの?」
渡されたそれぞれの備品リストを覗き込みながら、個数を数え、鉛筆で書き込んでいく。
クリップボードの用紙を見下ろしながら、包帯の項目へ個数を書き込んでいたその時、視界の端に窓の外がフラッシュの様に光るのが見えた。気がした。
気がした、と言うのは、本能でその後に来る轟音を想像してしまい、耳を塞いですぐ隣にいた春人へ半ば突進した様にしがみついてしまったから、外の様子なんて伺っている余裕なんてなかった。至近距離で聞いた春人の「ぐえっ」という呻き声も聞かなかったことにした。
「きゃーーー!!雷ーー!!」
「なまえ!腹に突進はあかんやつやー!」
空を真っ二つに裂いたかと思われるほどの激しい雷鳴が響く。床にもその低音が響いて振動がじんじんと足から伝わる。
子供の頃から雷が怖くて、お母さんもお父さんも仕事で家に誰もいない時、布団を被って雷鳴が遠のくまで1人震えていたのは、今でも忘れられない苦い思い出ではあるが、高校生になった今も全く克服できていない。
むしろ少し学が付いて、雷のメカニズムを科学的に理解したら怖く無くなるのではないか、と専門書を使って調べてからはリアルに雷が落ちて来るのを想像できてしまい、恐怖感が増してしまった。
まだ遠くの方で轟く雷の音を聞きながら、その恐怖に耐えるのに必死で、ユエさんがこっちをじっと見ていたのに気づかなかった。
春人が肩に手を置いてポンポンと優しく叩いてくれている。
「ごめんね。春人、お腹、大丈夫?」
「なまえ、あの突進はアカンやつやでー。まぁ、普段カードにも臆さないなまえが雷が怖いとわなー」
「わ、私にも苦手なものくらいあるわよー」
春人の胸に頭を軽く預けて深く息を吐いていると、ふと腕を掴まれぐいっと後ろに引っ張られた。
引っ張られた方向を見ると、そこには眉間に深く皺を寄せたユエさんがすごく不機嫌そうに春人を見つめていた。
春人を振り返ると、ユエさんの顔見てびっくりした様な顔をしている。
「ユエ・・・そないな怖い顔せんでも、わいは何もしてへんて・・」
「・・・・」
「ユエさん、ど、どうしたの・・?」
腕を掴んだままユエさんは離してくれない。ただただ春人を不機嫌そうに睨みつけるだけだ。
「はぁ、わいちょっとお花摘みに行って来るわ」
「え、あ、うん。いってらっしゃい」
状況が把握できない中、急に席を外した春人の行動が理解できず、とっさにそんな言葉しか口から出てこなかった。
春人が保健室を出ていく背中を見送る。そして保健室にはユエさんと私だけになってしまった。
放課後で生徒が残るには随分と遅い時間なので、校舎はとても静かだ。雨が地面に叩きつけられる音だけが窓越しに聴こえる。
「・・・雷が苦手なのか・・?」
「あの光った後の音がどうしても怖くて・・・」
この歳になっても?と呆れられるのかと思い、ユエさんの目を見られず拗ねた子供の様に下を向いて視線を逸らした。
その時、また窓の外で空が光ったのが見えた。
あの、音が、来る・・・!と思い耳を塞ごうにもユエさんに右腕を掴まれているため、左手だけで左耳を覆い、目をぎゅっと瞑った。
が、轟音は耳へ届かず、代わりに暖かい温度が耳を覆った。
硬く閉じていた瞼を開けると、私の耳を両手でふわりと塞いでくれているユエさんと目があった。
すでに耳を塞いでいた私の左手には、ユエさんの右手が重なる。
生理的に出た涙が、瞬きした瞬間するりと頬を伝った。ユエさんは耳を抑えながら親指の腹でそっと目尻を拭ってくれた。
轟音から一拍おいて保健室の照明が落ちた。
外はまだ夕方で薄暗い程度だったが、雨のため照明なしで保健室を見渡せるほどは明るくない。
薄い暗闇の中で、小さいころ1人で雷をやり過ごしていた夜の暗闇を思い出してしまった。
そのせいで膝が震え、力が入らなくなってしまい、ユエさんと共に壁伝いにズルズルと床へと座り込む形となった。
ユエさんは壁にもたれて私の肩を引き寄せ、頭を胸板に押し付けた。
先ほどまで耳を塞いでいた手は、私の背に回り、ゆっくりと撫でてくれている。
ユエさんの鼓動が耳に届き、それが無性に安心させた。窓ガラスに雨が叩きつける音が、なんだか遠くに聞こえる。
薄暗くて怖かったのに、あんなに早鐘を打っていた自分の心臓の動きが、ユエさんの鼓動に合わせて次第に落ち着いてくる。
「大丈夫だ。怖くない。照明もじきにつく」
そういって背に回した腕の力を強めた。
心地いいのに、ドキドキしてる。でも安心する・・。なんでだろう・・・。
その時、アスカに初めて会った時に言われた言葉が頭を過ぎる。
『魔力は魔力のある者に惹かれる』
はっとして我に返った。そうよ・・・この動悸は雷と魔力のせい。魔力を持っているユエさんに影響を受けているだけだ。
そう自分に言い聞かせていると、ふと外から知っている気配を感じた。
ユエさんの胸を軽く押して顔を上げる。ユエさんも同じことを思っていたらしく、目があった。
「まさか、この気配って・・・?」
「あぁ、さくらカードの気配だ」
心地よかった腕を名残惜しく解くと、恐る恐る立ち上がった。軽く腰が抜けていたが、脚に力は入りそうだ。
ふと外を見ると、窓から見える反対側の校舎も暗くなっているため、校舎全体で停電してしまっている様だ。
「春人と合流して、気配の場所へ行こう!」
「あぁ」
途中反対側の廊下を走ってきた春人と合流し、カードの気配のする方向へと急いだ。
「なまえ、カードのいる方向わかるんか?」
「なんとなくだけど、こっちだと思う!」
「・・・・ちゃんとなまえの魔力も強なってるな」
「え?何?聞こえなかった」
「なんでもない!急ぐで!」
息を切らせながら到着したのは、屋外プール。
最近まで部活動で使用しているようで、水は澄んでいて落ちてくる雨の波紋を幾重にも写し出している。
そのプールの水面状すれすれに立つように、中央部分に稲妻でできた獅子の姿が見えた。
その鬣からは、パリパリと電撃を細かく飛ばしていて、水面に落ちてはシュっと微かな音を立てて消えている。
「あ、あなたがこの雷を呼んだのね!あなたのせいで、すっっごく怖かったんだから!!!!!!!!」
激しく降る雨が顔に鞭の様に打ち付けられながらも、封印解除した杖を両手で握りながら、八つ当たりに近い文句をその獅子へとぶつける。
獅子はその言葉を理解してるのか、その言葉に低く唸って威嚇してきている。平和的な解決は無理そうだ。
「もう、雷怖くたってやるって決めたんだから!翔(フライ)!」
背に羽を生やし、獅子の動きを一望できる高さまで飛び上がる。
私の動きを目で追って、獅子はこちらへと首ごと視線を向け、腰を低くする。
こっちに向かって飛び上がってくる、と次の動きを読み、獅子に向かって急降下する。
「なまえ!何するんや!迂闊に近づいたら!」
急な私の行動に春人がギョッとしているが、私はそれを無視して花(フラワー)のカードを取り出す。
案の定こちらに向かって飛び跳ねた獅子に向かって花(フラワー)を発動させる。
「かの者に花吹雪を与えよ!花(フラワー)!」
こっちに向かって飛び跳ねてくる獅子に向かって、花(フラワー)で出した花吹雪が覆う。
雨を吸って重くなっているため、顔や身体に張り付き、そして視界を狭くする。
前足で顔を覆った時、すぐさま剣(ソード)を取り出す。
「剣(ソード)!」
杖が剣の姿に変わる。そして宙を蹴って再び獅子の方へ急降下する。
「ごめんね!我慢してね!」
そう言って獅子の体に剣を振り下ろした。
剣が当たった獅子の体は切れずに直下の水面に叩きつけられる。
飛び込み用としても使用されるこのプールは結構な深さがあり、足の付かない水中で四肢をバタつかせてもがく。
白波の立つ水面にパリパリと音を立てて閃光が飛び散る。
「なまえ!峰打ちなんてやるな!今や!」
「うん!汝のあるべき姿に戻れ!さくらカード!」
光を放って雷(いかづち)の獅子はカードへと戻り、なまえの手の中へ収まる。
手の中のそれを確認し、ふっと息をついて地上へと降り立つ。
封印した雷(サンダー)のカードを握りしめ、2人に駆け寄ろうとしたが、震える膝から力が抜け、その場にへたり込んでしまった。
「こ、腰が抜けた・・でもよかった、封印できたー。こわかったよー」
カードを握りしめている手を見下ろすと、手が震えていることに気づいた。
さっきまで雷(サンダー)と戦うことに夢中だったせいか恐怖を感じる暇さえなかったが、気が抜けて脚に力が入らず立ち上がれない。
体は雨に濡れてびちょびちょなのに、喉はカラカラだ。
「なまえ、怖かった言う割りに、全然わいらの助け必要なかったやないか」
「こ、怖かったんだからね!」
「髪が焦げてチリチリやで!」
ケラケラと笑う春人に向かって、今夜のご飯のおかず一品少なくしてやるんだから!と心の中で悪態をついていると、
ふと頭に重みを感じて顔をあげる。
床にぺたりと座り込む私の横に、ユエさんがひざまづいて柔らかい笑顔で子供をあやすように頭を撫でてくれた。
ユエさんの温かい手が優しく濡れた前髪を梳く。その手に安心して目を細めた。
いつの間にか手の震えも止まっていた。
「よく頑張った」
「あ、ありがとう」
「なにも手助けができず、すまない」
「ううん、そんなことない。いてくれるだけで心強いよ。それに、跳(ジャンプ)の時は、飛香と平和的に解決できたからよかったけど、次はいつ、誰にさくらカードが狙われるかなんてわからないから、これからは私がしっかりしなくちゃ」
あの事件の夜、自分以外にカードを扱える者が存在するという事実に直面し、カードキャプターとしての自分の責任について向き合った。
最高の魔術師と称されたクロウ・リードさんが創り、それを自らの力でさくらカードに変えたさくらさんの魔力が込められたカード。
強い魔力の込められた優しいカード達が、悪い人たちに奪われて悪用される、ということがこの先絶対にないとは限らない。
力ある者は、力ある者に惹かれる。実際にそんなカードが自分の手元にあるという事実に、背筋を氷で撫でられた様な感覚に身震いした。
カードキャプターという自分の存在がどんな使命を背負うのか。ぼんやりと点在していた感覚が急速に一個の形にまとまっていくのを感じた。
「腰が抜けたんだろう、おぶって帰るぞ」
ユエさんがこちらに背を向けてひざまづいて手を差し出してきた。
その手をしっかりと握ってユエさんの背に身を預けた。
「もういっそアフロとかにしたらええのに」
「あ、春人、忘れないうちに言っておくわ。今日の夕飯のおかず、一品抜きね」
「はー!?なんでやー!?」
「髪チリチリを笑ったバツよ!」
「なまえ様、頼みますー!お許しくださいー!」
「だーめ!」
「耳元でうるさい・・・」
ユエさんの背に揺られながら、後ろを歩く春人の声にぎゃぎゃーと返答する。
流石に耳元で騒がれてうるさかったのか、ユエさんから静かに不満の声があがった。
ふと上を見上げると、さっきまでの豪雨が嘘みたいに晴れていて、とっぷりと日が落ちた夜空には綺麗な三日月が浮かんでいた。
これからのカード集めのことを考えると不安は襲ってくるが、この2人がいたら怖くない。そう確信できた。
「なまえ、カードも使いこなして魔力も強なってる。これはさくらの言っとったことがほんまになるかもしれんな。そしたら「あいつ」を丸込めるのはなまえしかおらんな」
そう後ろで春人が呟いていた言葉は、私の耳には届いていなかった。
今日も放課後に亮ちゃんと春人と3人で、図書室で勉強会をしていこうという話になった。
数時間課題に勤しみ、だいぶ集中していたせいで、外が暗くなっていたのに気がつかなかった。
亮ちゃんはお家で急ぎの用事ができたらしく、急いで図書室を出て行った。車で送っていくと提案してくれたが、用事があるのに遠回りしてもらうのも悪いので、私たち2人はいつも通り歩いて帰ることにした。
亮ちゃんを見送った後、私たち2人も帰ろうということになった。
が、外から急にバケツをひっくり返した様な土砂降りの雨の音が聞こえ出した。さっきまではサラサラと降っているだけだったが、今は窓を閉めているにも関わらず、地面を叩きつける水音が室内でもはっきりと聞こえる。
傘は持っているが、この雨の中靴をぐちゃぐちゃに濡らしてまで外へ出たくないと判断した私たちは、まだ仕事をしているであろうユエさんのいる保健室で、雨が止むまで時間を潰すことにした。
「お前たちは時間を潰すためだろうが、私はまだ仕事があるんだが」
「えーやないの、こうやって備品の整理手伝ってるんやし」
「これ終わる頃には雨、弱くなってればいいね。そしたら3人で一緒に帰ろう」
もうすでに学校を後にしていたと思われていた私たちが保健室のドアを我が物顏でくぐった時、
この時間まで勉強のために校舎に残っていたことが予想外だったらしく、珍しくユエさんのポカン顔が見れた。
隙だらけで可愛いと思ったが、本人にいうと不機嫌になりそうなので、心の中だけで留めておいた。
今日この新米保険医は備品の棚卸しに勤しんでおり、雨宿りのために訪問した私たちに「ついでだ」と保健室の棚にある備品全ての個数チェックと点検を命じた。
「しっかし、保健室って備品が多いなー」
「そうだねーこの圧迫固定帯ってどこにあるの?」
渡されたそれぞれの備品リストを覗き込みながら、個数を数え、鉛筆で書き込んでいく。
クリップボードの用紙を見下ろしながら、包帯の項目へ個数を書き込んでいたその時、視界の端に窓の外がフラッシュの様に光るのが見えた。気がした。
気がした、と言うのは、本能でその後に来る轟音を想像してしまい、耳を塞いですぐ隣にいた春人へ半ば突進した様にしがみついてしまったから、外の様子なんて伺っている余裕なんてなかった。至近距離で聞いた春人の「ぐえっ」という呻き声も聞かなかったことにした。
「きゃーーー!!雷ーー!!」
「なまえ!腹に突進はあかんやつやー!」
空を真っ二つに裂いたかと思われるほどの激しい雷鳴が響く。床にもその低音が響いて振動がじんじんと足から伝わる。
子供の頃から雷が怖くて、お母さんもお父さんも仕事で家に誰もいない時、布団を被って雷鳴が遠のくまで1人震えていたのは、今でも忘れられない苦い思い出ではあるが、高校生になった今も全く克服できていない。
むしろ少し学が付いて、雷のメカニズムを科学的に理解したら怖く無くなるのではないか、と専門書を使って調べてからはリアルに雷が落ちて来るのを想像できてしまい、恐怖感が増してしまった。
まだ遠くの方で轟く雷の音を聞きながら、その恐怖に耐えるのに必死で、ユエさんがこっちをじっと見ていたのに気づかなかった。
春人が肩に手を置いてポンポンと優しく叩いてくれている。
「ごめんね。春人、お腹、大丈夫?」
「なまえ、あの突進はアカンやつやでー。まぁ、普段カードにも臆さないなまえが雷が怖いとわなー」
「わ、私にも苦手なものくらいあるわよー」
春人の胸に頭を軽く預けて深く息を吐いていると、ふと腕を掴まれぐいっと後ろに引っ張られた。
引っ張られた方向を見ると、そこには眉間に深く皺を寄せたユエさんがすごく不機嫌そうに春人を見つめていた。
春人を振り返ると、ユエさんの顔見てびっくりした様な顔をしている。
「ユエ・・・そないな怖い顔せんでも、わいは何もしてへんて・・」
「・・・・」
「ユエさん、ど、どうしたの・・?」
腕を掴んだままユエさんは離してくれない。ただただ春人を不機嫌そうに睨みつけるだけだ。
「はぁ、わいちょっとお花摘みに行って来るわ」
「え、あ、うん。いってらっしゃい」
状況が把握できない中、急に席を外した春人の行動が理解できず、とっさにそんな言葉しか口から出てこなかった。
春人が保健室を出ていく背中を見送る。そして保健室にはユエさんと私だけになってしまった。
放課後で生徒が残るには随分と遅い時間なので、校舎はとても静かだ。雨が地面に叩きつけられる音だけが窓越しに聴こえる。
「・・・雷が苦手なのか・・?」
「あの光った後の音がどうしても怖くて・・・」
この歳になっても?と呆れられるのかと思い、ユエさんの目を見られず拗ねた子供の様に下を向いて視線を逸らした。
その時、また窓の外で空が光ったのが見えた。
あの、音が、来る・・・!と思い耳を塞ごうにもユエさんに右腕を掴まれているため、左手だけで左耳を覆い、目をぎゅっと瞑った。
が、轟音は耳へ届かず、代わりに暖かい温度が耳を覆った。
硬く閉じていた瞼を開けると、私の耳を両手でふわりと塞いでくれているユエさんと目があった。
すでに耳を塞いでいた私の左手には、ユエさんの右手が重なる。
生理的に出た涙が、瞬きした瞬間するりと頬を伝った。ユエさんは耳を抑えながら親指の腹でそっと目尻を拭ってくれた。
轟音から一拍おいて保健室の照明が落ちた。
外はまだ夕方で薄暗い程度だったが、雨のため照明なしで保健室を見渡せるほどは明るくない。
薄い暗闇の中で、小さいころ1人で雷をやり過ごしていた夜の暗闇を思い出してしまった。
そのせいで膝が震え、力が入らなくなってしまい、ユエさんと共に壁伝いにズルズルと床へと座り込む形となった。
ユエさんは壁にもたれて私の肩を引き寄せ、頭を胸板に押し付けた。
先ほどまで耳を塞いでいた手は、私の背に回り、ゆっくりと撫でてくれている。
ユエさんの鼓動が耳に届き、それが無性に安心させた。窓ガラスに雨が叩きつける音が、なんだか遠くに聞こえる。
薄暗くて怖かったのに、あんなに早鐘を打っていた自分の心臓の動きが、ユエさんの鼓動に合わせて次第に落ち着いてくる。
「大丈夫だ。怖くない。照明もじきにつく」
そういって背に回した腕の力を強めた。
心地いいのに、ドキドキしてる。でも安心する・・。なんでだろう・・・。
その時、アスカに初めて会った時に言われた言葉が頭を過ぎる。
『魔力は魔力のある者に惹かれる』
はっとして我に返った。そうよ・・・この動悸は雷と魔力のせい。魔力を持っているユエさんに影響を受けているだけだ。
そう自分に言い聞かせていると、ふと外から知っている気配を感じた。
ユエさんの胸を軽く押して顔を上げる。ユエさんも同じことを思っていたらしく、目があった。
「まさか、この気配って・・・?」
「あぁ、さくらカードの気配だ」
心地よかった腕を名残惜しく解くと、恐る恐る立ち上がった。軽く腰が抜けていたが、脚に力は入りそうだ。
ふと外を見ると、窓から見える反対側の校舎も暗くなっているため、校舎全体で停電してしまっている様だ。
「春人と合流して、気配の場所へ行こう!」
「あぁ」
途中反対側の廊下を走ってきた春人と合流し、カードの気配のする方向へと急いだ。
「なまえ、カードのいる方向わかるんか?」
「なんとなくだけど、こっちだと思う!」
「・・・・ちゃんとなまえの魔力も強なってるな」
「え?何?聞こえなかった」
「なんでもない!急ぐで!」
息を切らせながら到着したのは、屋外プール。
最近まで部活動で使用しているようで、水は澄んでいて落ちてくる雨の波紋を幾重にも写し出している。
そのプールの水面状すれすれに立つように、中央部分に稲妻でできた獅子の姿が見えた。
その鬣からは、パリパリと電撃を細かく飛ばしていて、水面に落ちてはシュっと微かな音を立てて消えている。
「あ、あなたがこの雷を呼んだのね!あなたのせいで、すっっごく怖かったんだから!!!!!!!!」
激しく降る雨が顔に鞭の様に打ち付けられながらも、封印解除した杖を両手で握りながら、八つ当たりに近い文句をその獅子へとぶつける。
獅子はその言葉を理解してるのか、その言葉に低く唸って威嚇してきている。平和的な解決は無理そうだ。
「もう、雷怖くたってやるって決めたんだから!翔(フライ)!」
背に羽を生やし、獅子の動きを一望できる高さまで飛び上がる。
私の動きを目で追って、獅子はこちらへと首ごと視線を向け、腰を低くする。
こっちに向かって飛び上がってくる、と次の動きを読み、獅子に向かって急降下する。
「なまえ!何するんや!迂闊に近づいたら!」
急な私の行動に春人がギョッとしているが、私はそれを無視して花(フラワー)のカードを取り出す。
案の定こちらに向かって飛び跳ねた獅子に向かって花(フラワー)を発動させる。
「かの者に花吹雪を与えよ!花(フラワー)!」
こっちに向かって飛び跳ねてくる獅子に向かって、花(フラワー)で出した花吹雪が覆う。
雨を吸って重くなっているため、顔や身体に張り付き、そして視界を狭くする。
前足で顔を覆った時、すぐさま剣(ソード)を取り出す。
「剣(ソード)!」
杖が剣の姿に変わる。そして宙を蹴って再び獅子の方へ急降下する。
「ごめんね!我慢してね!」
そう言って獅子の体に剣を振り下ろした。
剣が当たった獅子の体は切れずに直下の水面に叩きつけられる。
飛び込み用としても使用されるこのプールは結構な深さがあり、足の付かない水中で四肢をバタつかせてもがく。
白波の立つ水面にパリパリと音を立てて閃光が飛び散る。
「なまえ!峰打ちなんてやるな!今や!」
「うん!汝のあるべき姿に戻れ!さくらカード!」
光を放って雷(いかづち)の獅子はカードへと戻り、なまえの手の中へ収まる。
手の中のそれを確認し、ふっと息をついて地上へと降り立つ。
封印した雷(サンダー)のカードを握りしめ、2人に駆け寄ろうとしたが、震える膝から力が抜け、その場にへたり込んでしまった。
「こ、腰が抜けた・・でもよかった、封印できたー。こわかったよー」
カードを握りしめている手を見下ろすと、手が震えていることに気づいた。
さっきまで雷(サンダー)と戦うことに夢中だったせいか恐怖を感じる暇さえなかったが、気が抜けて脚に力が入らず立ち上がれない。
体は雨に濡れてびちょびちょなのに、喉はカラカラだ。
「なまえ、怖かった言う割りに、全然わいらの助け必要なかったやないか」
「こ、怖かったんだからね!」
「髪が焦げてチリチリやで!」
ケラケラと笑う春人に向かって、今夜のご飯のおかず一品少なくしてやるんだから!と心の中で悪態をついていると、
ふと頭に重みを感じて顔をあげる。
床にぺたりと座り込む私の横に、ユエさんがひざまづいて柔らかい笑顔で子供をあやすように頭を撫でてくれた。
ユエさんの温かい手が優しく濡れた前髪を梳く。その手に安心して目を細めた。
いつの間にか手の震えも止まっていた。
「よく頑張った」
「あ、ありがとう」
「なにも手助けができず、すまない」
「ううん、そんなことない。いてくれるだけで心強いよ。それに、跳(ジャンプ)の時は、飛香と平和的に解決できたからよかったけど、次はいつ、誰にさくらカードが狙われるかなんてわからないから、これからは私がしっかりしなくちゃ」
あの事件の夜、自分以外にカードを扱える者が存在するという事実に直面し、カードキャプターとしての自分の責任について向き合った。
最高の魔術師と称されたクロウ・リードさんが創り、それを自らの力でさくらカードに変えたさくらさんの魔力が込められたカード。
強い魔力の込められた優しいカード達が、悪い人たちに奪われて悪用される、ということがこの先絶対にないとは限らない。
力ある者は、力ある者に惹かれる。実際にそんなカードが自分の手元にあるという事実に、背筋を氷で撫でられた様な感覚に身震いした。
カードキャプターという自分の存在がどんな使命を背負うのか。ぼんやりと点在していた感覚が急速に一個の形にまとまっていくのを感じた。
「腰が抜けたんだろう、おぶって帰るぞ」
ユエさんがこちらに背を向けてひざまづいて手を差し出してきた。
その手をしっかりと握ってユエさんの背に身を預けた。
「もういっそアフロとかにしたらええのに」
「あ、春人、忘れないうちに言っておくわ。今日の夕飯のおかず、一品抜きね」
「はー!?なんでやー!?」
「髪チリチリを笑ったバツよ!」
「なまえ様、頼みますー!お許しくださいー!」
「だーめ!」
「耳元でうるさい・・・」
ユエさんの背に揺られながら、後ろを歩く春人の声にぎゃぎゃーと返答する。
流石に耳元で騒がれてうるさかったのか、ユエさんから静かに不満の声があがった。
ふと上を見上げると、さっきまでの豪雨が嘘みたいに晴れていて、とっぷりと日が落ちた夜空には綺麗な三日月が浮かんでいた。
これからのカード集めのことを考えると不安は襲ってくるが、この2人がいたら怖くない。そう確信できた。
「なまえ、カードも使いこなして魔力も強なってる。これはさくらの言っとったことがほんまになるかもしれんな。そしたら「あいつ」を丸込めるのはなまえしかおらんな」
そう後ろで春人が呟いていた言葉は、私の耳には届いていなかった。