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第10話 真夏の桜
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ーーーーーねぇ、うちの学校の七不思議って知ってる?
校庭の隅に、『運命の桜の木』って呼ばれている木があるの。
その木のそばで告白すると恋が叶うって?ありきたりね。
でもこの桜が他と違うのはそのあと。告白の時、桜の咲いていない季節なのに、どこからか花びらが降ってくるんだって。
その花びらが降ってきたら、それは運命の相手っていうことなんだってーーーーーーー
「うちの学校に七不思議なんてあったの?」
「あら、なまえ知らなかったの?桜の話は有名よー。まー、時代に合わせてバリエーションはあるんだけど。桜の木の下でラブレターを渡すと恋が叶うとか、携帯のアドレスを交換すると恋が叶うとか。一貫しているのは運命の桜の花びらの話ね。」
「へー女の子はそないな噂好きやなー。七不思議っちゅーたら、トイレの花子さんとか、夜中に動く人体模型とかやないの?」
「七不思議というより、告白のジンクス的な感じなのかな?」
「誰が言い出したかわからないけど、この学校にずっと伝わる噂よ」
とある昼休みのこと、食堂で他のクラスの女子が学校の七不思議について話していて、その子たちの近くの席でお昼を取っていた私たち3人は聞き耳を立てていた。
元々怖い話や幽霊といった類は得意ではないため、うちの学校に伝わる七不思議なんて調べたことなかったけど、
女の子の告白を後押しするような、怖くない噂もうちの七不思議には加えてあるらしい。
「その桜っていうのが、あの保健室の前の大きな樹よ。」
そういって亮ちゃんは窓の外を指差した。
コの字型に建っている校舎の食堂からは保健室前に生えている桜の樹がとてもよく見える。
告白するにはちょっと開けすぎて他の教室からもよく見えるため、そこで告白して成功したカップルは一躍有名人となり、教室でクラスメイトに冷やかされる羽目になる。
それでも今年の4月も2・3年生が、こぞってその場所で告白してたなーとつい数ヶ月前を思い出す。
例の花びらの噂は4月の満開の時期には通用しないと思うのだけど、やっぱり桜の綺麗な季節にも人気の告白スポットになる。
しかしすっかり梅雨も明け、カラリと暑い夏の片鱗が見え始めている。こんな夏に季節外れの桜の花びらが降ってきたら、そりゃ誰だって運命だと思うだろう。女の子の考えることは実にロマンチックだ、と自分もれっきとした女子なのに、人ごとの様に横目で桜の木を見つめた。
被服科の先生は亮ちゃんの衣装作りの腕に惚れ込んでいて、よく新作の衣装の撮影許可や教室の貸し出しなどに協力してくれる。
今日は午前授業で終わりのため、お昼後に被服科の先生の協力を得て、例の桜の木の下で衣装を着て私が被写体、亮ちゃんがカメラマンとなって撮影だ。
亮ちゃんが金にものを言わせ立派な一眼レフとレンズを持っているものだから、これが結構綺麗に撮れる。
春に散った花の代わりに、今は青々とした新緑が夏の太陽に照らされ、夏らしい入道雲を背景にこれはこれでとても素敵だ。
今回の衣装の袴、黒髪のポニーテール、大きめのピンクのリボンをつけ、いそいそと木の方へ向かっていると、なんと木の下には先客がいた。
女子と男子が向かい合って木の下で何やら話している。
確かあれは男子サッカー部の3年生の、部長とマネージャーだ。
サッカー部も今年は全国あと一歩といったところまで健闘したし、部長の彼自身もそれなりに爽やかなイケメンであることで、校内ではそこそこ有名人であった。
こちらからは女の子の表情しか見て取れないが、あれは間違いなく告白だろう。
邪魔してはいけないと、私たちは腰に差してある模造刀が音を立てないようにそろそろと桜の木の近くにある、保健室の掃き出し窓の前の茂みに隠れた。
「あれってサッカー部の先輩だよね?そして告白だよね!?」
「もうあの空気は完全にそうね。暑いけど、終わるまでここで待ちましょう」
袴はこの季節にはちょっと不似合いのため、じっとしてるとおでこがじんわりと汗ばんできた。
着物の合わせの間から出した扇子でパタパタと仰ぎ、ふぅと息をついていると、背後の保健室の掃き出し窓が開いた。
「お前たち、そこで何している」
すっかり馴染んだ白衣を身につけたユエさんが、窓を開けて茂みに隠れている見るからにちょっと怪しい私たちを見下ろす。
袴を着て座り込んでいる主に私を訝しんで眉にしわを寄せた。
「あ、ユエさん、ちょっと撮影に桜の木をロケーションに使おうと思ったんですけど、先客がいて終わるの待ってるんです」
「先客?」
そういってユエさんは少し離れたところにいる例の二人を見つめた。
その視線に倣って私もその方向に目を向けると、ちょうど女の子が走って立ち去るところだった。
女の子は泣いているのか、目元を抑えている。部長の方は、罰の悪そうな顔をして立ち尽くしている。あの様子だと告白は・・・・
「ダメだったみたいね。ま、告白は『当たって砕けろ』よね、あの子は勇気出したと思うわ」
私がまさに今考えていたことを亮ちゃんが続けた。
あの桜の木にお願いしても、告白が成功するとは限らない。どんなに想っても、好きって気持ちが届かない時だってあるんだ。
自分が告白した訳でもないのに、胸が苦しくなって袴の合わせに無意識に手を当てる。
すると背後に立っていたユエさんが呟いた。
「なぜヒトは傷つくと分かっていても、他人を求めるのか?
ここからはあの木がよく見える。私はヒトがヒトに告白する場面を何度とみてきた。ヒトは傷つき、そして散っていく。
一番大切な者のそばに居られれば、それでいいのではないか。それだけではヒトは不十分だというのか」
なぜかユエさんのその声が切なさを含んでいる様に聞こえた。
私はなんだかそれに軽い気持ちで返答をすることが憚られ、考えあぐねて言葉が出てこなかった。
そういったときのユエさんはとても寂しそうで、まるで親猫に置いていかれた子猫の様だった。
「人間が愛を告白する理由?月城先生、面白いこと考えるのね。私は好きな人に自分を見て欲しいから告白するのだと思うな」
「好きな人に自分を見て欲しい・・?」
「そう、自分だけのものにしたい。自分だけを見て欲しいって人間特有の感情。独占欲ね。」
「・・・ヒトは変わった生き物だな」
「貴方も好きな人ができれば変わるわよ」
「さぁ、そんなこと考えられないな」
私が何も言えずに戸惑っていると、横から亮ちゃんがすぱっと言い放つ。
亮ちゃんの言葉にユエさんは理解ができずに困惑している様だった。
「さぁ、行くわよ、さっさと撮影しないと日が暮れちゃう!」
サッカー部の先輩が立ち去ったのか、亮ちゃんが私の袖を引っ張り、桜の木の方へ連れ出されてしまった。
袖を引かれる傍らで、そっと背後を振り返る。寂しげなユエさんと目が合ったそのとき、視界の端で、ちらりと桜の花びらが舞った気がした。
次の日、投稿するとなんと昨日までは葉だけだったあの桜の花が1本だけ満開になっていた。周りに生えている他の木は変わらず青々としている中、その桜の木の周りだけ春の風景になっている。
もうセミが煩く鳴いている時期だっていうのに、ソメイヨシノが満開になることなんて、ありえない。
「春人、まさかこれって・・・・!」
「あぁ、さくらカードの気配や!今夜学校に忍び込むで!」
「なまえ!魔法少女の出番ね!衣装は桜といえばで、昨日の袴で行くわよ!」
「え、亮ちゃん、私カード封印しに行くんだってー」
私よりも何倍もテンション高くなってる亮ちゃんが少し心配になったが、危なくなったら絶対に逃げることを約束して、亮ちゃんも一眼レフ片手についてくることになった。
衣装は昨日撮影で使った袴を着用している。いくら動き回ってもいい様に、ヅラの長いポニーテールと大きなリボンはとれないようにしっかりとつけてある。今夜は昼間と違って手にしているのは摸造刀ではなく、星の杖だ。
「いい!最高!」とご満悦で一眼レフで写真を撮る亮ちゃんの声を後ろに聞きつつ、夜の学校に忍び込んだ。
今日は綺麗な満月だったので、目が慣れてくると懐中電灯がなくても足元が照らされ、道がぼんやりと夜の闇に浮かび上がってくる。
季節外れにも関わらず、その月明かりに照らされ、桜の花は白雲のように咲き誇っている。時折吹く風が桜の花びらを散らせ、まるで雪の様で、夏なのに幻想的な光景に目を奪われた。
その木の前に、髪の毛をくるくるとツインテールにした女性がくるくると踊っていた。
音楽もなっていないのに、なぜか彼女の舞いを見ていると、どこからかヴァイオリンの音が聞こえてきそうな感覚になる。
桜吹雪の中、その舞に見ほれていると、春人の笑い声が聞こえた。
「あーやっぱり花(フラワー)や。でも祭り事でもないのに、なんで踊っとるんや・・?」
「あれもカードさんなの?」
「あぁ、イベントや祭りが大好きで、前はさくらの運動会で花降らせて花びらの洪水を起こしとったわ」
「は、花の洪水・・・?」
「花の洪水」の意味が想像できずに困惑していると、花(フラワー)のカードと目があった。
すすすっと近づいてきたと思ったら、あっという間に手に手を取られ、半ば引きずられるようにダンスに誘われてしまった。
「やっぱり花(フラワー)はダンス好きやなー」
「この桜吹雪の中、あの袴でカードと踊ってるなんて絵になるわー!!」
あれよあれよとくるくる一緒に回っていると、亮ちゃんと春人の呑気な話し声が聞こえる。人ごとだと思って・・・。
パシャパシャと写真を撮る亮ちゃんと春人は頼りにならなそうなので、ユエさんに助けを求める。
「ユ、ユエさん・・助けて・・」
「そのまま至近距離なんだから、封印してしまえばいいだろう」
「あ、そうか。花(フラワー)さん、ダンスの途中だけどごめんね、汝のあるべき姿に戻れ、さくらカード!」
花(フラワー)が優しく微笑み、頬にキスをされ心の中に言葉が花びらのように降ってきた。
『ヒトの好きって気持ちは、とても純粋で心地よかったわ』
封印する瞬間、花(フラワー)の言葉が頭に流れ込んできた。
「ありがとう、人を好きになってくれて」
カードに戻った手の中の花(フラワー)を見つめて、そう呟いた。
「なんやーもうダンス終わりかいなー」
「まだ動画、十分な尺取れてなかったわよー」
無事封印できた余韻もなく、後ろでブーブーいっている二人は無視し、早く帰ろうと促す。
校門を出て、すこし後ろを歩くユエさんを振り返った。
「ユエさん、昼間人はなぜ傷つくと分かっていても、他人を求めるのかって話してたよね?」
「あぁ、独占欲なんだろ」
「うーん、私はちょっと違うかな。私、好きな人ってまだいないけど、考えてみたの。
綺麗なものを一緒に感動したり、楽しい時間を過ごしたり、悲しいことを共有したり。
そういったことができる相手のことが、大好きって気持ちがどうしようもなくあふれちゃう時、
そんな時に相手にも同じ気持ちでいて欲しくて、それを確かめたくて、怖いけど、傷つくかもしれないけど、人は告白するんじゃないかなと思ったの」
「傷つくとわかっていても?」
「そう。大好きな人の隣で一番近くで笑っていたいと願うから、勇気を出して告白をするんだと思う。
その人のことが大好きだったら、私の気持ち知ってほしい。たとえそれが自分を傷つける未来になってしまったとしても、私は自分の気持ちに素直になりたいな」
私の話をどこまで理解してもらっているのかは、横を歩く彼の横顔からは読み取れなかったが、昼間見た寂しそうな表情ではなく、私の言葉を頭の中で反芻しているようだった。
「あ、あと、人は大切な人に花を贈るんだよ。記念日とかお祝いとか感謝の気持ちを表したり、プロポーズとか愛情を伝える時も」
「感謝や愛情を伝える時・・・」
そう言ってふとユエさんの足が止まった。
一拍遅れて私も足を止めて振り返る。ユエさんはキョロキョロと何かを探すように辺りを見ている。
「どうしたの?なにか落とし物・・・?」
「ーーーいや、見つけた」
ふと私の頭に手をやり、ユエさんが私の頭のリボンに引っかかっていた桜の花をつまむ。
頭のリボンに桜の花が引っかかっていたようだ。
「あ、ありがとうございます、花、引っかかってましたね」
リボンに無意識に手をやり、花を取ってくれたユエさんにお礼を言うと、ふわりと一輪の桜の花が目の前に差し出される。
「ヒトは感謝や愛情を伝える時は花を渡すんだろ。主は、大切な存在だ」
目の前に差し出された一輪の花。一瞬予想外のことに驚いてユエさんの顔と桜の花を交互に二度見してしまったが、ユエさんの行動がやっと理解でき、自然と笑顔になった。潰してしまわないように、一輪の花をそっと受け取った。
「ありがとう。ユエさん」
慈しむように、飛ばされないように、そっとその花を手のひらで包み込んだ。
心の奥にほわりとろうそくの火が灯るように暖かい気持ちが広がっていく。
「これからなまえんちでゲームパーティやー!!」
「なまえ、スマ◯ラで対決よ!一番負けた人は罰ゲームね!今夜は泊まりよ!寝かせないわ!」
絶妙に空気を読まない2人が、夜にも関わらずハイテンションで、私のユエさんの間に入ってきた。
亮ちゃんに肩を組まれ、たたらを踏みながら我が家への道を引きずられるように歩き出す。
そっと後ろのユエさんを振り返る。彼は夜空の月を見上げていた。
その横顔が、昼間見た寂しげな子猫の様ではなく、優しい口元が弧を描いていたので、なぜかひどく安心した。
亮ちゃんに引きずられながら、もうちょっとユエさんとお話ししていたかったなと、我儘な考えが過ったのは、きっと亮ちゃんの昼間の言葉を思い出したからだ。
そう、だから「主『として』大切」と解釈してしまった彼の言葉に、心にすっきりしないものが残ったのは、今は知らないふりをしておこう。
ーーーーーー私は好きな人に自分を見て欲しいから告白するのだと思うな。
ーーーー自分だけのものにしたい。自分だけを見て欲しいって人間特有の感情。
ーーー後日談ーーー
「で、ところで、花(フラワー)は、何ができるカードさんなの?」
「好きな花がだせる」
「そ、それだけ・・?」
「それだけって何言ってるのよ、なまえ!私のお花のお稽古の先生にぴったりじゃない!」
「え、カードさんと生け花のお稽古・・・?」
亮ちゃんと花(フラワー)の生け花教室が開催されたかどうかはまた別のお話。