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第8話 雨の音
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新緑に目を奪われる季節になってから久しく、学校の花壇の紫陽花も本格的な梅雨の時期を告げていたが、数日ぶりの梅雨の晴れ間に、私は家に傘を忘れるという致命的ミスをしてしまった。
朝は晴れていても、折りたたみ傘は忘れずにというお天気キャスターの言葉はしっかりと耳に入っていたはずだが、玄関を出た時の快晴に目を奪われ、すっかり忘れて来てしまっていた。
放課後、亮ちゃんと春人は新しくできた駅前のゲーセンに行くとさっさと教室を出てしまっていたので、ゲーセンに行く気のなかった私は珍しく一人で昇降口を後にしようとしていた。空を見ると朝の快晴からは打って変わって、どんよりと雲が出ている。湿気た雨の匂いがした。
これは早めに帰ったほうがいいなと早足で歩いていると、先生用の玄関から月城先生が出てくるのが見えた。
「あれ、月城先生。もうおかえりですか?」
「あぁ、今日は宿直もないし、早上がりだ」
「じゃあ一緒に帰りましょう」
一緒に下校する時は、亮ちゃんや春人も一緒に下校することがほとんどだが、ユエさんと2人きりは初めてだ。
いつも4人で歩くのに、隣り合って歩くのはまだ慣れない。
「なんか雨降りそう、傘持ってないから早く帰らないと」
「お前も傘忘れたのか?私もだ。早く帰ろう」
「ユエさんも?今朝綺麗に晴れてし、傘、置いて来ちゃった」
2人で同じように傘を忘れてきてしまっていることが可笑しくて、どちらからともなく微笑む。
こんな穏やかな空気、少し前まで考えられなかったから、こんなに穏やかにユエさんと笑えているのが嬉しい。
ユエさんには、新しい主なんて迷惑なだけだと思っていたけど、本当はそうではなかった。
本当は誰よりも私のことを心配してくれて、誰よりも優しい。彼の言動はちょっと棘があると思っていたが、単に少し不器用なだけだと気づけた。
今日の授業はどうだったとか、少し雑談をしながら歩いていると、鼻にポツリと水滴が落ちて来た。
「ひゃ、雨ふってきっちゃった」
みるみる雨足は強くなり、本格的に降って来てしまった。
カバンを頭の上に置いて家の方角へ2人で走るが、雨足は弱くなるどころがどんどん強くなっていく。
これでは全身濡れ鼠になってしまうというところで、公園が目に入った。
「ユエさん、一時凌ぎですけど、この公園の木の下で雨宿りしましょう」
「あぁ、行こう」
ユエさんに手を引かれ、公園の木の下へ滑り込んだ。
バケツをひっくり返したような雨に、二人とも髪の毛と肩はびしょ濡れだ。通学用の革靴は無残にも靴下までぐっしょりで、つま先に少し水が溜まっている感触があって気持ち悪い。これは家に帰ってから新聞紙を詰めて乾かさないと、と頭の中で明日の靴をどうしようかと考えていると、ふとユエさんと手を繋いでいたことに気がつく。
恥ずかしくて、さっと手を離し、行き場のなくなった右手で濡れてぺたりと張り付く前髪を直す。触れていた右手が暖かい。
「本降りになってしまったな・・」
「すぐに雨足が弱くなってくれればいいんだけど・・」
空を見上げても雨雲は一向に切れそうにない。さっきよりも心なしか少し勢いが強くなったようにも感じる。
「そっちにいては濡れる。もう少し中へ入れ」
肩をぐいっと引き寄せられ、必然的にユエさんとの距離が近くなる。
おかげで左肩は濡れなくなったが、右肩がユエさんの腕に触れている。さっき握ってくれていた右手のように、触れている箇所が暖かい。
ちらりと横のユエさんを見上げると、濡れた髪の毛から滴る雫が、綺麗な横顔に落ちて、絵になっている。
触れている肩を意識してしまい心臓がやけに煩い。すぐ隣のユエさんに聞こえてしまうんではないかと気が気でなかった。
空から透き通った糸を張ったように落ちてくる大粒の雨が地面に当たって弾け、水たまりの波紋は幾重にも広がる。
2人の間に会話という会話はなかったが、頭上の木の葉に当たってポタポタと滴る雫の音がとても心地よかった。
心地よい雨の音に耳を傾けていると、頭上から雫が垂れ、私の項を通って背中を濡らした。
「ひゃ!」
「どうした」
「いえ、雫が背中に・・」
急に冷たい雫が背中に流れて来たため、変な声が出てしまった。ちょっぴり恥ずかしいと思っていると、急に頭上に影がかかった。
あれ、急に空が暗くなるなんてと思い、上を見上げると、さっきまで雨宿りしていた小ぶりの木が、なぜか1.5倍くらいの大きさと幅になっている。
びっくりして私が目を見開いたまま固まっていると、ユエさんは幹に手をついて木を見上げた。
「樹(ウッド)だったのか、気配がするなと思ったら」
「え、これもカードさん?」
「あぁ、我々が濡れないように、木を成長させてくれてたみたいだ」
「おかげでずぶ濡れにならずに済んだわ、ありがとう樹(ウッド)」
私も幹に手をついて、お礼を言う。
木の枝がさわさわと揺れている。私の声に応えてくれているようだ。パラパラと雫が降りてくる。
ちょうどそのとき、降り続いていた雨がふっと止み、薄日が差した。
「あ、雨、止んだ」
雲の切れ間から注ぐ光が木の葉の隙間から漏れ、水溜まりは鏡のように空を映し、キラキラと輝いている。
まだ少し降っている細い雨が、水面に小さな波紋を残す。
「あ!虹!あそこ!みてみて!」
木の下から出て、晴れた空を見上げる。遠くに7色の橋がかかっているのが見えた。
ユエさんの袖を掴んで見える所まで引っ張ってくる。
思わず小さな子供のように指をさしてはしゃいでしまったが、ユエさんは虹に目を奪われているようで、さして気にしてないようだ。
「綺麗だな・・」
「うん、すごく綺麗、ユエさんと一緒に見れてよかった」
「あぁ」
「ユエさん、笑った顔、すごく素敵。もっと笑えばいいのに、いつもむすっとしてるから」
「・・・!?」
いたずらっ子のようなしたり顔を向けると、ユエさんはそっぽを向いてしまった。
これではせっかくの表情が見れない、と回り込んで顔を覗き込むが、頑なに逆方向を向かれてしまう。
しかし、少しだけ見えるユエさんの頬には赤みが差していて、髪の隙間から覗く耳も真っ赤だ。
「わ、私のことはいいから、早く封印しろ・・!」
背中を向けたまま左手で私の動きを制してぎこちなく言う。
「はいはーい」
これ以上からかうと機嫌が悪くなりそうだと切り上げ、軽い返事をして星の鍵を取り出し呪文を唱えた。
『封印解除(レリーズ)!汝のあるべき姿に戻れ!さくらカード!』
カードになった樹(ウッド)のカードを胸に抱き、もう一度「ありがとう」と呟いた。
「べ、別にいつも不機嫌というわけではない・・・どう感情を表に出せばいいのかわからないだけだ」
「簡単だよ。嬉しかったり、幸せだったら笑えばいいの」
「笑う・・か・・」
「うん、大切な人と共有できれば、もっと幸せな気持ちになれる」
ユエさんは少し赤らんだ顔をこっちに向けて、微笑んだ。
困ったように眉がへの字になっていたけれど、笑った顔はやっぱりとても素敵だった。
「さ、家へ帰ろう」
「あぁ」
西の空が微かにオレンジ色を帯びて夜の帳が下りる時刻が近いことを告げている。
7色のアーチは時間が経って霞んでしまったけれど、今日2人で見た虹は心に焼き付いて、いつまで経ってもぼやけそうにない。
朝は晴れていても、折りたたみ傘は忘れずにというお天気キャスターの言葉はしっかりと耳に入っていたはずだが、玄関を出た時の快晴に目を奪われ、すっかり忘れて来てしまっていた。
放課後、亮ちゃんと春人は新しくできた駅前のゲーセンに行くとさっさと教室を出てしまっていたので、ゲーセンに行く気のなかった私は珍しく一人で昇降口を後にしようとしていた。空を見ると朝の快晴からは打って変わって、どんよりと雲が出ている。湿気た雨の匂いがした。
これは早めに帰ったほうがいいなと早足で歩いていると、先生用の玄関から月城先生が出てくるのが見えた。
「あれ、月城先生。もうおかえりですか?」
「あぁ、今日は宿直もないし、早上がりだ」
「じゃあ一緒に帰りましょう」
一緒に下校する時は、亮ちゃんや春人も一緒に下校することがほとんどだが、ユエさんと2人きりは初めてだ。
いつも4人で歩くのに、隣り合って歩くのはまだ慣れない。
「なんか雨降りそう、傘持ってないから早く帰らないと」
「お前も傘忘れたのか?私もだ。早く帰ろう」
「ユエさんも?今朝綺麗に晴れてし、傘、置いて来ちゃった」
2人で同じように傘を忘れてきてしまっていることが可笑しくて、どちらからともなく微笑む。
こんな穏やかな空気、少し前まで考えられなかったから、こんなに穏やかにユエさんと笑えているのが嬉しい。
ユエさんには、新しい主なんて迷惑なだけだと思っていたけど、本当はそうではなかった。
本当は誰よりも私のことを心配してくれて、誰よりも優しい。彼の言動はちょっと棘があると思っていたが、単に少し不器用なだけだと気づけた。
今日の授業はどうだったとか、少し雑談をしながら歩いていると、鼻にポツリと水滴が落ちて来た。
「ひゃ、雨ふってきっちゃった」
みるみる雨足は強くなり、本格的に降って来てしまった。
カバンを頭の上に置いて家の方角へ2人で走るが、雨足は弱くなるどころがどんどん強くなっていく。
これでは全身濡れ鼠になってしまうというところで、公園が目に入った。
「ユエさん、一時凌ぎですけど、この公園の木の下で雨宿りしましょう」
「あぁ、行こう」
ユエさんに手を引かれ、公園の木の下へ滑り込んだ。
バケツをひっくり返したような雨に、二人とも髪の毛と肩はびしょ濡れだ。通学用の革靴は無残にも靴下までぐっしょりで、つま先に少し水が溜まっている感触があって気持ち悪い。これは家に帰ってから新聞紙を詰めて乾かさないと、と頭の中で明日の靴をどうしようかと考えていると、ふとユエさんと手を繋いでいたことに気がつく。
恥ずかしくて、さっと手を離し、行き場のなくなった右手で濡れてぺたりと張り付く前髪を直す。触れていた右手が暖かい。
「本降りになってしまったな・・」
「すぐに雨足が弱くなってくれればいいんだけど・・」
空を見上げても雨雲は一向に切れそうにない。さっきよりも心なしか少し勢いが強くなったようにも感じる。
「そっちにいては濡れる。もう少し中へ入れ」
肩をぐいっと引き寄せられ、必然的にユエさんとの距離が近くなる。
おかげで左肩は濡れなくなったが、右肩がユエさんの腕に触れている。さっき握ってくれていた右手のように、触れている箇所が暖かい。
ちらりと横のユエさんを見上げると、濡れた髪の毛から滴る雫が、綺麗な横顔に落ちて、絵になっている。
触れている肩を意識してしまい心臓がやけに煩い。すぐ隣のユエさんに聞こえてしまうんではないかと気が気でなかった。
空から透き通った糸を張ったように落ちてくる大粒の雨が地面に当たって弾け、水たまりの波紋は幾重にも広がる。
2人の間に会話という会話はなかったが、頭上の木の葉に当たってポタポタと滴る雫の音がとても心地よかった。
心地よい雨の音に耳を傾けていると、頭上から雫が垂れ、私の項を通って背中を濡らした。
「ひゃ!」
「どうした」
「いえ、雫が背中に・・」
急に冷たい雫が背中に流れて来たため、変な声が出てしまった。ちょっぴり恥ずかしいと思っていると、急に頭上に影がかかった。
あれ、急に空が暗くなるなんてと思い、上を見上げると、さっきまで雨宿りしていた小ぶりの木が、なぜか1.5倍くらいの大きさと幅になっている。
びっくりして私が目を見開いたまま固まっていると、ユエさんは幹に手をついて木を見上げた。
「樹(ウッド)だったのか、気配がするなと思ったら」
「え、これもカードさん?」
「あぁ、我々が濡れないように、木を成長させてくれてたみたいだ」
「おかげでずぶ濡れにならずに済んだわ、ありがとう樹(ウッド)」
私も幹に手をついて、お礼を言う。
木の枝がさわさわと揺れている。私の声に応えてくれているようだ。パラパラと雫が降りてくる。
ちょうどそのとき、降り続いていた雨がふっと止み、薄日が差した。
「あ、雨、止んだ」
雲の切れ間から注ぐ光が木の葉の隙間から漏れ、水溜まりは鏡のように空を映し、キラキラと輝いている。
まだ少し降っている細い雨が、水面に小さな波紋を残す。
「あ!虹!あそこ!みてみて!」
木の下から出て、晴れた空を見上げる。遠くに7色の橋がかかっているのが見えた。
ユエさんの袖を掴んで見える所まで引っ張ってくる。
思わず小さな子供のように指をさしてはしゃいでしまったが、ユエさんは虹に目を奪われているようで、さして気にしてないようだ。
「綺麗だな・・」
「うん、すごく綺麗、ユエさんと一緒に見れてよかった」
「あぁ」
「ユエさん、笑った顔、すごく素敵。もっと笑えばいいのに、いつもむすっとしてるから」
「・・・!?」
いたずらっ子のようなしたり顔を向けると、ユエさんはそっぽを向いてしまった。
これではせっかくの表情が見れない、と回り込んで顔を覗き込むが、頑なに逆方向を向かれてしまう。
しかし、少しだけ見えるユエさんの頬には赤みが差していて、髪の隙間から覗く耳も真っ赤だ。
「わ、私のことはいいから、早く封印しろ・・!」
背中を向けたまま左手で私の動きを制してぎこちなく言う。
「はいはーい」
これ以上からかうと機嫌が悪くなりそうだと切り上げ、軽い返事をして星の鍵を取り出し呪文を唱えた。
『封印解除(レリーズ)!汝のあるべき姿に戻れ!さくらカード!』
カードになった樹(ウッド)のカードを胸に抱き、もう一度「ありがとう」と呟いた。
「べ、別にいつも不機嫌というわけではない・・・どう感情を表に出せばいいのかわからないだけだ」
「簡単だよ。嬉しかったり、幸せだったら笑えばいいの」
「笑う・・か・・」
「うん、大切な人と共有できれば、もっと幸せな気持ちになれる」
ユエさんは少し赤らんだ顔をこっちに向けて、微笑んだ。
困ったように眉がへの字になっていたけれど、笑った顔はやっぱりとても素敵だった。
「さ、家へ帰ろう」
「あぁ」
西の空が微かにオレンジ色を帯びて夜の帳が下りる時刻が近いことを告げている。
7色のアーチは時間が経って霞んでしまったけれど、今日2人で見た虹は心に焼き付いて、いつまで経ってもぼやけそうにない。