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第7話 風が運んでくるもの
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今日は体育祭だ。うちの学校では、4月以降の新クラスの交流を兼ねて体育祭は5月に催される。
スポーツを通じてクラス一体となり、クラスの交流を深めて団結力向上が狙いだ。
7月以降の暑い時期にやらなくていいので、概ねこれは生徒にも先生にも好評らしい。
本当の理由はそれなんじゃないかと1年の頃から思っていたが、2年になってからはそんなこと気にしなくなっていた。
今年は体育委員になったので、数週間前からプログラムの構成を考えたり、当日の進行・役割分担など意外とやることが多く、忙しなく動いていた。
忙しいが、チーム競技が好きな私は当日がくるのをとても楽しみにしていただけあり、朝からワクワクしていた。
「やっと体育祭当日ねー!血が騒ぐわー!」
「亮ちゃん何の血が入っているのよ・・・」
「血沸き、肉踊る!それが体育祭じゃない!そしてお昼後の先生方の仮装競技!」
「あー今年の北ちゃんの衣装、亮ちゃんが作ったんでしょ?」
「当たり前じゃない!うちの担任にペラッペラのやっすいパーティ衣装なんか着せられないわ!腕がなったわー!」
「北ちゃんスタイル実はいいからなんでも似合いそう。今年は何の衣装なの?」
「それは、お昼の後を楽しみにしてなさい☆」
パチっと星が飛びそうな綺麗なウインクをして亮ちゃんは自分のチームの待機席へと向かって行った。
うちの体育祭には1つ変わった競技がある。それは先生たちが参加する、仮装リレーだ。
昼食後の腹休めの余興として全教員が駆り出され、何かの衣装を着て本気で400Mリレーをする。仮装と言っても、動きやすい服に限られてくるが、いつもとは違った装いを観れるので、男女ともにも盛り上がる、うちの名物競技で、この競技見たさにお昼時に顔を出す卒業生もいるほどだ。
うちの北ちゃん先生は去年も私のクラスの担任を請け負ったが、なぜか自分で持っていたセーラー服を持参して膝上20センチのプリーツスカートを翻し、全力疾走していた。その姿に我々クラス一同は目が点になっていたとかいないとか。そしてべらぼうに足は速かった。
それに憤慨した亮ちゃんは、来年は男前にしてやると、去年の体育祭終わりに意気込んでいたなと思い出した。
午前中一番最初に行われる競技は応援団による、応援パフォーマンスだ。奇数クラスは赤、偶数クラスは白とチーム分けはされているが、クラス学年を超えて応援団を募り、体育祭の開幕を飾る。実はこの応援団で仲良くなって学年の垣根を超えた先輩後輩でカップルができることも珍しいことではない。
確か、うちのクラスケロちゃんと亮ちゃんがノリノリで赤組の応援団に立候補していたので、なんとかそれは委員の仕事の合間を縫って動画に納めなければと使命感に駆られていた。
「よぉなまえ!体育委員おつかれやなー!」
「ケ、じゃない、春人、学ラン似合うねー!うちの学校ブレザーだから新鮮!」
「あぁ!イケメンのわいが応援団に入ったからには絶対勝たせるでー!」
「本当のイケメンは自分で自分のことイケメンって言わないもんなのよ」
午前中の競技の準備をいそいそとしていると、後ろから学ランに赤組のハチマキをつけたケロちゃんが駆け寄って来た。
通常よりも長めの丈に採寸されている応援団用の学ランは、赤の腕章と詰襟の赤の縁がかっこいい。
いつもブレザーのシャツを着崩しているから、キチッとした格好は珍しくてまじまじと見てしまう。
「お祭り騒ぎだな。けが人が出ると面倒だから、大人しくしてるんだな」
春人の学ランをポーズを決めながら写真を撮っていると、ジャージにいつもの白衣を羽織った月城先生が通りすがる。手には持ち出し用の救急箱を持っている。
「なんや、ユエーせっかくの体育祭なのに、お固いなー」
「月城先生、先生方の競技出るんですよね?衣装ってどうされたんですか?」
私の質問に、固まるユエ。平静を装ってはいるが、どこかぎこちない。
「お前の友達、七瀬・・が、用意した・・」
「え、そこも亮ちゃんが?!」
「きちんとした恥ずかしくない衣装を用意する代わりに、カメラに撮らせろと・・・」
「おぉ、ここでも亮ちゃんの趣味爆発しそうな予感。。。。」
「まだ見せてもらってないんだ・・」
「え、そうなんですか?大丈夫大丈夫、亮ちゃんなら、月城先生を悪いようにはしないですよ」
「第一、なんなんだあの競技は・・・」
「うちの高校の名物ですよ。先生なら全員参加ですよ!先生なら!」
「・・・・」
「頑張ってください。衣装楽しみにしてますね!」
ニヤリと笑って『先生』という部分を強調する。この前いきなり転勤してきてびっくりさせられた仕返しだ。
応援合戦も盛況のうちに終わり、次々と個人、団体競技の進行が進んでいく。この後は確かクラス代表の100M走だ。
私はゴールした選手へ順位ごとの小さなメダルを渡す係になっているため、ゴールに一番近いテントで待機する。
ゴールしてくる選手たちにメダルを渡していく。ここからだと100M走のトラックが一望できるため、春人が次の走者としてスタートに待機しているのが見えた。
パンっとスターターピストルが鳴った瞬間、一瞬暖かい風が吹いた。その感覚になぜか胸騒ぎがして、お盆に載せていたメダルを地面に落としてしまった。選手がゴールしてきたのを横目に捉え、ハッと我に返ってメダルを拾い、1位でゴールした春人に近く。
「ねぇ、ケロちゃんこれって・・・」
「あぁ、さくらカードの気配や。なまえも気配がわかるようになったんやな」
「なんか、とても嫌な予感がするの。なんでだろう・・?」
「大丈夫や。わいもユエもついとる。心配することないで」
そう言って頭を撫でられるが、どうにも胸騒ぎは止まない。
このまま何も起きずに無事体育祭を終わりたい。それからでもカードを封印するのは遅くないはずだ。
それから競技の間を縫ってカードの気配を追ったが、カード本体は見つからず、午前中の競技は何事もなく進んだ。
教室に一旦引っ込んで、お昼を食べた後は、みんな楽しみにしている、先生たちの仮装リレーだ。
みんなが校庭に向かう中、保健室で北ちゃん先生と月城先生の衣装合わせをしている亮ちゃんを追って春人とやってきた。
ガラリと保健室の扉を開けると、北ちゃん先生が勢いよくこちらへ振り返る。
「ばっお前、ノックくらいしろよな。さっきまで着替えてたんだぞ」
「ごめんごめん、北ちゃん今年は白バイ隊員?」
「そう!流石なまえ!わかってくれると思ってたわ!」
北ちゃんはヘルメットは被ってはいないが、青い白バイ衣装に白いスカーフを首に巻いている。
髪型もいじられたのか、オールバックに固められ、これまた亮ちゃんが用意したサングラスをかけている。
「たーいほしちゃーうぞー(棒)」
「先生、馬子にも衣装と言うけど、ほんま普段からビシーっと決めればええのに」
「なまえ、あんたも担任の生徒なんだから、お揃いで婦人警官の衣装着なきゃでしょ」
「いや、遠慮するよ・・体育委員の仕事あるし」
北ちゃんの棒読みの決め台詞と銃を構えた決めポーズっぽいものを軽くスルーしていると、後ろのベッドを囲っているカーテンが開いた。
出て来たのは、白い制服を着た月城先生だった。
「やっぱり似合うわー!月城先生はナイトクラスに入れると思うわー!」
「ナイトクラス?騎士の学校かなんかか?」
「違いますよ北島先生、吸血鬼の学校です」
月城先生は煩わしそうにバラの形をしたカフスボタンを留めている。白い肌に白のジャケットとパンツ、赤いネクタイ、そしてバラの銀装飾が彼の髪色にとってもよく似合っていて、その神秘的な組み合わせに思わず息を飲んだ。
「走りづらくない様にストレッチ素材にした私を天才と呼んでください」
「・・・・」
終始無言の月城先生は眉間にしわを寄せてはいるが、諦めの域に達しているのか早く終わらせるぞ、とさっさと保健室を出て行ってしまった。
私はお昼直後1時間は係の分担がないので、体育委員のテントの下で悠々と競技を見物するつもりで競技の開始を待っていた。
そして放送部のアナウンスと共に午後一番の競技、先生方の仮装リレーが始まり、様々な衣装に身を包んだ先生方がぞろぞろと校庭のトラックの中心へ入場してきた。毎年凝った先生は面白い衣装を用意してくるため、今年も個性豊かなキャラクターが揃っている。今年の3年生のクラス担任はあのおもちゃの3Dアニメのキャラクターでテーマを揃えているようだ。カウボーイの帽子とオレンジのシャツがが遠くからでも目立っている。しかし、それよりもさらに目立っているのは、うちの担任と月城先生だ。いつもだらしないジャージしか着ていない北ちゃんは、きちっとオールバックにした髪型とサングラスで一瞬、皆誰だ?という反応だったが、北ちゃんだとわかると、2年の応援席が湧いた。それに人差し指と中指をそろえたハンドサインで応えている。その後ろを静かに歩いている月城先生に気づいた生徒たちは、一斉にどよめき出した。顔を真っ赤にして悲鳴をあげている女性ともいる。すらりと伸びた手脚は全身白い衣装なんて物ともせず、かっこよく着こなしている。「あれがあの保険医の先生?!」「きゃーかっこいー!」などと聞こえる。
周りの反応がちょっと面白くなくてムッとしたその時、午前中感じたあの気配を感じ、突然の突風が吹いた。その突風に煽られ、体育委員本部のテントが飛ばされる。
テントの下にいた私は慌てて外へ逃げ出したけど、それがいけなかった。突風に煽られたテントが私めがけて落ちて来たのだ。
ばやい!下敷きになる!と思い腕で頭を覆って身を固くし、すぐ近くでテントが地に打ち付けられる音を聞いた。だが予想していた体への衝撃はなかった。周りの状況を確かめるため、恐る恐る目を開けた。
そこにはユエさんが私に覆いかぶさるように身を屈め、テントの骨組みを腕で受け止めていた。
「月城先生!!!」
ユエは頭部のどこかを切ったのか、頭から鮮血が流れ出し、テントの脚を受け止めた腕は破れ痣ができている。白い衣装を着ているから、その流れ出る血がやけに鮮明に目に入って来た。
周りは突風による砂埃で視界は悪く、周りはこの事態に気付いてもらえるような人はいないようだ。
「ど、どうしよう、ユエさん、怪我してる!」
「私はいい、それより、これは風(ウィンディ)のカードの仕業だ」
「え、でもユエさん、血が!」
「早く、封印するんだ、でないと他の生徒が巻き添えを食うぞ」
血がダラダラと流れている光景に泣きそうになっている私は、その言葉にハッとして周りを見渡す。
周りは突風による砂埃で視界は悪く、突風による砂嵐で大混乱中だ。これではいつ他にケガ人が出てもおかしくない。応援席にいた春人がこちらに走って来た。
「なまえ!今朝感じたカードの仕業や!」
「ケロちゃん!ユエさんがケガしてるの!」
「私なら大丈夫だ」
「でも・・・・」
頭から血を流すユエさんを見て、春人のの顔からさっと血の気が引いた。
「大丈夫って、その血ぃ!!」
「いいから早く行け!」
「~~わかった!なまえ!早ぅ封印してユエの手当てするで!」
「ーーっわかった!急ごう!」
校舎の屋根の下へユエさんを移動させ、カードの気配の方向へ私たちは駆け出した。
「こんな暴れる風(ウィンディ)初めて見るわ。どないしたんやろ。ごっつうおとなしい性格なのに」
「いつもはおとなしいのに?何でこんな・・・」
「分からん!何か原因があるはずや!とにかく、カードの本体のところに行くで!屋上がいっちゃん魔力が強い!」
「階段で向かってる時間はないわ!ケロちゃん、翔(フライ)で飛んでいく!」
「わいはぬいぐるみの姿で後を追うで!」
人気のない、体育館の裏にやって来たところで、あたりを確認し、星の鍵を取り出す。
「星の力を秘めし鍵よ。真の姿を我の前に示せ。契約の元、なまえが命じる。レリーズ!」
足もとに魔法陣が出現し辺りに風が巻き起こり、光と共にピンク色の杖が姿を表す。
いざという時のためにポケットに忍ばせておいた翔(フライ)のカードを取り出し、杖を掲げ、呪文を唱える。
「翔(フライ)!」
背中に白い羽が生え、ふわりと上空へ飛び立った。
背後ではぬいぐるみの姿になったケロちゃんも追いかけてきている。
「なまえ!そこや!屋上の真ん中に風(ウィンディ)の本体がおる!」
「あそこね!」
ケロちゃんの指差す方向、屋上の中央部分に、背中から妖精のような羽を生やした姿をしている、風(ウィンディ)の姿があった。
こちらからは彼女の横顔しか確認できないが、そこには困惑と焦りの色が見て取れる。
屋上に降り立つとこちらに気付いた風(ウィンディ)と目があった。こちらに気付いて視線をよこすも、その瞳は揺れている。
「風(ウィンディ)の様子、ちょっとおかしい・・・?」
「どないしたんやろ、ケガしてるようには見えへんけど」
「風(ウィンディ)、ユエさんがケガをしてしまったの。このままだと私の友達も突風に巻き込まれてしまうわ。」
刺激をしないように言葉を選び、風(ウィンディ)呼びかける。
一歩前へ出た私の行動に反応し、びくりとウィンディの肩が震える。次の瞬間、再度突風が吹き荒れた。
「きゃぁ!!」
「なまえ!!」
突然の至近距離からの突風に足元を取られ、風に煽られて後ろのフェンスまで飛ばされてしまった。
ファンスの枠部分に肩を強打したのか、左腕が上がらない。
「なまえ!大丈夫か!?」
「ケロちゃん、大丈夫。ちょっと肩打っちゃっただけだから」
立ち上がろうとして強打した肩がズキンと痛む。痛みで体に力が入らない。
早くしないと怪我したユエさんや、校庭の人たちが危ない。
それにしても、先ほどのケロちゃんの言葉が胸に引っかかる。
『こんな暴れる風(ウィンディ)初めて見るわ。どないしたんやろ。ごっつうおとなしい性格なのに』
そんな彼女がこんな人を攻撃するなんて何か理由があるはずだ。
困惑にみちた風(ウィンディ)と目が合う。私にはその瞳が助けを訴えているようにしか思えなかった。
肩の鈍痛を抑え、フェンスに背中をもたれかけるように脚に力を込めてズルズルと立ち上がった。
痛む左肩をかばって右手で杖を構え、再び困惑に満ちた瞳を見つめる。
「いつもはとても優しいとケロちゃんから聞いているよ、風(ウィンディ)。怖くないよ。一緒に帰ろう。」
思っていたよりも自分の声がかすれてか細く、ちゃんと届いているか正直わからなかった。
でも風(ウィンディ)の瞳が微かに揺れたのを見て、私の言葉は届いているようだった。
突風が止み、代わりに穏やかな暖かい風が頬を撫でる。風(ウィンディ)がすうっと近づいてきた。
頬に微かにできていたかすり傷に口付けられる。
『ごめんなさい。ケガをさせるつもりじゃなかったの』
心の中に直接語りかけられたような感覚がして、胸がぽぅっとあたたくなった。
肩の痛みも一瞬忘れられたような気がした。
「汝のあるべき姿に戻れ!さくらカード!」
風(ウィンディ)がカードの姿に戻る瞬間、知らない映像が頭の中に流れ込んで来た。
ショートカットの女の子が羽のモチーフのピンクの杖を持って風(ウィンディ)と一緒に戦っている。
あの魔法陣、私のと違う・・・でも知ってる気がする・・・・。あれは・・・。
次は場面が切り替わり、私が風(ウィンディ)の力を暴走させてカードを飛び散らせている場面だった。
あぁ、私が風(ウィンディ)を暴走させてしまったせいで・・・・。
『ごめんなさい・・・』
「なまえ!大丈夫か!」
気づくといつの間に人間の姿に戻ったのか、春人の腕に支えられていた。
「・・・・さっき、風(ウィンディ)の気持ちが伝わって来たの・・・。さくらさんが亡くなって、自分の風でまたカード(仲間)が飛び散ってしまって、自身をひどく責めていたみたい。本当は私のせいなのに・・・」
「風(ウィンディ)の穏やかな性格知っとるから、人をむやみに攻撃するなんてあり得へんと思っとったけど・・それに、あれは事故や。なまえのせいやあらへん」
春人の手が私の頭を優しく撫でる。それにひどく安心した。
手の中のカードに視線を落とす。それをそっと抱きしめた。
ーーーーーーーーーー
あの突風のせいで体育祭の午後のプログラムは急遽中止になり、壊れてしまった機材や看板の片付けに午後の時間は費やされることになった。
左肩を強打した私は春人に付き添ってもらい、保健室にやって来た。
そこにはユエがデスクで書類を書いていた。すでにユエの頭には包帯が巻かれていて、誰かが応急手当をしたようだった。
自分の肩の傷はそっちのけでユエに駆け寄り、怪我の具合を見る。
「ユエさん、ごめんなさい、私をかばったせいで・・・」
包帯を触らないように手を添えて早く治るように祈りを込めて「手当て」をした。
小さいころ怪我をした私に母親がよくやってくれたおまじないだった。
「なぜ泣くんだ」
ユエの細い指が私の頬をなぞり、頬を流れる涙を優しく拭う。
「だってあの時、ユエさんの出血を見て、生きた心地がしなくて・・」
「私は人間ではない。生き死にとは関係のない身だ。それよりも怪我をしているだろう、診せなさい」
「私の怪我なんてどうでもいい!本当に怖かった・・・私なんかのためにユエさんに怪我をして欲しくない!」
「お前は何もわかってない!」
「わかってないのはユエさんでしょ!」
「もっと、自分の身を大切にしろ。っ見送るなんてもう沢山だ。」
ユエさんは唐突に席を立って保健室を出て言ってしまった。
最後は何を言っているのか私には理解できなかった。私は悲痛に歪んだユエさんの目を見て、立ちすくんで動けなかった。
出て言ってしまったユエさんの代わりに、ケロちゃんが私を椅子に座らせて、肩にできたあざに湿布を貼ってくれる。
「ねぇ、ケロちゃんたちの仮の姿を作ったさくらさんって、どんなひとだったの?」
「せやな、とにかく、自分の身を犠牲にしても人の幸せを願う子やった。それでも、自分が怪我したら周りが心配する事をちゃんとわかっとった。」
その言葉にはっとした。ユエさんが剣(ソード)の時、さっきも、なんで怒ったのかわかった。
「ユエは素直なやっちゃないから、言い方はとてもそっけないが、剣(ソード)の時、なまえに怪我を負わせてしまったこと、いっちゃん気にしてたんや。そこはわかってやり」
「ケロちゃん、ありがとう!」
ケロちゃんにお礼を言い、急いでユエの気配の方向を追って、人気のない屋上へとたどり着いた。少し日が傾いて来ている。
屋上の扉を開けると、柵に寄りかかるユエさんの背中が見えた。
近づいていくとユエさんはこちらを振り返る。俯いて、眉間には皺は刻まれたままだ。
「ユエさん・・ごめんなさい。」
「・・・」
「最初に厳しく言ってくれたのも、私がこれ以上怪我をしないように、怒ってくれたんでしょ?」
「!」
「ありがとう。ユエさん、優しいね。気づかなくてごめんなさい」
「・・こっちの都合でお前は巻き込まれているだけなのに、お前が怪我をするのは嫌なんだ」
「最初にカードを集める原因作ったの私だもん。ちゃんとカード全部集める。」
「だが・・」
「それに、私はユエさんを置いて逝ったりしない」
はっとユエさんが顔をあげた。そして、頬にユエの掌の感触。その手のひらに自分の手を重ねてそっと握る。
「私も、悪かった・・・」
「ユエさん、次怪我したら怒るよ」
「お前もな」
ふっと2人そろって笑顔になる。
「私、前の主だったさくらさんのこと何も知らない。さくらさんのこと、教えて?」
少し驚いたような目をしたが、優しげな目でユエさんはゆっくりと語り出した。
幸せで優しい時間が流れていた思い出を。
スポーツを通じてクラス一体となり、クラスの交流を深めて団結力向上が狙いだ。
7月以降の暑い時期にやらなくていいので、概ねこれは生徒にも先生にも好評らしい。
本当の理由はそれなんじゃないかと1年の頃から思っていたが、2年になってからはそんなこと気にしなくなっていた。
今年は体育委員になったので、数週間前からプログラムの構成を考えたり、当日の進行・役割分担など意外とやることが多く、忙しなく動いていた。
忙しいが、チーム競技が好きな私は当日がくるのをとても楽しみにしていただけあり、朝からワクワクしていた。
「やっと体育祭当日ねー!血が騒ぐわー!」
「亮ちゃん何の血が入っているのよ・・・」
「血沸き、肉踊る!それが体育祭じゃない!そしてお昼後の先生方の仮装競技!」
「あー今年の北ちゃんの衣装、亮ちゃんが作ったんでしょ?」
「当たり前じゃない!うちの担任にペラッペラのやっすいパーティ衣装なんか着せられないわ!腕がなったわー!」
「北ちゃんスタイル実はいいからなんでも似合いそう。今年は何の衣装なの?」
「それは、お昼の後を楽しみにしてなさい☆」
パチっと星が飛びそうな綺麗なウインクをして亮ちゃんは自分のチームの待機席へと向かって行った。
うちの体育祭には1つ変わった競技がある。それは先生たちが参加する、仮装リレーだ。
昼食後の腹休めの余興として全教員が駆り出され、何かの衣装を着て本気で400Mリレーをする。仮装と言っても、動きやすい服に限られてくるが、いつもとは違った装いを観れるので、男女ともにも盛り上がる、うちの名物競技で、この競技見たさにお昼時に顔を出す卒業生もいるほどだ。
うちの北ちゃん先生は去年も私のクラスの担任を請け負ったが、なぜか自分で持っていたセーラー服を持参して膝上20センチのプリーツスカートを翻し、全力疾走していた。その姿に我々クラス一同は目が点になっていたとかいないとか。そしてべらぼうに足は速かった。
それに憤慨した亮ちゃんは、来年は男前にしてやると、去年の体育祭終わりに意気込んでいたなと思い出した。
午前中一番最初に行われる競技は応援団による、応援パフォーマンスだ。奇数クラスは赤、偶数クラスは白とチーム分けはされているが、クラス学年を超えて応援団を募り、体育祭の開幕を飾る。実はこの応援団で仲良くなって学年の垣根を超えた先輩後輩でカップルができることも珍しいことではない。
確か、うちのクラスケロちゃんと亮ちゃんがノリノリで赤組の応援団に立候補していたので、なんとかそれは委員の仕事の合間を縫って動画に納めなければと使命感に駆られていた。
「よぉなまえ!体育委員おつかれやなー!」
「ケ、じゃない、春人、学ラン似合うねー!うちの学校ブレザーだから新鮮!」
「あぁ!イケメンのわいが応援団に入ったからには絶対勝たせるでー!」
「本当のイケメンは自分で自分のことイケメンって言わないもんなのよ」
午前中の競技の準備をいそいそとしていると、後ろから学ランに赤組のハチマキをつけたケロちゃんが駆け寄って来た。
通常よりも長めの丈に採寸されている応援団用の学ランは、赤の腕章と詰襟の赤の縁がかっこいい。
いつもブレザーのシャツを着崩しているから、キチッとした格好は珍しくてまじまじと見てしまう。
「お祭り騒ぎだな。けが人が出ると面倒だから、大人しくしてるんだな」
春人の学ランをポーズを決めながら写真を撮っていると、ジャージにいつもの白衣を羽織った月城先生が通りすがる。手には持ち出し用の救急箱を持っている。
「なんや、ユエーせっかくの体育祭なのに、お固いなー」
「月城先生、先生方の競技出るんですよね?衣装ってどうされたんですか?」
私の質問に、固まるユエ。平静を装ってはいるが、どこかぎこちない。
「お前の友達、七瀬・・が、用意した・・」
「え、そこも亮ちゃんが?!」
「きちんとした恥ずかしくない衣装を用意する代わりに、カメラに撮らせろと・・・」
「おぉ、ここでも亮ちゃんの趣味爆発しそうな予感。。。。」
「まだ見せてもらってないんだ・・」
「え、そうなんですか?大丈夫大丈夫、亮ちゃんなら、月城先生を悪いようにはしないですよ」
「第一、なんなんだあの競技は・・・」
「うちの高校の名物ですよ。先生なら全員参加ですよ!先生なら!」
「・・・・」
「頑張ってください。衣装楽しみにしてますね!」
ニヤリと笑って『先生』という部分を強調する。この前いきなり転勤してきてびっくりさせられた仕返しだ。
応援合戦も盛況のうちに終わり、次々と個人、団体競技の進行が進んでいく。この後は確かクラス代表の100M走だ。
私はゴールした選手へ順位ごとの小さなメダルを渡す係になっているため、ゴールに一番近いテントで待機する。
ゴールしてくる選手たちにメダルを渡していく。ここからだと100M走のトラックが一望できるため、春人が次の走者としてスタートに待機しているのが見えた。
パンっとスターターピストルが鳴った瞬間、一瞬暖かい風が吹いた。その感覚になぜか胸騒ぎがして、お盆に載せていたメダルを地面に落としてしまった。選手がゴールしてきたのを横目に捉え、ハッと我に返ってメダルを拾い、1位でゴールした春人に近く。
「ねぇ、ケロちゃんこれって・・・」
「あぁ、さくらカードの気配や。なまえも気配がわかるようになったんやな」
「なんか、とても嫌な予感がするの。なんでだろう・・?」
「大丈夫や。わいもユエもついとる。心配することないで」
そう言って頭を撫でられるが、どうにも胸騒ぎは止まない。
このまま何も起きずに無事体育祭を終わりたい。それからでもカードを封印するのは遅くないはずだ。
それから競技の間を縫ってカードの気配を追ったが、カード本体は見つからず、午前中の競技は何事もなく進んだ。
教室に一旦引っ込んで、お昼を食べた後は、みんな楽しみにしている、先生たちの仮装リレーだ。
みんなが校庭に向かう中、保健室で北ちゃん先生と月城先生の衣装合わせをしている亮ちゃんを追って春人とやってきた。
ガラリと保健室の扉を開けると、北ちゃん先生が勢いよくこちらへ振り返る。
「ばっお前、ノックくらいしろよな。さっきまで着替えてたんだぞ」
「ごめんごめん、北ちゃん今年は白バイ隊員?」
「そう!流石なまえ!わかってくれると思ってたわ!」
北ちゃんはヘルメットは被ってはいないが、青い白バイ衣装に白いスカーフを首に巻いている。
髪型もいじられたのか、オールバックに固められ、これまた亮ちゃんが用意したサングラスをかけている。
「たーいほしちゃーうぞー(棒)」
「先生、馬子にも衣装と言うけど、ほんま普段からビシーっと決めればええのに」
「なまえ、あんたも担任の生徒なんだから、お揃いで婦人警官の衣装着なきゃでしょ」
「いや、遠慮するよ・・体育委員の仕事あるし」
北ちゃんの棒読みの決め台詞と銃を構えた決めポーズっぽいものを軽くスルーしていると、後ろのベッドを囲っているカーテンが開いた。
出て来たのは、白い制服を着た月城先生だった。
「やっぱり似合うわー!月城先生はナイトクラスに入れると思うわー!」
「ナイトクラス?騎士の学校かなんかか?」
「違いますよ北島先生、吸血鬼の学校です」
月城先生は煩わしそうにバラの形をしたカフスボタンを留めている。白い肌に白のジャケットとパンツ、赤いネクタイ、そしてバラの銀装飾が彼の髪色にとってもよく似合っていて、その神秘的な組み合わせに思わず息を飲んだ。
「走りづらくない様にストレッチ素材にした私を天才と呼んでください」
「・・・・」
終始無言の月城先生は眉間にしわを寄せてはいるが、諦めの域に達しているのか早く終わらせるぞ、とさっさと保健室を出て行ってしまった。
私はお昼直後1時間は係の分担がないので、体育委員のテントの下で悠々と競技を見物するつもりで競技の開始を待っていた。
そして放送部のアナウンスと共に午後一番の競技、先生方の仮装リレーが始まり、様々な衣装に身を包んだ先生方がぞろぞろと校庭のトラックの中心へ入場してきた。毎年凝った先生は面白い衣装を用意してくるため、今年も個性豊かなキャラクターが揃っている。今年の3年生のクラス担任はあのおもちゃの3Dアニメのキャラクターでテーマを揃えているようだ。カウボーイの帽子とオレンジのシャツがが遠くからでも目立っている。しかし、それよりもさらに目立っているのは、うちの担任と月城先生だ。いつもだらしないジャージしか着ていない北ちゃんは、きちっとオールバックにした髪型とサングラスで一瞬、皆誰だ?という反応だったが、北ちゃんだとわかると、2年の応援席が湧いた。それに人差し指と中指をそろえたハンドサインで応えている。その後ろを静かに歩いている月城先生に気づいた生徒たちは、一斉にどよめき出した。顔を真っ赤にして悲鳴をあげている女性ともいる。すらりと伸びた手脚は全身白い衣装なんて物ともせず、かっこよく着こなしている。「あれがあの保険医の先生?!」「きゃーかっこいー!」などと聞こえる。
周りの反応がちょっと面白くなくてムッとしたその時、午前中感じたあの気配を感じ、突然の突風が吹いた。その突風に煽られ、体育委員本部のテントが飛ばされる。
テントの下にいた私は慌てて外へ逃げ出したけど、それがいけなかった。突風に煽られたテントが私めがけて落ちて来たのだ。
ばやい!下敷きになる!と思い腕で頭を覆って身を固くし、すぐ近くでテントが地に打ち付けられる音を聞いた。だが予想していた体への衝撃はなかった。周りの状況を確かめるため、恐る恐る目を開けた。
そこにはユエさんが私に覆いかぶさるように身を屈め、テントの骨組みを腕で受け止めていた。
「月城先生!!!」
ユエは頭部のどこかを切ったのか、頭から鮮血が流れ出し、テントの脚を受け止めた腕は破れ痣ができている。白い衣装を着ているから、その流れ出る血がやけに鮮明に目に入って来た。
周りは突風による砂埃で視界は悪く、周りはこの事態に気付いてもらえるような人はいないようだ。
「ど、どうしよう、ユエさん、怪我してる!」
「私はいい、それより、これは風(ウィンディ)のカードの仕業だ」
「え、でもユエさん、血が!」
「早く、封印するんだ、でないと他の生徒が巻き添えを食うぞ」
血がダラダラと流れている光景に泣きそうになっている私は、その言葉にハッとして周りを見渡す。
周りは突風による砂埃で視界は悪く、突風による砂嵐で大混乱中だ。これではいつ他にケガ人が出てもおかしくない。応援席にいた春人がこちらに走って来た。
「なまえ!今朝感じたカードの仕業や!」
「ケロちゃん!ユエさんがケガしてるの!」
「私なら大丈夫だ」
「でも・・・・」
頭から血を流すユエさんを見て、春人のの顔からさっと血の気が引いた。
「大丈夫って、その血ぃ!!」
「いいから早く行け!」
「~~わかった!なまえ!早ぅ封印してユエの手当てするで!」
「ーーっわかった!急ごう!」
校舎の屋根の下へユエさんを移動させ、カードの気配の方向へ私たちは駆け出した。
「こんな暴れる風(ウィンディ)初めて見るわ。どないしたんやろ。ごっつうおとなしい性格なのに」
「いつもはおとなしいのに?何でこんな・・・」
「分からん!何か原因があるはずや!とにかく、カードの本体のところに行くで!屋上がいっちゃん魔力が強い!」
「階段で向かってる時間はないわ!ケロちゃん、翔(フライ)で飛んでいく!」
「わいはぬいぐるみの姿で後を追うで!」
人気のない、体育館の裏にやって来たところで、あたりを確認し、星の鍵を取り出す。
「星の力を秘めし鍵よ。真の姿を我の前に示せ。契約の元、なまえが命じる。レリーズ!」
足もとに魔法陣が出現し辺りに風が巻き起こり、光と共にピンク色の杖が姿を表す。
いざという時のためにポケットに忍ばせておいた翔(フライ)のカードを取り出し、杖を掲げ、呪文を唱える。
「翔(フライ)!」
背中に白い羽が生え、ふわりと上空へ飛び立った。
背後ではぬいぐるみの姿になったケロちゃんも追いかけてきている。
「なまえ!そこや!屋上の真ん中に風(ウィンディ)の本体がおる!」
「あそこね!」
ケロちゃんの指差す方向、屋上の中央部分に、背中から妖精のような羽を生やした姿をしている、風(ウィンディ)の姿があった。
こちらからは彼女の横顔しか確認できないが、そこには困惑と焦りの色が見て取れる。
屋上に降り立つとこちらに気付いた風(ウィンディ)と目があった。こちらに気付いて視線をよこすも、その瞳は揺れている。
「風(ウィンディ)の様子、ちょっとおかしい・・・?」
「どないしたんやろ、ケガしてるようには見えへんけど」
「風(ウィンディ)、ユエさんがケガをしてしまったの。このままだと私の友達も突風に巻き込まれてしまうわ。」
刺激をしないように言葉を選び、風(ウィンディ)呼びかける。
一歩前へ出た私の行動に反応し、びくりとウィンディの肩が震える。次の瞬間、再度突風が吹き荒れた。
「きゃぁ!!」
「なまえ!!」
突然の至近距離からの突風に足元を取られ、風に煽られて後ろのフェンスまで飛ばされてしまった。
ファンスの枠部分に肩を強打したのか、左腕が上がらない。
「なまえ!大丈夫か!?」
「ケロちゃん、大丈夫。ちょっと肩打っちゃっただけだから」
立ち上がろうとして強打した肩がズキンと痛む。痛みで体に力が入らない。
早くしないと怪我したユエさんや、校庭の人たちが危ない。
それにしても、先ほどのケロちゃんの言葉が胸に引っかかる。
『こんな暴れる風(ウィンディ)初めて見るわ。どないしたんやろ。ごっつうおとなしい性格なのに』
そんな彼女がこんな人を攻撃するなんて何か理由があるはずだ。
困惑にみちた風(ウィンディ)と目が合う。私にはその瞳が助けを訴えているようにしか思えなかった。
肩の鈍痛を抑え、フェンスに背中をもたれかけるように脚に力を込めてズルズルと立ち上がった。
痛む左肩をかばって右手で杖を構え、再び困惑に満ちた瞳を見つめる。
「いつもはとても優しいとケロちゃんから聞いているよ、風(ウィンディ)。怖くないよ。一緒に帰ろう。」
思っていたよりも自分の声がかすれてか細く、ちゃんと届いているか正直わからなかった。
でも風(ウィンディ)の瞳が微かに揺れたのを見て、私の言葉は届いているようだった。
突風が止み、代わりに穏やかな暖かい風が頬を撫でる。風(ウィンディ)がすうっと近づいてきた。
頬に微かにできていたかすり傷に口付けられる。
『ごめんなさい。ケガをさせるつもりじゃなかったの』
心の中に直接語りかけられたような感覚がして、胸がぽぅっとあたたくなった。
肩の痛みも一瞬忘れられたような気がした。
「汝のあるべき姿に戻れ!さくらカード!」
風(ウィンディ)がカードの姿に戻る瞬間、知らない映像が頭の中に流れ込んで来た。
ショートカットの女の子が羽のモチーフのピンクの杖を持って風(ウィンディ)と一緒に戦っている。
あの魔法陣、私のと違う・・・でも知ってる気がする・・・・。あれは・・・。
次は場面が切り替わり、私が風(ウィンディ)の力を暴走させてカードを飛び散らせている場面だった。
あぁ、私が風(ウィンディ)を暴走させてしまったせいで・・・・。
『ごめんなさい・・・』
「なまえ!大丈夫か!」
気づくといつの間に人間の姿に戻ったのか、春人の腕に支えられていた。
「・・・・さっき、風(ウィンディ)の気持ちが伝わって来たの・・・。さくらさんが亡くなって、自分の風でまたカード(仲間)が飛び散ってしまって、自身をひどく責めていたみたい。本当は私のせいなのに・・・」
「風(ウィンディ)の穏やかな性格知っとるから、人をむやみに攻撃するなんてあり得へんと思っとったけど・・それに、あれは事故や。なまえのせいやあらへん」
春人の手が私の頭を優しく撫でる。それにひどく安心した。
手の中のカードに視線を落とす。それをそっと抱きしめた。
ーーーーーーーーーー
あの突風のせいで体育祭の午後のプログラムは急遽中止になり、壊れてしまった機材や看板の片付けに午後の時間は費やされることになった。
左肩を強打した私は春人に付き添ってもらい、保健室にやって来た。
そこにはユエがデスクで書類を書いていた。すでにユエの頭には包帯が巻かれていて、誰かが応急手当をしたようだった。
自分の肩の傷はそっちのけでユエに駆け寄り、怪我の具合を見る。
「ユエさん、ごめんなさい、私をかばったせいで・・・」
包帯を触らないように手を添えて早く治るように祈りを込めて「手当て」をした。
小さいころ怪我をした私に母親がよくやってくれたおまじないだった。
「なぜ泣くんだ」
ユエの細い指が私の頬をなぞり、頬を流れる涙を優しく拭う。
「だってあの時、ユエさんの出血を見て、生きた心地がしなくて・・」
「私は人間ではない。生き死にとは関係のない身だ。それよりも怪我をしているだろう、診せなさい」
「私の怪我なんてどうでもいい!本当に怖かった・・・私なんかのためにユエさんに怪我をして欲しくない!」
「お前は何もわかってない!」
「わかってないのはユエさんでしょ!」
「もっと、自分の身を大切にしろ。っ見送るなんてもう沢山だ。」
ユエさんは唐突に席を立って保健室を出て言ってしまった。
最後は何を言っているのか私には理解できなかった。私は悲痛に歪んだユエさんの目を見て、立ちすくんで動けなかった。
出て言ってしまったユエさんの代わりに、ケロちゃんが私を椅子に座らせて、肩にできたあざに湿布を貼ってくれる。
「ねぇ、ケロちゃんたちの仮の姿を作ったさくらさんって、どんなひとだったの?」
「せやな、とにかく、自分の身を犠牲にしても人の幸せを願う子やった。それでも、自分が怪我したら周りが心配する事をちゃんとわかっとった。」
その言葉にはっとした。ユエさんが剣(ソード)の時、さっきも、なんで怒ったのかわかった。
「ユエは素直なやっちゃないから、言い方はとてもそっけないが、剣(ソード)の時、なまえに怪我を負わせてしまったこと、いっちゃん気にしてたんや。そこはわかってやり」
「ケロちゃん、ありがとう!」
ケロちゃんにお礼を言い、急いでユエの気配の方向を追って、人気のない屋上へとたどり着いた。少し日が傾いて来ている。
屋上の扉を開けると、柵に寄りかかるユエさんの背中が見えた。
近づいていくとユエさんはこちらを振り返る。俯いて、眉間には皺は刻まれたままだ。
「ユエさん・・ごめんなさい。」
「・・・」
「最初に厳しく言ってくれたのも、私がこれ以上怪我をしないように、怒ってくれたんでしょ?」
「!」
「ありがとう。ユエさん、優しいね。気づかなくてごめんなさい」
「・・こっちの都合でお前は巻き込まれているだけなのに、お前が怪我をするのは嫌なんだ」
「最初にカードを集める原因作ったの私だもん。ちゃんとカード全部集める。」
「だが・・」
「それに、私はユエさんを置いて逝ったりしない」
はっとユエさんが顔をあげた。そして、頬にユエの掌の感触。その手のひらに自分の手を重ねてそっと握る。
「私も、悪かった・・・」
「ユエさん、次怪我したら怒るよ」
「お前もな」
ふっと2人そろって笑顔になる。
「私、前の主だったさくらさんのこと何も知らない。さくらさんのこと、教えて?」
少し驚いたような目をしたが、優しげな目でユエさんはゆっくりと語り出した。
幸せで優しい時間が流れていた思い出を。