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第6話 星空と心の迷路
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あの転校生が来てからどうにもなまえの様子がどうにもおかしい。
変というか、どこか上の空でいつも元気な笑顔に影が落ちている様に見える。
「なまえ、なんか今日も元気なくない?」
「え、そうかな?」
「うん、心ここにあらずって感じだけど。なんかあったでしょ?」
「う、ううん、なんでもないの、ちょっとあったかくなってきたからボーッとしちゃうだけ」
「なまえ、なんか私に隠してない?」
「・・・な、何にもないよ!」
「・・・・今は、何かあったのか詳しく聞かないけど、・・・話せる時になったら、私に話してね?」
「・・・ごめんね、ありがとう。亮ちゃん」
「さ、帰ろう」
どこか泣きそうな顔のなまえの肩をポンっと優しく叩くと、くしゃっとなまえは笑った。
この前だって、腕に大きな怪我を作って登校してきた。幸い、制服の長袖で腕は隠していて、他のクラスメイトが気づいている様子はなかったけど、時折痛むのか腕を軽く押さえる姿を度々見かけていた。その傷の事、私にも隠しているようで、何も話してくれなかった。
それに、あの木之本春人とよく保健室に出向いているようだ。最初は怪我の為だと思っていたが、わざわざ春人を連れて行くのは不自然だ。
転校してた日の挨拶の時のあのやりとりと言い、この2人と、そしてあの新人の保険医には何かある。そう直感が告げていた。
クラスメイトがミステリアスでかっこいいと噂していたが、私にはそのミステリアスさが捕えどころがなくて、光が刺さない深海のような近づき難さがあった。
保険医についてもさりげなく話題に出したことはあったが、保険医の名前が出るとなまえは話をはぐらかして、泣きそうな笑顔を無理やり作るからそれ以上聞けなかった。
それが余計に心配をかけている事にこの子は気づかない。自分で抱えこんでしまう癖がある。
いつだって私はなまえの隣にいて、近くで見て来たのだから、私に相談してほしい。
けど、頼ってもらえない状況に一番ショックを受けているのは自分なのだ。
鞄を手に取り2人で教室を後にした。
ーーーー
あれから、魔法の事、カードキャプターの事、ユエさんに言われたこと、まだ亮ちゃんに話してない。
彼女に話せばきっと巻き込んでしまう。カードの封印は危険と隣り合わせだ。この前の剣(ソード)の時に身を以て実感した。
そんな危険なことに亮ちゃんを巻き込めない。
私に悩み事があると、彼女は寂しそうに笑って私から話すのを待ってくれる。あんな顔はさせたくないのに。
でも、今回ばかりはどうすれば正解なのか、分からない。
それにーーーー
『・・・弱いやつは嫌いだ。大怪我をする前にやめることだ』
ユエさんに言われたあの一言が胸に刺さってじくじくと痛む。
いつも彼の一言にひどく傷ついている自分に気づく。ふとした時に思い出してしまって不甲斐ない弱い自己嫌悪に陥る。
私だってどうしたらいいのか、分からないよーーーー。
その日の帰り道、途中で会った春人と3人で月峰神社のそばの道を通って帰ろうということになった。
亮ちゃんとも初詣や縁結びの祈願でも来たりしていて、とても馴染みのある神社だった。季節に合わせて時折、撮影に使わせて貰ってる。
月峰神社の独特の澄んだ空気が私は好きだった。お参りして澄んだ空気にあたれば、心のモヤモヤも晴れるだろうか。
鳥居の前に来て、いつも通り一礼をしようと頭を下げようとしたところ、鳥居の向こう側の境内が一瞬ぐにゃりと歪んで見えた。
え?と訳が分からず頭を上げて呆けていると、私たちのすぐ近くの空間もぐにゃりと歪んだ。
私と春人との間に地面から壁のようなものが伸びてきて、左右を白い壁に遮られる。すぐ隣にいた春人はその壁の向こうに消えてしまった。
まさかと思い、春人の板方向の壁に向けて大声で話しかける。
「なに、なんなの、これ・・・?!ケロちゃ、春人!そっち側にいるんでしょ?!」
「あぁ!こっちは無事や!そっちはなんか怪我してないか?」
「私も亮ちゃんも大丈夫はぐれてないよ!それよりこれはなんなの?!」
「これは迷(メイズ)のカードや!」
「これもカード?!」
「迷路を作り出すカードや!ゴールにたどり着かんと封印できん!」
壁の向こう側の春人が言うには、これは迷路を作り出すカードらしい。
しかもこの巨大迷路の何処かにあるゴールにたどり着かない限り、迷(メイズ)の魔力は打ち破れないらしい。
よくある迷路の攻略法を思案していると、亮ちゃんの声でハッと現実に意識を戻される。
「ちょっ、ちょっと待ってよ、2人でさっさと話進めて・・私だけ訳わからないまま話を進めないでよ。なまえ、一体なにが起こっているの?」
「そ、それは・・・」
そうだ、亮ちゃんも巻き込まれているのだから、必然的に亮ちゃんの前で魔法を使うことになる。
これはもう隠し通すことは無理そうだと悟った私は、話すより見せる方が早いと、ポケットから星の鍵を取り出した。
「亮ちゃん、今朝、私が話せなかったこと、これなの」
星の鍵を亮ちゃんの前に掲げ、呪文を唱える。
足元に魔法陣が出現し、風が巻き起こる。
「封印解除!(レリーズ)」
風が止み、私の手元にはピンクの星の杖が出現した。
亮ちゃんの方へ顔を向けることができず、彼女に背を向けたまま話す。
「実は、魔法が使えて、飛び散ったカードを集める仕事をしているの。春人はそのカードの守護神で、本当の名前はケルベロスっていうの」
そこまで一気に言って、恐る恐る亮ちゃんの方へ体を向ける。
すると突然両肩をガシッと掴まれた。彼女の表情はサラサラの髪に隠れて影が落ち、読み取れない。
「これがなまえが悩んでたこと?馬鹿にしないでよ!」
亮ちゃんの右手がバッと上がる。叩かれる!と体に力が入った。
ふわりと頬に暖かい物が触れた。それは亮ちゃんのいつもの綺麗で優しい手だった。
両手で頬を包みこまれる。
「こんな事に親友が巻き込まれてて平気なわけないじゃない!心配しないはずがないじゃない!なんでもっと早く言ってくれなかったの?!」
「ご、ごめん、亮ちゃんを危険なことに巻き込めなくて・・・」
「この前のあの右腕の怪我もそうなの?」
「う、うん。」
「心配したのに、何も話してくれないから・・・あのね、なまえ、知らないってとても辛い事なのよ。辛いことを隠されてる方が何倍もつらいわ」
頬に触れている手が優しく頬を撫でる。
「ひ、ひかない?リアルな魔法使いなんて、非現実的な事・・・」
「最っ高じゃない!リアル魔法少女よ!本当になんてもっと早く言わないのよー!
ずっと温めてたあの衣装と実際の魔法のエフェクトと、掛け合わせれば最高だわ!
制作意欲湧いて来たー!流石なまえだわ!ボクと契約して魔法少女になってよーーー!」
そうだった、亮ちゃんはこんなことじゃ怖気付かない肝っ玉お嬢だった。
私の方が軽く引いてしまったことは内緒にして、亮ちゃんを怯えさせたり、否定されたりしなくてよかったとホッと胸をなでおろす。
「く、詳しいことは後で改めて説明するけど、とにかく、今集めてるカードが実態化してこの迷路を作っているの」
「で、それで春人の言った様に、ゴールにつかないと封印できないわけね」
「そう、飲み込み早いね・・」
「何言ってるのよ、魔法少女モノ、異世界モノは私の対好物よ。実際に起きたら多少はびっくりするけどね」
「多少びっくりはしてるんだ・・」
「それより、どうやって出るかよね。迷路の攻略法は知ってる?」
本当に物怖じしないお嬢様にひたすら感心していると、話は迷路の攻略法に話題は戻った。
「右手をついて、なら知ってるけど、どれだけの広さがあるのかわからないものを闇雲に歩いてもいつ出れるかわからないし・・・」
「あ、じゃあ一旦上からゴールの方向見つけて見るとかは?」
「あ!そっか!その手があったか!翔(フライ)!」
翔(フライ)のカードで背中に羽を生やし、一気に空へと飛び上がった。亮ちゃんの方角からスマホの写真をとる効果音が(しかも連写)聞こえてきたけど今は無視だ。
しかし、飛び上がって壁の一番上に到達しようとした瞬間、迷(メイズ)の壁がグンと伸びて、私の視界を遮る。
どれだけ高度を上げようと壁は伸び突け、しまいには亮ちゃんが米粒くらいにしか見えない高度まできてしまった。
ズルというか、簡単に攻略は許してくれないカードらしい。
なんの収穫もないまま地面へ降り立つと、ニヤニヤした亮ちゃんと目があった。右手にはしっかりとスマホが握られている。
「すごいわねー!ほんとの魔法少女じゃない!」
「だからそう言ってるじゃん・・」
「これは次回カードが出現したら、是非ま◯マギ衣装をきてもらうわよ!」
「そんなことは予想してなかった!」
衣装の案が亮ちゃんの中ではしっかりと固まっているらしく、目立たない様にひっそりとカードの封印をしたかった私は、心の中でひっそりと頭を抱えた。
しかし、どうやって出ようか、右手をついて歩くしかないかと思案していると、壁の向こうから春人の声がした。
「なまえー!迷(メイズ)はズルは許しちゃくれへんでー!」
「早くそれ言ってよー!」
「さくらと同じ事しよるからおもろいなーと思って」
「えー!笑ってないで攻略法考えてよー!」
「なんや簡単やないか、なまえはなんでもーーーーーーーー」
次の瞬間、壁ではない通路だったところからにゅっと壁が現れて、新たな壁が出現したかと思えば、壁だったところが道になり、迷路の構造がみるみる変わっていく。床も壁もぐにゃぐにゃと変形している。
「亮ちゃん!私から離れないで!」
亮ちゃんまではぐれては大変なことになる、と慌てて亮ちゃんの手を取り、近くへとたぐり寄せた。
幸い、はくれることはなかったが、先ほどまで壁越しに聞こえていた春人の声は聞こえなくなってしまった。
「ケロちゃん!?そこにいるんでしょ?!返事して!」
「え、うそ彼、消えちゃったの!?」
「わかんない!でも気配が遠くなっちゃったのはわかる!」
ケロちゃんと離れちゃってどうしたらいいの!?今まで春人がいた方向の壁に手をついて項垂れる。
今、魔法が使えない亮ちゃんが頼れるのは自分しかいない状況に、急に心臓がばくばく鼓動を早め、冷や汗が流れ出てくる。
どうしよう、亮ちゃんとこのまま出ることができなかったら・・・と不安で涙が溢れてきそうになった。
「落ち着いてなまえ。」
亮ちゃんの手がポンと頭に乗せられ、優しく撫でられ抱きしめられた。それまで感じていた心臓の鼓動が収まっているのを感じる。
「無闇矢鱈に動き回っても体力消耗するだけよ。とりあえず落ち着いて考えましょ。」
「うん、ありがとう・・・」
亮ちゃんと2人壁にもたれて座り、どうやって出るのか考える事にした。
すっかり日が暮れてそれに向かってそびえ立っている壁の間からは星が煌々と輝いている。
「さて、なぜか携帯も圏外だし、家に遅くなると連絡することもできないわ。まぁそれは後で考えましょ」
「ごめんね、巻き込んじゃって・・」
「何言ってるのよ、今日巻き込まれなきゃ、なまえの魔法を見れなかったし、話してくれなかったでしょ」
「うっ。」
図星だった。今日迷(メイズ)が創った迷路に2人で巻き込まれなければ、私は果たして亮ちゃんに魔法のことを話せていたのだろうか。
まだ当分先になっていたかもしれない。
「あんた、魔法のこと私に黙っていたこともそうだけど、まだ私に隠してることあるでしょ?あの保険医が何か絡んでるわね?」
「う・・・、なんでもお見通しだね、亮ちゃん。実は、保険医の月城先生も春人と同じ、カードの守護者なんだけど、私がカードキャプターやるの反対されてて・・・新しい主なんか認めないって面と向かって言われちゃった・・・」
あの時言われた言葉を思い出して、抱えていた膝をぎゅっと身体に引き寄せる。
「あいつそんなことなまえに言ったの?!」
「うん・・・だからこのままカードキャプター続けていいのか自信なくって・・」
「何言ってるのよ、魔法なんてみんなが使えるものじゃないでしょ。それをこの数日でマスターしてるんだからすごいことじゃない。それにその月城先生に認められるために魔法使いやってるんじゃないんでしょ?」
そう亮ちゃんに言われ、ユエさんとケロちゃんと初めて出会った時のことを思い出す。
そうだ、元はカードをばらまいてしまった責任を取るためにカード集めをしているんだった。
カードを封印し終わったら、それでこの杖も返せばいいじゃない!
そう思ったら、うじうじ悩んでて馬鹿みたいに思えてきた。
こんなところで足止め食ってる場合じゃない。亮ちゃんを無事に家に帰すんだ。
私は壁にもたれていた腰を上げ、すくっと立ち上がった。
「亮ちゃん!ありがと!元気出た!こんな迷路すぐにでも出るよ!壁なんか、叩っ斬って端まで行けばいいのよ!」
切ろうと思えば、岩をも切れる剣を私は持っていたじゃない!剣(ソード)のカードをとりだし、呪文を唱える。
「剣(ソード)!!」
ざくっと音を立てて壁は切れ、向こう側の道が見えた。そのまま切った方向へ進み壁に当たったら切る、を繰り返す。
「なまえ、『またつまらぬものを切ってしまった』って言わないとカッコつかないじゃない」
なんていうリクエストが背後から時折聞こえてくるが、壁を切ることに必死だった私は構っている場合ではなかった。
壁を切って、切って、切りまくってようやく迷路の端と思われる所までたどり着いた。先には何もない空間が広がっていく。先に見えるのはユラリと揺れる不思議な空間だけだ。
だが、なまえが到達した瞬間にまたぐにゃりと空間が歪み、新たな迷路が早くも作り出されている。
「また新たな迷路を創る気ね!させない!汝のあるべき姿に戻れ!さくらカード!」
カードの形へと戻った迷(メイズ)は消え、あたりは静かな月峰神社へと戻っていた。
「はぁ、よかった、出られた!」
「なまえ、すごいわー!動画バッチリ撮ったわよー!」
「そういうところはちゃっかりしてるね、亮ちゃん」
剣(ソード)でぶった切って進んでいる時、迷(メイズ)の魔力でできた壁を切り倒していたため、身体的にも魔力的にも消耗が激しい。
膝に手をついて上がった息を整えていると、春人が駆け寄って来た。
「なまえ!封印できたんか!」
「うん!ケロちゃんも出られてよかった、途中で気配が遠くなっちゃったから焦ったよ」
「あん時は焦ったわー。でも無事でれてよかったで。お疲れさん」
屈む私頭を満面の笑みでポンポンと撫でられる。
春人にカードを見せようと顔を上げた瞬間、足がふらつき後ろに転びかけたが、腰を誰かの腕に支えられた。
後ろを仰ぎ見ると、そこには白衣を着たユエさんが立っていた。
「ユ、ユエさ、ん」
「なんで体力ギリギリまで魔力を使うんだ。一人で立てないだろう」
「だ、だって迷(メイズ)が・・・ひゃっ!」
呆れ顔のユエさんに横抱きにされ至近距離に彼の顔が近づき、恥ずかしくて、早くおろして欲しい私は抵抗するが、体力を使い切った腕では、私を支えるユエさんの肩はびくともしなかった。
初めて会った時、ユエさんの本当の姿は、線が細くて儚いイメージがあったが、案外がっちり支えられていて、なぜか心臓のあたりがざわついた。
「なんで保険医の月城先生までいるのよ。なまえをお姫様抱っこまでしちゃって」
「お前は・・・」
「七瀬亮です。なまえの親友の。」
亮ちゃんがユエさんの前に躍り出た。仮にも学校の先生相手なのに、亮ちゃんは全く下手に出るようなそぶりは全く見せない。
そしてどこか亮ちゃんの言葉の節々には棘が感じられる。
ユエさんも警戒してか仁王立ちする亮ちゃんに眉を釣り上げる。
「ユ、ユエさん、ごめんね、亮ちゃんは私の一番のお友達だからちゃんと知って欲しくて、今日カードのこと話したの」
「あんた達、なまえのこと泣かしたら・・・この前みたいに大怪我させたら絶対許さないんだから!」
びし!っと効果音がつきそうなほど勢いをつけて二人を指差し、腰に手を当ててそう言い放った。
威嚇したと言ってもいい。言い切る亮ちゃんの迫力はすごかった。
「あぁ、この身に代えても主は守る」
「ダメよ!そんなの、この子が望んでいるわけないじゃない!」
淡々と答えるユエさんは、再度向けられた鋭い指先と言葉に少し面食らう。
「あんたがこの子を守って傷ついたら、この子が悲しむでしょ!この子も守って、自分の身もちゃんと守りなさい!」
そう言って亮ちゃんはふんっと身を翻して早足でずんずんと神社の出口の方へ歩いて行ってしまった。
あっちを向く瞬間に、亮ちゃんの目が少し赤くなっているのを私は見逃さなかった。
「亮ちゃん、ありがと」
彼女には聞こえてないかもしれないけど、ユエさんの腕の中で静かに呟いた。
「お前はいい友を持ったな」
ユエさんにそう言われ、まさか彼からそう言われると思ってなかった私はちょっと面食らった。
「うん。私の自慢の友達!さ、帰ろう!」
「なまえーわい腹減ったー」
私たちも神社の出口に向かって歩き出した。
今朝までのどんよりとした気持ちが晴れて、この星空の様だった。
変というか、どこか上の空でいつも元気な笑顔に影が落ちている様に見える。
「なまえ、なんか今日も元気なくない?」
「え、そうかな?」
「うん、心ここにあらずって感じだけど。なんかあったでしょ?」
「う、ううん、なんでもないの、ちょっとあったかくなってきたからボーッとしちゃうだけ」
「なまえ、なんか私に隠してない?」
「・・・な、何にもないよ!」
「・・・・今は、何かあったのか詳しく聞かないけど、・・・話せる時になったら、私に話してね?」
「・・・ごめんね、ありがとう。亮ちゃん」
「さ、帰ろう」
どこか泣きそうな顔のなまえの肩をポンっと優しく叩くと、くしゃっとなまえは笑った。
この前だって、腕に大きな怪我を作って登校してきた。幸い、制服の長袖で腕は隠していて、他のクラスメイトが気づいている様子はなかったけど、時折痛むのか腕を軽く押さえる姿を度々見かけていた。その傷の事、私にも隠しているようで、何も話してくれなかった。
それに、あの木之本春人とよく保健室に出向いているようだ。最初は怪我の為だと思っていたが、わざわざ春人を連れて行くのは不自然だ。
転校してた日の挨拶の時のあのやりとりと言い、この2人と、そしてあの新人の保険医には何かある。そう直感が告げていた。
クラスメイトがミステリアスでかっこいいと噂していたが、私にはそのミステリアスさが捕えどころがなくて、光が刺さない深海のような近づき難さがあった。
保険医についてもさりげなく話題に出したことはあったが、保険医の名前が出るとなまえは話をはぐらかして、泣きそうな笑顔を無理やり作るからそれ以上聞けなかった。
それが余計に心配をかけている事にこの子は気づかない。自分で抱えこんでしまう癖がある。
いつだって私はなまえの隣にいて、近くで見て来たのだから、私に相談してほしい。
けど、頼ってもらえない状況に一番ショックを受けているのは自分なのだ。
鞄を手に取り2人で教室を後にした。
ーーーー
あれから、魔法の事、カードキャプターの事、ユエさんに言われたこと、まだ亮ちゃんに話してない。
彼女に話せばきっと巻き込んでしまう。カードの封印は危険と隣り合わせだ。この前の剣(ソード)の時に身を以て実感した。
そんな危険なことに亮ちゃんを巻き込めない。
私に悩み事があると、彼女は寂しそうに笑って私から話すのを待ってくれる。あんな顔はさせたくないのに。
でも、今回ばかりはどうすれば正解なのか、分からない。
それにーーーー
『・・・弱いやつは嫌いだ。大怪我をする前にやめることだ』
ユエさんに言われたあの一言が胸に刺さってじくじくと痛む。
いつも彼の一言にひどく傷ついている自分に気づく。ふとした時に思い出してしまって不甲斐ない弱い自己嫌悪に陥る。
私だってどうしたらいいのか、分からないよーーーー。
その日の帰り道、途中で会った春人と3人で月峰神社のそばの道を通って帰ろうということになった。
亮ちゃんとも初詣や縁結びの祈願でも来たりしていて、とても馴染みのある神社だった。季節に合わせて時折、撮影に使わせて貰ってる。
月峰神社の独特の澄んだ空気が私は好きだった。お参りして澄んだ空気にあたれば、心のモヤモヤも晴れるだろうか。
鳥居の前に来て、いつも通り一礼をしようと頭を下げようとしたところ、鳥居の向こう側の境内が一瞬ぐにゃりと歪んで見えた。
え?と訳が分からず頭を上げて呆けていると、私たちのすぐ近くの空間もぐにゃりと歪んだ。
私と春人との間に地面から壁のようなものが伸びてきて、左右を白い壁に遮られる。すぐ隣にいた春人はその壁の向こうに消えてしまった。
まさかと思い、春人の板方向の壁に向けて大声で話しかける。
「なに、なんなの、これ・・・?!ケロちゃ、春人!そっち側にいるんでしょ?!」
「あぁ!こっちは無事や!そっちはなんか怪我してないか?」
「私も亮ちゃんも大丈夫はぐれてないよ!それよりこれはなんなの?!」
「これは迷(メイズ)のカードや!」
「これもカード?!」
「迷路を作り出すカードや!ゴールにたどり着かんと封印できん!」
壁の向こう側の春人が言うには、これは迷路を作り出すカードらしい。
しかもこの巨大迷路の何処かにあるゴールにたどり着かない限り、迷(メイズ)の魔力は打ち破れないらしい。
よくある迷路の攻略法を思案していると、亮ちゃんの声でハッと現実に意識を戻される。
「ちょっ、ちょっと待ってよ、2人でさっさと話進めて・・私だけ訳わからないまま話を進めないでよ。なまえ、一体なにが起こっているの?」
「そ、それは・・・」
そうだ、亮ちゃんも巻き込まれているのだから、必然的に亮ちゃんの前で魔法を使うことになる。
これはもう隠し通すことは無理そうだと悟った私は、話すより見せる方が早いと、ポケットから星の鍵を取り出した。
「亮ちゃん、今朝、私が話せなかったこと、これなの」
星の鍵を亮ちゃんの前に掲げ、呪文を唱える。
足元に魔法陣が出現し、風が巻き起こる。
「封印解除!(レリーズ)」
風が止み、私の手元にはピンクの星の杖が出現した。
亮ちゃんの方へ顔を向けることができず、彼女に背を向けたまま話す。
「実は、魔法が使えて、飛び散ったカードを集める仕事をしているの。春人はそのカードの守護神で、本当の名前はケルベロスっていうの」
そこまで一気に言って、恐る恐る亮ちゃんの方へ体を向ける。
すると突然両肩をガシッと掴まれた。彼女の表情はサラサラの髪に隠れて影が落ち、読み取れない。
「これがなまえが悩んでたこと?馬鹿にしないでよ!」
亮ちゃんの右手がバッと上がる。叩かれる!と体に力が入った。
ふわりと頬に暖かい物が触れた。それは亮ちゃんのいつもの綺麗で優しい手だった。
両手で頬を包みこまれる。
「こんな事に親友が巻き込まれてて平気なわけないじゃない!心配しないはずがないじゃない!なんでもっと早く言ってくれなかったの?!」
「ご、ごめん、亮ちゃんを危険なことに巻き込めなくて・・・」
「この前のあの右腕の怪我もそうなの?」
「う、うん。」
「心配したのに、何も話してくれないから・・・あのね、なまえ、知らないってとても辛い事なのよ。辛いことを隠されてる方が何倍もつらいわ」
頬に触れている手が優しく頬を撫でる。
「ひ、ひかない?リアルな魔法使いなんて、非現実的な事・・・」
「最っ高じゃない!リアル魔法少女よ!本当になんてもっと早く言わないのよー!
ずっと温めてたあの衣装と実際の魔法のエフェクトと、掛け合わせれば最高だわ!
制作意欲湧いて来たー!流石なまえだわ!ボクと契約して魔法少女になってよーーー!」
そうだった、亮ちゃんはこんなことじゃ怖気付かない肝っ玉お嬢だった。
私の方が軽く引いてしまったことは内緒にして、亮ちゃんを怯えさせたり、否定されたりしなくてよかったとホッと胸をなでおろす。
「く、詳しいことは後で改めて説明するけど、とにかく、今集めてるカードが実態化してこの迷路を作っているの」
「で、それで春人の言った様に、ゴールにつかないと封印できないわけね」
「そう、飲み込み早いね・・」
「何言ってるのよ、魔法少女モノ、異世界モノは私の対好物よ。実際に起きたら多少はびっくりするけどね」
「多少びっくりはしてるんだ・・」
「それより、どうやって出るかよね。迷路の攻略法は知ってる?」
本当に物怖じしないお嬢様にひたすら感心していると、話は迷路の攻略法に話題は戻った。
「右手をついて、なら知ってるけど、どれだけの広さがあるのかわからないものを闇雲に歩いてもいつ出れるかわからないし・・・」
「あ、じゃあ一旦上からゴールの方向見つけて見るとかは?」
「あ!そっか!その手があったか!翔(フライ)!」
翔(フライ)のカードで背中に羽を生やし、一気に空へと飛び上がった。亮ちゃんの方角からスマホの写真をとる効果音が(しかも連写)聞こえてきたけど今は無視だ。
しかし、飛び上がって壁の一番上に到達しようとした瞬間、迷(メイズ)の壁がグンと伸びて、私の視界を遮る。
どれだけ高度を上げようと壁は伸び突け、しまいには亮ちゃんが米粒くらいにしか見えない高度まできてしまった。
ズルというか、簡単に攻略は許してくれないカードらしい。
なんの収穫もないまま地面へ降り立つと、ニヤニヤした亮ちゃんと目があった。右手にはしっかりとスマホが握られている。
「すごいわねー!ほんとの魔法少女じゃない!」
「だからそう言ってるじゃん・・」
「これは次回カードが出現したら、是非ま◯マギ衣装をきてもらうわよ!」
「そんなことは予想してなかった!」
衣装の案が亮ちゃんの中ではしっかりと固まっているらしく、目立たない様にひっそりとカードの封印をしたかった私は、心の中でひっそりと頭を抱えた。
しかし、どうやって出ようか、右手をついて歩くしかないかと思案していると、壁の向こうから春人の声がした。
「なまえー!迷(メイズ)はズルは許しちゃくれへんでー!」
「早くそれ言ってよー!」
「さくらと同じ事しよるからおもろいなーと思って」
「えー!笑ってないで攻略法考えてよー!」
「なんや簡単やないか、なまえはなんでもーーーーーーーー」
次の瞬間、壁ではない通路だったところからにゅっと壁が現れて、新たな壁が出現したかと思えば、壁だったところが道になり、迷路の構造がみるみる変わっていく。床も壁もぐにゃぐにゃと変形している。
「亮ちゃん!私から離れないで!」
亮ちゃんまではぐれては大変なことになる、と慌てて亮ちゃんの手を取り、近くへとたぐり寄せた。
幸い、はくれることはなかったが、先ほどまで壁越しに聞こえていた春人の声は聞こえなくなってしまった。
「ケロちゃん!?そこにいるんでしょ?!返事して!」
「え、うそ彼、消えちゃったの!?」
「わかんない!でも気配が遠くなっちゃったのはわかる!」
ケロちゃんと離れちゃってどうしたらいいの!?今まで春人がいた方向の壁に手をついて項垂れる。
今、魔法が使えない亮ちゃんが頼れるのは自分しかいない状況に、急に心臓がばくばく鼓動を早め、冷や汗が流れ出てくる。
どうしよう、亮ちゃんとこのまま出ることができなかったら・・・と不安で涙が溢れてきそうになった。
「落ち着いてなまえ。」
亮ちゃんの手がポンと頭に乗せられ、優しく撫でられ抱きしめられた。それまで感じていた心臓の鼓動が収まっているのを感じる。
「無闇矢鱈に動き回っても体力消耗するだけよ。とりあえず落ち着いて考えましょ。」
「うん、ありがとう・・・」
亮ちゃんと2人壁にもたれて座り、どうやって出るのか考える事にした。
すっかり日が暮れてそれに向かってそびえ立っている壁の間からは星が煌々と輝いている。
「さて、なぜか携帯も圏外だし、家に遅くなると連絡することもできないわ。まぁそれは後で考えましょ」
「ごめんね、巻き込んじゃって・・」
「何言ってるのよ、今日巻き込まれなきゃ、なまえの魔法を見れなかったし、話してくれなかったでしょ」
「うっ。」
図星だった。今日迷(メイズ)が創った迷路に2人で巻き込まれなければ、私は果たして亮ちゃんに魔法のことを話せていたのだろうか。
まだ当分先になっていたかもしれない。
「あんた、魔法のこと私に黙っていたこともそうだけど、まだ私に隠してることあるでしょ?あの保険医が何か絡んでるわね?」
「う・・・、なんでもお見通しだね、亮ちゃん。実は、保険医の月城先生も春人と同じ、カードの守護者なんだけど、私がカードキャプターやるの反対されてて・・・新しい主なんか認めないって面と向かって言われちゃった・・・」
あの時言われた言葉を思い出して、抱えていた膝をぎゅっと身体に引き寄せる。
「あいつそんなことなまえに言ったの?!」
「うん・・・だからこのままカードキャプター続けていいのか自信なくって・・」
「何言ってるのよ、魔法なんてみんなが使えるものじゃないでしょ。それをこの数日でマスターしてるんだからすごいことじゃない。それにその月城先生に認められるために魔法使いやってるんじゃないんでしょ?」
そう亮ちゃんに言われ、ユエさんとケロちゃんと初めて出会った時のことを思い出す。
そうだ、元はカードをばらまいてしまった責任を取るためにカード集めをしているんだった。
カードを封印し終わったら、それでこの杖も返せばいいじゃない!
そう思ったら、うじうじ悩んでて馬鹿みたいに思えてきた。
こんなところで足止め食ってる場合じゃない。亮ちゃんを無事に家に帰すんだ。
私は壁にもたれていた腰を上げ、すくっと立ち上がった。
「亮ちゃん!ありがと!元気出た!こんな迷路すぐにでも出るよ!壁なんか、叩っ斬って端まで行けばいいのよ!」
切ろうと思えば、岩をも切れる剣を私は持っていたじゃない!剣(ソード)のカードをとりだし、呪文を唱える。
「剣(ソード)!!」
ざくっと音を立てて壁は切れ、向こう側の道が見えた。そのまま切った方向へ進み壁に当たったら切る、を繰り返す。
「なまえ、『またつまらぬものを切ってしまった』って言わないとカッコつかないじゃない」
なんていうリクエストが背後から時折聞こえてくるが、壁を切ることに必死だった私は構っている場合ではなかった。
壁を切って、切って、切りまくってようやく迷路の端と思われる所までたどり着いた。先には何もない空間が広がっていく。先に見えるのはユラリと揺れる不思議な空間だけだ。
だが、なまえが到達した瞬間にまたぐにゃりと空間が歪み、新たな迷路が早くも作り出されている。
「また新たな迷路を創る気ね!させない!汝のあるべき姿に戻れ!さくらカード!」
カードの形へと戻った迷(メイズ)は消え、あたりは静かな月峰神社へと戻っていた。
「はぁ、よかった、出られた!」
「なまえ、すごいわー!動画バッチリ撮ったわよー!」
「そういうところはちゃっかりしてるね、亮ちゃん」
剣(ソード)でぶった切って進んでいる時、迷(メイズ)の魔力でできた壁を切り倒していたため、身体的にも魔力的にも消耗が激しい。
膝に手をついて上がった息を整えていると、春人が駆け寄って来た。
「なまえ!封印できたんか!」
「うん!ケロちゃんも出られてよかった、途中で気配が遠くなっちゃったから焦ったよ」
「あん時は焦ったわー。でも無事でれてよかったで。お疲れさん」
屈む私頭を満面の笑みでポンポンと撫でられる。
春人にカードを見せようと顔を上げた瞬間、足がふらつき後ろに転びかけたが、腰を誰かの腕に支えられた。
後ろを仰ぎ見ると、そこには白衣を着たユエさんが立っていた。
「ユ、ユエさ、ん」
「なんで体力ギリギリまで魔力を使うんだ。一人で立てないだろう」
「だ、だって迷(メイズ)が・・・ひゃっ!」
呆れ顔のユエさんに横抱きにされ至近距離に彼の顔が近づき、恥ずかしくて、早くおろして欲しい私は抵抗するが、体力を使い切った腕では、私を支えるユエさんの肩はびくともしなかった。
初めて会った時、ユエさんの本当の姿は、線が細くて儚いイメージがあったが、案外がっちり支えられていて、なぜか心臓のあたりがざわついた。
「なんで保険医の月城先生までいるのよ。なまえをお姫様抱っこまでしちゃって」
「お前は・・・」
「七瀬亮です。なまえの親友の。」
亮ちゃんがユエさんの前に躍り出た。仮にも学校の先生相手なのに、亮ちゃんは全く下手に出るようなそぶりは全く見せない。
そしてどこか亮ちゃんの言葉の節々には棘が感じられる。
ユエさんも警戒してか仁王立ちする亮ちゃんに眉を釣り上げる。
「ユ、ユエさん、ごめんね、亮ちゃんは私の一番のお友達だからちゃんと知って欲しくて、今日カードのこと話したの」
「あんた達、なまえのこと泣かしたら・・・この前みたいに大怪我させたら絶対許さないんだから!」
びし!っと効果音がつきそうなほど勢いをつけて二人を指差し、腰に手を当ててそう言い放った。
威嚇したと言ってもいい。言い切る亮ちゃんの迫力はすごかった。
「あぁ、この身に代えても主は守る」
「ダメよ!そんなの、この子が望んでいるわけないじゃない!」
淡々と答えるユエさんは、再度向けられた鋭い指先と言葉に少し面食らう。
「あんたがこの子を守って傷ついたら、この子が悲しむでしょ!この子も守って、自分の身もちゃんと守りなさい!」
そう言って亮ちゃんはふんっと身を翻して早足でずんずんと神社の出口の方へ歩いて行ってしまった。
あっちを向く瞬間に、亮ちゃんの目が少し赤くなっているのを私は見逃さなかった。
「亮ちゃん、ありがと」
彼女には聞こえてないかもしれないけど、ユエさんの腕の中で静かに呟いた。
「お前はいい友を持ったな」
ユエさんにそう言われ、まさか彼からそう言われると思ってなかった私はちょっと面食らった。
「うん。私の自慢の友達!さ、帰ろう!」
「なまえーわい腹減ったー」
私たちも神社の出口に向かって歩き出した。
今朝までのどんよりとした気持ちが晴れて、この星空の様だった。