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第5話 痛むのは傷か、それとも
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「おはよう。なまえ、なんか疲れてない?」
「え、そ、そう?ちょっと走って学校来たからかなー?あはは」
月曜、学校へ行くといつもの様に親友の亮ちゃんが教室で迎えてくれた。
これがいつもの私の日常だ。ついこの前の週末、魔法少女になったなんて今だに信じられないが、持ち歩いている星の形をした鍵がそれが現実だと物語っている。亮ちゃんにはこのことはまだ話せていない。
それにしても今朝学校までついてくるといったケロちゃんを説得するのは本当に大変だった。
ーーーーーー
今朝、学校へ行く準備をしていると、ケロちゃんがふよふよと私のところまで飛んできて、とんでもないことを言い出した。
「学校にわいもついて行くでー!」
「え!なんで?!」
「学校で何かあったら誰が助けるんや?このカードキャプター初心者を!」
「でもだからって、学校にケロちゃんは連れていけないよ!」
「なんでやー静かにしとるしーわいもお昼になまえの高校の学食食べたいー」
「学食が目当てなんでしょ!?そんな理由じゃ連れていけませーん!」
うちの学校は学食が安くて美味しいと近所で評判らしい。
生徒以外は学校開放の行事の時くらいしか食べられる機会はないが、卒業生から噂は広がり今ではちょっとしたこの街の名所になっている。
どこで聞きつけたのか、ケロちゃんが学校について来たいと言い出し、しかもその理由が学食を食べたいなんて動機らしい。
そもそも連れて行けたとして、そのぬいぐるみの姿では学食のテーブルでご飯は食べられないでしょうに。
「だからダメって言ったらダメだからね!」
「ユエからも何か言ってやってやー」
「・・・・・・・・」
私に諫められてもケロちゃんは諦められないらしく、ユエさんに助けを求めて猫なで声を出した。
しかし、寝起きが悪いというユエさんは、コーヒー片手にこちらに一瞥をくれたが、何も言わずコーヒーをすすった。
「ほらユエさんも学校行くのは反対だって!」
「くすん。わいもなまえんとこの学食食べたいー!」
「泣き真似しても無駄!絶対に学校に忍び込んだりしちゃダメだからね!」
学食が食べたいだけの理由で学校までついてこられては敵わないと、ケロちゃんを一喝し私は朝ごはんもそこそこに、いつもより早く家を出た。
ーーーーーー
「それはそうと、新作の試着お願いね!」
「え、もうできたの?早い!」
「夏までにあと5着は仕上げないと夏コミに間に合わないわ!」
「相変わらず、情熱に溢れていらっしゃることで。。。」
今朝の疲労の原因を思い出しているところに、亮ちゃんの声で現実に戻された。
亮ちゃんの実家は由緒ある家元のお嬢様で、その上成績優秀、才色兼備を兼ね備えた美人さんなのに、ガチのアニメオタクだ。
今も文庫本のジョジョを片手にスケッチブックに衣装のデザインを起こしている。
高校に上がってからは専ら男装コスプレイヤーとしてその美貌を生かしているが、たまにその趣味の矛先が私に向かう。
「何いってるのよ!貴女に着せたいコスの衣装が山ほどあるのよー!なまえのその童顔とスタイルは私の相手役にぴったりなの!私との身長差も完璧⭐︎」
「そ、それはうれしいなー」
「そのセリフ棒読みよー」
なぜか私もコスプレ衣装を着させられて、スタジオやイベントでの写真撮影に被写体として駆り出される事が多々発生する。
SNS界隈ではちょっとした有名人らしい、が怖くてその亮ちゃんのアカウントは覗いたことはない。
特に私はアニメとか特撮ものは詳しくなかったのに、亮ちゃんのおかげで大抵の有名番組は把握できてしまった。
次のイベントで着る衣装と撮影場所について亮ちゃんが熱く語っているのを右から左へ流しながらカバンから教科書を取り出していると、チャイムが鳴り担任の北ちゃんこと北島先生が教室へ入ってきた。相変わらずラフなジャージ、突っ掛けサンダルと無精髭でダルそうにしている。まだ若いのに、顔はイケメンの部類に入るんだから、もうちょっとちゃんとすればモテそうなのに・・・と常日頃から思っている。実にもったいない。
「おまえら静かにしろーHRはじめるぞー今日は伝達事項はないから、さっそく転校生を紹介するー。木之本、入ってこーい。」
窓の外を見ながら、転校生なんて変な時期に入ってくるなーとぼんやり先生の話を聞いていた。
先生が廊下へ声をかけると、ガラリとドアが空き「木之本」と呼ばれた子が入ってきた。
入って来たその人物へ視線を移すと、見覚えのあるその顔に思わず立ち上がってしまった。
つい先週の土曜、寝起きで見た、知ってる「人」、いや、さくらカードの守護神だった。
「ケロちゃん!?なんでここにいるの?!」
「おーなまえー!同じクラスになれたでー!」
反射的に叫んでしまい、そこではっと我に返る。クラス中の注目を浴びてしまい、恥ずかしくて顔が真っ赤になる。
黒板前に立つケロちゃんは、いつの間に用意したのかうちの学校の制服を着て、こちらに笑顔を向けてピースサインを向けている。
「どうしたみょうじーけろちゃんってカエルかー?まさかどっかのアニメみたいに登校途中に転校生と食パン咥えてぶつかってたのかー?」
「あ、いや、すみません。人違いです。す、進めてください。」
「食パン咥えて登校は今時ないわなー。とりあえず木之本、自己紹介しろー」
クラス中から注目を浴びて顔から火が出そう。おとなしくすごすごと椅子に座った。教室のそこかしこからスクスクと笑い声が聞こえる。それは先生のアニメジョークに対してなのか、私に対してなのかはわからないが、それは最早どうでもいい。今はなぜケロちゃんがうちのクラスに転校生として紹介されているかだ。
「転校生の木之本春人です。春に人と書いてハルト。仲良くしてなー。よろしゅー!」
「関西出身らしいぞー皆親切にしてやってなー。席はさっき叫んでた食パンみょうじの隣だ。」
「はーい」
木之本ハルトと名乗ったケロちゃんは、あの無駄にイケメンな顔を輝かせてこっちを見ながら、機嫌な足取りで私の隣の空席に座った。思いっきり目を逸らしてすぐ横の窓を睨みつけた。反射でケロちゃんのニヤケ顔と目があった気がしたけど、無視だ。
「あ、ちなみに保健室の先生が急に転勤になって新しい先生が来ることになった。月城雪先生だ。ユキって名前だけど男性だぞー。そのうち全校集会でも紹介があるはずだ。保健室にお世話になる事があったらよろしくなー」
ひとまず休み時間になったらケロちゃんを引っ張って尋問してやる、と学校内で人気のない場所を思い浮かべ算段を練っていると、新しく保健医に配属されたという月城という苗字に私は思わずばっと隣を見る。案の定、隣の席で満面の笑顔を浮かべているケロちゃんと目があった。
「ま、まさかユエさんまで。。。?」
周りに聞こえないようにケロちゃんに小声で聞くと、笑顔でケロちゃんはうなずいた。
これは尋問は長くなりそうだと鈍い頭痛を感じながら、頭の中の算段を再度練り直すことにした。
昼休み、私は転校生の洗礼とも言える質問攻めに会っていたケロちゃんを教室の外へ連れ出し、学食へ行きたいお腹すいた、とごねる声を引きずって保健室まで来た。保健室では、仮の姿のユエさんが白衣を着てデスクに向かっていて、座っていた椅子を回転させ気怠げにこちらへ顔を向けた。ズカズカと中に入って、ケロちゃんの首根っこを掴んでずいっとユエさんの前に突き出した。保健室に入る際、数人の女子達とすれ違った。無遠慮に保健室に入ったこちらへ怪訝そうな目を向けて保健室から出て行った。
「なんで!ケロちゃんが私のクラスに転校してきてるのよ?今朝学校に来ちゃダメって言ったよね?」
「さくらに人間の仮の姿を作ってもろたんやしーわいも人間ライフ満喫したいんやー」
「まさかこのタイミングで転校の手続きが通るなんて想像もつかないわよ・・・」
「魔法はこういう時に便利やで☆」
「どんな魔法使ったのよ・・・」
こんな時に使える魔法とは一体なんなのか。それはなんだか聞いてはいけない気がしたので、深くは追求はしないでおいた。
首根っこを掴んで突き出しているケロちゃんは猫のように手足を丸めて上目遣いでこちらを見つめて来た。そのいたいけな瞳に一瞬ほだされそうになった私はケロちゃんを無視して今度はユエさんに問いただした。
「ユエさんまでどうして・・保健医の先生になってまで。」
「カードがいつ現れてもいいようにお前の近くにいた方がいい。しかし、私には学生よりも先生役が適任だ。」
「それで保健室の先生ね・・・お家で待機という選択肢はなかったの・・・?」
「ユエは先生という立場から何か手伝えるかもしれへんし、わいはぬいぐるみの姿のままやと、隠れたりせなあかんし行動に制限がつきやすい。人間の姿なら学校内でも堂々と自由に動けるで!」
未だ首根っこを掴んだままだった人間の姿のケロちゃんから手を離し、自由になったケロちゃんは胸を張って自分の作戦がいかに素晴らしいか語り出していた。
それを軽く流し、ユエさんをまじまじと観察する。ユエさんの白衣姿ははっきり言ってすごく似合っていてかっこいい。亮ちゃんが貸してくれた保健室の先生と生徒の恋物語の少女漫画を思い出してしまって少し頬が熱くなった。すでに何人かの女子生徒が、月城先生を一目見ようと怪我もしていないのに休み時間の度に保健室を訪れているらしい。ケロちゃんはうちの高校の制服を早くも着こなしていて、元々の気さくな性格とその整った容姿で早くもクラスの注目の的だ。「保健室の月城先生」と「木之本春人」はこの学校で目立たずに行動することはすでに難しそうだ。
「もぅ、2人ともただでさえ目立つ見た目してるんだから、学校ではおとなしくしててよね。」
こんな目立ちそうな2人、これから学校で関わることになると思うと朝の頭痛が再発してきた気がする。頭を押さえながら、保健室で休む必要があるのは先ほど保健室を追い出されたミーハーな女の子達ではなく、私の方だと独り言ちた。
保健室を後にした私たちは、昼ご飯を食べに学食へ行くと先にお昼を済ませていた亮ちゃんと合流した。
「なになに?やっぱり転校生とまがり角で出会ってた?」
「ち、違うよー、前に街で偶然見かけた人だったってだけよ!」
「あやしー!朝の曲がり角は恋の生まれる聖地よ!逆に何もないってありえるの?」
「亮ちゃん、亮ちゃんが何を言ってるのかわからないよ・・・」
「そんなことより、春人君も一緒にお昼どう?私、七瀬亮。亮って呼んで」
美人なのにいつも訳わかんない事言ってる亮ちゃんは、私の隣に立って学食のメニューを見てたケロちゃんに話しかけた。
「ねーちゃんえらい美人やなー。美人の誘いを断る理由はあらへん!早速学食のご飯買ってくるわ!」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない、転校生。いってらっしゃい。」
嬉々としてカウンターへ向かうケロちゃんを亮ちゃんはひらひらと手を振って送り出した。
二人のやりとりはほっといて、私は持って来ていたお弁当を広げて食べ始める。
ホント、この先の学校生活が不安でしょうがない。学校でカードが出現なんてしてしまったら、どうなってしまうんだろうか。
魔法を使う不安よりも、これからの学校生活の方が気が気でない私は、その日のお弁当の味なんて全然わからなかった。
ーーーーーーー
その日の放課後、お花のお稽古があるといって先に帰った亮ちゃんと別れ、昇降口へ向かおうとケロちゃんと2人で歩いていると、廊下のトロフィーや賞状を飾っているガラス扉がついた棚に目がいった。昇降口のすぐ近くに設置されているガラス棚には、テニス部やバレー部が獲得したトロフィーが所狭しと並べてある。そのある一角で、ケロちゃんの足が止まった。
「あれ、これ剣やないか?」
「ソード?この綺麗な剣がどうしたの?」
「これ、サクラカードの剣(ソード)や。やんなってこんなとこに展示されてんねや?」
そこには創立記念と堂々と書かれた木の札と、その隣にベルベットの布の上に置かれた綺麗な剣が飾ってある。
華奢な刀身は綺麗に磨かれて、鏡のように覗き込んだ私の顔を写す。天使の羽根のような両翼のデザインがあしらわれ、薄い桃色の柄はツヤツヤと輝いていた。いつも誰かに手入れをしてもらっているのだろう、指紋一つなく綺麗だ。
その剣をケロちゃんはいきなりカードだという。カードってもっと本の中に出てくるような、精霊みたいな見た目だと思っていたけど、そうではないらしい。
「え、これもカードなの?でもこの剣、創立の際に学校に寄贈されて代々受け継がれてきたってことだけど、カードが飛び散ったのはついこの間のことじゃない。」
「いや、『剣』がここにあった本物と入れ替わったっちゅーこともありえる。」
「カードが本物と入れ替わった?カードも意思があって、自分で行動してるってこと?」
「あぁ、それか誰かを操ってここに運ばせたか・・」
「そんなことできるカード、どうやって封印すればいいの?」
「本体に触ると操られてしまう。触れないように棚から取り出してカードに戻すしかないやろ。」
カラス戸に張り付いて中を眺めているケロちゃんは捕まえる作戦をあーでもない、こーでもないと唸りながら考えている。
下校時間の今、人目につく昇降口では魔法を使うことはできないから日を改めるしかなさそうだ。
家に帰って作戦を練ろうと再び靴箱へと向かおうとすると、廊下の角から聞き覚えのある担任の声がした。
「おーお前ら何やってんだー用がないならさっさと帰れー」
「あ、北ちゃんだ。北ちゃん先生、この剣って、どうしてここに飾ってあるんですか?」
「これはとあるヨーロッパ出身の財閥の方が、この学校が建てられる際に多額の寄付をしてくれてな、この剣も創立の際の記念として奉納されたそうだ。何十年も前のことだぞ。ん?・・・あれ、こんなデザインだったか?確かもうちょっとゴテゴテしてたと思ったけど。」
「へ、へーそうなんですね。」
「あぁ、確か明日午後にはここから持ち出されて博物館へ飾られるらしい。ヨーロッパ文化の企画展の一部として。」
「え、これ持ち出されちゃうんですか?いつまで?」
「確か半年は飾られるって聞いたなー。物珍しいなら今のうちによく見ておくことだな。じゃあさっさと帰れよー」
ひらひらと手を振って北ちゃん先生は職員室の方へ去っていった。
昇降口の棚にあるならばいつでも封印のチャンスは伺えるが、博物館に展示となっては封印どころではなくなってしまう。
警備員がついた博物館から持ち出すなんて到底無理な話だった。
「ケロちゃん、剣が持ち出されちゃうなら急がないと!」
「よっしゃ!保健室へ行くで!ユエと作戦会議や!」
私たちは踵を返し、保健室へ急いだ。
保健室に入った私たちはユエに昇降口に飾ってある剣のこと、明日博物館に持ち出されてしまうことを話した。
「そうか、急を要するな。今夜にでも決行するか」
「よっしゃ!学校に忍び込むで!」
「え、忍び込むって、夜の学校に?!」
「私が最後に学校を出ると言って、鍵を預かっておこう」
「ユエが先生でホンマ助かったわー。なまえ、やっぱり学校側に協力者がいるのは便利やなー」
「こ、今回はたまたま役に立っただけよ・・・!」
「わいらが学校にいて助かったって素直に認めればええのにー」
「なっ!」
「・・・・そんなことよりも、どうやって封印するか、だ」
頭の後ろに手を組んでケロちゃんがこちらをニヤニヤしながら見てきて、私は言い返せなくて、ぐっと唇を噛んだ。確かに先生側の立場にユエさんがいるのはとてもありがたいし、何かと動きやすくなるけど、なんだか朝のことがあって認めるのが癪に触る。無言でてケロちゃんを睨みつけていると、ユエさんが私たちを止めてくれた。
「明日午後持ち出される予定だから、もしかしたら今夜、誰かが剣に触れてしまう人がいるかもしれん。それはなんとしても阻止せなアカン」
「あの剣に触れるとどうなるの?」
「剣に触られた者は意識を乗っ取られ、操られる。以前人を襲ったこともある」
「剣道も習ったことない人が、剣の達人級の腕になってまう。切らんとこ思たら峰打ちもできるが、切ろうと思ったら・・・岩でも切れる」
ケロちゃんの説明に背筋がひやりとするのを感じた。
「今は幸い誰もソードには手を触れてないようだが、明日持ち出されるとなっては、それも時間の問題だ」
「そんなこと絶対起きちゃダメ。今夜絶対封印するわよ」
「その意気や!カードキャプター初めての大仕事、やるでー!」
あんなに綺麗な剣が人を操り襲わせるなんて信じられない。でも誰かが触って操られ、怪我をしてしまうなんて絶対起きてはいけない。
星の鍵を右手に握り絞め、覚悟を決めた。
ーーーーーー
夜の9時。夜の帳が下りた学校の校舎は昼間とは打って変わり、あたりはとても静かだ。外から見ると教室のある階は真っ暗ではあるが、ユエさんが待機している保健室にだけ明かりが点いている。職員室にはあかりはついてないから、先生方はどうやら全員帰ったようだ。保健室の窓から侵入した私とケロちゃんはユエさんと合流し、剣の棚がある昇降口へと向かった。
途中の廊下では私たち3人の足音が反響して静かな校内に木霊した。いつもの雰囲気とは違ってひんやりとた空気を感じるようで思わず隣のケロちゃんの腕にしがみついた。
「なんやなまえ、怖いんか?わいの腕でよければ貸すでー」
「ち、ちがうもん!暗いから逸れない様に掴んでただけだもん!」
「素直やないなー」
「お前達、静かにしろ」
ケロちゃんにしがみついていた腕を離してギャイギャイ言い合っていると、ユエさんが私たちを諫めた。
そうこうしているうちにガラス棚の前につき、かすかな光を集めて輝く剣が闇の中で佇んでいた。
「あれやな、さくっと封印して帰ろや」
「そうね、早く封印して早く帰ろう。夜の学校なんて好き好んでいるもんじゃないわ」
「待て、誰か来る」
棚がある方とは反対の廊下から誰かが歩いて来る足音を聞き、急いで近くの靴箱の後ろに隠れた。職員室の電気は消えていたのに、こんな夜遅くに誰だろう。今夜の見回りはユエさんが変わってくれたはずだ。
「あ、あれ、北ちゃん先生だ。こんな夜遅くに何してるんだろう」
「なまえの担任の先生かー。面倒やなーあの棚には触れずに帰ってくれへんかなー」
担任の北ちゃん先生は懐中電灯もつけずにまっすぐどこかへ向かって歩いている。先生はどこを見ているのか虚ろな目をしていて、彼の足音はいつもの気だるそうなそれではない。足音が剣の収められている棚の前で止まった。灯りひとつない暗がりの中にも関わらず、彼の手は迷いなく棚のガラス戸への伸び、戸を開けて剣を掴んだ。
「あ!北ちゃん先生が剣に触っちゃった!」
「まさか、あの先生、すでに剣に操られてるんとちゃうか?!」
「どうしよう!なんとかしなきゃ!」
「なまえ!待て!」
靴箱の影から飛び出した私は先生の前に走り出た。先生はやっぱり虚ろな目をしていて、こちらをゆらりと見つめて剣を構えた。
こんな夜に校舎にいる生徒の私には全く反応を示さない。
「先生!その剣を手から離して!」
「何してるんだ!逃げろ!」
ユエさんが叫んだその時、先生が剣を振りかざしてこちらへ襲いかかってきた。
間一髪後ろに飛んで剣をかわしたが、来ていた服の前部分を刃がかすり、数センチほど破れてしまった。切っ先が少し触れただけと思ったのに、その切れ味にぞっとする。はっとして先生を見ると剣を構えた先生は息つく間もなく剣を振り下ろした。
「レリーズ!・・・っく・・・北ちゃん!」
ガキンッと鈍い音を立てて間一髪、星の杖を盾にしてその刃を受け止めた私は先生の名前を呼ぶ。だが全く反応はない。
「そいつに構うな!反撃しろ!じゃないとお前がやられるぞ!」
「でも先生は関係ないじゃない!怪我なんかさせられない!」
先生はただカードに操られているだけだから、下手に反撃して怪我なんかさせられない。でもその間にも剣は私の体をかすり、切り傷を増やして行く。運動は苦手ではないが、映画の主人公のように相手の攻撃をかわすことは見た目よりもずっと難しい。
「あかん!カードがまた散らばってしもたから、わいらは本来の姿に戻れん!」
「クソ!」
「あぁ!」
とうとう左腕にザクっと深めに刃がかすってしまった。腕を見ると、血がどくどくと流れ出し、来ていたカットソーを赤く染めて行く。廊下にできた自身の血だまりを目にし、急に現実に実際に起こっていることだと現実味を帯びて脳に情報が入り込んできた。さっきまでどこか映画の中で起こっているファンタジーの延長線上だと思っていた。足がガクガクと震え、力が入らなくなってしまいその場に座り込んでしまった。切られた左腕を抑える。先生の足音はこちらへ近づいてくる。このままじゃ本当にやられる!そう思った時だった。何かふわりと暖かいものに包まれ、近くでがきん!!と大きな金属音がした。顔をあげると、ユエさんに抱きしめられ、どこから持って来たのか鉄の棒で先生の剣を受け止めている。
「だりゃー!!」
その時ケロちゃんが先生の脇に思いっきり体当たりし、先生は横へ吹っ飛んだ。
「大丈夫か?!なまえ!」
あっけにとられて惚けている私の腕をとったユエさんは腕の傷を見る。急に腕を掴まれてズキっと傷が痛む。
「なぜ魔法で反撃しない。」
「せ、先生に攻撃はできないよ。」
「そんな甘いことを言っていると、この腕だけじゃ済まなかったぞ」
「で、でも・・・」
「なまえ!わいとユエで先生を抑えるから、その隙に剣を離してもらうんや!」
先ほど廊下の先へ吹っ飛んだ先生が剣を持って起き上がった。ゆらりとこちらに向かって歩いて来る。ケロちゃんは先生へ体当たりするように駆け出し、先生の腹へ飛びつき、剣を持っている腕にしがみついた。私の手を離したユエさんは先生の後ろに回り、先生を羽交い締めにした。拘束から逃れようと先生は首や腕を振り回して暴れもがく。
「なまえ!早ぅ!」
はっとしてバッと立ち上がり、先生の手から剣を叩き落した。
「今や!封印や」
「うん!」
先生の手から離れ、床に落ちた剣の前に杖を構え、呪文を唱える。足元に魔法陣が浮かび上がり星の杖をかざす。
『汝のあるべき姿に戻れ!さくらカード!』
カードの形に浮かび上がった光に剣が吸い込まれて行く。やがて風が止み、一枚のカードとなった光が手の中に治る。カードには先ほどまで実体化していた剣が鎖に繋がれて描かれていた。無事、封印できたんだと安堵し、足の力が抜けガクッと膝から崩れおちたところをユエさんが支えてくれた。
あれから保健室でユエさんに手当てを受けた。先生は保健室のベッドに寝かせている。左腕の傷は出血は多かったが、案外傷は深くない様で、消毒と包帯だけで済んだ。傷に包帯を巻いてくれるユエさんはさっきから無言のままだ。空気がとても重い。せっかくカードを捕まえたのに、この重苦しい空気はなんなんだろうか。
「なまえ、怪我深くなくてよかったけど、無茶はもうあかんで」
「こんな怪我はへっちゃらだよ。そんなことより、カード封印できてよかった」
「なまえ、そうじゃなくてな、あのな」
包帯を留めて立ち上がったユエさんは、苦虫を噛み潰したような表情で座っている私を見下ろし、絞り出すようにユエさんは言った。
「・・・弱いやつは嫌いだ。大怪我をする前にやめることだ」
その言葉に、私は何も言い返せなかった。
「え、そ、そう?ちょっと走って学校来たからかなー?あはは」
月曜、学校へ行くといつもの様に親友の亮ちゃんが教室で迎えてくれた。
これがいつもの私の日常だ。ついこの前の週末、魔法少女になったなんて今だに信じられないが、持ち歩いている星の形をした鍵がそれが現実だと物語っている。亮ちゃんにはこのことはまだ話せていない。
それにしても今朝学校までついてくるといったケロちゃんを説得するのは本当に大変だった。
ーーーーーー
今朝、学校へ行く準備をしていると、ケロちゃんがふよふよと私のところまで飛んできて、とんでもないことを言い出した。
「学校にわいもついて行くでー!」
「え!なんで?!」
「学校で何かあったら誰が助けるんや?このカードキャプター初心者を!」
「でもだからって、学校にケロちゃんは連れていけないよ!」
「なんでやー静かにしとるしーわいもお昼になまえの高校の学食食べたいー」
「学食が目当てなんでしょ!?そんな理由じゃ連れていけませーん!」
うちの学校は学食が安くて美味しいと近所で評判らしい。
生徒以外は学校開放の行事の時くらいしか食べられる機会はないが、卒業生から噂は広がり今ではちょっとしたこの街の名所になっている。
どこで聞きつけたのか、ケロちゃんが学校について来たいと言い出し、しかもその理由が学食を食べたいなんて動機らしい。
そもそも連れて行けたとして、そのぬいぐるみの姿では学食のテーブルでご飯は食べられないでしょうに。
「だからダメって言ったらダメだからね!」
「ユエからも何か言ってやってやー」
「・・・・・・・・」
私に諫められてもケロちゃんは諦められないらしく、ユエさんに助けを求めて猫なで声を出した。
しかし、寝起きが悪いというユエさんは、コーヒー片手にこちらに一瞥をくれたが、何も言わずコーヒーをすすった。
「ほらユエさんも学校行くのは反対だって!」
「くすん。わいもなまえんとこの学食食べたいー!」
「泣き真似しても無駄!絶対に学校に忍び込んだりしちゃダメだからね!」
学食が食べたいだけの理由で学校までついてこられては敵わないと、ケロちゃんを一喝し私は朝ごはんもそこそこに、いつもより早く家を出た。
ーーーーーー
「それはそうと、新作の試着お願いね!」
「え、もうできたの?早い!」
「夏までにあと5着は仕上げないと夏コミに間に合わないわ!」
「相変わらず、情熱に溢れていらっしゃることで。。。」
今朝の疲労の原因を思い出しているところに、亮ちゃんの声で現実に戻された。
亮ちゃんの実家は由緒ある家元のお嬢様で、その上成績優秀、才色兼備を兼ね備えた美人さんなのに、ガチのアニメオタクだ。
今も文庫本のジョジョを片手にスケッチブックに衣装のデザインを起こしている。
高校に上がってからは専ら男装コスプレイヤーとしてその美貌を生かしているが、たまにその趣味の矛先が私に向かう。
「何いってるのよ!貴女に着せたいコスの衣装が山ほどあるのよー!なまえのその童顔とスタイルは私の相手役にぴったりなの!私との身長差も完璧⭐︎」
「そ、それはうれしいなー」
「そのセリフ棒読みよー」
なぜか私もコスプレ衣装を着させられて、スタジオやイベントでの写真撮影に被写体として駆り出される事が多々発生する。
SNS界隈ではちょっとした有名人らしい、が怖くてその亮ちゃんのアカウントは覗いたことはない。
特に私はアニメとか特撮ものは詳しくなかったのに、亮ちゃんのおかげで大抵の有名番組は把握できてしまった。
次のイベントで着る衣装と撮影場所について亮ちゃんが熱く語っているのを右から左へ流しながらカバンから教科書を取り出していると、チャイムが鳴り担任の北ちゃんこと北島先生が教室へ入ってきた。相変わらずラフなジャージ、突っ掛けサンダルと無精髭でダルそうにしている。まだ若いのに、顔はイケメンの部類に入るんだから、もうちょっとちゃんとすればモテそうなのに・・・と常日頃から思っている。実にもったいない。
「おまえら静かにしろーHRはじめるぞー今日は伝達事項はないから、さっそく転校生を紹介するー。木之本、入ってこーい。」
窓の外を見ながら、転校生なんて変な時期に入ってくるなーとぼんやり先生の話を聞いていた。
先生が廊下へ声をかけると、ガラリとドアが空き「木之本」と呼ばれた子が入ってきた。
入って来たその人物へ視線を移すと、見覚えのあるその顔に思わず立ち上がってしまった。
つい先週の土曜、寝起きで見た、知ってる「人」、いや、さくらカードの守護神だった。
「ケロちゃん!?なんでここにいるの?!」
「おーなまえー!同じクラスになれたでー!」
反射的に叫んでしまい、そこではっと我に返る。クラス中の注目を浴びてしまい、恥ずかしくて顔が真っ赤になる。
黒板前に立つケロちゃんは、いつの間に用意したのかうちの学校の制服を着て、こちらに笑顔を向けてピースサインを向けている。
「どうしたみょうじーけろちゃんってカエルかー?まさかどっかのアニメみたいに登校途中に転校生と食パン咥えてぶつかってたのかー?」
「あ、いや、すみません。人違いです。す、進めてください。」
「食パン咥えて登校は今時ないわなー。とりあえず木之本、自己紹介しろー」
クラス中から注目を浴びて顔から火が出そう。おとなしくすごすごと椅子に座った。教室のそこかしこからスクスクと笑い声が聞こえる。それは先生のアニメジョークに対してなのか、私に対してなのかはわからないが、それは最早どうでもいい。今はなぜケロちゃんがうちのクラスに転校生として紹介されているかだ。
「転校生の木之本春人です。春に人と書いてハルト。仲良くしてなー。よろしゅー!」
「関西出身らしいぞー皆親切にしてやってなー。席はさっき叫んでた食パンみょうじの隣だ。」
「はーい」
木之本ハルトと名乗ったケロちゃんは、あの無駄にイケメンな顔を輝かせてこっちを見ながら、機嫌な足取りで私の隣の空席に座った。思いっきり目を逸らしてすぐ横の窓を睨みつけた。反射でケロちゃんのニヤケ顔と目があった気がしたけど、無視だ。
「あ、ちなみに保健室の先生が急に転勤になって新しい先生が来ることになった。月城雪先生だ。ユキって名前だけど男性だぞー。そのうち全校集会でも紹介があるはずだ。保健室にお世話になる事があったらよろしくなー」
ひとまず休み時間になったらケロちゃんを引っ張って尋問してやる、と学校内で人気のない場所を思い浮かべ算段を練っていると、新しく保健医に配属されたという月城という苗字に私は思わずばっと隣を見る。案の定、隣の席で満面の笑顔を浮かべているケロちゃんと目があった。
「ま、まさかユエさんまで。。。?」
周りに聞こえないようにケロちゃんに小声で聞くと、笑顔でケロちゃんはうなずいた。
これは尋問は長くなりそうだと鈍い頭痛を感じながら、頭の中の算段を再度練り直すことにした。
昼休み、私は転校生の洗礼とも言える質問攻めに会っていたケロちゃんを教室の外へ連れ出し、学食へ行きたいお腹すいた、とごねる声を引きずって保健室まで来た。保健室では、仮の姿のユエさんが白衣を着てデスクに向かっていて、座っていた椅子を回転させ気怠げにこちらへ顔を向けた。ズカズカと中に入って、ケロちゃんの首根っこを掴んでずいっとユエさんの前に突き出した。保健室に入る際、数人の女子達とすれ違った。無遠慮に保健室に入ったこちらへ怪訝そうな目を向けて保健室から出て行った。
「なんで!ケロちゃんが私のクラスに転校してきてるのよ?今朝学校に来ちゃダメって言ったよね?」
「さくらに人間の仮の姿を作ってもろたんやしーわいも人間ライフ満喫したいんやー」
「まさかこのタイミングで転校の手続きが通るなんて想像もつかないわよ・・・」
「魔法はこういう時に便利やで☆」
「どんな魔法使ったのよ・・・」
こんな時に使える魔法とは一体なんなのか。それはなんだか聞いてはいけない気がしたので、深くは追求はしないでおいた。
首根っこを掴んで突き出しているケロちゃんは猫のように手足を丸めて上目遣いでこちらを見つめて来た。そのいたいけな瞳に一瞬ほだされそうになった私はケロちゃんを無視して今度はユエさんに問いただした。
「ユエさんまでどうして・・保健医の先生になってまで。」
「カードがいつ現れてもいいようにお前の近くにいた方がいい。しかし、私には学生よりも先生役が適任だ。」
「それで保健室の先生ね・・・お家で待機という選択肢はなかったの・・・?」
「ユエは先生という立場から何か手伝えるかもしれへんし、わいはぬいぐるみの姿のままやと、隠れたりせなあかんし行動に制限がつきやすい。人間の姿なら学校内でも堂々と自由に動けるで!」
未だ首根っこを掴んだままだった人間の姿のケロちゃんから手を離し、自由になったケロちゃんは胸を張って自分の作戦がいかに素晴らしいか語り出していた。
それを軽く流し、ユエさんをまじまじと観察する。ユエさんの白衣姿ははっきり言ってすごく似合っていてかっこいい。亮ちゃんが貸してくれた保健室の先生と生徒の恋物語の少女漫画を思い出してしまって少し頬が熱くなった。すでに何人かの女子生徒が、月城先生を一目見ようと怪我もしていないのに休み時間の度に保健室を訪れているらしい。ケロちゃんはうちの高校の制服を早くも着こなしていて、元々の気さくな性格とその整った容姿で早くもクラスの注目の的だ。「保健室の月城先生」と「木之本春人」はこの学校で目立たずに行動することはすでに難しそうだ。
「もぅ、2人ともただでさえ目立つ見た目してるんだから、学校ではおとなしくしててよね。」
こんな目立ちそうな2人、これから学校で関わることになると思うと朝の頭痛が再発してきた気がする。頭を押さえながら、保健室で休む必要があるのは先ほど保健室を追い出されたミーハーな女の子達ではなく、私の方だと独り言ちた。
保健室を後にした私たちは、昼ご飯を食べに学食へ行くと先にお昼を済ませていた亮ちゃんと合流した。
「なになに?やっぱり転校生とまがり角で出会ってた?」
「ち、違うよー、前に街で偶然見かけた人だったってだけよ!」
「あやしー!朝の曲がり角は恋の生まれる聖地よ!逆に何もないってありえるの?」
「亮ちゃん、亮ちゃんが何を言ってるのかわからないよ・・・」
「そんなことより、春人君も一緒にお昼どう?私、七瀬亮。亮って呼んで」
美人なのにいつも訳わかんない事言ってる亮ちゃんは、私の隣に立って学食のメニューを見てたケロちゃんに話しかけた。
「ねーちゃんえらい美人やなー。美人の誘いを断る理由はあらへん!早速学食のご飯買ってくるわ!」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない、転校生。いってらっしゃい。」
嬉々としてカウンターへ向かうケロちゃんを亮ちゃんはひらひらと手を振って送り出した。
二人のやりとりはほっといて、私は持って来ていたお弁当を広げて食べ始める。
ホント、この先の学校生活が不安でしょうがない。学校でカードが出現なんてしてしまったら、どうなってしまうんだろうか。
魔法を使う不安よりも、これからの学校生活の方が気が気でない私は、その日のお弁当の味なんて全然わからなかった。
ーーーーーーー
その日の放課後、お花のお稽古があるといって先に帰った亮ちゃんと別れ、昇降口へ向かおうとケロちゃんと2人で歩いていると、廊下のトロフィーや賞状を飾っているガラス扉がついた棚に目がいった。昇降口のすぐ近くに設置されているガラス棚には、テニス部やバレー部が獲得したトロフィーが所狭しと並べてある。そのある一角で、ケロちゃんの足が止まった。
「あれ、これ剣やないか?」
「ソード?この綺麗な剣がどうしたの?」
「これ、サクラカードの剣(ソード)や。やんなってこんなとこに展示されてんねや?」
そこには創立記念と堂々と書かれた木の札と、その隣にベルベットの布の上に置かれた綺麗な剣が飾ってある。
華奢な刀身は綺麗に磨かれて、鏡のように覗き込んだ私の顔を写す。天使の羽根のような両翼のデザインがあしらわれ、薄い桃色の柄はツヤツヤと輝いていた。いつも誰かに手入れをしてもらっているのだろう、指紋一つなく綺麗だ。
その剣をケロちゃんはいきなりカードだという。カードってもっと本の中に出てくるような、精霊みたいな見た目だと思っていたけど、そうではないらしい。
「え、これもカードなの?でもこの剣、創立の際に学校に寄贈されて代々受け継がれてきたってことだけど、カードが飛び散ったのはついこの間のことじゃない。」
「いや、『剣』がここにあった本物と入れ替わったっちゅーこともありえる。」
「カードが本物と入れ替わった?カードも意思があって、自分で行動してるってこと?」
「あぁ、それか誰かを操ってここに運ばせたか・・」
「そんなことできるカード、どうやって封印すればいいの?」
「本体に触ると操られてしまう。触れないように棚から取り出してカードに戻すしかないやろ。」
カラス戸に張り付いて中を眺めているケロちゃんは捕まえる作戦をあーでもない、こーでもないと唸りながら考えている。
下校時間の今、人目につく昇降口では魔法を使うことはできないから日を改めるしかなさそうだ。
家に帰って作戦を練ろうと再び靴箱へと向かおうとすると、廊下の角から聞き覚えのある担任の声がした。
「おーお前ら何やってんだー用がないならさっさと帰れー」
「あ、北ちゃんだ。北ちゃん先生、この剣って、どうしてここに飾ってあるんですか?」
「これはとあるヨーロッパ出身の財閥の方が、この学校が建てられる際に多額の寄付をしてくれてな、この剣も創立の際の記念として奉納されたそうだ。何十年も前のことだぞ。ん?・・・あれ、こんなデザインだったか?確かもうちょっとゴテゴテしてたと思ったけど。」
「へ、へーそうなんですね。」
「あぁ、確か明日午後にはここから持ち出されて博物館へ飾られるらしい。ヨーロッパ文化の企画展の一部として。」
「え、これ持ち出されちゃうんですか?いつまで?」
「確か半年は飾られるって聞いたなー。物珍しいなら今のうちによく見ておくことだな。じゃあさっさと帰れよー」
ひらひらと手を振って北ちゃん先生は職員室の方へ去っていった。
昇降口の棚にあるならばいつでも封印のチャンスは伺えるが、博物館に展示となっては封印どころではなくなってしまう。
警備員がついた博物館から持ち出すなんて到底無理な話だった。
「ケロちゃん、剣が持ち出されちゃうなら急がないと!」
「よっしゃ!保健室へ行くで!ユエと作戦会議や!」
私たちは踵を返し、保健室へ急いだ。
保健室に入った私たちはユエに昇降口に飾ってある剣のこと、明日博物館に持ち出されてしまうことを話した。
「そうか、急を要するな。今夜にでも決行するか」
「よっしゃ!学校に忍び込むで!」
「え、忍び込むって、夜の学校に?!」
「私が最後に学校を出ると言って、鍵を預かっておこう」
「ユエが先生でホンマ助かったわー。なまえ、やっぱり学校側に協力者がいるのは便利やなー」
「こ、今回はたまたま役に立っただけよ・・・!」
「わいらが学校にいて助かったって素直に認めればええのにー」
「なっ!」
「・・・・そんなことよりも、どうやって封印するか、だ」
頭の後ろに手を組んでケロちゃんがこちらをニヤニヤしながら見てきて、私は言い返せなくて、ぐっと唇を噛んだ。確かに先生側の立場にユエさんがいるのはとてもありがたいし、何かと動きやすくなるけど、なんだか朝のことがあって認めるのが癪に触る。無言でてケロちゃんを睨みつけていると、ユエさんが私たちを止めてくれた。
「明日午後持ち出される予定だから、もしかしたら今夜、誰かが剣に触れてしまう人がいるかもしれん。それはなんとしても阻止せなアカン」
「あの剣に触れるとどうなるの?」
「剣に触られた者は意識を乗っ取られ、操られる。以前人を襲ったこともある」
「剣道も習ったことない人が、剣の達人級の腕になってまう。切らんとこ思たら峰打ちもできるが、切ろうと思ったら・・・岩でも切れる」
ケロちゃんの説明に背筋がひやりとするのを感じた。
「今は幸い誰もソードには手を触れてないようだが、明日持ち出されるとなっては、それも時間の問題だ」
「そんなこと絶対起きちゃダメ。今夜絶対封印するわよ」
「その意気や!カードキャプター初めての大仕事、やるでー!」
あんなに綺麗な剣が人を操り襲わせるなんて信じられない。でも誰かが触って操られ、怪我をしてしまうなんて絶対起きてはいけない。
星の鍵を右手に握り絞め、覚悟を決めた。
ーーーーーー
夜の9時。夜の帳が下りた学校の校舎は昼間とは打って変わり、あたりはとても静かだ。外から見ると教室のある階は真っ暗ではあるが、ユエさんが待機している保健室にだけ明かりが点いている。職員室にはあかりはついてないから、先生方はどうやら全員帰ったようだ。保健室の窓から侵入した私とケロちゃんはユエさんと合流し、剣の棚がある昇降口へと向かった。
途中の廊下では私たち3人の足音が反響して静かな校内に木霊した。いつもの雰囲気とは違ってひんやりとた空気を感じるようで思わず隣のケロちゃんの腕にしがみついた。
「なんやなまえ、怖いんか?わいの腕でよければ貸すでー」
「ち、ちがうもん!暗いから逸れない様に掴んでただけだもん!」
「素直やないなー」
「お前達、静かにしろ」
ケロちゃんにしがみついていた腕を離してギャイギャイ言い合っていると、ユエさんが私たちを諫めた。
そうこうしているうちにガラス棚の前につき、かすかな光を集めて輝く剣が闇の中で佇んでいた。
「あれやな、さくっと封印して帰ろや」
「そうね、早く封印して早く帰ろう。夜の学校なんて好き好んでいるもんじゃないわ」
「待て、誰か来る」
棚がある方とは反対の廊下から誰かが歩いて来る足音を聞き、急いで近くの靴箱の後ろに隠れた。職員室の電気は消えていたのに、こんな夜遅くに誰だろう。今夜の見回りはユエさんが変わってくれたはずだ。
「あ、あれ、北ちゃん先生だ。こんな夜遅くに何してるんだろう」
「なまえの担任の先生かー。面倒やなーあの棚には触れずに帰ってくれへんかなー」
担任の北ちゃん先生は懐中電灯もつけずにまっすぐどこかへ向かって歩いている。先生はどこを見ているのか虚ろな目をしていて、彼の足音はいつもの気だるそうなそれではない。足音が剣の収められている棚の前で止まった。灯りひとつない暗がりの中にも関わらず、彼の手は迷いなく棚のガラス戸への伸び、戸を開けて剣を掴んだ。
「あ!北ちゃん先生が剣に触っちゃった!」
「まさか、あの先生、すでに剣に操られてるんとちゃうか?!」
「どうしよう!なんとかしなきゃ!」
「なまえ!待て!」
靴箱の影から飛び出した私は先生の前に走り出た。先生はやっぱり虚ろな目をしていて、こちらをゆらりと見つめて剣を構えた。
こんな夜に校舎にいる生徒の私には全く反応を示さない。
「先生!その剣を手から離して!」
「何してるんだ!逃げろ!」
ユエさんが叫んだその時、先生が剣を振りかざしてこちらへ襲いかかってきた。
間一髪後ろに飛んで剣をかわしたが、来ていた服の前部分を刃がかすり、数センチほど破れてしまった。切っ先が少し触れただけと思ったのに、その切れ味にぞっとする。はっとして先生を見ると剣を構えた先生は息つく間もなく剣を振り下ろした。
「レリーズ!・・・っく・・・北ちゃん!」
ガキンッと鈍い音を立てて間一髪、星の杖を盾にしてその刃を受け止めた私は先生の名前を呼ぶ。だが全く反応はない。
「そいつに構うな!反撃しろ!じゃないとお前がやられるぞ!」
「でも先生は関係ないじゃない!怪我なんかさせられない!」
先生はただカードに操られているだけだから、下手に反撃して怪我なんかさせられない。でもその間にも剣は私の体をかすり、切り傷を増やして行く。運動は苦手ではないが、映画の主人公のように相手の攻撃をかわすことは見た目よりもずっと難しい。
「あかん!カードがまた散らばってしもたから、わいらは本来の姿に戻れん!」
「クソ!」
「あぁ!」
とうとう左腕にザクっと深めに刃がかすってしまった。腕を見ると、血がどくどくと流れ出し、来ていたカットソーを赤く染めて行く。廊下にできた自身の血だまりを目にし、急に現実に実際に起こっていることだと現実味を帯びて脳に情報が入り込んできた。さっきまでどこか映画の中で起こっているファンタジーの延長線上だと思っていた。足がガクガクと震え、力が入らなくなってしまいその場に座り込んでしまった。切られた左腕を抑える。先生の足音はこちらへ近づいてくる。このままじゃ本当にやられる!そう思った時だった。何かふわりと暖かいものに包まれ、近くでがきん!!と大きな金属音がした。顔をあげると、ユエさんに抱きしめられ、どこから持って来たのか鉄の棒で先生の剣を受け止めている。
「だりゃー!!」
その時ケロちゃんが先生の脇に思いっきり体当たりし、先生は横へ吹っ飛んだ。
「大丈夫か?!なまえ!」
あっけにとられて惚けている私の腕をとったユエさんは腕の傷を見る。急に腕を掴まれてズキっと傷が痛む。
「なぜ魔法で反撃しない。」
「せ、先生に攻撃はできないよ。」
「そんな甘いことを言っていると、この腕だけじゃ済まなかったぞ」
「で、でも・・・」
「なまえ!わいとユエで先生を抑えるから、その隙に剣を離してもらうんや!」
先ほど廊下の先へ吹っ飛んだ先生が剣を持って起き上がった。ゆらりとこちらに向かって歩いて来る。ケロちゃんは先生へ体当たりするように駆け出し、先生の腹へ飛びつき、剣を持っている腕にしがみついた。私の手を離したユエさんは先生の後ろに回り、先生を羽交い締めにした。拘束から逃れようと先生は首や腕を振り回して暴れもがく。
「なまえ!早ぅ!」
はっとしてバッと立ち上がり、先生の手から剣を叩き落した。
「今や!封印や」
「うん!」
先生の手から離れ、床に落ちた剣の前に杖を構え、呪文を唱える。足元に魔法陣が浮かび上がり星の杖をかざす。
『汝のあるべき姿に戻れ!さくらカード!』
カードの形に浮かび上がった光に剣が吸い込まれて行く。やがて風が止み、一枚のカードとなった光が手の中に治る。カードには先ほどまで実体化していた剣が鎖に繋がれて描かれていた。無事、封印できたんだと安堵し、足の力が抜けガクッと膝から崩れおちたところをユエさんが支えてくれた。
あれから保健室でユエさんに手当てを受けた。先生は保健室のベッドに寝かせている。左腕の傷は出血は多かったが、案外傷は深くない様で、消毒と包帯だけで済んだ。傷に包帯を巻いてくれるユエさんはさっきから無言のままだ。空気がとても重い。せっかくカードを捕まえたのに、この重苦しい空気はなんなんだろうか。
「なまえ、怪我深くなくてよかったけど、無茶はもうあかんで」
「こんな怪我はへっちゃらだよ。そんなことより、カード封印できてよかった」
「なまえ、そうじゃなくてな、あのな」
包帯を留めて立ち上がったユエさんは、苦虫を噛み潰したような表情で座っている私を見下ろし、絞り出すようにユエさんは言った。
「・・・弱いやつは嫌いだ。大怪我をする前にやめることだ」
その言葉に、私は何も言い返せなかった。