瞳の奥
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悟空と悟浄、それに八戒が町へ買い出しに出掛けてから一時間ほど。
宿の部屋には、玄奘三蔵となまえだけが残されていた。
静かな午後だった。
窓から差し込む陽射しが床を照らし、緩やかな風が白いカーテンを揺らしている。
三蔵は窓際の椅子に腰掛け、煙草をくわえながら新聞を読んでいた。
細い銀縁の眼鏡。
新聞を読む時だけ掛けるそれが、妙に似合う。
淡い金髪が光を受けて柔らかく輝いていた。
伏せられた瞳は新聞に向けられているせいでよく見えないが、眼鏡の奥に覗く睫毛は相変わらず長い。
男に対して抱く感想ではないかもしれないが、綺麗だと思う。
それが癪なくらいに。
「……」
暇だった。
とにかく暇だった。
なまえはベッドの上で寝転がっていたが、やがて起き上がる。
そして自然な顔で三蔵の隣へ移動した。
ぴたり。
肩が触れる距離。
普通なら文句を言われそうなものだ。
しかし。
「……」
三蔵は新聞をめくっただけだった。
何も言わない。
「三蔵」
「なんだ」
「眼鏡似合うね」
「そうか」
興味なさそうな返事。
それだけ。
なまえは思わず眉をひそめた。
もう少し反応してもいいのではないか。
せっかく褒めているのに。
だが三蔵は新聞に夢中である。
煙草の煙がゆらりと揺れる。
その横顔を見つめる。
高い鼻筋。
長い睫毛。
眼鏡の奥の紫色の瞳。
そして少しだけ垂れた目尻。
普段は睨みつけることが多いせいで鋭く見えるが、こうして眺めていると案外柔らかい目をしている。
「……」
見ているだけで楽しい。
いや、正確には。
見ているだけで済まなくなってきた。
なまえはそっと三蔵の手に触れる。
大きな反応はない。
ならばと指を絡める。
恋人繋ぎ。
それでも。
「……」
三蔵は新聞を読んでいた。
「三蔵」
「なんだ」
「手」
「手がなんだ」
「握ってる」
「見りゃ分かる」
新聞から目を離さない。
本当に分かっているのだろうか。
なまえはむっとした。
こうなったら意地である。
さらに距離を縮めた。
肩を寄せる。
腕に体重を預ける。
それでも。
「……」
無反応。
新聞をめくる音だけが響く。
追い払われない。
それどころか肩を押し返すことすらしない。
だから余計に調子に乗ってしまう。
なまえは三蔵の顔を覗き込んだ。
近い。
かなり近い。
眼鏡の奥で紫色の瞳が文字を追っている。
伏せられた睫毛が長い。
ずるいと思う。
こんなに綺麗な顔をしているのに本人はまったく無頓着なのだから。
「……鬱陶しい」
ようやく三蔵が言った。
「見んな」
「嫌」
「チッ」
舌打ち。
だが本気で怒っているわけではない。
本気ならとっくに追い出されている。
その余裕に甘えてしまった。
なまえは少し身を乗り出す。
そして。
唇を重ねた。
ほんの一瞬。
触れるだけのキス。
新聞をめくる音が止まる。
数秒の沈黙。
ゆっくりと三蔵が顔を上げた。
眼鏡の奥の紫色の瞳が見開かれている。
珍しく。
本当に珍しく。
明らかに動揺していた。
「……は?」
低い声が落ちる。
ようやく反応が返ってきた。
なまえは思わず笑いそうになった。
三蔵は数回瞬きをする。
長い睫毛が揺れた。
それから呆れたように額を押さえる。
「お前なにやってんだ」
「キス」
「それは見りゃ分かる」
さっきと同じ返しだった。
「嫌だった?」
問い掛ける。
三蔵はしばらく黙っていた。
紫色の瞳がじっとなまえを見つめる。
いつもの鋭さはある。
だがその奥に、少しだけ困惑が混じっている気がした。
やがて三蔵は大きくため息を吐いた。
「……好き勝手しやがって」
「怒らないの?」
「嫌なら撃ってる」
ぶっきらぼうな返答。
けれどそれが答えだった。
なまえの胸が熱くなる。
三蔵は再び新聞へ視線を戻した。
しかし今度は文字が頭に入っていないらしい。
さっきまでと違ってページがまったく進まない。
その横顔を見ていると、
耳だけが少し赤いことに気付いた。
たぶん本人は気付いていない。
「三蔵」
「なんだ」
「もう一回していい?」
新聞を持つ手がぴたりと止まる。
しばらくの沈黙。
そして。
「……調子に乗るな」
眼鏡の奥から睨まれた。
額を軽く小突かれる。
それでも。
隣から追い出されることはなかった。
だからなまえは満足して、そっと三蔵の肩にもたれかかる。
三蔵は鬱陶しそうに舌打ちをした。
けれど最後まで、その距離を拒むことはなかった。
宿の部屋には、玄奘三蔵となまえだけが残されていた。
静かな午後だった。
窓から差し込む陽射しが床を照らし、緩やかな風が白いカーテンを揺らしている。
三蔵は窓際の椅子に腰掛け、煙草をくわえながら新聞を読んでいた。
細い銀縁の眼鏡。
新聞を読む時だけ掛けるそれが、妙に似合う。
淡い金髪が光を受けて柔らかく輝いていた。
伏せられた瞳は新聞に向けられているせいでよく見えないが、眼鏡の奥に覗く睫毛は相変わらず長い。
男に対して抱く感想ではないかもしれないが、綺麗だと思う。
それが癪なくらいに。
「……」
暇だった。
とにかく暇だった。
なまえはベッドの上で寝転がっていたが、やがて起き上がる。
そして自然な顔で三蔵の隣へ移動した。
ぴたり。
肩が触れる距離。
普通なら文句を言われそうなものだ。
しかし。
「……」
三蔵は新聞をめくっただけだった。
何も言わない。
「三蔵」
「なんだ」
「眼鏡似合うね」
「そうか」
興味なさそうな返事。
それだけ。
なまえは思わず眉をひそめた。
もう少し反応してもいいのではないか。
せっかく褒めているのに。
だが三蔵は新聞に夢中である。
煙草の煙がゆらりと揺れる。
その横顔を見つめる。
高い鼻筋。
長い睫毛。
眼鏡の奥の紫色の瞳。
そして少しだけ垂れた目尻。
普段は睨みつけることが多いせいで鋭く見えるが、こうして眺めていると案外柔らかい目をしている。
「……」
見ているだけで楽しい。
いや、正確には。
見ているだけで済まなくなってきた。
なまえはそっと三蔵の手に触れる。
大きな反応はない。
ならばと指を絡める。
恋人繋ぎ。
それでも。
「……」
三蔵は新聞を読んでいた。
「三蔵」
「なんだ」
「手」
「手がなんだ」
「握ってる」
「見りゃ分かる」
新聞から目を離さない。
本当に分かっているのだろうか。
なまえはむっとした。
こうなったら意地である。
さらに距離を縮めた。
肩を寄せる。
腕に体重を預ける。
それでも。
「……」
無反応。
新聞をめくる音だけが響く。
追い払われない。
それどころか肩を押し返すことすらしない。
だから余計に調子に乗ってしまう。
なまえは三蔵の顔を覗き込んだ。
近い。
かなり近い。
眼鏡の奥で紫色の瞳が文字を追っている。
伏せられた睫毛が長い。
ずるいと思う。
こんなに綺麗な顔をしているのに本人はまったく無頓着なのだから。
「……鬱陶しい」
ようやく三蔵が言った。
「見んな」
「嫌」
「チッ」
舌打ち。
だが本気で怒っているわけではない。
本気ならとっくに追い出されている。
その余裕に甘えてしまった。
なまえは少し身を乗り出す。
そして。
唇を重ねた。
ほんの一瞬。
触れるだけのキス。
新聞をめくる音が止まる。
数秒の沈黙。
ゆっくりと三蔵が顔を上げた。
眼鏡の奥の紫色の瞳が見開かれている。
珍しく。
本当に珍しく。
明らかに動揺していた。
「……は?」
低い声が落ちる。
ようやく反応が返ってきた。
なまえは思わず笑いそうになった。
三蔵は数回瞬きをする。
長い睫毛が揺れた。
それから呆れたように額を押さえる。
「お前なにやってんだ」
「キス」
「それは見りゃ分かる」
さっきと同じ返しだった。
「嫌だった?」
問い掛ける。
三蔵はしばらく黙っていた。
紫色の瞳がじっとなまえを見つめる。
いつもの鋭さはある。
だがその奥に、少しだけ困惑が混じっている気がした。
やがて三蔵は大きくため息を吐いた。
「……好き勝手しやがって」
「怒らないの?」
「嫌なら撃ってる」
ぶっきらぼうな返答。
けれどそれが答えだった。
なまえの胸が熱くなる。
三蔵は再び新聞へ視線を戻した。
しかし今度は文字が頭に入っていないらしい。
さっきまでと違ってページがまったく進まない。
その横顔を見ていると、
耳だけが少し赤いことに気付いた。
たぶん本人は気付いていない。
「三蔵」
「なんだ」
「もう一回していい?」
新聞を持つ手がぴたりと止まる。
しばらくの沈黙。
そして。
「……調子に乗るな」
眼鏡の奥から睨まれた。
額を軽く小突かれる。
それでも。
隣から追い出されることはなかった。
だからなまえは満足して、そっと三蔵の肩にもたれかかる。
三蔵は鬱陶しそうに舌打ちをした。
けれど最後まで、その距離を拒むことはなかった。
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