背中越しのぬくもり
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「……」
なまえは何も言えなかった。
心臓が苦しい。
唇に残る柔らかな感触。
腕の中にいるという事実。
すぐ近くにあるポルナレフの体温。
抱き寄せられたことで伝わる逞しい身体。
全部が現実なのだと突きつけてくる。
頭が真っ白だった。
何か言わなければいけない。
そう思うのに声が出ない。
ポルナレフもまた黙っていた。
けれどその表情は昨夜とも昼間とも違う。
普段の明るい笑顔はどこにもない。
不安そうで。
困ったようで。
それでいて真剣だった。
やがて彼は小さく息を吐いた。
「……悪い」
再びそう呟く。
「ポルナレフ……」
「本当はこんなつもりじゃなかったんだ」
苦笑するような声だった。
「昨夜もそうだ」
視線が揺れる。
「抱きしめるつもりなんかなかった」
言葉を探すように間が空く。
「でも」
その青い瞳が真っ直ぐ向けられた。
「無理だった」
なまえの胸が跳ねる。
「お前さ」
ポルナレフは困ったように笑った。
「自覚ねぇだろ」
「え……?」
「優しいし」
ぽつり。
「笑うとすげぇプリティーだしよ」
またぽつり。
「俺が落ち込んでる時は気付いてくれるし」
一つずつ。
大事なものを並べるみたいに言葉を重ねる。
「そんな奴と何十日も一緒に旅してたらさ」
照れ隠しのように視線を逸らした。
「好きになるだろ」
静かな声だった。
けれど。
どんな大声よりも胸に響いた。
なまえは息を呑む。
ポルナレフが自分を見ている。
ずっと。
そんな風に。
「好きな奴と同じベッドで寝るなんて」
彼は小さく笑った。
「我慢できるほど俺は立派じゃねぇよ」
その言葉に。
昼間の違和感の理由がようやく分かった。
朝食の時も。
視線が合った時も。
彼だって平気なふりをしていただけだったのだ。
「だから……」
ポルナレフの声が少しだけ弱くなる。
「嫌ならちゃんと言ってくれ」
その言葉が妙に胸を締め付けた。
嫌なはずがない。
昨夜抱きしめられた時。
本当は嬉しかった。
今日一日ずっと考えていた。
夢じゃなければいいのに、と。
そう願っていたのは自分だった。
気付けば。
なまえの手はポルナレフの服をそっと掴んでいた。
離れないように。
逃げないように。
ポルナレフが目を見開く。
「……嫌じゃあない」
掠れた声だった。
けれど確かに届いた。
その瞬間。
ポルナレフの表情が崩れる。
まるで張り詰めていたものが一気にほどけたみたいに。
安心したように笑った。
その笑顔は。
旅の中で何度も見てきた笑顔よりも、ずっと優しかった。
