背中越しのぬくもり
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食堂での一件以来、なまえはどうにも落ち着かなかった。
もう一泊。
その事実が頭から離れない。
昨夜の出来事が夢だったのか、それとも現実だったのか。
その答えを知るのが怖いような、知りたいような。
複雑な気持ちのまま昼になった。
「暇だなぁ……」
ホテルのロビーで呟く。
外は相変わらず砂嵐だった。
窓の向こうは茶色い砂で霞み、数メートル先すら見えない。
承太郎は隅のソファで雑誌を読んでいる。花京院はテーブルでチェス盤を眺めていた。
なまえはしばらく迷った末、二人の元へ向かった。
「ねえ」
「どうしました?」
花京院がチェス盤から顔を上げる。
その隣では承太郎が雑誌を閉じて、椅子にもたれながら帽子を目深に被っていた。
なまえは周囲を確認してから声を潜める。
「お願いがあるんだけど」
「はい」
「今夜だけ部屋代わってくれない?」
花京院が瞬きをした。
承太郎は帽子のつばの下からちらりとこちらを見る。
「……部屋を?」
「うん」
「ポルナレフと同室の」
「うん」
数秒の沈黙。
先に口を開いたのは花京院だった。
「嫌です」
「即答!?」
「理由が分からないので」
「そ、それは……」
言葉に詰まる。
昨夜のことを説明できるはずがない。
花京院はそんななまえを見て、小さく笑った。
「何か困ることでも?」
「別に困るとかじゃなくて!」
「じゃあ問題ないでしょう」
「あるの!」
「例えば?」
「それは……」
言えない。
言ったら終わりだ。
花京院の口元がわずかに緩む。
絶対面白がっている。
「花京院、助けてよ……」
「助けてほしい理由を聞いているんです」
「うぅ……」
隣から低い声がした。
「諦めな」
承太郎だった。
「承太郎まで!」
「……面倒くせぇ」
「それだけ!?」
「それだけだ」
ひどい。
あまりにもひどい。
すると花京院が顎に手を当てる。
「ちなみに」
「なに?」
「ポルナレフ本人には言ったんですか?」
「言ってないよ」
「なるほど」
何故か納得した顔をする。
嫌な予感しかしない。
「じゃあ余計に代われませんね」
「どうして!?」
「本人同士で解決すべき問題ですから」
「問題って何!?」
「さあ?」
花京院はしれっと紅茶を飲んだ。
絶対何か気付いている。
けれど確信はない。
そんな顔だった。
承太郎は立ち上がりながら一言。
「大したことじゃねぇなら気にするな」
「大したことなんだけど!」
「なら本人に言え」
そう言い残して去っていく。
花京院も肩を竦めた。
「僕も同意見です」
「二人とも冷たい……」
「頑張ってください」
「何を!?」
「さあ?」
結局、交渉は失敗した。
その後も各々好きなように時間を潰した。
ジョセフは宿の主人と世間話。
アヴドゥルは地図の確認。
ポルナレフはカードゲームで負け続けて騒いでいた。
いつも通りだ。
本当に、いつも通り。
だから余計に分からなくなる。
昨夜のあれは何だったのだろう。
何度か視線が合った。
けれどポルナレフは特に何も言わない。
こちらも聞けない。
曖昧なまま時間だけが過ぎていった。
やがて夜になる。
夕食を終え、それぞれ部屋へ戻る時間。
廊下に立った瞬間。
なまえの心臓が嫌なほど鳴り始めた。
「……」
隣ではポルナレフも無言だった。
昨夜と同じ部屋。
昨夜と同じベッド。
鍵を開けて中へ入る。
「……風呂、先使うか?」
「う、うん」
ぎこちない。
お互い妙によそよそしい。
それでも時間は過ぎていく。
そして。
灯りが消された。昨夜と同じように。
二人はベッドの端に横になる。
お互い背中を向けたまま。
誰も喋らない。
静かだった。
静かすぎた。
砂嵐の音だけが窓の向こうから聞こえてくる。
眠れるはずがない。
昨夜のことが頭を離れない。
しばらくして。
なまえはそっと寝返りを打った。
無意識だった。
あるいは。
少しだけ確認したかったのかもしれない。
視線の先。
薄暗い部屋の中にポルナレフの横顔が見える。
――起きている。
そう思った瞬間だった。
「っ」
腕を引かれた。
驚く間もない。
ふわりと身体が引き寄せられる。
気付けば、昨夜と同じようにポルナレフの腕の中だった。
「ポ、ルナレフ……」
掠れた声が漏れる。
彼は何も言わない。
ただ真っ直ぐこちらを見ていた。
いつもの明るい笑顔じゃない。
冗談もない。
真剣な目だった。
胸が苦しくなる。
逃げた方がいいのか。
離れた方がいいのか。
なのに身体は動かなかった。
ポルナレフの手がそっと頬に触れる。
優しく。
壊れ物を扱うみたいに。
そして。
「……悪い」
小さく呟いた。
何に対する謝罪なのか。
聞く前に。
柔らかな感触が唇に触れた。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
触れるだけのキス。
それなのに。
心臓が止まりそうになる。
ポルナレフはすぐに離れた。
けれど腕だけは離さない。
まるで返事を待つみたいに。
不安そうな顔で。
なまえを見つめていた。
もう一泊。
その事実が頭から離れない。
昨夜の出来事が夢だったのか、それとも現実だったのか。
その答えを知るのが怖いような、知りたいような。
複雑な気持ちのまま昼になった。
「暇だなぁ……」
ホテルのロビーで呟く。
外は相変わらず砂嵐だった。
窓の向こうは茶色い砂で霞み、数メートル先すら見えない。
承太郎は隅のソファで雑誌を読んでいる。花京院はテーブルでチェス盤を眺めていた。
なまえはしばらく迷った末、二人の元へ向かった。
「ねえ」
「どうしました?」
花京院がチェス盤から顔を上げる。
その隣では承太郎が雑誌を閉じて、椅子にもたれながら帽子を目深に被っていた。
なまえは周囲を確認してから声を潜める。
「お願いがあるんだけど」
「はい」
「今夜だけ部屋代わってくれない?」
花京院が瞬きをした。
承太郎は帽子のつばの下からちらりとこちらを見る。
「……部屋を?」
「うん」
「ポルナレフと同室の」
「うん」
数秒の沈黙。
先に口を開いたのは花京院だった。
「嫌です」
「即答!?」
「理由が分からないので」
「そ、それは……」
言葉に詰まる。
昨夜のことを説明できるはずがない。
花京院はそんななまえを見て、小さく笑った。
「何か困ることでも?」
「別に困るとかじゃなくて!」
「じゃあ問題ないでしょう」
「あるの!」
「例えば?」
「それは……」
言えない。
言ったら終わりだ。
花京院の口元がわずかに緩む。
絶対面白がっている。
「花京院、助けてよ……」
「助けてほしい理由を聞いているんです」
「うぅ……」
隣から低い声がした。
「諦めな」
承太郎だった。
「承太郎まで!」
「……面倒くせぇ」
「それだけ!?」
「それだけだ」
ひどい。
あまりにもひどい。
すると花京院が顎に手を当てる。
「ちなみに」
「なに?」
「ポルナレフ本人には言ったんですか?」
「言ってないよ」
「なるほど」
何故か納得した顔をする。
嫌な予感しかしない。
「じゃあ余計に代われませんね」
「どうして!?」
「本人同士で解決すべき問題ですから」
「問題って何!?」
「さあ?」
花京院はしれっと紅茶を飲んだ。
絶対何か気付いている。
けれど確信はない。
そんな顔だった。
承太郎は立ち上がりながら一言。
「大したことじゃねぇなら気にするな」
「大したことなんだけど!」
「なら本人に言え」
そう言い残して去っていく。
花京院も肩を竦めた。
「僕も同意見です」
「二人とも冷たい……」
「頑張ってください」
「何を!?」
「さあ?」
結局、交渉は失敗した。
その後も各々好きなように時間を潰した。
ジョセフは宿の主人と世間話。
アヴドゥルは地図の確認。
ポルナレフはカードゲームで負け続けて騒いでいた。
いつも通りだ。
本当に、いつも通り。
だから余計に分からなくなる。
昨夜のあれは何だったのだろう。
何度か視線が合った。
けれどポルナレフは特に何も言わない。
こちらも聞けない。
曖昧なまま時間だけが過ぎていった。
やがて夜になる。
夕食を終え、それぞれ部屋へ戻る時間。
廊下に立った瞬間。
なまえの心臓が嫌なほど鳴り始めた。
「……」
隣ではポルナレフも無言だった。
昨夜と同じ部屋。
昨夜と同じベッド。
鍵を開けて中へ入る。
「……風呂、先使うか?」
「う、うん」
ぎこちない。
お互い妙によそよそしい。
それでも時間は過ぎていく。
そして。
灯りが消された。昨夜と同じように。
二人はベッドの端に横になる。
お互い背中を向けたまま。
誰も喋らない。
静かだった。
静かすぎた。
砂嵐の音だけが窓の向こうから聞こえてくる。
眠れるはずがない。
昨夜のことが頭を離れない。
しばらくして。
なまえはそっと寝返りを打った。
無意識だった。
あるいは。
少しだけ確認したかったのかもしれない。
視線の先。
薄暗い部屋の中にポルナレフの横顔が見える。
――起きている。
そう思った瞬間だった。
「っ」
腕を引かれた。
驚く間もない。
ふわりと身体が引き寄せられる。
気付けば、昨夜と同じようにポルナレフの腕の中だった。
「ポ、ルナレフ……」
掠れた声が漏れる。
彼は何も言わない。
ただ真っ直ぐこちらを見ていた。
いつもの明るい笑顔じゃない。
冗談もない。
真剣な目だった。
胸が苦しくなる。
逃げた方がいいのか。
離れた方がいいのか。
なのに身体は動かなかった。
ポルナレフの手がそっと頬に触れる。
優しく。
壊れ物を扱うみたいに。
そして。
「……悪い」
小さく呟いた。
何に対する謝罪なのか。
聞く前に。
柔らかな感触が唇に触れた。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ。
触れるだけのキス。
それなのに。
心臓が止まりそうになる。
ポルナレフはすぐに離れた。
けれど腕だけは離さない。
まるで返事を待つみたいに。
不安そうな顔で。
なまえを見つめていた。
