私の世界には
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夜の砂漠を照らす月は細く、まるで冷徹なナイフのようだった。
なまえはラクダの背に揺られながら、突如として背後に漂った、ただ事ではない空気の変化に気づいた。
大気がじっとりと震え、砂漠の熱気すら一瞬で凍りつくように温度が変わる。
──来た。
この、魂の芯までを凍らせる圧倒的な気配を、私は知っている。
「……やぁ、随分と探したぞ、なまえ」
低く、極上のビロードのように艶めいた声が、滑り込むように背後から耳を撫てた。
振り返ると、遮るもののない荒野に、砂埃ひとつ付けずに傲然と佇む男がいた。―――DIO。
漆黒のコートが夜風に不敵になびき、その黄金の髪は冷たい月光を浴びて、神聖なほどに淡く輝いている。
どんな過酷な地にあろうとも、彼だけは常に異質で、美しく、そして呪わしいほどに恐ろしかった。
「逃げたつもりか? それとも、このDIO の目を盗んで、世界の果てまで歩き通せるとでも思ったのか」
「……逃げたわけじゃあない。ただ、あなたから少し距離を置きたかっただけよ」
なまえの声は辛うじて震えていなかったが、衣服の下の胸の奥は、狂ったように騒ぎ立てていた。DIOを恐れている。けれど、同じくらい、彼の放つ暗黒の引力に強く惹かれてもいる。
恐怖と狂信。その二つが複雑に絡み合って、もう自分ではほどくことなどできなかった。
DIOはゆっくりと歩み寄る。不自然なほどに砂を踏む音すら立てず、まるで音の消えた世界を滑る影のように、一瞬で距離を詰めてくる。
「距離、ね。だが……」
目の前で立ち止まったかと思うと、大理石のように白くひんやりとした指先が、なまえの顎へと添えられた。
逃げ場を完全に奪うように、有無を言わさず顔を上げさせられる。
「このDIOの支配から距離を置ける人間など、この世のどこを探しても存在しないのだよ」
そのあまりにも傲慢な台詞すら、ぞっとするほど自然に響く。彼は自分がこの世界の絶対的な支配者であることを、ただの一秒も疑ったことすらないのだ。
「……私のすべてを、あなたの思い通りに支配できると思っているの?」
「違うな。わたしが言っているのは――なまえ、君自身が、もうわたしから離れられない身体になっているということだ」
どこまでも絶対的な自信に満ちた声。
その妖しく燃える深紅の瞳に映っているのは、世界の広さなどではなく、目の前のなまえただ一人だった。
まるで獲物の息の根を止める瞬間を愉しむ捕食者。けれど、その瞳の奥にある昏い熱は、単なる残虐性や底のない欲望だけではなかった。
「……どうして、私なの? 他にいくらでも優秀な部下はいるでしょう。私はただの、人間なのに」
絞り出すように問いかけると、DIOはふっと愉しげに唇を歪めた。その妖艶な笑みは、凍える砂漠の夜を、脳がとろけるほどひどく甘く変貌させる。
「人間……? フハハハハ、 面白いことを言う。このDIOが、その辺に転がっているただの人間ごときに、わざわざこの手で触れるとでも思うかね?」
「……ちがうの?」
「違うな。――なまえ、君だからだ」
ドクン、と胸が一瞬、物理的に停止したかのようだった。
言葉に甘さなど微塵もない。安っぽい優しさでもない。
けれど、人間を超越したDIOが、その世界において“唯一無二の必要不可欠”だと認めた相手が、どれほど限られているかを、なまえは誰よりも知っていた。
「君はわたしに逆らう。その細い身体で恐怖に震えながら、しかし、決して折れずに抗ってみせる。その浅はかで、誇り高い愚かさが……狂おしいほどに愛おしい」
「……褒めてるつもり、なのね」
「もちろんだとも。最大の賛辞だよ」
冷徹な指先が、今度は愛撫するように頬をなぞる。人間離れしたそのひんやりとした冷たさに、背筋がぞくりと激しく震えた。
「このDIOの手の中で、怯えながらも目を逸らさない君を見るたび、わたしは実感するのだ。君こそが、このわたしを真に“完全”にする存在だと」
DIOは大きな手で、加減することのない力強さのままなまえの細い腰をぐっと引き寄せた。
密着する二人の距離。呼吸が触れ合い、吸血鬼の冷徹な体温とは対照的に、なまえの心臓が暴れるように跳ね回る。
「離れたいというのなら、地の果てまで試してみるといい。だが───」
彼の低く艶やかな声が、耳元で脳髄に直接響くように、深く、重く沈み込んだ。
「君がどこへ行こうと、何にすがろうと、わたしは必ず君を迎えに行く」
その絶対的な宣告は、すべてを縛り付ける呪いのようでもあり、世界で最も甘美な祝福のようにも聞こえた。
「このDIO の世界には、君が必要だ。――そして君の世界にも……このわたしが必要だろう?」
否定、できなかった。
DIOの存在はあまりにも恐ろしく、そして直視できないほどに眩しい。近づけば魂ごと粉々に壊されそうで、けれど離れてしまえば、胸の奥が永遠の虚無に覆い尽くされてしまう。
なまえは悔しさに唇を噛み、抗うように目を逸らした。
「……ほんとに、どこまでも身勝手な人」
「勝手で結構。わたしは、望むものはすべてこの手の中に手に入れる」
満足そうに目を細めたDIOは、なまえの額へと、そっと軽く口づけを落とした。それは彼が所有物をマーキングする支配の印のようで、同時に、奇妙なほどに深く優しい、彼なりの抱擁だった。
砂漠の冷たい風が、二人の間を激しく吹き抜けていく。
けれど、重ねられた互いの距離は、もう二度と離れることはなかった。
「さあ、我が館へ帰るぞ、なまえ。君の生きる場所は、このDIOの傍ら以外に存在しない」
DIOが優雅に差し伸べた大きな手を、なまえはほんの少しだけ震えながら、けれど自らの意思でしっかりと取った。
その瞬間、見上げた夜空の星が、ひどく遠く、どうでもいいもののように見えた。
もう、決して逃れられない。
でも――彼の腕の中で擦り切れていくなら、それでいいと、心のどこかで思ってしまった。
砂漠の月光に照らされて、DIOの巨大な影が長く伸び、その絶対的な闇の中心へと、なまえは静かに、深く、包み込まれていった。
なまえはラクダの背に揺られながら、突如として背後に漂った、ただ事ではない空気の変化に気づいた。
大気がじっとりと震え、砂漠の熱気すら一瞬で凍りつくように温度が変わる。
──来た。
この、魂の芯までを凍らせる圧倒的な気配を、私は知っている。
「……やぁ、随分と探したぞ、なまえ」
低く、極上のビロードのように艶めいた声が、滑り込むように背後から耳を撫てた。
振り返ると、遮るもののない荒野に、砂埃ひとつ付けずに傲然と佇む男がいた。―――DIO。
漆黒のコートが夜風に不敵になびき、その黄金の髪は冷たい月光を浴びて、神聖なほどに淡く輝いている。
どんな過酷な地にあろうとも、彼だけは常に異質で、美しく、そして呪わしいほどに恐ろしかった。
「逃げたつもりか? それとも、この
「……逃げたわけじゃあない。ただ、あなたから少し距離を置きたかっただけよ」
なまえの声は辛うじて震えていなかったが、衣服の下の胸の奥は、狂ったように騒ぎ立てていた。DIOを恐れている。けれど、同じくらい、彼の放つ暗黒の引力に強く惹かれてもいる。
恐怖と狂信。その二つが複雑に絡み合って、もう自分ではほどくことなどできなかった。
DIOはゆっくりと歩み寄る。不自然なほどに砂を踏む音すら立てず、まるで音の消えた世界を滑る影のように、一瞬で距離を詰めてくる。
「距離、ね。だが……」
目の前で立ち止まったかと思うと、大理石のように白くひんやりとした指先が、なまえの顎へと添えられた。
逃げ場を完全に奪うように、有無を言わさず顔を上げさせられる。
「このDIOの支配から距離を置ける人間など、この世のどこを探しても存在しないのだよ」
そのあまりにも傲慢な台詞すら、ぞっとするほど自然に響く。彼は自分がこの世界の絶対的な支配者であることを、ただの一秒も疑ったことすらないのだ。
「……私のすべてを、あなたの思い通りに支配できると思っているの?」
「違うな。わたしが言っているのは――なまえ、君自身が、もうわたしから離れられない身体になっているということだ」
どこまでも絶対的な自信に満ちた声。
その妖しく燃える深紅の瞳に映っているのは、世界の広さなどではなく、目の前のなまえただ一人だった。
まるで獲物の息の根を止める瞬間を愉しむ捕食者。けれど、その瞳の奥にある昏い熱は、単なる残虐性や底のない欲望だけではなかった。
「……どうして、私なの? 他にいくらでも優秀な部下はいるでしょう。私はただの、人間なのに」
絞り出すように問いかけると、DIOはふっと愉しげに唇を歪めた。その妖艶な笑みは、凍える砂漠の夜を、脳がとろけるほどひどく甘く変貌させる。
「人間……? フハハハハ、 面白いことを言う。このDIOが、その辺に転がっているただの人間ごときに、わざわざこの手で触れるとでも思うかね?」
「……ちがうの?」
「違うな。――なまえ、君だからだ」
ドクン、と胸が一瞬、物理的に停止したかのようだった。
言葉に甘さなど微塵もない。安っぽい優しさでもない。
けれど、人間を超越したDIOが、その世界において“唯一無二の必要不可欠”だと認めた相手が、どれほど限られているかを、なまえは誰よりも知っていた。
「君はわたしに逆らう。その細い身体で恐怖に震えながら、しかし、決して折れずに抗ってみせる。その浅はかで、誇り高い愚かさが……狂おしいほどに愛おしい」
「……褒めてるつもり、なのね」
「もちろんだとも。最大の賛辞だよ」
冷徹な指先が、今度は愛撫するように頬をなぞる。人間離れしたそのひんやりとした冷たさに、背筋がぞくりと激しく震えた。
「このDIOの手の中で、怯えながらも目を逸らさない君を見るたび、わたしは実感するのだ。君こそが、このわたしを真に“完全”にする存在だと」
DIOは大きな手で、加減することのない力強さのままなまえの細い腰をぐっと引き寄せた。
密着する二人の距離。呼吸が触れ合い、吸血鬼の冷徹な体温とは対照的に、なまえの心臓が暴れるように跳ね回る。
「離れたいというのなら、地の果てまで試してみるといい。だが───」
彼の低く艶やかな声が、耳元で脳髄に直接響くように、深く、重く沈み込んだ。
「君がどこへ行こうと、何にすがろうと、わたしは必ず君を迎えに行く」
その絶対的な宣告は、すべてを縛り付ける呪いのようでもあり、世界で最も甘美な祝福のようにも聞こえた。
「この
否定、できなかった。
DIOの存在はあまりにも恐ろしく、そして直視できないほどに眩しい。近づけば魂ごと粉々に壊されそうで、けれど離れてしまえば、胸の奥が永遠の虚無に覆い尽くされてしまう。
なまえは悔しさに唇を噛み、抗うように目を逸らした。
「……ほんとに、どこまでも身勝手な人」
「勝手で結構。わたしは、望むものはすべてこの手の中に手に入れる」
満足そうに目を細めたDIOは、なまえの額へと、そっと軽く口づけを落とした。それは彼が所有物をマーキングする支配の印のようで、同時に、奇妙なほどに深く優しい、彼なりの抱擁だった。
砂漠の冷たい風が、二人の間を激しく吹き抜けていく。
けれど、重ねられた互いの距離は、もう二度と離れることはなかった。
「さあ、我が館へ帰るぞ、なまえ。君の生きる場所は、このDIOの傍ら以外に存在しない」
DIOが優雅に差し伸べた大きな手を、なまえはほんの少しだけ震えながら、けれど自らの意思でしっかりと取った。
その瞬間、見上げた夜空の星が、ひどく遠く、どうでもいいもののように見えた。
もう、決して逃れられない。
でも――彼の腕の中で擦り切れていくなら、それでいいと、心のどこかで思ってしまった。
砂漠の月光に照らされて、DIOの巨大な影が長く伸び、その絶対的な闇の中心へと、なまえは静かに、深く、包み込まれていった。
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