第四章
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土方は数回頭を振って気持ちを切り替えると、紗己の頭に軽く手を乗せて、優しく撫でながら小さく吐息した。
「何か夢でも見たか?」
「夢・・・・・・? ああ、これって夢なのかな・・・・・・」
思い返しているのか、列車の天井を見上げてぽつり呟く。
「あ? なのかな、って何だよ。変な夢でも見たのか?」
「いえ、変っていうか・・・私がここで眠ってるのを、別方向から見てる夢を見ました」
「え゛っ!?」
紗己の発言に、土方は驚きのあまり濁音交じりの声を上げてしまった。
先程とは違う意味で、激しく鼓動が乱れ打つ。
(それってまさか、夢か現実かの判断がついてないだけで・・・・・・)
「おい紗己・・・その夢、俺はどうしてた・・・・・・?」
おそろしくゆっくりとした動作で、隣に座る紗己に顔を向ける。
自分を凝視する土方をやや疑問に思いながらも、紗己はにこりと微笑んでからあっさりと言葉を放った。
「副長さんですか? ええっと、私の隣で煙草吸ってましたよ」
「へっ? 煙草?」
思わず、頓狂な声が出てしまった。
恐らくは、隣に来た土方の着物に染み付いている煙草の匂いに反応して、そんな夢を見てしまったのだろう。
土方は本日何度目か分からない溜息を落とすと、気の抜けた身体をだらしなく硬い椅子の背に預けた。
――――――
深い山間の景色に、ぽつぽつと民家が顔を出し始めた。その光景に、もうそろそろ到着駅が近いのではと気付く。
土方はこの後の予定を踏まえ、もう一度復習をしておこうと、屯所から駅に向かうまでに紗己から聞いた話を思い返した。
コイツの実家って商家なんだったよな。米問屋・・・米仲買も分業でやってるとか言ってたか。
以前にも、世間話の流れでちらっと聞いたことはあったが、今回比較的詳しく聞くにあたり、色々と見えてきたことがある。
紗己の実家があるのは、江戸から列車で四時間程離れた田舎町で、彼女の実家の家業は米問屋と米仲買の兼業だ。
取引は周辺の町々にも及び、なかなか手広くやっているらしい。
(考えてみりゃ、コイツって結構な金持ちの娘ってことだよな)
土方は吐息しながら、自分の知るこれまでの紗己を回想する。
普段仕事中に着ている着物は地味な物が多いが、休日に着ている着物や帯は、品が良く上等な仕立物という印象だった。
帯留やかんざしといった装飾品にしても、華美ではないが良い細工の品だと思っていた。
田舎町とは言え、裕福な家庭で大事に育てられたのだろう。おまけに一人娘ときている。
ここまで考えて、土方はふと思った。
裕福にも関わらず、大事に育てた一人娘を働きに出したのは何故だろうか――?
真選組の屯所で、女中として働いている彼女しか知らない土方は、今の今までその事を疑問に思ったことも無かった。
でも改めて考えれば、女中として働かなければいけない背景は紗己にはない。
だとすれば、これは社会経験を詰ませるためか? 可愛い子には旅をさせよという事なのか?
色々と思い巡らせながら、隣に座る紗己にちらりと視線を移すと、彼女は缶ジュースを飲んでいるところだった。
眠っている間に喉が乾いたのだろう、美味しそうにゴクゴクと飲んでいるその姿に、土方は気付かれないよう小さく笑う。
(江戸に出てきた理由は、まあそのうちまた訊いてみるか)
急ぐ話でもないしな。そう思いながら、紗己の一挙手一投足を可愛く感じてしまう自分に嘆息しつつ、また懸案事項へと意識を戻す。
紗己の父親とは、一体どんな人物なのだろう。
知識として、紗己から聞いて知っているのは、跡取りのいなかった奉公先の主人からいたく気に入られ、養子縁組をして暖簾分けという形で、新たな土地で商売を始めたということだけ。
これでは人と成りが分からないと、土方は軽くリサーチを始めた。
「なあ紗己、お前の親父さん・・・どんな人なんだ?」
「父ですか? どんな、うーん・・・・・・」
「いろいろあんだろ、怖いとか厳ついとか」
例えがどうもネガティブなのは、心情の表れだろうか。
そんな裏側に気付きはしないが、紗己は少し悩んでから口を開いた。
「優しい、ですね」
「優しい? そりゃァ、父親は娘には大概優しいもんだろ。そういうんじゃなくて・・・」
「勿論私にもそうですけど、父は誰に対しても優しいんです。私、父が怒ったところ見たこと無いですよ」
土方の言い淀みを遮り、さらりと笑顔で言ってのけた。それを聞いて、土方は渋面を浮かべる。
優しいだけ――なわけがねェ。新参者が受け入れられない業界で、暖簾分けまでしてもらえたって事は、余程の才覚がある切れ者に違いねェはずだ・・・・・・。
眉間に皺を寄せて思考する。
問屋は普通、同業同種で株仲間を結成して、販売権を独占している。その仕事は家業として代々継がれるのが当然で、暖簾分けとは言え新規参入出来たとあらば、それは余程のことである。
そんな人物に、大事な一人娘を嫁にくれと言いに行くのだ。それも、妊娠しているというおまけ付きで。
パンチの一発や二発、覚悟しておかねばなるまい。
間違ってもやり返してしまわないように、大人しく殴られるイメージトレーニングに集中する土方だった。
「何か夢でも見たか?」
「夢・・・・・・? ああ、これって夢なのかな・・・・・・」
思い返しているのか、列車の天井を見上げてぽつり呟く。
「あ? なのかな、って何だよ。変な夢でも見たのか?」
「いえ、変っていうか・・・私がここで眠ってるのを、別方向から見てる夢を見ました」
「え゛っ!?」
紗己の発言に、土方は驚きのあまり濁音交じりの声を上げてしまった。
先程とは違う意味で、激しく鼓動が乱れ打つ。
(それってまさか、夢か現実かの判断がついてないだけで・・・・・・)
「おい紗己・・・その夢、俺はどうしてた・・・・・・?」
おそろしくゆっくりとした動作で、隣に座る紗己に顔を向ける。
自分を凝視する土方をやや疑問に思いながらも、紗己はにこりと微笑んでからあっさりと言葉を放った。
「副長さんですか? ええっと、私の隣で煙草吸ってましたよ」
「へっ? 煙草?」
思わず、頓狂な声が出てしまった。
恐らくは、隣に来た土方の着物に染み付いている煙草の匂いに反応して、そんな夢を見てしまったのだろう。
土方は本日何度目か分からない溜息を落とすと、気の抜けた身体をだらしなく硬い椅子の背に預けた。
――――――
深い山間の景色に、ぽつぽつと民家が顔を出し始めた。その光景に、もうそろそろ到着駅が近いのではと気付く。
土方はこの後の予定を踏まえ、もう一度復習をしておこうと、屯所から駅に向かうまでに紗己から聞いた話を思い返した。
コイツの実家って商家なんだったよな。米問屋・・・米仲買も分業でやってるとか言ってたか。
以前にも、世間話の流れでちらっと聞いたことはあったが、今回比較的詳しく聞くにあたり、色々と見えてきたことがある。
紗己の実家があるのは、江戸から列車で四時間程離れた田舎町で、彼女の実家の家業は米問屋と米仲買の兼業だ。
取引は周辺の町々にも及び、なかなか手広くやっているらしい。
(考えてみりゃ、コイツって結構な金持ちの娘ってことだよな)
土方は吐息しながら、自分の知るこれまでの紗己を回想する。
普段仕事中に着ている着物は地味な物が多いが、休日に着ている着物や帯は、品が良く上等な仕立物という印象だった。
帯留やかんざしといった装飾品にしても、華美ではないが良い細工の品だと思っていた。
田舎町とは言え、裕福な家庭で大事に育てられたのだろう。おまけに一人娘ときている。
ここまで考えて、土方はふと思った。
裕福にも関わらず、大事に育てた一人娘を働きに出したのは何故だろうか――?
真選組の屯所で、女中として働いている彼女しか知らない土方は、今の今までその事を疑問に思ったことも無かった。
でも改めて考えれば、女中として働かなければいけない背景は紗己にはない。
だとすれば、これは社会経験を詰ませるためか? 可愛い子には旅をさせよという事なのか?
色々と思い巡らせながら、隣に座る紗己にちらりと視線を移すと、彼女は缶ジュースを飲んでいるところだった。
眠っている間に喉が乾いたのだろう、美味しそうにゴクゴクと飲んでいるその姿に、土方は気付かれないよう小さく笑う。
(江戸に出てきた理由は、まあそのうちまた訊いてみるか)
急ぐ話でもないしな。そう思いながら、紗己の一挙手一投足を可愛く感じてしまう自分に嘆息しつつ、また懸案事項へと意識を戻す。
紗己の父親とは、一体どんな人物なのだろう。
知識として、紗己から聞いて知っているのは、跡取りのいなかった奉公先の主人からいたく気に入られ、養子縁組をして暖簾分けという形で、新たな土地で商売を始めたということだけ。
これでは人と成りが分からないと、土方は軽くリサーチを始めた。
「なあ紗己、お前の親父さん・・・どんな人なんだ?」
「父ですか? どんな、うーん・・・・・・」
「いろいろあんだろ、怖いとか厳ついとか」
例えがどうもネガティブなのは、心情の表れだろうか。
そんな裏側に気付きはしないが、紗己は少し悩んでから口を開いた。
「優しい、ですね」
「優しい? そりゃァ、父親は娘には大概優しいもんだろ。そういうんじゃなくて・・・」
「勿論私にもそうですけど、父は誰に対しても優しいんです。私、父が怒ったところ見たこと無いですよ」
土方の言い淀みを遮り、さらりと笑顔で言ってのけた。それを聞いて、土方は渋面を浮かべる。
優しいだけ――なわけがねェ。新参者が受け入れられない業界で、暖簾分けまでしてもらえたって事は、余程の才覚がある切れ者に違いねェはずだ・・・・・・。
眉間に皺を寄せて思考する。
問屋は普通、同業同種で株仲間を結成して、販売権を独占している。その仕事は家業として代々継がれるのが当然で、暖簾分けとは言え新規参入出来たとあらば、それは余程のことである。
そんな人物に、大事な一人娘を嫁にくれと言いに行くのだ。それも、妊娠しているというおまけ付きで。
パンチの一発や二発、覚悟しておかねばなるまい。
間違ってもやり返してしまわないように、大人しく殴られるイメージトレーニングに集中する土方だった。