序章
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――――――
無数の星が空を飾りだした頃、土方は外勤を終えて屯所に戻ってきた。
(ああ、どうしよう・・・変に緊張してきやがった・・・・・・)
朝から避けられ続けただけあって、今日一日彼の頭は紗己に占領されていた。
このまま書類整理に取り掛かるか、それともまた紗己を捜しに行くか――他者には理解できないであろう究極の二択に頭を悩ませるが、結局は後者を取ることにした。
気恥ずかしさを伴った何とも奇妙な重たい気持ちのまま、その原因である目的を胸に食堂へと向かう。すると食堂の出入り口の前で、そこから出てきたばかりの沖田と鉢合わせた。
「お、土方さん。帰ってきたんですかィ」
「お、おお。飯の支度はー・・・もう済んでるよ、な・・・・・・?」
「なんでェ、そんなとこで覗いてないでさっさと中に入りなせェ」
「ちょ・・・ちょっ待て、待てって心の準備が・・・っ」
沖田に突き飛ばされ、転がるようにして食堂に入り込むが、そこには朝と同じく捜し人の姿は見えない。
(なんだよ居ないのかよ・・・・・・)
ホッとしたような、ガッカリしたような。そんな表情の土方を見逃すことなく、沖田は背後から言葉を投げる。
「心の準備ってなんですか、土方さん」
「・・・・・・え?」
ゆっくり振り向くと、そこには自分を見据える色素の薄い瞳が。
「いやっ、何でもねえ! 何でもねェけど!?」
「へえー・・・アンタ、飯食うのに心の準備がいるんですかィ」
「べ、べっつに!? 俺いつでもこうだけど! 飯食うのに気ィ引き締めてるけど!!」
しどろもどろなりつつ、かなり下手な言い訳をしてみせる。すると沖田は、呆れたような表情で土方を一瞥した。
「ふーん・・・そりゃァ毎日毎日大変だ。じゃ、俺はこれで」
若干面倒くさそうに去っていった沖田の背中をしっかり見送ると、深く深く息を吐く。
(なんだってんだ総悟のヤツ、危うく勘付かれるところだったぜ)
とんでもなく下手な言い訳ではあったが、それでも完全に乗り切ったと思った土方は額の汗を拭った。
――――――
「ここ、か・・・・・・」
あまり足を向けたことの無い、屯所の一角にある女中達が住まう離れ。そこの紗己の部屋の前で、土方は一人佇む。
いきなり来るのはまずかったか・・・・・・? いやでもなァ、そもそも今日の仕事はもう終わってるみてェだし、このまま知らん顔しておくわけにもいかねーし・・・・・・。
「チッ・・・」
なんとなく落ち着かないので、胸ポケットから煙草を取り出す。一度軽く咳払いをすると、勇気を出して襖に声を掛けた。
「おい・・・いるか?」
何となくだが、確かに気配は感じる。だが、その気配の持ち主が出てくる様子はない。
「おい、いるんだろ・・・開けろ」
怖がらせないように、出来るだけ静かに訴える。だがやはり、出てくる様子はない。
此処にいる自分の姿を誰かに見られることを望ましく思っていない土方は、焦る気持ちを抑えきれずつい声を荒らげてしまった。
「おいっ!」
――スゥ―・・・
「・・・っ、お、おう」
「こん、ばんは・・・・・・」
襖の向こうからようやく現れた紗己は、少し俯きながら震える声を絞り出した。その様子を見て、土方は冷静さを取り戻す。
まさか自室に訪れるとは思っていなかったであろう人物が現れ、どうしようかと戸惑っているうちに怒鳴られてしまったのだ。怯えさせたに違いない。
良心を刺激するちくりとした痛みに吐息しつつ、首の後ろを撫でながら謝罪の言葉を口にする。
「・・・悪ィ、怒鳴っちまって」
「あ、いえっ! 私こそ、すぐに開けなくてごめんなさい」
「・・・ああ、いや・・・」
昨夜のように気まずい空気が二人を包む。やはり耐えかねたのは紗己の方だった。
「あ、あの・・・良かったら中に、どうぞ・・・・・・」
恥ずかしそうに俯き廊下に視線を落として、少し上擦った声が囁くように言った。
その際垂れて顔にかかった髪を、白く細い指がすっと耳に掛けた時――首筋に残るまだ新しい紅い痕がチラリと見えた。
「・・・っ!!」
ドキッと鼓動が跳ねる感覚に、土方はごくりと息を呑む。
(おい、何焦ってんだ俺は!)
思わず口から落ちそうになった煙草を、唇を引き締めることで再度定位置に戻す。
マズイか、中に入るのはさすがにマズイか? しかし・・・入り口に突っ立ってするような話でもねえしな・・・・・・。
色々思うも、疚しい気持ちはあっても下心は無いと自らに言い聞かせ、大きく咳払いをすると柱に手を掛けた。
「・・・それじゃあ、邪魔するぞ」
必要以上に肩に力を入れると、猫背になっていた背中がピンと伸びた。
無数の星が空を飾りだした頃、土方は外勤を終えて屯所に戻ってきた。
(ああ、どうしよう・・・変に緊張してきやがった・・・・・・)
朝から避けられ続けただけあって、今日一日彼の頭は紗己に占領されていた。
このまま書類整理に取り掛かるか、それともまた紗己を捜しに行くか――他者には理解できないであろう究極の二択に頭を悩ませるが、結局は後者を取ることにした。
気恥ずかしさを伴った何とも奇妙な重たい気持ちのまま、その原因である目的を胸に食堂へと向かう。すると食堂の出入り口の前で、そこから出てきたばかりの沖田と鉢合わせた。
「お、土方さん。帰ってきたんですかィ」
「お、おお。飯の支度はー・・・もう済んでるよ、な・・・・・・?」
「なんでェ、そんなとこで覗いてないでさっさと中に入りなせェ」
「ちょ・・・ちょっ待て、待てって心の準備が・・・っ」
沖田に突き飛ばされ、転がるようにして食堂に入り込むが、そこには朝と同じく捜し人の姿は見えない。
(なんだよ居ないのかよ・・・・・・)
ホッとしたような、ガッカリしたような。そんな表情の土方を見逃すことなく、沖田は背後から言葉を投げる。
「心の準備ってなんですか、土方さん」
「・・・・・・え?」
ゆっくり振り向くと、そこには自分を見据える色素の薄い瞳が。
「いやっ、何でもねえ! 何でもねェけど!?」
「へえー・・・アンタ、飯食うのに心の準備がいるんですかィ」
「べ、べっつに!? 俺いつでもこうだけど! 飯食うのに気ィ引き締めてるけど!!」
しどろもどろなりつつ、かなり下手な言い訳をしてみせる。すると沖田は、呆れたような表情で土方を一瞥した。
「ふーん・・・そりゃァ毎日毎日大変だ。じゃ、俺はこれで」
若干面倒くさそうに去っていった沖田の背中をしっかり見送ると、深く深く息を吐く。
(なんだってんだ総悟のヤツ、危うく勘付かれるところだったぜ)
とんでもなく下手な言い訳ではあったが、それでも完全に乗り切ったと思った土方は額の汗を拭った。
――――――
「ここ、か・・・・・・」
あまり足を向けたことの無い、屯所の一角にある女中達が住まう離れ。そこの紗己の部屋の前で、土方は一人佇む。
いきなり来るのはまずかったか・・・・・・? いやでもなァ、そもそも今日の仕事はもう終わってるみてェだし、このまま知らん顔しておくわけにもいかねーし・・・・・・。
「チッ・・・」
なんとなく落ち着かないので、胸ポケットから煙草を取り出す。一度軽く咳払いをすると、勇気を出して襖に声を掛けた。
「おい・・・いるか?」
何となくだが、確かに気配は感じる。だが、その気配の持ち主が出てくる様子はない。
「おい、いるんだろ・・・開けろ」
怖がらせないように、出来るだけ静かに訴える。だがやはり、出てくる様子はない。
此処にいる自分の姿を誰かに見られることを望ましく思っていない土方は、焦る気持ちを抑えきれずつい声を荒らげてしまった。
「おいっ!」
――スゥ―・・・
「・・・っ、お、おう」
「こん、ばんは・・・・・・」
襖の向こうからようやく現れた紗己は、少し俯きながら震える声を絞り出した。その様子を見て、土方は冷静さを取り戻す。
まさか自室に訪れるとは思っていなかったであろう人物が現れ、どうしようかと戸惑っているうちに怒鳴られてしまったのだ。怯えさせたに違いない。
良心を刺激するちくりとした痛みに吐息しつつ、首の後ろを撫でながら謝罪の言葉を口にする。
「・・・悪ィ、怒鳴っちまって」
「あ、いえっ! 私こそ、すぐに開けなくてごめんなさい」
「・・・ああ、いや・・・」
昨夜のように気まずい空気が二人を包む。やはり耐えかねたのは紗己の方だった。
「あ、あの・・・良かったら中に、どうぞ・・・・・・」
恥ずかしそうに俯き廊下に視線を落として、少し上擦った声が囁くように言った。
その際垂れて顔にかかった髪を、白く細い指がすっと耳に掛けた時――首筋に残るまだ新しい紅い痕がチラリと見えた。
「・・・っ!!」
ドキッと鼓動が跳ねる感覚に、土方はごくりと息を呑む。
(おい、何焦ってんだ俺は!)
思わず口から落ちそうになった煙草を、唇を引き締めることで再度定位置に戻す。
マズイか、中に入るのはさすがにマズイか? しかし・・・入り口に突っ立ってするような話でもねえしな・・・・・・。
色々思うも、疚しい気持ちはあっても下心は無いと自らに言い聞かせ、大きく咳払いをすると柱に手を掛けた。
「・・・それじゃあ、邪魔するぞ」
必要以上に肩に力を入れると、猫背になっていた背中がピンと伸びた。