第四章
名前変換はこちら
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
――――――
土方はハァっと息を吐くと、また窓の向こうに目をやった。延々と続く緑の稜線が、ここは江戸ではないのだと、人生の急展開を伝えてくれている。
紗己の妊娠が発覚してから、まだたったの六日しか経っていない。土方は目まぐるしく変わっていく自身の環境に、取り残されないよう必死に食らい付いている状況だ。
こういうのを、怒涛の展開っつうんだろうな。あまりにも計画性の無い人生に、何だか笑いすら込み上げてきた。
飲みかけの缶ジュースを窓際に設けられた幅のない小さな棚に置くと、硬い椅子の背に鍛え上げられた身体を預け静かに瞼を閉じた。
時折強くなる揺れや振動にうまく身体を合わせつつ、まとまりのつかない脳内の整理に取り掛かる。
(挨拶、か・・・・・・)
思った途端、少しだけ気が重くなった。
紗己にしてもそうだが、土方にとっても、今自分の身に起こっていることは初めてづくしなのだ。
女性を孕ませたのも初めてなら、プロポーズしたのも初めて。そして、彼女の親に挨拶に行くという一大イベントも、勿論初めての経験だ。
これまでの相手はと言うと、親がいないか大人の割り切った関係だけだったため、他人の家族と接触する機会などまず無かった。
そもそも、土方自身が『家族』というものから縁遠く、紗己の育った『幸せな家庭』というものに関わらねばならないことに、少々尻込みしてしまっている。
(男なら、誰しも一度は通る道なんだろうが・・・・・・)
そう思ってはみても、やはり緊張するものはする。
無意識のうちに右手がライターを弄っていて、煙草も出してないのに火を点けようとしている自分に驚いた。
「うおっ!?」
「ん・・・ぅ・・・・・・」
向かいから発せられた土方の驚声に、紗己がぴくりと眉を寄せた。しまったと慌てて口を塞ぐが、紗己は目を開けることなくまた寝息を立て始める。
ホッとした土方は、手にしていたライターを袂に戻し、小さく吐息した。
本当は一服したいのだが、寝ている紗己を一人置いては行けず、口寂しさを紛らすため、駅で買ったままの缶コーヒーに手を伸ばした。
コーヒー特有の後を引く苦味のおかげで、煙草への欲求と本日の予定への緊張が若干紛れた。
少し気持ちが落ち着いた土方は、向かいの席でスウスウと寝息を立てている紗己の観察し始めた。退屈しのぎの一環だ。
しっかし、ずっと寝てるなコイツ。よっぽど疲れてたのか?
列車に乗ってから、そう間もなく眠りに落ちた紗己。
この四日間、彼女も眠れぬ夜を過ごしていたのではと土方は不安に思う。とはいっても、土方の場合は精神面ではなく、単に仕事が忙しかったのだ。
通常任務に加えて、休暇の間に溜まるであろう事務処理などを、寝る間も惜しんでこなしていたため、紗己とまともに話をする時間さえ取れず、結局新しい部屋へも移れず仕舞いだった。
いくら同じ屋根の下で暮らしているとはいえ、別々の部屋だと多少は寂しい気にもなる。紗己にも寂しい思いをさせているのでは、と胸が痛むこともしばしばあった。
しかしこれを乗り切れば、休暇から戻れば部屋の移動も出来る。可哀想だが今だけは堪えてくれ、俺も我慢してるんだから、と土方は胸中で紗己に訴えていた。当然、紗己本人に直接、ではない。
少し身勝手な働く男の言い分を掲げ、やがて来る新婚生活に思いを馳せる。
これからは、この寝顔も珍しくなくなっちまうんだな。そう思うと、何だかくすぐったい気持ちになった。
相変わらずこくりこくりと揺れている紗己を見て、土方は小さく笑う。
「そんな体勢じゃ、熟睡出来ねえだろ・・・」
少し愉しげに小さく言いながら、のそりと腰を上げて紗己の左隣に移る。
しっかりと腰を落ち着けると、列車の揺れに合わせ前後左右に器用に揺れる紗己の頭をそっと掴まえ、起こさないように優しく、自身の右肩に乗せた。
ちょうど良い支えに、気持ち良さげな寝息を立てる紗己。その姿に土方はまた頬を緩ませた。
そして、ふと思った。
まだ一夜を共にしたことも無いというのに、結婚の挨拶に行くとは変な話だ――いやいや、それどころか、正常な意識下では口付けすらしていない。
(妊娠までしてるってのに、俺だけ記憶が無いって何か損してねェか?)
自分の記憶の問題であって、紗己が得をしているということではないのだが、あの夜以来彼女とそういった機会も無いままの土方は、ついついそんなふうに思ってしまう。
(まァ、今更ごちゃごちゃ考えてもしゃーねェか・・・・・・)
自分自身に嘆息すると、土方は自身の肩に凭れている紗己の寝顔を拝もうと、軽く顎を引いて右下に視線をやった。
その瞬間、ドクンッと心臓が跳ね上がり、喉がキュッと熱くなった。
閉じられた瞼を縁取る長い睫毛。ほんのりと桃色に染まる滑らかな頬。
そして、薄く開いた、なんとも柔らかそうな桜色の唇から漏れる息遣い。
無防備すぎる寝顔に、土方はごくりと息を呑む。
土方はハァっと息を吐くと、また窓の向こうに目をやった。延々と続く緑の稜線が、ここは江戸ではないのだと、人生の急展開を伝えてくれている。
紗己の妊娠が発覚してから、まだたったの六日しか経っていない。土方は目まぐるしく変わっていく自身の環境に、取り残されないよう必死に食らい付いている状況だ。
こういうのを、怒涛の展開っつうんだろうな。あまりにも計画性の無い人生に、何だか笑いすら込み上げてきた。
飲みかけの缶ジュースを窓際に設けられた幅のない小さな棚に置くと、硬い椅子の背に鍛え上げられた身体を預け静かに瞼を閉じた。
時折強くなる揺れや振動にうまく身体を合わせつつ、まとまりのつかない脳内の整理に取り掛かる。
(挨拶、か・・・・・・)
思った途端、少しだけ気が重くなった。
紗己にしてもそうだが、土方にとっても、今自分の身に起こっていることは初めてづくしなのだ。
女性を孕ませたのも初めてなら、プロポーズしたのも初めて。そして、彼女の親に挨拶に行くという一大イベントも、勿論初めての経験だ。
これまでの相手はと言うと、親がいないか大人の割り切った関係だけだったため、他人の家族と接触する機会などまず無かった。
そもそも、土方自身が『家族』というものから縁遠く、紗己の育った『幸せな家庭』というものに関わらねばならないことに、少々尻込みしてしまっている。
(男なら、誰しも一度は通る道なんだろうが・・・・・・)
そう思ってはみても、やはり緊張するものはする。
無意識のうちに右手がライターを弄っていて、煙草も出してないのに火を点けようとしている自分に驚いた。
「うおっ!?」
「ん・・・ぅ・・・・・・」
向かいから発せられた土方の驚声に、紗己がぴくりと眉を寄せた。しまったと慌てて口を塞ぐが、紗己は目を開けることなくまた寝息を立て始める。
ホッとした土方は、手にしていたライターを袂に戻し、小さく吐息した。
本当は一服したいのだが、寝ている紗己を一人置いては行けず、口寂しさを紛らすため、駅で買ったままの缶コーヒーに手を伸ばした。
コーヒー特有の後を引く苦味のおかげで、煙草への欲求と本日の予定への緊張が若干紛れた。
少し気持ちが落ち着いた土方は、向かいの席でスウスウと寝息を立てている紗己の観察し始めた。退屈しのぎの一環だ。
しっかし、ずっと寝てるなコイツ。よっぽど疲れてたのか?
列車に乗ってから、そう間もなく眠りに落ちた紗己。
この四日間、彼女も眠れぬ夜を過ごしていたのではと土方は不安に思う。とはいっても、土方の場合は精神面ではなく、単に仕事が忙しかったのだ。
通常任務に加えて、休暇の間に溜まるであろう事務処理などを、寝る間も惜しんでこなしていたため、紗己とまともに話をする時間さえ取れず、結局新しい部屋へも移れず仕舞いだった。
いくら同じ屋根の下で暮らしているとはいえ、別々の部屋だと多少は寂しい気にもなる。紗己にも寂しい思いをさせているのでは、と胸が痛むこともしばしばあった。
しかしこれを乗り切れば、休暇から戻れば部屋の移動も出来る。可哀想だが今だけは堪えてくれ、俺も我慢してるんだから、と土方は胸中で紗己に訴えていた。当然、紗己本人に直接、ではない。
少し身勝手な働く男の言い分を掲げ、やがて来る新婚生活に思いを馳せる。
これからは、この寝顔も珍しくなくなっちまうんだな。そう思うと、何だかくすぐったい気持ちになった。
相変わらずこくりこくりと揺れている紗己を見て、土方は小さく笑う。
「そんな体勢じゃ、熟睡出来ねえだろ・・・」
少し愉しげに小さく言いながら、のそりと腰を上げて紗己の左隣に移る。
しっかりと腰を落ち着けると、列車の揺れに合わせ前後左右に器用に揺れる紗己の頭をそっと掴まえ、起こさないように優しく、自身の右肩に乗せた。
ちょうど良い支えに、気持ち良さげな寝息を立てる紗己。その姿に土方はまた頬を緩ませた。
そして、ふと思った。
まだ一夜を共にしたことも無いというのに、結婚の挨拶に行くとは変な話だ――いやいや、それどころか、正常な意識下では口付けすらしていない。
(妊娠までしてるってのに、俺だけ記憶が無いって何か損してねェか?)
自分の記憶の問題であって、紗己が得をしているということではないのだが、あの夜以来彼女とそういった機会も無いままの土方は、ついついそんなふうに思ってしまう。
(まァ、今更ごちゃごちゃ考えてもしゃーねェか・・・・・・)
自分自身に嘆息すると、土方は自身の肩に凭れている紗己の寝顔を拝もうと、軽く顎を引いて右下に視線をやった。
その瞬間、ドクンッと心臓が跳ね上がり、喉がキュッと熱くなった。
閉じられた瞼を縁取る長い睫毛。ほんのりと桃色に染まる滑らかな頬。
そして、薄く開いた、なんとも柔らかそうな桜色の唇から漏れる息遣い。
無防備すぎる寝顔に、土方はごくりと息を呑む。