第四章
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――――――
一定の速度と足元に響く振動を保ちながら、目的地へと思いを馳せる乗客達を乗せては時折レールを軋ませる――。
そう、土方と紗己も今、とある目的のために列車に揺られているところだ。
僅かな奥行きの窓枠に肘を置き、頬杖を突いて流れる景色に目をやれば、そこには青い空に深い緑のコントラストが。生まれ育った田舎を思い出し、土方は少し懐かしい気持ちになった。
ふと前方に視線を戻せば、向かいに座る紗己がうつらうつらと船を漕いでいる。
土方は鋭い切れ長の双眸をスッと細めて頬を緩ませると、眠っている紗己の手から蓋の開いた缶ジュースをそっと取り上げた。
溢さなくて良かったと思いつつ、缶を口に運ぶ。オレンジの酸味が口内に広がり、少しだけ、喉がキュッと苦しくなった。
ふうっと息を漏らすと、土方は今日までの流れをぼんやりと思い返した。
忙しい身の上にも拘らず、休暇を取ってまで江戸を離れている理由――発端は四日前のこと。近藤と紗己と三人で、新居についての話等をしている時だった。
――――――
「あとは祝言だな! 良い日をと考えたんだが、ちょっと急ではあるが二週間後なんてどうだ?」
仕事の調整や、紗己の腹が目立ってしまう前に、と考えると、一番近い大安吉日が二週間後だったのだと言う。
「また、えらく急だな・・・・・・」
不満、というわけではないが実感のわかない土方は、やや疲れた表情で、変わらず機嫌の良い近藤を一瞥した。自分では何の計画も立てていないのに、勝手なことを口走ってしまう。
それでも紗己のことを思えば、きちんと式を挙げたいという気持ちは土方にも勿論ある。近藤の期待に満ちた視線に応えるように、土方は軽く頷いて見せた。
それを受けて、今度は紗己の意見を訊かねばと、近藤は土方の隣で盆を膝に載せて座っている紗己を見やった。
「まあ身内のことだし、派手なのを嫌うトシの性格を考慮して、屯所 で祝言を挙げようと思うんだが・・・どうかな、紗己ちゃん」
そう訊ねられた紗己は、近藤と土方の双方と目を合わせてから少し頬を赤らめ、膝に載せていた盆をギュッと強く掴んだ。
「私は、その・・・嬉しいです、皆さんに祝ってもらえるなんて」
「当然じゃないか! むさ苦しい野郎共ばかりだが、俺たち皆で祝わせてもらうよ!!」
紗己の仕草に目を細め、膝を打って豪快に笑う。そんな近藤に、土方は改めて感謝の念を抱いた。
「悪ィな、近藤さん。いろいろと手間掛けさせちまって」
「なあに、いいってことよ!」
仲間なんだから当然のことだ、と口角を上げると、軽く身を乗り出し言葉を続けた。
「で、二週間後で手筈を整えていいかな、紗己ちゃん? お父上の都合は問題ないかい?」
近藤の問いに、紗己はハッとした顔で口元に手を添えた。
「あ、そういえばまだ、連絡してませんでした」
「えっ、そうなの!? 妊娠のこと、てっきり親御さんに報告済みなんだと思っていたが・・・」
「はあ、妊娠・・・も、そうですね・・・」
初めから妊娠のことを言っていた近藤だったのだが、紗己は土方との『交際と結婚』について訊かれたものとばかり思っていた。そのため曖昧な答えとなってしまった。
紗己の言葉と、彼女の隣で苦い表情を浮かべている土方を見て、これはまだ土方が何の挨拶もしていないのだと近藤は気付いてしまった。
「いかん! いかんよトシ!!」
突然の全否定。だが、近藤が何に対して否定をしたか分かっているため、返す言葉もない状態の土方は、
「いや、確かにそうなんだが・・・」
すっかり言葉尻を濁してしまっている。
そんな土方を尻目に、近藤は意気揚々と紗己に指示を出し始めた。
「こうしちゃおれん! さあ紗己ちゃん、今すぐに実家に連絡しなさい! 今週中にトシと挨拶に行くって伝えてきなさい!!」
「え、あ、はいっ」
その勢いと迫力に圧倒された紗己は、深い考えもないまま首を縦に振ると、着物の裾を押さえながら立ち上がり、盆を片手に部屋を出た。
「ちょ、おい紗己・・・」
彼女の背中を追うように手を伸ばすが、もう行ってしまった紗己に、土方の声が届くことはなかった。
一定の速度と足元に響く振動を保ちながら、目的地へと思いを馳せる乗客達を乗せては時折レールを軋ませる――。
そう、土方と紗己も今、とある目的のために列車に揺られているところだ。
僅かな奥行きの窓枠に肘を置き、頬杖を突いて流れる景色に目をやれば、そこには青い空に深い緑のコントラストが。生まれ育った田舎を思い出し、土方は少し懐かしい気持ちになった。
ふと前方に視線を戻せば、向かいに座る紗己がうつらうつらと船を漕いでいる。
土方は鋭い切れ長の双眸をスッと細めて頬を緩ませると、眠っている紗己の手から蓋の開いた缶ジュースをそっと取り上げた。
溢さなくて良かったと思いつつ、缶を口に運ぶ。オレンジの酸味が口内に広がり、少しだけ、喉がキュッと苦しくなった。
ふうっと息を漏らすと、土方は今日までの流れをぼんやりと思い返した。
忙しい身の上にも拘らず、休暇を取ってまで江戸を離れている理由――発端は四日前のこと。近藤と紗己と三人で、新居についての話等をしている時だった。
――――――
「あとは祝言だな! 良い日をと考えたんだが、ちょっと急ではあるが二週間後なんてどうだ?」
仕事の調整や、紗己の腹が目立ってしまう前に、と考えると、一番近い大安吉日が二週間後だったのだと言う。
「また、えらく急だな・・・・・・」
不満、というわけではないが実感のわかない土方は、やや疲れた表情で、変わらず機嫌の良い近藤を一瞥した。自分では何の計画も立てていないのに、勝手なことを口走ってしまう。
それでも紗己のことを思えば、きちんと式を挙げたいという気持ちは土方にも勿論ある。近藤の期待に満ちた視線に応えるように、土方は軽く頷いて見せた。
それを受けて、今度は紗己の意見を訊かねばと、近藤は土方の隣で盆を膝に載せて座っている紗己を見やった。
「まあ身内のことだし、派手なのを嫌うトシの性格を考慮して、
そう訊ねられた紗己は、近藤と土方の双方と目を合わせてから少し頬を赤らめ、膝に載せていた盆をギュッと強く掴んだ。
「私は、その・・・嬉しいです、皆さんに祝ってもらえるなんて」
「当然じゃないか! むさ苦しい野郎共ばかりだが、俺たち皆で祝わせてもらうよ!!」
紗己の仕草に目を細め、膝を打って豪快に笑う。そんな近藤に、土方は改めて感謝の念を抱いた。
「悪ィな、近藤さん。いろいろと手間掛けさせちまって」
「なあに、いいってことよ!」
仲間なんだから当然のことだ、と口角を上げると、軽く身を乗り出し言葉を続けた。
「で、二週間後で手筈を整えていいかな、紗己ちゃん? お父上の都合は問題ないかい?」
近藤の問いに、紗己はハッとした顔で口元に手を添えた。
「あ、そういえばまだ、連絡してませんでした」
「えっ、そうなの!? 妊娠のこと、てっきり親御さんに報告済みなんだと思っていたが・・・」
「はあ、妊娠・・・も、そうですね・・・」
初めから妊娠のことを言っていた近藤だったのだが、紗己は土方との『交際と結婚』について訊かれたものとばかり思っていた。そのため曖昧な答えとなってしまった。
紗己の言葉と、彼女の隣で苦い表情を浮かべている土方を見て、これはまだ土方が何の挨拶もしていないのだと近藤は気付いてしまった。
「いかん! いかんよトシ!!」
突然の全否定。だが、近藤が何に対して否定をしたか分かっているため、返す言葉もない状態の土方は、
「いや、確かにそうなんだが・・・」
すっかり言葉尻を濁してしまっている。
そんな土方を尻目に、近藤は意気揚々と紗己に指示を出し始めた。
「こうしちゃおれん! さあ紗己ちゃん、今すぐに実家に連絡しなさい! 今週中にトシと挨拶に行くって伝えてきなさい!!」
「え、あ、はいっ」
その勢いと迫力に圧倒された紗己は、深い考えもないまま首を縦に振ると、着物の裾を押さえながら立ち上がり、盆を片手に部屋を出た。
「ちょ、おい紗己・・・」
彼女の背中を追うように手を伸ばすが、もう行ってしまった紗己に、土方の声が届くことはなかった。