第三章
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――――――
診察が終わったのが正午過ぎだったため、病院を出てからそのまま外で昼食を済ませた二人。図らずも土方のデートの計画は遂行された。
「おい、ほんとにもっとしっかりしたモン食わなくて良かったのか?」
「大丈夫ですよ。それに、普段よりはしっかり目に食べましたから」
胃のあたりに手を添えて笑う紗己に、土方は納得したように軽く頷いた。
先程まで二人がいたのは蕎麦屋だ。
土方は紗己の身体を気遣って、肉などの精のつく物を食べさせようと思っていたのだが、麺類が食べたいという紗己の意向を尊重して、蕎麦屋の暖簾をくぐったのだった。
ただの掛け蕎麦ではあっさりしすぎなので、丼物でも付けたらどうだと言ったところ、紗己は迷わず天ざるを選んだ。
実は、丼物を頼んで『土方スペシャル』にされるのを警戒してのチョイスだったのだ。
無論、医者に言われたことが頭にある土方は、紗己の注文品にマヨネーズを掛ける様なことはしない。そもそも紗己自身も、土方がそんなことをしてくるとは思っていない。
だが、もし勧められたら断る自信の無い彼女は、手堅い道を選んだようだ。
食欲が無かったわりには、出された品をしっかりと食べきった紗己。やはり誰かと一緒に食べると食が進む。
土方スペシャルを目の前で食べられても、なおも食欲不振に陥らないとは、案外ツワモノなのかも知れない。
――――――
風は少し冷たいが、陽射しは暖かいために過ごしやすい。多くの人で賑わう大通りを、二人は並んで歩いていた。
立ち並んでいる商店の一角に、いくつかの自販機が設置されている場所が見えてくると、
「副長さん」
優しい声が土方を呼んだ。
紗己が足を止めたので、どうかしたのかと土方も立ち止まり、彼女の方を振り向く。
「どうした」
「あの、私ちょっとそこのお店見てきたいので、副長さんはあそこで待っててもらえますか?」
「なんだそれ、俺も一緒に・・・」
言いながら紗己が指差す方向へと目をやると、そこには煙草の自販機と喫煙コーナーが設けられていた。それを見て、何故彼女がそんな事を言ったのかを理解する。
「紗己、お前・・・」
首の後ろを撫でながら、土方は申し訳なさそうに言葉を続ける。
「あー、そのなんだ・・・悪ィな」
「いいえ、気にしないでください。それじゃあ、行ってきますね」
普段と何も変わらぬ穏やかな笑みを浮かべると、紗己はそのまま商店へと入っていった。
桔梗柄の小紋の着物に若草色の帯、軽やかに揺れる高く結い上げられた彼女の髪を見送ってから、土方は自販機横のベンチに腰を下ろした。
袂から煙草の箱を取り出すと、軽く振って一本抜き取り、咥えて火を点ける。待ちわびた一服を味わうように、深く深く煙を吸い込んだ。
俺、そんなに吸いたそうにしてたか? 思いつつ、きっとしていたのだろうと苦笑いを浮かべた。
ヘビースモーカーの土方にとって、食後の一服をしないのは苦行に等しい。しかし、それを乗り越えなければいけないだけの事情があった。
診察を終え待合室に戻ろうとした際、土方は医者に呼び止められた。どうやら煙草臭が着物から放たれていたらしく、医者から「奥さんの前では吸わないようにねー」と釘を打たれたのだ。
最悪のパターンを想定した医師の話に、強い衝撃を受けて危機感を抱いた土方は、そのせいもあって、昼食後も至福のひと時をぐっと堪えていたのだ。
二本目の煙草を咥えると、紗己が入った店に目をやった。まだ彼女が出てきていないのを確認してから、新たに火を点ける。
これからは、自制しなければいけない事が日々増えていくのだろう。もう、今までのように好き勝手には出来ないのだ。
けれど、そんな縛りも心地良く感じる。一人ではないのだと、共に生きる者がいることが、何にも変え難い幸せなのだと。
「あー、これで俺も蛍族決定だな・・・・・・」
ボソッと呟いて、ベンチに背を預けた。けれどその言葉に哀愁の色は無かった。
診察が終わったのが正午過ぎだったため、病院を出てからそのまま外で昼食を済ませた二人。図らずも土方のデートの計画は遂行された。
「おい、ほんとにもっとしっかりしたモン食わなくて良かったのか?」
「大丈夫ですよ。それに、普段よりはしっかり目に食べましたから」
胃のあたりに手を添えて笑う紗己に、土方は納得したように軽く頷いた。
先程まで二人がいたのは蕎麦屋だ。
土方は紗己の身体を気遣って、肉などの精のつく物を食べさせようと思っていたのだが、麺類が食べたいという紗己の意向を尊重して、蕎麦屋の暖簾をくぐったのだった。
ただの掛け蕎麦ではあっさりしすぎなので、丼物でも付けたらどうだと言ったところ、紗己は迷わず天ざるを選んだ。
実は、丼物を頼んで『土方スペシャル』にされるのを警戒してのチョイスだったのだ。
無論、医者に言われたことが頭にある土方は、紗己の注文品にマヨネーズを掛ける様なことはしない。そもそも紗己自身も、土方がそんなことをしてくるとは思っていない。
だが、もし勧められたら断る自信の無い彼女は、手堅い道を選んだようだ。
食欲が無かったわりには、出された品をしっかりと食べきった紗己。やはり誰かと一緒に食べると食が進む。
土方スペシャルを目の前で食べられても、なおも食欲不振に陥らないとは、案外ツワモノなのかも知れない。
――――――
風は少し冷たいが、陽射しは暖かいために過ごしやすい。多くの人で賑わう大通りを、二人は並んで歩いていた。
立ち並んでいる商店の一角に、いくつかの自販機が設置されている場所が見えてくると、
「副長さん」
優しい声が土方を呼んだ。
紗己が足を止めたので、どうかしたのかと土方も立ち止まり、彼女の方を振り向く。
「どうした」
「あの、私ちょっとそこのお店見てきたいので、副長さんはあそこで待っててもらえますか?」
「なんだそれ、俺も一緒に・・・」
言いながら紗己が指差す方向へと目をやると、そこには煙草の自販機と喫煙コーナーが設けられていた。それを見て、何故彼女がそんな事を言ったのかを理解する。
「紗己、お前・・・」
首の後ろを撫でながら、土方は申し訳なさそうに言葉を続ける。
「あー、そのなんだ・・・悪ィな」
「いいえ、気にしないでください。それじゃあ、行ってきますね」
普段と何も変わらぬ穏やかな笑みを浮かべると、紗己はそのまま商店へと入っていった。
桔梗柄の小紋の着物に若草色の帯、軽やかに揺れる高く結い上げられた彼女の髪を見送ってから、土方は自販機横のベンチに腰を下ろした。
袂から煙草の箱を取り出すと、軽く振って一本抜き取り、咥えて火を点ける。待ちわびた一服を味わうように、深く深く煙を吸い込んだ。
俺、そんなに吸いたそうにしてたか? 思いつつ、きっとしていたのだろうと苦笑いを浮かべた。
ヘビースモーカーの土方にとって、食後の一服をしないのは苦行に等しい。しかし、それを乗り越えなければいけないだけの事情があった。
診察を終え待合室に戻ろうとした際、土方は医者に呼び止められた。どうやら煙草臭が着物から放たれていたらしく、医者から「奥さんの前では吸わないようにねー」と釘を打たれたのだ。
最悪のパターンを想定した医師の話に、強い衝撃を受けて危機感を抱いた土方は、そのせいもあって、昼食後も至福のひと時をぐっと堪えていたのだ。
二本目の煙草を咥えると、紗己が入った店に目をやった。まだ彼女が出てきていないのを確認してから、新たに火を点ける。
これからは、自制しなければいけない事が日々増えていくのだろう。もう、今までのように好き勝手には出来ないのだ。
けれど、そんな縛りも心地良く感じる。一人ではないのだと、共に生きる者がいることが、何にも変え難い幸せなのだと。
「あー、これで俺も蛍族決定だな・・・・・・」
ボソッと呟いて、ベンチに背を預けた。けれどその言葉に哀愁の色は無かった。