第三章
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――――――
しばらく休んで吐き気も治まったため、処置室を出た紗己。受付の横を通って待合室をちらりと覗いたところ、そこに広がる光景に思わず足が止まってしまった。
産婦人科という場所柄、パステルカラーでまとめられたやたらフワフワとした病院内。そこに、顔を隠すように新聞を広げ、そわそわと膝を揺らしている黒い着流しの男が一人。
ものすごく浮いている。背景から完全に浮き出ている。普通にしていればそう目立たないだろうに、恥ずかしそうにしているから、かえって目立ってしまっている。
帯刀しているにも関わらず、どんと構えてない姿がこの場所ではなんだか微笑ましい。
紗己は緩む頬を引き締めて、そわそわと落ち着かない人物のそばに近付いた。
足音に気付いた土方は、わざとらしく咳をしてからちらっと視線を送る。
「お待たせしました」
「ん、ああ。もう・・・大丈夫か?」
「ええ、すぐに治まりました」
彼女の言葉に安心した土方は、ふぅっと肩を下ろすと広げていた新聞を畳んで自分の右隣に置いた。そして長椅子の左隣を人差し指で軽く叩く。『座れ』の合図だ。
紗己はくすりと笑うと、合図に応えるようにそこに腰を下ろした。
二人共、ただ黙って座っているだけ。それでも今まで以上に距離が縮まった気がして、紗己は胸がほっこりと温かくなるのを感じた。
――――――
小一時間程経っただろうか。名前が呼ばれるのを今や遅しと待っていた二人の耳に、看護師の明るい声が飛び込んできた。
「土方さーん、土方紗己さーん」
「・・・っ、はい!」
看護師の声に、紗己は少し間を置いてから反応した。今までに呼ばれたことのない呼び名だったせいで、すぐに気付けなかったのだ。
「じゃ、じゃあ行ってきますね」
「あ、ああ」
互いにそわそわとしたまま、紗己は土方に声を掛けると、腰を上げ診察室へと入っていった。
院内に流れるオルゴールの音色。受付で働く女性達の話し声。待合室では、母親に連れられて来ている幼い子供が時折はしゃぎ、それを母親に叱られている。
それらは普段自分が身を置いている環境とはあまりに違っていて、まるで異空間に迷い込んだようだと土方は密かに吐息した。
(あー、一服してェ・・・・・・)
袂に軽く触れはしたが、ここで吸うわけにはいかない。
苦い表情で前傾姿勢をとった土方は、自身の太腿に両肘を付いて手を組むと、組んだ手の甲に顎を乗せてジッと一点を見つめた。紗己がいる診察室だ。
まだ入ってから数分しか経っていないのに、時間の流れを遅く感じる。
つわりとはいえ、具合の悪い彼女に直面したせいで、順調なのかが気になって仕方が無い。早く診察結果が聞きたいと首を長くして待っていると、診察室から顔を出した看護師が土方を呼んだ。
「土方さーん」
「っ・・・はい!!」
上擦った声で返事をして直立する。ぎこちない動きで足を進めると、気持ちが先を急ぎすぎたのか、あと少しのところで左のスリッパが脱げてしまい、土方より先に診察室に到着してしまった。
きまりが悪そうに脱げたスリッパの元まで来た土方に、初老の男性医師が声を掛ける。
「あー旦那さんね。そこ座って」
空いている丸椅子を指差す。紗己の後方に落ち着いた土方を確認すると、医師はカルテを見ながら話し出した。
「あー土方さん。あのね、奥さん妊娠してますね。妊娠三ヶ月、もうすぐ四ヶ月ね、順調ですよー」
「そ、そうですか・・・・・・!」
医師の口から順調だと聞き、大きく息を漏らした。見るからに安堵の表情を浮かべる土方に、医師も看護師も笑っている。
「今のところは何の問題もないですよー。ああ、ちょっと鉄分不足気味かなあ。ちゃんと食べてる?」
「たまに食欲無くて・・・その時はあんまり・・・・・・」
医師に下瞼を引っ張られた状態で、紗己が言いにくそうに答えた。
「食べ過ぎは良くないけど、適量は食べなきゃ駄目ですよー。旦那さんも気にしてあげてねー。ちゃんと栄養のあるもの食べて、しっかり睡眠とって」
「はあ、栄養ね・・・あっ」
言いながら、土方は何か閃いたように目を輝かせ、身を乗り出して医師に声を掛けた。
「先生! マヨネーズって栄養ありますよね!!」
「は? マヨネーズ?」
生粋のマヨラーである土方は、愛して止まないマヨネーズが万能であると信じて疑わない。
だが医師も看護師も、マヨネーズのみを口に含んだ時のように酸っぱい顔をしている。
「・・・ドレッシングとしてなら、適量なら構わないけどねー。過度の摂取は厳禁ですよー、塩分の取りすぎにもなるし妊婦にはいいことないから」
バッサリと切り捨てられ、土方はがくり肩を落とした。
無理に食べさせる気など毛頭無かったが、少しでも紗己のためになればとは思っていたのだ。
そして紗己はと言うと、土方に気付かれないようにホッと胸を撫で下ろした。
彼の嗜好に口出しする気はないが、自分の食事がクリーム色に覆われるのはさすがに避けたかった事態なので、刀にも怯えずに健康を説いてくれた医師に、紗己は心の底から感謝した。
しばらく休んで吐き気も治まったため、処置室を出た紗己。受付の横を通って待合室をちらりと覗いたところ、そこに広がる光景に思わず足が止まってしまった。
産婦人科という場所柄、パステルカラーでまとめられたやたらフワフワとした病院内。そこに、顔を隠すように新聞を広げ、そわそわと膝を揺らしている黒い着流しの男が一人。
ものすごく浮いている。背景から完全に浮き出ている。普通にしていればそう目立たないだろうに、恥ずかしそうにしているから、かえって目立ってしまっている。
帯刀しているにも関わらず、どんと構えてない姿がこの場所ではなんだか微笑ましい。
紗己は緩む頬を引き締めて、そわそわと落ち着かない人物のそばに近付いた。
足音に気付いた土方は、わざとらしく咳をしてからちらっと視線を送る。
「お待たせしました」
「ん、ああ。もう・・・大丈夫か?」
「ええ、すぐに治まりました」
彼女の言葉に安心した土方は、ふぅっと肩を下ろすと広げていた新聞を畳んで自分の右隣に置いた。そして長椅子の左隣を人差し指で軽く叩く。『座れ』の合図だ。
紗己はくすりと笑うと、合図に応えるようにそこに腰を下ろした。
二人共、ただ黙って座っているだけ。それでも今まで以上に距離が縮まった気がして、紗己は胸がほっこりと温かくなるのを感じた。
――――――
小一時間程経っただろうか。名前が呼ばれるのを今や遅しと待っていた二人の耳に、看護師の明るい声が飛び込んできた。
「土方さーん、土方紗己さーん」
「・・・っ、はい!」
看護師の声に、紗己は少し間を置いてから反応した。今までに呼ばれたことのない呼び名だったせいで、すぐに気付けなかったのだ。
「じゃ、じゃあ行ってきますね」
「あ、ああ」
互いにそわそわとしたまま、紗己は土方に声を掛けると、腰を上げ診察室へと入っていった。
院内に流れるオルゴールの音色。受付で働く女性達の話し声。待合室では、母親に連れられて来ている幼い子供が時折はしゃぎ、それを母親に叱られている。
それらは普段自分が身を置いている環境とはあまりに違っていて、まるで異空間に迷い込んだようだと土方は密かに吐息した。
(あー、一服してェ・・・・・・)
袂に軽く触れはしたが、ここで吸うわけにはいかない。
苦い表情で前傾姿勢をとった土方は、自身の太腿に両肘を付いて手を組むと、組んだ手の甲に顎を乗せてジッと一点を見つめた。紗己がいる診察室だ。
まだ入ってから数分しか経っていないのに、時間の流れを遅く感じる。
つわりとはいえ、具合の悪い彼女に直面したせいで、順調なのかが気になって仕方が無い。早く診察結果が聞きたいと首を長くして待っていると、診察室から顔を出した看護師が土方を呼んだ。
「土方さーん」
「っ・・・はい!!」
上擦った声で返事をして直立する。ぎこちない動きで足を進めると、気持ちが先を急ぎすぎたのか、あと少しのところで左のスリッパが脱げてしまい、土方より先に診察室に到着してしまった。
きまりが悪そうに脱げたスリッパの元まで来た土方に、初老の男性医師が声を掛ける。
「あー旦那さんね。そこ座って」
空いている丸椅子を指差す。紗己の後方に落ち着いた土方を確認すると、医師はカルテを見ながら話し出した。
「あー土方さん。あのね、奥さん妊娠してますね。妊娠三ヶ月、もうすぐ四ヶ月ね、順調ですよー」
「そ、そうですか・・・・・・!」
医師の口から順調だと聞き、大きく息を漏らした。見るからに安堵の表情を浮かべる土方に、医師も看護師も笑っている。
「今のところは何の問題もないですよー。ああ、ちょっと鉄分不足気味かなあ。ちゃんと食べてる?」
「たまに食欲無くて・・・その時はあんまり・・・・・・」
医師に下瞼を引っ張られた状態で、紗己が言いにくそうに答えた。
「食べ過ぎは良くないけど、適量は食べなきゃ駄目ですよー。旦那さんも気にしてあげてねー。ちゃんと栄養のあるもの食べて、しっかり睡眠とって」
「はあ、栄養ね・・・あっ」
言いながら、土方は何か閃いたように目を輝かせ、身を乗り出して医師に声を掛けた。
「先生! マヨネーズって栄養ありますよね!!」
「は? マヨネーズ?」
生粋のマヨラーである土方は、愛して止まないマヨネーズが万能であると信じて疑わない。
だが医師も看護師も、マヨネーズのみを口に含んだ時のように酸っぱい顔をしている。
「・・・ドレッシングとしてなら、適量なら構わないけどねー。過度の摂取は厳禁ですよー、塩分の取りすぎにもなるし妊婦にはいいことないから」
バッサリと切り捨てられ、土方はがくり肩を落とした。
無理に食べさせる気など毛頭無かったが、少しでも紗己のためになればとは思っていたのだ。
そして紗己はと言うと、土方に気付かれないようにホッと胸を撫で下ろした。
彼の嗜好に口出しする気はないが、自分の食事がクリーム色に覆われるのはさすがに避けたかった事態なので、刀にも怯えずに健康を説いてくれた医師に、紗己は心の底から感謝した。