序章
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――――――
洗い立ての浴衣を大量に物干し竿に吊るすと、紗己はふと辺りを見渡した。
いつもと同じ景色。高い塀から見える空も、しっかり腰を据えている大きな木も――。
なのにどうしてだろう、今日はいつもよりも鮮やかに見える。
紗己は鈍く疼く尾てい骨を押さえながら、縁側に腰を下ろした。
(怒ってたな、副長さん・・・・・・)
今朝からずっとピリピリしながら屯所を歩き回っていた土方を思い出し、紗己はくすりと小さく笑った。
朝炊事場で仕事をしていたら、遠くから土方の声が聞こえてきた。
昨夜初めて会話らしいものをした、深く耳に残る印象的な男の声。恥ずかしい気持ちが一気に膨れ上がり、思わず裏口に身を隠した。
その後、洗濯場で仕事をしていると、洗剤に紛れて煙草の匂いが漂ってきた。
どこか隠れる場所をと、近付いてくる足音に心臓を跳ね上がらせながら、慌てて扉一枚隔てた所に身を潜めたが、どうやら他の隊士に声を掛けられたようで、彼女の居る所まで煙は侵入して来なかった。
私のこと、捜してるんだ――確信に変わったのは、中庭の掃除をしていた時。
乾いた太陽の匂いに、またしても苦くて煙たいモノが混じってきた。
一度逃げてしまうと、もうどんな顔をしていいのか分からない。紗己は植え込みの裏に急いで移り、ジッと息を呑んだ。
地味な色の着物を着ていて良かったと思いながら、植え込みの隙間から縁側を覗き見ると、そこにいたのは気難しい顔で、口からひっきりなしに煙を吐き続けている男の姿が。
怖いとは思わなかったが、到底顔を見せる勇気もなく、結局その後も土方が外出するまで延々逃げ回り続けた。
もう一度、今朝からの流れを思い返し小さく笑う。
実のところ、紗己は嬉しかったのだ。
相手は大人の男だ。しかも仕事人間のように見える。面倒事はごめんだと、拒絶されるものだと思っていた。
だから理由は何であれ、必死に自分を捜し回っている土方を見て、少しだけ安堵した。
(なんだか大変な事になっちゃったなー・・・・・・)
まるで他人事のように思ってしまう。人生の急展開に、彼女自身が追いついていないのだ。
夜中に目が覚めてしまったので水を飲みに食堂に行き、夜風に当たろうと縁側を歩いていると。遠くの方で行き倒れている男を見つけた。
副長さん? あれ、あの部屋って副長さんの部屋だったよね・・・・・・?
あろう事か、『鬼』と称される真選組の副長が、自室前の縁側で酒の匂いを撒き散らして眠りこけている。
放っといたら、風邪を引いてしまうかもしれない。厭らしい下心など持ち合わせていない田舎娘は、親切心から声を掛けた。
酔っ払いに近付いた経験すら無い紗己は、この行動がどういった可能性を秘めているのか思いもつかなかった――。
紗己は縁側で静かに息をつくと、唇に指先をそっと這わせた。
「・・・土、方さん・・・・・・」
生まれて初めて、男に抱き締められた。生まれて初めて、口付けを交わした。生まれて初めて、抱かれた――。
「あれ? なんで・・・・・・」
涙が頬を伝う。嬉しい、悲しいという感情ではなく、こんなふうに自然と零れる涙は生まれて初めてだった。
洗い立ての浴衣を大量に物干し竿に吊るすと、紗己はふと辺りを見渡した。
いつもと同じ景色。高い塀から見える空も、しっかり腰を据えている大きな木も――。
なのにどうしてだろう、今日はいつもよりも鮮やかに見える。
紗己は鈍く疼く尾てい骨を押さえながら、縁側に腰を下ろした。
(怒ってたな、副長さん・・・・・・)
今朝からずっとピリピリしながら屯所を歩き回っていた土方を思い出し、紗己はくすりと小さく笑った。
朝炊事場で仕事をしていたら、遠くから土方の声が聞こえてきた。
昨夜初めて会話らしいものをした、深く耳に残る印象的な男の声。恥ずかしい気持ちが一気に膨れ上がり、思わず裏口に身を隠した。
その後、洗濯場で仕事をしていると、洗剤に紛れて煙草の匂いが漂ってきた。
どこか隠れる場所をと、近付いてくる足音に心臓を跳ね上がらせながら、慌てて扉一枚隔てた所に身を潜めたが、どうやら他の隊士に声を掛けられたようで、彼女の居る所まで煙は侵入して来なかった。
私のこと、捜してるんだ――確信に変わったのは、中庭の掃除をしていた時。
乾いた太陽の匂いに、またしても苦くて煙たいモノが混じってきた。
一度逃げてしまうと、もうどんな顔をしていいのか分からない。紗己は植え込みの裏に急いで移り、ジッと息を呑んだ。
地味な色の着物を着ていて良かったと思いながら、植え込みの隙間から縁側を覗き見ると、そこにいたのは気難しい顔で、口からひっきりなしに煙を吐き続けている男の姿が。
怖いとは思わなかったが、到底顔を見せる勇気もなく、結局その後も土方が外出するまで延々逃げ回り続けた。
もう一度、今朝からの流れを思い返し小さく笑う。
実のところ、紗己は嬉しかったのだ。
相手は大人の男だ。しかも仕事人間のように見える。面倒事はごめんだと、拒絶されるものだと思っていた。
だから理由は何であれ、必死に自分を捜し回っている土方を見て、少しだけ安堵した。
(なんだか大変な事になっちゃったなー・・・・・・)
まるで他人事のように思ってしまう。人生の急展開に、彼女自身が追いついていないのだ。
夜中に目が覚めてしまったので水を飲みに食堂に行き、夜風に当たろうと縁側を歩いていると。遠くの方で行き倒れている男を見つけた。
副長さん? あれ、あの部屋って副長さんの部屋だったよね・・・・・・?
あろう事か、『鬼』と称される真選組の副長が、自室前の縁側で酒の匂いを撒き散らして眠りこけている。
放っといたら、風邪を引いてしまうかもしれない。厭らしい下心など持ち合わせていない田舎娘は、親切心から声を掛けた。
酔っ払いに近付いた経験すら無い紗己は、この行動がどういった可能性を秘めているのか思いもつかなかった――。
紗己は縁側で静かに息をつくと、唇に指先をそっと這わせた。
「・・・土、方さん・・・・・・」
生まれて初めて、男に抱き締められた。生まれて初めて、口付けを交わした。生まれて初めて、抱かれた――。
「あれ? なんで・・・・・・」
涙が頬を伝う。嬉しい、悲しいという感情ではなく、こんなふうに自然と零れる涙は生まれて初めてだった。