第三章
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「紗己、アンタ今幸せか」
顔を背けたまま、ぼそりと小さく問い掛ける。頷いてほしいと心のどこかで願ってしまうのは良心の呵責だろうか。
そんな沖田の心情には左右されないし気付くこともないが、紗己は問い掛けに素直に頷いた。
「はい、幸せです」
「・・・身代わりだったとしてもか」
もう言わないでおこうと思っていたのに、口をついて出た言葉。けれど紗己の答えは、沖田の苦い表情を変えるものだった。
「もし身代わりだったとしても、私が知ってる副長さんは、今の副長さんなんです。だから・・・」
今の副長さんを好きになったから、私、幸せです――。
晴れ渡る青空を眺めながら、紗己は気持ちの揺れなど微塵も感じさせない、凛とした笑顔で言った。
その真っ直ぐな想いが隣に居る男を救っていることに、紗己自身は気付きもしない。
「はっ・・・ほんと、馬鹿馬鹿しくてやってられねェ」
沖田は呆れたように笑ってみせると、随分とスッキリした様子で天井を仰いだ。
胸の重石も取れ、気が楽になったのだろう。ようやく普段通りの飄々とした表情に戻り、それを見た紗己もホッとした顔を見せる。
「沖田さん、元気出ましたか?」
「なんでェ、そりゃ。俺は別に・・・」
さっきまでの自分がそんなに落ちているように見えたのかと思うと、居心地が悪くて仕方ない。
しかし紗己はいとも簡単に、沖田をもっと居心地悪い状態へと導いた。
「沖田さんは、副長さんのことすごく好きなんですね」
「なっ・・・」
「好きじゃなきゃ、そこまで気にならないんじゃないですか? お兄さんみたいに慕ってるんでしょう?」
思いも寄らない紗己の発言に声も出ない沖田に対し、紗己は半月型の瞳に弧を描いて笑いかける。
鈍感さ故か、控え目な割には時に物怖じしない彼女からとんでもない反撃を受けた沖田は、呆れたように肩を竦めて盛大に嘆息した。
「はぁ・・・なんか疲れちまった。俺ァ部屋に戻って休ませてもらうぜ」
否定も言い訳もしないのは、そうするのが面倒だからなのか、それともあながち外れてはいないのか。その様子からは何も窺えないが、機嫌を悪くしたわけではなさそうだ。
沖田はすくっと立ち上がると、座ったままの紗己を見下ろして言葉を掛けた。
「悪かったな、いろいろと吹き込んじまって。心配しなくても、アンタは姉上の身代わりなんかじゃねェよ」
言いながら、口端を上げて言葉を続ける。
「俺の姉上は、そんなに鈍くねェ」
特に何か特別な反応を期待して言った訳ではないが、案の定紗己は、よく分かっていないのかきょとんとした表情を浮かべている。その姿が鈍いのだと、沖田は胸中で零した。
「それじゃァ、あんまり無理しねーようにな」
くるりと背中を向けて、軽く手を上げ歩き出す。
すると紗己が、半分腰を上げて慌てて沖田を呼び止めた。
「沖田さん!」
「なんだ、どうかしたか?」
「さっき言い忘れてました。あの・・・もし沖田さんがここで寝ちゃってたら、ちゃんと起こしますから。さすがに私の力じゃ、部屋まで運ぶことは出来ないですけど」
先程の沖田の発言を、額面通りに受け止めたらしい。
それを聞いた沖田はまたも呆れたように苦笑いを浮かべ、でもすぐに無表情を取り繕うと、紗己の方に振り返って言葉を返した。
「構わねェよ、俺は自分で歩けるからな」
表情の割には穏やかな声音でそう言うと、ようやくこれで快眠できると廊下の先へと去っていった。
――――――
まだ完全に開ききらない瞳のまま、枕元の時計を確認する。段々と焦点が合って、文字盤がはっきり見えたところで、土方は大きく欠伸をした。
「十時か・・・寝過ぎちまったな・・・・・・」
昨夜は仕事が長引いたため、自室に戻って来れたのはもう明け方のことだった。
紗己の顔を見たいという気持ちもあったのだが、何分時間が遅すぎる。起こしてしまうのも可哀想だし、何より襲いくる睡魔には勝てそうにない。
結局彼女の部屋を訪ねるのは諦め、夢の中へと落ちていったのだ。
土方は掛布団を剥ぐと、片腕で身体を支えながらのそりと起き上がった。
とりあえず食堂へ行こうと、着ていた寝間着を脱いで、掛けてある着物に袖を通す。歩きながら帯を締め、障子戸の前で最後の一結び。
ある程度身なりを整えてから障子戸を開けると、ちょうど廊下を曲がってきたばかりの沖田と遭遇した。
「おう総悟。なんだ、まだ休んでなかったのか」
「今から部屋に戻るところでさァ。いろいろ疲れちまって、頭回んねーや」
「今日は非番だろ、ゆっくり休養して明日に備えろよ」
言いながら部屋を出て、後ろ手に障子戸を閉める。
すると、逆方向に歩き出した土方に、沖田が後ろから声を掛けてきた。
「土方さん」
「あ? なんだ、どうかしたか」
「アンタ、果報者だ」
「は? 何がだよ?」
唐突な沖田の発言に、まったく意味が分からない土方。しかし沖田は、訝しげな顔をしている土方に細かい説明をする気など毛頭ない。
「まあいーや。俺はもう大丈夫なんで、あとは好きにやってくだせェ」
相変わらずの淡々とした口調で自己完結すると、沖田は両手をズボンのポケットに突っ込んでくるりと背中を向けた。
そして、いきなり謎の発言をぶつけられ、寝起きも重なり頭の中が疑問符で埋め尽くされている土方を尻目に、自室のある方へスタスタと行ってしまった。
顔を背けたまま、ぼそりと小さく問い掛ける。頷いてほしいと心のどこかで願ってしまうのは良心の呵責だろうか。
そんな沖田の心情には左右されないし気付くこともないが、紗己は問い掛けに素直に頷いた。
「はい、幸せです」
「・・・身代わりだったとしてもか」
もう言わないでおこうと思っていたのに、口をついて出た言葉。けれど紗己の答えは、沖田の苦い表情を変えるものだった。
「もし身代わりだったとしても、私が知ってる副長さんは、今の副長さんなんです。だから・・・」
今の副長さんを好きになったから、私、幸せです――。
晴れ渡る青空を眺めながら、紗己は気持ちの揺れなど微塵も感じさせない、凛とした笑顔で言った。
その真っ直ぐな想いが隣に居る男を救っていることに、紗己自身は気付きもしない。
「はっ・・・ほんと、馬鹿馬鹿しくてやってられねェ」
沖田は呆れたように笑ってみせると、随分とスッキリした様子で天井を仰いだ。
胸の重石も取れ、気が楽になったのだろう。ようやく普段通りの飄々とした表情に戻り、それを見た紗己もホッとした顔を見せる。
「沖田さん、元気出ましたか?」
「なんでェ、そりゃ。俺は別に・・・」
さっきまでの自分がそんなに落ちているように見えたのかと思うと、居心地が悪くて仕方ない。
しかし紗己はいとも簡単に、沖田をもっと居心地悪い状態へと導いた。
「沖田さんは、副長さんのことすごく好きなんですね」
「なっ・・・」
「好きじゃなきゃ、そこまで気にならないんじゃないですか? お兄さんみたいに慕ってるんでしょう?」
思いも寄らない紗己の発言に声も出ない沖田に対し、紗己は半月型の瞳に弧を描いて笑いかける。
鈍感さ故か、控え目な割には時に物怖じしない彼女からとんでもない反撃を受けた沖田は、呆れたように肩を竦めて盛大に嘆息した。
「はぁ・・・なんか疲れちまった。俺ァ部屋に戻って休ませてもらうぜ」
否定も言い訳もしないのは、そうするのが面倒だからなのか、それともあながち外れてはいないのか。その様子からは何も窺えないが、機嫌を悪くしたわけではなさそうだ。
沖田はすくっと立ち上がると、座ったままの紗己を見下ろして言葉を掛けた。
「悪かったな、いろいろと吹き込んじまって。心配しなくても、アンタは姉上の身代わりなんかじゃねェよ」
言いながら、口端を上げて言葉を続ける。
「俺の姉上は、そんなに鈍くねェ」
特に何か特別な反応を期待して言った訳ではないが、案の定紗己は、よく分かっていないのかきょとんとした表情を浮かべている。その姿が鈍いのだと、沖田は胸中で零した。
「それじゃァ、あんまり無理しねーようにな」
くるりと背中を向けて、軽く手を上げ歩き出す。
すると紗己が、半分腰を上げて慌てて沖田を呼び止めた。
「沖田さん!」
「なんだ、どうかしたか?」
「さっき言い忘れてました。あの・・・もし沖田さんがここで寝ちゃってたら、ちゃんと起こしますから。さすがに私の力じゃ、部屋まで運ぶことは出来ないですけど」
先程の沖田の発言を、額面通りに受け止めたらしい。
それを聞いた沖田はまたも呆れたように苦笑いを浮かべ、でもすぐに無表情を取り繕うと、紗己の方に振り返って言葉を返した。
「構わねェよ、俺は自分で歩けるからな」
表情の割には穏やかな声音でそう言うと、ようやくこれで快眠できると廊下の先へと去っていった。
――――――
まだ完全に開ききらない瞳のまま、枕元の時計を確認する。段々と焦点が合って、文字盤がはっきり見えたところで、土方は大きく欠伸をした。
「十時か・・・寝過ぎちまったな・・・・・・」
昨夜は仕事が長引いたため、自室に戻って来れたのはもう明け方のことだった。
紗己の顔を見たいという気持ちもあったのだが、何分時間が遅すぎる。起こしてしまうのも可哀想だし、何より襲いくる睡魔には勝てそうにない。
結局彼女の部屋を訪ねるのは諦め、夢の中へと落ちていったのだ。
土方は掛布団を剥ぐと、片腕で身体を支えながらのそりと起き上がった。
とりあえず食堂へ行こうと、着ていた寝間着を脱いで、掛けてある着物に袖を通す。歩きながら帯を締め、障子戸の前で最後の一結び。
ある程度身なりを整えてから障子戸を開けると、ちょうど廊下を曲がってきたばかりの沖田と遭遇した。
「おう総悟。なんだ、まだ休んでなかったのか」
「今から部屋に戻るところでさァ。いろいろ疲れちまって、頭回んねーや」
「今日は非番だろ、ゆっくり休養して明日に備えろよ」
言いながら部屋を出て、後ろ手に障子戸を閉める。
すると、逆方向に歩き出した土方に、沖田が後ろから声を掛けてきた。
「土方さん」
「あ? なんだ、どうかしたか」
「アンタ、果報者だ」
「は? 何がだよ?」
唐突な沖田の発言に、まったく意味が分からない土方。しかし沖田は、訝しげな顔をしている土方に細かい説明をする気など毛頭ない。
「まあいーや。俺はもう大丈夫なんで、あとは好きにやってくだせェ」
相変わらずの淡々とした口調で自己完結すると、沖田は両手をズボンのポケットに突っ込んでくるりと背中を向けた。
そして、いきなり謎の発言をぶつけられ、寝起きも重なり頭の中が疑問符で埋め尽くされている土方を尻目に、自室のある方へスタスタと行ってしまった。