第三章
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――――――
もう泣き止んでいた紗己が、少しもぞもぞと身体を動かすと、それに気付いた土方が彼女の身体を離した。
「ご、ごめんなさい! もう平気ですからっ・・・」
慌てて目元を擦って、乱れた髪も手櫛で整える。そんな紗己の姿に、そう簡単に性格は変わらないのかと土方は嘆息した。
平気平気って、ちょっとは甘えるとかねェのかよ。まあ、そういうところもコイツらしいと言えばらしいんだが・・・・・・。
それでも今は、とにかく幸せが心の比重を占めているため、気遣いすぎる彼女のことも可愛く思えてくる。
浮かれ気分の土方は、紗己の頭にポンと軽く手を乗せると、少しニヤけた顔を意識的に引き締めた。
「ちょっと遅くなっちまったな。そろそろ帰るぞ」
「は、はい」
切っていたエンジンをかけると、バックミラーで後方を確認する。サイドミラーも確認してから、発進しようとハンドルを切ろうとして――土方はそこで動きを止めた。
何かが頭に引っ掛かった。なんだろう、このまま行ってはいけないような。
この躊躇いの正体が一体何なのかと、眉根を寄せて思考を働かせてみる。
(そういや、結婚の話がまだだったか・・・・・・)
妊娠・出産となれば、結婚は絶対だと古風な男は考えている。先に手を出しておいて、古風も何もあったものではないのだが。
屯所に二人で帰れば、必ずや紗己の耳に結婚の話が入ってしまうだろう。
勿論結婚するつもりなので、聞かれて困るわけではない。だが自分が彼女に話を持ち出す前に、他人からの情報が入るのはどうにも気に入らない。
順番違いで始まった関係だからこそ、せめて結婚くらいは順序通りにしたい。要するに土方は、きちんとプロポーズをした上で結婚をしたいのだ。
ある程度思考がまとまったのか、土方は大きく咳払いをすると、エンジンキーを捻って紗己の方に逞しい身体を向けた。
「お、おい紗己っ」
「はい」
「いっ、いやその・・・っ」
「はい?」
言葉に詰まっている土方に、どうかしたのかと小首を傾げる。
きっと結婚のことなど、ちらりとも頭に浮かんではいないだろう彼女のその姿に、かえって土方は焦ってしまった。
(なんで俺、こんなに緊張してんだ)
慌てて紗己に背中を向けると、なんとか落ち着かねばと深呼吸を繰り返す。
もう子供まで出来てしまっているのだ、今更照れるような間柄でもないだろう。思いはするが、胸の鼓動が跳ね上がるのを止められない。
女性に免疫が無いわけではない。ならば何故、ここまで緊張してしまうのだろう。
思いとは裏腹に汗で光る手の平に視線を落とし、ふとあることに気が付いた。
そういや俺、コイツに手ェ出した記憶がねえぞ・・・・・・?
二人が結ばれた唯一の、奇跡とも言える一夜。土方は酔い潰れていて、目覚めた時にはもう事が済んだ後だった。
結局まともな意識下では、土方は紗己に対して、肉体はおろか口付けすらしていない。ある意味、とても清い関係なのだ。
お互いの気持ちが決まっているとはいえ、土方の緊張も仕方の無いことだろう。
ならばプロポーズ無しでいけばいいのだが、その選択肢は彼の中には無い。
むしろ意地だ。何が何でもずれた順番を正したい。それが紗己に対する、自分に出来るせめてもの誠意だと頭の固い男は考えている。
意を決して、今しかないのだと、土方は紗己の方に向き直って彼女の両肩をガシッと掴んだ。
「紗己!」
「っ・・・はい!」
いきなりのことに目を丸くしている紗己。土方はごくり息を呑むと、まるで睨むような瞳を向けて重々しく口を開いた。
「今から、大事なこと言うぞ・・・」
「・・・え、はい・・・・・・?」
「その・・・俺と、けっ、け・・・」
「・・・毛?」
彼女の視線が髪にいったので、慌てて「毛じゃねえっ!」と否定を入れる。
「ちょ、ちょっと待ってくれっ」
前髪を揺らして思い切り顔を逸らすと、浅い深呼吸を短く何度も繰り返した。
落ち着け、俺! 大丈夫だ、俺っ!! 簡単なことじゃねェか、これくらいなんてことねーだろ!?
なんてことがあるから、ここまで吃ってしまうのだが。それでも何とか気を持ち直すと、もう一度紗己を見つめて、胸一杯に息を吸い込んだ。
「紗己! 俺とけ・・・っ、けっ、けけ・・・」
結婚してくれ――! 先に頭の中で言ってから、今なら言えると再度口を開いた瞬間。
――プルルルルッ!
静寂を切り裂くような激しいベル音が、車内に鳴り響いた。
「・・・・・・」
土方は口を半分開いて、見たままそれと分かるほどにがっくりと肩を落とす。
(なんで、なんだってこのタイミングで・・・・・・)
一気に脱力感が身体を襲い、もうとてもじゃないが言い直しなんて出来ない。
自分の肩に手を置いて、項垂れ脱力している男の旋毛をまじまじと見ながら、依然着信中の電話を気にして、紗己が控え目に声を掛けてきた。
「あの・・・電話、出なくていいんですか?」
もういい、と思いはするも、そのまま放っておくわけにもいかず。
土方は紗己の肩からずるりと手を下ろすと、緩慢な動作で携帯に手を伸ばした。
もう泣き止んでいた紗己が、少しもぞもぞと身体を動かすと、それに気付いた土方が彼女の身体を離した。
「ご、ごめんなさい! もう平気ですからっ・・・」
慌てて目元を擦って、乱れた髪も手櫛で整える。そんな紗己の姿に、そう簡単に性格は変わらないのかと土方は嘆息した。
平気平気って、ちょっとは甘えるとかねェのかよ。まあ、そういうところもコイツらしいと言えばらしいんだが・・・・・・。
それでも今は、とにかく幸せが心の比重を占めているため、気遣いすぎる彼女のことも可愛く思えてくる。
浮かれ気分の土方は、紗己の頭にポンと軽く手を乗せると、少しニヤけた顔を意識的に引き締めた。
「ちょっと遅くなっちまったな。そろそろ帰るぞ」
「は、はい」
切っていたエンジンをかけると、バックミラーで後方を確認する。サイドミラーも確認してから、発進しようとハンドルを切ろうとして――土方はそこで動きを止めた。
何かが頭に引っ掛かった。なんだろう、このまま行ってはいけないような。
この躊躇いの正体が一体何なのかと、眉根を寄せて思考を働かせてみる。
(そういや、結婚の話がまだだったか・・・・・・)
妊娠・出産となれば、結婚は絶対だと古風な男は考えている。先に手を出しておいて、古風も何もあったものではないのだが。
屯所に二人で帰れば、必ずや紗己の耳に結婚の話が入ってしまうだろう。
勿論結婚するつもりなので、聞かれて困るわけではない。だが自分が彼女に話を持ち出す前に、他人からの情報が入るのはどうにも気に入らない。
順番違いで始まった関係だからこそ、せめて結婚くらいは順序通りにしたい。要するに土方は、きちんとプロポーズをした上で結婚をしたいのだ。
ある程度思考がまとまったのか、土方は大きく咳払いをすると、エンジンキーを捻って紗己の方に逞しい身体を向けた。
「お、おい紗己っ」
「はい」
「いっ、いやその・・・っ」
「はい?」
言葉に詰まっている土方に、どうかしたのかと小首を傾げる。
きっと結婚のことなど、ちらりとも頭に浮かんではいないだろう彼女のその姿に、かえって土方は焦ってしまった。
(なんで俺、こんなに緊張してんだ)
慌てて紗己に背中を向けると、なんとか落ち着かねばと深呼吸を繰り返す。
もう子供まで出来てしまっているのだ、今更照れるような間柄でもないだろう。思いはするが、胸の鼓動が跳ね上がるのを止められない。
女性に免疫が無いわけではない。ならば何故、ここまで緊張してしまうのだろう。
思いとは裏腹に汗で光る手の平に視線を落とし、ふとあることに気が付いた。
そういや俺、コイツに手ェ出した記憶がねえぞ・・・・・・?
二人が結ばれた唯一の、奇跡とも言える一夜。土方は酔い潰れていて、目覚めた時にはもう事が済んだ後だった。
結局まともな意識下では、土方は紗己に対して、肉体はおろか口付けすらしていない。ある意味、とても清い関係なのだ。
お互いの気持ちが決まっているとはいえ、土方の緊張も仕方の無いことだろう。
ならばプロポーズ無しでいけばいいのだが、その選択肢は彼の中には無い。
むしろ意地だ。何が何でもずれた順番を正したい。それが紗己に対する、自分に出来るせめてもの誠意だと頭の固い男は考えている。
意を決して、今しかないのだと、土方は紗己の方に向き直って彼女の両肩をガシッと掴んだ。
「紗己!」
「っ・・・はい!」
いきなりのことに目を丸くしている紗己。土方はごくり息を呑むと、まるで睨むような瞳を向けて重々しく口を開いた。
「今から、大事なこと言うぞ・・・」
「・・・え、はい・・・・・・?」
「その・・・俺と、けっ、け・・・」
「・・・毛?」
彼女の視線が髪にいったので、慌てて「毛じゃねえっ!」と否定を入れる。
「ちょ、ちょっと待ってくれっ」
前髪を揺らして思い切り顔を逸らすと、浅い深呼吸を短く何度も繰り返した。
落ち着け、俺! 大丈夫だ、俺っ!! 簡単なことじゃねェか、これくらいなんてことねーだろ!?
なんてことがあるから、ここまで吃ってしまうのだが。それでも何とか気を持ち直すと、もう一度紗己を見つめて、胸一杯に息を吸い込んだ。
「紗己! 俺とけ・・・っ、けっ、けけ・・・」
結婚してくれ――! 先に頭の中で言ってから、今なら言えると再度口を開いた瞬間。
――プルルルルッ!
静寂を切り裂くような激しいベル音が、車内に鳴り響いた。
「・・・・・・」
土方は口を半分開いて、見たままそれと分かるほどにがっくりと肩を落とす。
(なんで、なんだってこのタイミングで・・・・・・)
一気に脱力感が身体を襲い、もうとてもじゃないが言い直しなんて出来ない。
自分の肩に手を置いて、項垂れ脱力している男の旋毛をまじまじと見ながら、依然着信中の電話を気にして、紗己が控え目に声を掛けてきた。
「あの・・・電話、出なくていいんですか?」
もういい、と思いはするも、そのまま放っておくわけにもいかず。
土方は紗己の肩からずるりと手を下ろすと、緩慢な動作で携帯に手を伸ばした。