第二章
名前変換はこちら
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
妊娠していることを聞かされて初めは動揺した土方だったが、自分の人生に当たり前に紗己が居た事に改めて気付いた。その彼女が姿を消してしまい、それがこんなにも苦しい事だったと思い知った。
なのに何故紗己は、こんなにも大事な『二人の将来』についての事を、二人で一緒に考えようとしないのか。
勘違いの果ての、若干乙女っぽい悩みに胸を痛めつつ、だがこのままではいつまでたっても埒が明かないとも思う。
ここはやはり自分が主導権を握らねばと、土方は気持ちを静めるために、未だハンドルに凭れたままではあるが深呼吸をした。
頭の中に新鮮な空気を送り込み、『穏やかさ』を心掛けて紗己に話し掛ける。
「・・・怒鳴って悪かった。でもな、大事なことなんだからお前の気持ちを聞かせてくれ。俺に気ィ遣わなくていいから・・・お前の本音が知りてえんだ」
俯いた状態で話しているために、くぐもった声が車内に響く。それがやけに苦しそうに聞こえて、紗己は不意に土方の背中に手を伸ばした。
「・・・っ!?」
突然触れられた背中の感触に驚き、鼓動が跳ね上がる。ゆっくりと顔を上げ隣に目をやると、不安気な表情を浮かべた紗己と目が合った。
「私、副長さんのこと、困らせたくなくて・・・・・・。それなのに、結局、裏目に出てますね・・・・・・」
まだ土方の背中に手を置いたまま、紗己は息苦しそうに言葉を吐いた。
(紗己、お前ってヤツは・・・・・・)
眉根を寄せてきゅっと唇を噛んでいる紗己の姿に、これがいつも穏やかな笑みを湛えている彼女のもう一つの姿なのだと、土方は改めて認識する。
(気付いてやれなかった俺が悪かったんだ)
胸の痛みに吐息しつつ、ハンドルに凭れていた上体を起こす。
背中に触れていた温もりが、スッと離れていくのを感じた土方は、助手席の方に身体を向けた。
「あ・・・」
射抜くような双眸に、紗己の唇から思わず声が漏れ出る。動揺が見て取れる彼女の、躊躇いがちにまだ宙に浮いたままだった右手を、土方の左手がそっと掴んだ。
その感触を確かめるように、親指の腹で柔らかい手の内側を何度か撫でると、やがて自身の両手で紗己の手をしっかりと包み込んだ。
「・・・悪いのは俺の方だ。最初の・・・あの夜、俺が困った顔しちまったから、お前気ィ遣って平気だなんて言って、事故だって自分に言い聞かせてきたんだろ・・・・・・」
そのせいで彼女に本音を言わせない関係をつくってしまったと、今更ながら後悔する。
しかし紗己は、真剣な表情で彼の言葉を半分だけ否定した。
「そんなっ、言い聞かせてたなんて・・・思い込んでただけですから!」
「・・・え?」
ひょっとしたらすごく大事なことを言われて、それに耳がついていかなかっただけなのかと土方は首を傾げた。
その姿に紗己は、聞こえなかったのではと思い、もう一度言い直す。
「ああ、えっと・・・『言い聞かせてた』じゃなくて、『思い込んでた』だけです」
「・・・・・・」
どこがどう違うんだよ、オイ! つーかなんでコイツはいつもいつも、こうも流れをぶった斬ってくれんだ・・・・・・!
本当にどうでもいいと言わざるを得ない、微妙な違いと訂正。紗己にとっては大きな違いなのかもしれないが、土方はやや呆れ顔だ。
握っていた紗己の手を離すと、空いた手で眉間を押し上げる。
「いや、それどっちも一緒だから・・・・・・。つーか、どのみちお前が無理してたことには変わりねェだろうが」
どちらかといえば投げやりな言い方をした土方に、紗己は大きく反応した。身を乗り出して、首を横に振ってみせる。
「無理だなんて・・・私、思い込むの得意なんです! 子供の頃からずっとそうしてきたんです!!」
「・・・・・・」
必死な眼差しで訴える紗己に気圧され、土方は言葉を失ってしまった。
目の前の男の様子も気にならないほど、自身の思いを吐き出すことにしか頭が回らない紗己は、やや早口で言葉を続ける。
「ずっとそうしてきました・・・母が死んだときも、これで母が幸せになれる、もう痛い思いしないで楽になれるんだって思い込んで・・・・・・。そしたら悲しくなくなったんです、泣かなかったんです!」
悲しみを秘めた声色が、ポジティブシンキングを否定している。それに本人が気付いていない分、聞いている方は哀れにすら思えてくる。
いくら思い込むったって、限度ってもんがあるだろうが。土方は胸中で呟き嘆息した。だが、それが彼女にとっては普通のことなのだ。
悲しみを受け入れるため、無意識のうちに感情を捻じ曲げて生きてきた。いつでも自分より相手を優先してしまう、不器用な彼女の器用すぎる発想。
土方には、月並みな言葉しか思い浮かばなかった。
「・・・なんでそうまでして思い込む必要があるんだよ。大事な人間が死んだら、誰だって悲しいのが普通・・・」
言いかけて、途中でふと気付く。
悲しいのは、普通なんだ――。
昔の想い人が死んで、彼女の命日に酒を浴びるように飲んだのは、悲しみから逃れたかったから。最期まで何もしてやれなかったと、その後悔からも逃れたかった。
そうか、俺は悲しかったんだな・・・・・・。ずっと認めたくなくて、忘れようとしてきたが――。
認めてしまえば、案外楽になるもんだと土方は思う。
一度悲しいと認めてしまったら、刀を振るうこともままならなくなりそうで、それが怖くてずっと気付かないふりをしてきた。
前に進んでいるつもりで、本当はずっと過去に固執していた。
そう、紗己と出会うまでは。
なのに何故紗己は、こんなにも大事な『二人の将来』についての事を、二人で一緒に考えようとしないのか。
勘違いの果ての、若干乙女っぽい悩みに胸を痛めつつ、だがこのままではいつまでたっても埒が明かないとも思う。
ここはやはり自分が主導権を握らねばと、土方は気持ちを静めるために、未だハンドルに凭れたままではあるが深呼吸をした。
頭の中に新鮮な空気を送り込み、『穏やかさ』を心掛けて紗己に話し掛ける。
「・・・怒鳴って悪かった。でもな、大事なことなんだからお前の気持ちを聞かせてくれ。俺に気ィ遣わなくていいから・・・お前の本音が知りてえんだ」
俯いた状態で話しているために、くぐもった声が車内に響く。それがやけに苦しそうに聞こえて、紗己は不意に土方の背中に手を伸ばした。
「・・・っ!?」
突然触れられた背中の感触に驚き、鼓動が跳ね上がる。ゆっくりと顔を上げ隣に目をやると、不安気な表情を浮かべた紗己と目が合った。
「私、副長さんのこと、困らせたくなくて・・・・・・。それなのに、結局、裏目に出てますね・・・・・・」
まだ土方の背中に手を置いたまま、紗己は息苦しそうに言葉を吐いた。
(紗己、お前ってヤツは・・・・・・)
眉根を寄せてきゅっと唇を噛んでいる紗己の姿に、これがいつも穏やかな笑みを湛えている彼女のもう一つの姿なのだと、土方は改めて認識する。
(気付いてやれなかった俺が悪かったんだ)
胸の痛みに吐息しつつ、ハンドルに凭れていた上体を起こす。
背中に触れていた温もりが、スッと離れていくのを感じた土方は、助手席の方に身体を向けた。
「あ・・・」
射抜くような双眸に、紗己の唇から思わず声が漏れ出る。動揺が見て取れる彼女の、躊躇いがちにまだ宙に浮いたままだった右手を、土方の左手がそっと掴んだ。
その感触を確かめるように、親指の腹で柔らかい手の内側を何度か撫でると、やがて自身の両手で紗己の手をしっかりと包み込んだ。
「・・・悪いのは俺の方だ。最初の・・・あの夜、俺が困った顔しちまったから、お前気ィ遣って平気だなんて言って、事故だって自分に言い聞かせてきたんだろ・・・・・・」
そのせいで彼女に本音を言わせない関係をつくってしまったと、今更ながら後悔する。
しかし紗己は、真剣な表情で彼の言葉を半分だけ否定した。
「そんなっ、言い聞かせてたなんて・・・思い込んでただけですから!」
「・・・え?」
ひょっとしたらすごく大事なことを言われて、それに耳がついていかなかっただけなのかと土方は首を傾げた。
その姿に紗己は、聞こえなかったのではと思い、もう一度言い直す。
「ああ、えっと・・・『言い聞かせてた』じゃなくて、『思い込んでた』だけです」
「・・・・・・」
どこがどう違うんだよ、オイ! つーかなんでコイツはいつもいつも、こうも流れをぶった斬ってくれんだ・・・・・・!
本当にどうでもいいと言わざるを得ない、微妙な違いと訂正。紗己にとっては大きな違いなのかもしれないが、土方はやや呆れ顔だ。
握っていた紗己の手を離すと、空いた手で眉間を押し上げる。
「いや、それどっちも一緒だから・・・・・・。つーか、どのみちお前が無理してたことには変わりねェだろうが」
どちらかといえば投げやりな言い方をした土方に、紗己は大きく反応した。身を乗り出して、首を横に振ってみせる。
「無理だなんて・・・私、思い込むの得意なんです! 子供の頃からずっとそうしてきたんです!!」
「・・・・・・」
必死な眼差しで訴える紗己に気圧され、土方は言葉を失ってしまった。
目の前の男の様子も気にならないほど、自身の思いを吐き出すことにしか頭が回らない紗己は、やや早口で言葉を続ける。
「ずっとそうしてきました・・・母が死んだときも、これで母が幸せになれる、もう痛い思いしないで楽になれるんだって思い込んで・・・・・・。そしたら悲しくなくなったんです、泣かなかったんです!」
悲しみを秘めた声色が、ポジティブシンキングを否定している。それに本人が気付いていない分、聞いている方は哀れにすら思えてくる。
いくら思い込むったって、限度ってもんがあるだろうが。土方は胸中で呟き嘆息した。だが、それが彼女にとっては普通のことなのだ。
悲しみを受け入れるため、無意識のうちに感情を捻じ曲げて生きてきた。いつでも自分より相手を優先してしまう、不器用な彼女の器用すぎる発想。
土方には、月並みな言葉しか思い浮かばなかった。
「・・・なんでそうまでして思い込む必要があるんだよ。大事な人間が死んだら、誰だって悲しいのが普通・・・」
言いかけて、途中でふと気付く。
悲しいのは、普通なんだ――。
昔の想い人が死んで、彼女の命日に酒を浴びるように飲んだのは、悲しみから逃れたかったから。最期まで何もしてやれなかったと、その後悔からも逃れたかった。
そうか、俺は悲しかったんだな・・・・・・。ずっと認めたくなくて、忘れようとしてきたが――。
認めてしまえば、案外楽になるもんだと土方は思う。
一度悲しいと認めてしまったら、刀を振るうこともままならなくなりそうで、それが怖くてずっと気付かないふりをしてきた。
前に進んでいるつもりで、本当はずっと過去に固執していた。
そう、紗己と出会うまでは。