第二章
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――――――
助手席のシートに身体を沈めると、紗己はそこはかとなく荒れた車内に目をやった。
捨てる暇もなかったのだろう、灰皿から溢れ出そうな煙草の吸殻。無線機のスピーカーマイクは壊れており、本体からぶらりとぶら下がっている。
まだ車には乗り込まず、屋根に片肘を突いて電話を掛けている土方を見て、紗己はつい先程までの自分達のことを思い出していた。
土方の胸に顔を埋めるような体勢で強く抱き締められて、息苦しくなった紗己は、何とか新鮮な空気が欲しいと、もぞもぞと肩口から顔をずらして首を仰け反らせた。
ようやく取り入れることの出来た外気をたっぷりと吸い込み、息が整ったところで辺りに視線をはわす。すると、行き交う人々が皆、自分達に注目しているのに気付いたのだ。
以前町中で、地面にしゃがみ込んだまま土方に抱き締められそうになった時も、それはそれは好奇の視線を一身に浴びた。
だがあの時は、我に返った土方が一喝して、周囲の者たちを一瞬にして蹴散らした。
今はというと、人だかりなどはないもののやはり注目の的である。
それもそのはずだ、真選組の隊服を着た男と若い娘が熱い抱擁を交わしているのだから。
しかもすぐ脇のベンチにはボストンバッグというアイテムまで。訳ありの匂いがプンプンだ。
紗己はきめ細やかな色白の頬を濃い桃色に染めると、隠れるように再び土方の肩口に顔を埋めた。
「あ、あの・・・副長さん・・・」
小さく呼び掛けるが、特に返事はない。その代わりに、紗己の頭に触れていた土方の額が、何かと訊ねるように摺り寄せられた。
傍から見ればとても甘い仕草だが、当の紗己にはそれを感じて胸を高鳴らせる程の余裕はない。
ただこの恥ずかしい現実を土方にも伝えなければならないと、意を決しておずおずと口を開く。
「その、私たち、すごく・・・見られてます・・・・・・」
瞬間、土方の身体が固まった。数秒ほど頭から温もりが離れたかと思うと、すぐにまた体温が交わる。
「・・・ふ、副長、さん・・・・・・?」
腕の力が緩められたので、紗己は少しだけ身体を動かして土方の表情を見ようと顔を上げてみたが、じっと顔を伏せたままで前髪が陰になっているため、その顔色は窺えない。
けれど、夕闇の中でも分かるほどに、彼の耳は真っ赤になっていた。
感情のままに動いた結果、いかに自分が大胆な行動を取っていたのか、周囲の様子を確かめたことで土方は気付いてしまった。
あまりの恥ずかしさに動けなくなってしまい、小さな声で「機を逃した・・・」と呟いている。
しばらくして彼の中でのタイミングが合ったのか、パッと顔を上げると即座にバッグに手を伸ばし、紗己の手を引っ張って車の方へと歩き出した。
無言のまま、なんともわざとらしい咳を数回繰り返して。
――――――
まだ新しい記憶に頬を緩めていると、電話を終えた土方が運転席に乗り込んできた。
「もう電話は終わったんですか?」
「ああ。今から帰るっつっといた」
「・・・局長さん、怒ってましたか・・・・・・?」
穏やかだった紗己の表情が、あっという間に曇る。
彼女の変化に気付いた土方は、車にキーを差し込んでから静かに答えた。常よりも低い声が、二人きりの車内に響く。
「あの人は怒ったりなんかしねーよ。でも心配はしてたぞ。近藤さんだけじゃねえ、他の隊士達も・・・俺もだ」
「・・・ごめんなさい・・・・・・」
いくら様々な要因が重なったとはいえ、迷惑を掛けてしまったのは事実だ。安易な行動を取ってしまったと、紗己は今更ながら後悔して顔を伏せてしまった。
「ああいやっ、こんなことになったのも俺のせいなんだし、別にお前を責めてるわけじゃねェんだ! だから・・・そんな顔、すんなよ・・・・・・」
落ち込む紗己の姿に土方は胸を痛める。
無事でいてくれた事が何よりも嬉しいのに、安心した途端に嫌な言い方をしてしまったと、自分自身に腹が立つ。
なんで俺は・・・小せェ男だな、まったく・・・・・・。
土方もまたひとしきり反省すると、運転席に座ったまま窮屈そうに身を捩って上着を脱ぎ始めた。
何やらゴソゴソと音がするので、俯いていた紗己がゆっくりと顔を上げて土方を見つめていると。脱ぎ終えたまだ温もりの残るそれを、紗己の眼前に突き付けた。
「・・・・・・?」
「膝に掛けとけ、冷えちまっただろ。その・・・ほら、冷えとか良くないって・・・あんまり詳しくねーがよく聞くからな」
真っ直ぐ前を向いているが、目線はちらりちらりと紗己を気にしている。
「ありがとう、ございます・・・・・・」
紗己はこくり頷くと、少し照れ臭そうに耳の裏をポリポリと掻いている土方に礼を言い、素直に上着を受け取った。
どしりと重く、大きな上着。戦う男の強さと逞しさを象徴するそれを広げた瞬間、ふわりと苦い香りが立ち昇った。
車内に充満している煙草臭とは違う、柔らかくて、甘くて、苦い匂い。
(副長さんの、匂い・・・・・・)
助手席に腰掛ける紗己の下半身をすっぽりと覆う大きな上着は、冷えた身体を優しく包み込む。
じんわりと伝わる温もりも匂いも、全てが心に沁み入るようで、なんだか嬉しくて温かくて切なくて、不思議と視界が滲んだ。
助手席のシートに身体を沈めると、紗己はそこはかとなく荒れた車内に目をやった。
捨てる暇もなかったのだろう、灰皿から溢れ出そうな煙草の吸殻。無線機のスピーカーマイクは壊れており、本体からぶらりとぶら下がっている。
まだ車には乗り込まず、屋根に片肘を突いて電話を掛けている土方を見て、紗己はつい先程までの自分達のことを思い出していた。
土方の胸に顔を埋めるような体勢で強く抱き締められて、息苦しくなった紗己は、何とか新鮮な空気が欲しいと、もぞもぞと肩口から顔をずらして首を仰け反らせた。
ようやく取り入れることの出来た外気をたっぷりと吸い込み、息が整ったところで辺りに視線をはわす。すると、行き交う人々が皆、自分達に注目しているのに気付いたのだ。
以前町中で、地面にしゃがみ込んだまま土方に抱き締められそうになった時も、それはそれは好奇の視線を一身に浴びた。
だがあの時は、我に返った土方が一喝して、周囲の者たちを一瞬にして蹴散らした。
今はというと、人だかりなどはないもののやはり注目の的である。
それもそのはずだ、真選組の隊服を着た男と若い娘が熱い抱擁を交わしているのだから。
しかもすぐ脇のベンチにはボストンバッグというアイテムまで。訳ありの匂いがプンプンだ。
紗己はきめ細やかな色白の頬を濃い桃色に染めると、隠れるように再び土方の肩口に顔を埋めた。
「あ、あの・・・副長さん・・・」
小さく呼び掛けるが、特に返事はない。その代わりに、紗己の頭に触れていた土方の額が、何かと訊ねるように摺り寄せられた。
傍から見ればとても甘い仕草だが、当の紗己にはそれを感じて胸を高鳴らせる程の余裕はない。
ただこの恥ずかしい現実を土方にも伝えなければならないと、意を決しておずおずと口を開く。
「その、私たち、すごく・・・見られてます・・・・・・」
瞬間、土方の身体が固まった。数秒ほど頭から温もりが離れたかと思うと、すぐにまた体温が交わる。
「・・・ふ、副長、さん・・・・・・?」
腕の力が緩められたので、紗己は少しだけ身体を動かして土方の表情を見ようと顔を上げてみたが、じっと顔を伏せたままで前髪が陰になっているため、その顔色は窺えない。
けれど、夕闇の中でも分かるほどに、彼の耳は真っ赤になっていた。
感情のままに動いた結果、いかに自分が大胆な行動を取っていたのか、周囲の様子を確かめたことで土方は気付いてしまった。
あまりの恥ずかしさに動けなくなってしまい、小さな声で「機を逃した・・・」と呟いている。
しばらくして彼の中でのタイミングが合ったのか、パッと顔を上げると即座にバッグに手を伸ばし、紗己の手を引っ張って車の方へと歩き出した。
無言のまま、なんともわざとらしい咳を数回繰り返して。
――――――
まだ新しい記憶に頬を緩めていると、電話を終えた土方が運転席に乗り込んできた。
「もう電話は終わったんですか?」
「ああ。今から帰るっつっといた」
「・・・局長さん、怒ってましたか・・・・・・?」
穏やかだった紗己の表情が、あっという間に曇る。
彼女の変化に気付いた土方は、車にキーを差し込んでから静かに答えた。常よりも低い声が、二人きりの車内に響く。
「あの人は怒ったりなんかしねーよ。でも心配はしてたぞ。近藤さんだけじゃねえ、他の隊士達も・・・俺もだ」
「・・・ごめんなさい・・・・・・」
いくら様々な要因が重なったとはいえ、迷惑を掛けてしまったのは事実だ。安易な行動を取ってしまったと、紗己は今更ながら後悔して顔を伏せてしまった。
「ああいやっ、こんなことになったのも俺のせいなんだし、別にお前を責めてるわけじゃねェんだ! だから・・・そんな顔、すんなよ・・・・・・」
落ち込む紗己の姿に土方は胸を痛める。
無事でいてくれた事が何よりも嬉しいのに、安心した途端に嫌な言い方をしてしまったと、自分自身に腹が立つ。
なんで俺は・・・小せェ男だな、まったく・・・・・・。
土方もまたひとしきり反省すると、運転席に座ったまま窮屈そうに身を捩って上着を脱ぎ始めた。
何やらゴソゴソと音がするので、俯いていた紗己がゆっくりと顔を上げて土方を見つめていると。脱ぎ終えたまだ温もりの残るそれを、紗己の眼前に突き付けた。
「・・・・・・?」
「膝に掛けとけ、冷えちまっただろ。その・・・ほら、冷えとか良くないって・・・あんまり詳しくねーがよく聞くからな」
真っ直ぐ前を向いているが、目線はちらりちらりと紗己を気にしている。
「ありがとう、ございます・・・・・・」
紗己はこくり頷くと、少し照れ臭そうに耳の裏をポリポリと掻いている土方に礼を言い、素直に上着を受け取った。
どしりと重く、大きな上着。戦う男の強さと逞しさを象徴するそれを広げた瞬間、ふわりと苦い香りが立ち昇った。
車内に充満している煙草臭とは違う、柔らかくて、甘くて、苦い匂い。
(副長さんの、匂い・・・・・・)
助手席に腰掛ける紗己の下半身をすっぽりと覆う大きな上着は、冷えた身体を優しく包み込む。
じんわりと伝わる温もりも匂いも、全てが心に沁み入るようで、なんだか嬉しくて温かくて切なくて、不思議と視界が滲んだ。