第二章
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――――――
しばらく経って泣き止みはしたものの、紗己は時折鼻をすすりながら、その泣き顔を隠すように着物の袖で覆っている。そして隣には、まるで子供をあやすように、彼女の左肩を優しくさする銀時が。
前の道を通り過ぎる人々の視線が痛くて、銀時は少し困った顔で紗己に声を掛けた。
「おーい紗己、ちったぁ落ち着いたかー」
極力明るい声を出すと、腕の中の紗己がこくり頷いた。
「ご、ごめんなさい・・・もう大丈夫ですからっ」
少し鼻声で言いながら、ゆっくりと顔を上げる。見事に腫れ上がった瞼は、とても大丈夫なようには見えないが。
銀時は待ってろと言って腰を上げると、ベンチの斜め後ろにある公衆トイレに入り、そう間もないうちに戻ってきた。
「これで冷やしとけ。あ、擦んなよ」
差し出したのは濡れたハンカチ。紗己は素直に受け取ると、ハンカチを半分広げて両目に当てた。
もう泣き止んではいるが、それでも紗己の姿は痛々しくて、何とか彼女が自分の知っている彼女に戻ってくれればと銀時は思う。
だが、そのために必要なのは、自分ではなく土方の存在だ。
そう思い至ると、あることが引っ掛かった。それは紗己が先程言っていた、身代わり云々という話。
土方の事は気に入らない奴だと常から思っている銀時だが、土方の紗己への態度を見る限り、彼女を誰か の身代わりにしているようにはとても思えない。
もし沖田に言われた事を紗己が鵜呑みにしているだけなら、そう悲観することも無いのでは――。
考えを頭の中でまとめると、銀時はおもむろに腕を組んで、遠慮がちに口を開いた。
「なあ、さっきの話だけどよー・・・・・・。あれ、土方からその・・・身代わりだって、そう言われたのか?」
隣に座り俯いている紗己にちらっと視線を落とす。すると紗己は、ゆっくりと頭を上げてふるふると首を振った。
「副長さんからは何も・・・・・・。あのね銀さん、私・・・よく分からないんです」
「何が?」
「今朝、沖田さんに話聞かされて・・・身代わりだって言われて、そしたら勝手に涙が出ちゃうんです」
まだハンカチを目元に当てたまま、紗己は普段とそう変わらない落ち着いた口調で話す。
すると銀時は、身体を紗己の方へと向けてベンチの背もたれに寄り掛かり、
「そりゃァ、そんなん言われりゃ悲しいんじゃねーの? 誰だって、自分だけを見ててほしいもんだろ」
手持ち無沙汰なのか、自身の腰に巻かれたベルトの先をいじりながら言った。
紗己は、目元のハンカチをそっと下ろして静かに吐息する。
「・・・うん、悲しいんです。副長さんはもうその人と会えないわけでしょう? どんなに会いたくても、死んだ人とは二度と会えない・・・・・・。そう思ったら、副長さんがそんな切ない思いをしていたんだと思ったら、勝手に涙が出てきちゃうんです」
言い終えると、真っ直ぐな瞳で銀時を見つめた。
だが見られている側の銀時は、紗己とは違って呆けた顔をしている。
「・・・・・・は? なにそれ、お前・・・アイツに同情して泣いてたの? 私だけを見てほしい! って泣いてたんじゃねーの?」
「私だけ・・・・・・? それって、独占欲ってことですか? えっと・・・私そういうの、ピンとこなくて・・・」
うーんと眉間に皺を寄せて悩んではみるが、やはりピンとこなかったらしく、紗己は苦笑いを浮かべている。
これには銀時もさすがに驚いた。というか、納得がいかない。ベンチの背もたれから乱暴に身体を起こすと、前のめりになって首を横に振っている。
「いやいやいや、そりゃァお前ら付き合ってるわけじゃないらしいから、独占欲もクソもアレなんだが・・・え、あれ? いやいや、どう考えてもお互い好き同士だろ? アイツが他の女のこと引きずってたらお前嫌だろ? なあ嫌だろ?」
どうしても、嫌ですと言ってほしいらしい。
勿論、紗己が悩むようなことが無いのが一番だと銀時は思う。
だが、これではまた自分は振り回されただけのような気がして、それも土方のせいで・・・と思うと余計に納得がいかない。
そんな銀時の複雑な思いを知る由もない紗己は、平然とした様子でハンカチを畳みながら答える。
「だって相手の方はもう亡くなっているんでしょう? そんなの、どうしようもないじゃないですか」
「・・・・・・」
独占欲に身を駆られたとして、張り合う相手がもうこの世にはいないのだ。
紗己は黙ってしまった銀時にハンカチを返すと、静かに吐息してまた空を見上げた。半月型の濡れた瞳に茜空が映り込む。
きっと、愛しい人物を思い浮かべているのだろう。ゆっくりと紡ぎ出される言葉は、優しい声音に包まれている。
「私ね、銀さん。私・・・すごく副長さんのこと好きなんです。昨日やっと、それに気付いたんです。私ね、副長さんが辛い時は、何とか力になりたいって思う。だから・・・」
副長さんが楽になれるんなら、身代わりでいいって思ったんです――
そばに居たいんです、と話す紗己は、思わず見惚れてしまうほど美しい。
恋愛超初心者の紗己だからこその、キラキラとした純粋な愛。それが少し眩しくて、銀時は首の後ろを掻きながらだらしなく足を広げた。
「かーっ健気だねェお前は。あの馬鹿には勿体無いよほんと。ま、いいんじゃねえの? 大切なのは自分の気持ちだし、それになんだかんだつってもアイツはお前に惚れてるよ。今頃血相変えて捜し回ってんじゃねーのか?」
その言葉に、少し嬉しそうに頬を緩め紗己は笑った。
しばらく経って泣き止みはしたものの、紗己は時折鼻をすすりながら、その泣き顔を隠すように着物の袖で覆っている。そして隣には、まるで子供をあやすように、彼女の左肩を優しくさする銀時が。
前の道を通り過ぎる人々の視線が痛くて、銀時は少し困った顔で紗己に声を掛けた。
「おーい紗己、ちったぁ落ち着いたかー」
極力明るい声を出すと、腕の中の紗己がこくり頷いた。
「ご、ごめんなさい・・・もう大丈夫ですからっ」
少し鼻声で言いながら、ゆっくりと顔を上げる。見事に腫れ上がった瞼は、とても大丈夫なようには見えないが。
銀時は待ってろと言って腰を上げると、ベンチの斜め後ろにある公衆トイレに入り、そう間もないうちに戻ってきた。
「これで冷やしとけ。あ、擦んなよ」
差し出したのは濡れたハンカチ。紗己は素直に受け取ると、ハンカチを半分広げて両目に当てた。
もう泣き止んではいるが、それでも紗己の姿は痛々しくて、何とか彼女が自分の知っている彼女に戻ってくれればと銀時は思う。
だが、そのために必要なのは、自分ではなく土方の存在だ。
そう思い至ると、あることが引っ掛かった。それは紗己が先程言っていた、身代わり云々という話。
土方の事は気に入らない奴だと常から思っている銀時だが、土方の紗己への態度を見る限り、彼女を
もし沖田に言われた事を紗己が鵜呑みにしているだけなら、そう悲観することも無いのでは――。
考えを頭の中でまとめると、銀時はおもむろに腕を組んで、遠慮がちに口を開いた。
「なあ、さっきの話だけどよー・・・・・・。あれ、土方からその・・・身代わりだって、そう言われたのか?」
隣に座り俯いている紗己にちらっと視線を落とす。すると紗己は、ゆっくりと頭を上げてふるふると首を振った。
「副長さんからは何も・・・・・・。あのね銀さん、私・・・よく分からないんです」
「何が?」
「今朝、沖田さんに話聞かされて・・・身代わりだって言われて、そしたら勝手に涙が出ちゃうんです」
まだハンカチを目元に当てたまま、紗己は普段とそう変わらない落ち着いた口調で話す。
すると銀時は、身体を紗己の方へと向けてベンチの背もたれに寄り掛かり、
「そりゃァ、そんなん言われりゃ悲しいんじゃねーの? 誰だって、自分だけを見ててほしいもんだろ」
手持ち無沙汰なのか、自身の腰に巻かれたベルトの先をいじりながら言った。
紗己は、目元のハンカチをそっと下ろして静かに吐息する。
「・・・うん、悲しいんです。副長さんはもうその人と会えないわけでしょう? どんなに会いたくても、死んだ人とは二度と会えない・・・・・・。そう思ったら、副長さんがそんな切ない思いをしていたんだと思ったら、勝手に涙が出てきちゃうんです」
言い終えると、真っ直ぐな瞳で銀時を見つめた。
だが見られている側の銀時は、紗己とは違って呆けた顔をしている。
「・・・・・・は? なにそれ、お前・・・アイツに同情して泣いてたの? 私だけを見てほしい! って泣いてたんじゃねーの?」
「私だけ・・・・・・? それって、独占欲ってことですか? えっと・・・私そういうの、ピンとこなくて・・・」
うーんと眉間に皺を寄せて悩んではみるが、やはりピンとこなかったらしく、紗己は苦笑いを浮かべている。
これには銀時もさすがに驚いた。というか、納得がいかない。ベンチの背もたれから乱暴に身体を起こすと、前のめりになって首を横に振っている。
「いやいやいや、そりゃァお前ら付き合ってるわけじゃないらしいから、独占欲もクソもアレなんだが・・・え、あれ? いやいや、どう考えてもお互い好き同士だろ? アイツが他の女のこと引きずってたらお前嫌だろ? なあ嫌だろ?」
どうしても、嫌ですと言ってほしいらしい。
勿論、紗己が悩むようなことが無いのが一番だと銀時は思う。
だが、これではまた自分は振り回されただけのような気がして、それも土方のせいで・・・と思うと余計に納得がいかない。
そんな銀時の複雑な思いを知る由もない紗己は、平然とした様子でハンカチを畳みながら答える。
「だって相手の方はもう亡くなっているんでしょう? そんなの、どうしようもないじゃないですか」
「・・・・・・」
独占欲に身を駆られたとして、張り合う相手がもうこの世にはいないのだ。
紗己は黙ってしまった銀時にハンカチを返すと、静かに吐息してまた空を見上げた。半月型の濡れた瞳に茜空が映り込む。
きっと、愛しい人物を思い浮かべているのだろう。ゆっくりと紡ぎ出される言葉は、優しい声音に包まれている。
「私ね、銀さん。私・・・すごく副長さんのこと好きなんです。昨日やっと、それに気付いたんです。私ね、副長さんが辛い時は、何とか力になりたいって思う。だから・・・」
副長さんが楽になれるんなら、身代わりでいいって思ったんです――
そばに居たいんです、と話す紗己は、思わず見惚れてしまうほど美しい。
恋愛超初心者の紗己だからこその、キラキラとした純粋な愛。それが少し眩しくて、銀時は首の後ろを掻きながらだらしなく足を広げた。
「かーっ健気だねェお前は。あの馬鹿には勿体無いよほんと。ま、いいんじゃねえの? 大切なのは自分の気持ちだし、それになんだかんだつってもアイツはお前に惚れてるよ。今頃血相変えて捜し回ってんじゃねーのか?」
その言葉に、少し嬉しそうに頬を緩め紗己は笑った。