第一章
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大股で走っているのに、短い距離がやけに遠く感じる。宙を駆けているようなもどかしさに土方は何度も頭を振った。
(あんな身体でどこほっつき歩いてんだっ!)
実際には一分程だろうか。本当にあっという間に紗己の部屋まで辿り着くと、土方は乱暴に襖を開けて中へと入った。
記憶の中となんら変わりない、こじんまりとした清潔な室内。だが何かが足りない気がして、土方は四方八方へと視線を巡らせた。
「・・・っ」
「副長? どうかし・・・」
山崎の問いにも答えず、息を呑んで鏡台の前に膝を突く。
「・・・昨日までは、ここに・・・」
(かんざしや手鏡、櫛もあったはずだ!)
特に意識して見てはいなかったが、確かにそれらの小物が存在していた記憶はある。しかし鏡台の上は綺麗に片付けられていて、一つしかない引き出しを開けても中は空っぽだ。
「アイツ・・・出てったってのか・・・・・・?」
言ってから、急に膝の力が抜けて畳に座り込んでしまった。
半分開いたままの何も残されていない引き出しに、自分の無力さを見たようでそこから目が離せなくなる。
どうして、いつも後手に回ってしまうのだろう――土方は額にかかる髪を掻き上げ、力無く嘆息した。
この部屋で、昨日自分が紗己にどれだけ酷い態度を取ったかを思うと、すぐにでも同じ時間をやり直したくなる。
だが、過ぎてしまった時は戻せない。土方は鏡台の引き出しを閉めると、片膝を立てて溜息を落とし、力の抜けた手で自身の額を覆った。
もっと気遣ってやってれば、出て行かなかったのかもな・・・・・・。いや、もう遅いか・・・アイツは俺のこと見限っちまったんだ・・・・・・。
「副長! 何やってんですか、早く捜しに行かないと」
「捜すも何も、どこにいるのかもわかんねェだろ・・・・・・」
悲しみに打ちひしがれているのだろう、ボソボソと俯きながら答える。
普段鬼と呼ばれている男とは到底思えないその姿に、山崎は痺れを切らし苛立ちを露わにした。座り込んでいる彼の前に立ちはだかり、強い口調で言葉を放つ。
「何言ってんだよアンタ! 紗己ちゃんはアンタが捜しに来てくれるのを待ってるかも知れんでしょうがっ!!」
「アイツは俺のことが嫌になって、荷物まとめて出てっちまっ・・・」
言うや否や、山崎が口角泡を飛ばして怒声を上げた。
「ふざっけんなよ! なんでわかんねェんだよっ!! 彼女がどれだけアンタのこと想ってるか、まだわかんねえのかっ」
「・・・・・・」
頭上から降り注がれる部下の発言に目を覚ましたのか、土方はすくっと立ち上がると山崎の肩に手を乗せた。
「副長、わかってくれたんで・・・」
ほっと一息ついて目の前の土方を見上げる。だが、何だか様子がおかしい。
「・・・副長? え、どうかし・・・わっ!?」
突如として土方の手が山崎の肩から胸ぐらへと移動し、山崎は爪先立ちを余儀なくされる。
「ちょっ・・・副長っ!? え、何この体勢、俺今すごいイイこと言ってたんじゃァ・・・」
「やかましいわっ! 知ったふうな口利くんじゃねーよっ!! 大体テメーなんでそんなに紗己のこと詳しいんだ! ええ!?」
こめかみに青筋をたてて怒鳴りたてると、腕の力を利用して山崎を畳に叩き落した。ドシンッと鈍い音が部屋に響く。
「いってーっ!! な、何するんですか・・・ひっ!?」
「おい・・・質問に答えろ。何でそんなに紗己と親しいんだって訊いてんだよ・・・・・・!」
先程の少々情けない様子とは打って変わり、仁王立ちになり目を吊り上げ見下ろす様は、やはり『鬼』と称されるだけのことはある。微妙に質問内容が変わっているのは嫉妬の表れだろうか。
鬼の副長の気迫に恐怖を感じるも、ここはきちんと質問に答えねば、どんな目に遭うかわかったもんじゃない。山崎は必死になって弁解する。
「そっ、そんな、親しいとかってわけじゃなくて! ただ、お、俺前に見ちゃったんです! そ、その二人が・・・副長の部屋から紗己ちゃんが夜中に飛び出してきた所を、偶然見ちゃってっ」
「・・・え?」
「昨日、体調が良くないって聞いて、その症状がどうも気になるから病院に行くように勧めたら、その・・・妊娠したって連絡があって・・・・・・」
山崎は少しだけ言い淀むと、顔色を窺うように土方を一瞥した。
土方はというと、未だ仁王立ちの姿勢は崩していないものの、やや複雑な面持ちになっている。
「・・・アイツ、どんな様子だったんだ」
「副長を困らせたくないって・・・困った顔させたくないって・・・・・・」
「・・・っ」
土方は両手に握り拳をつくり、手の平に爪が食い込む程に力を入れた。だが、もっとひどい痛みを自身に与えられないものかと歯を食いしばる。
どうして俺は・・・っ! 紗己・・・・・・!!
山崎から知らされた紗己の言葉。それが全てだった。
困らせたくないから、いつでも平気だと言ってくれていたのだと、こうなってから初めて気付く。
それなのに、自分はどれだけ身勝手に困った顔を見せてしまったのだろうと、改めて思う。
(待ってろ、紗己!)
キッと目に力がこもる。伏せていた顔を上げると、土方は山崎の肩をがしり掴んで一方的に言葉を投げた。
「おい山崎! 近藤さんには適当に言っといてくれ!!」
「え、ちょっと副長!? 行くなら俺も一緒に・・・」
聞こえていなかったのか、土方は上着を翻し走り出すと、そのまま部屋を出て行ってしまった。
一方、紗己の部屋で一人取り残されてしまった山崎は、よっと勢いをつけて立ち上がると、先程打ち付けた尻を擦りながらぽつり呟く。
「・・・どうして紗己ちゃんが絡むと、ああも不器用になるかねェ・・・・・・」
切れ者の必死な姿を思い出し、ぽりぽりと頬を掻いて苦笑した。
(あんな身体でどこほっつき歩いてんだっ!)
実際には一分程だろうか。本当にあっという間に紗己の部屋まで辿り着くと、土方は乱暴に襖を開けて中へと入った。
記憶の中となんら変わりない、こじんまりとした清潔な室内。だが何かが足りない気がして、土方は四方八方へと視線を巡らせた。
「・・・っ」
「副長? どうかし・・・」
山崎の問いにも答えず、息を呑んで鏡台の前に膝を突く。
「・・・昨日までは、ここに・・・」
(かんざしや手鏡、櫛もあったはずだ!)
特に意識して見てはいなかったが、確かにそれらの小物が存在していた記憶はある。しかし鏡台の上は綺麗に片付けられていて、一つしかない引き出しを開けても中は空っぽだ。
「アイツ・・・出てったってのか・・・・・・?」
言ってから、急に膝の力が抜けて畳に座り込んでしまった。
半分開いたままの何も残されていない引き出しに、自分の無力さを見たようでそこから目が離せなくなる。
どうして、いつも後手に回ってしまうのだろう――土方は額にかかる髪を掻き上げ、力無く嘆息した。
この部屋で、昨日自分が紗己にどれだけ酷い態度を取ったかを思うと、すぐにでも同じ時間をやり直したくなる。
だが、過ぎてしまった時は戻せない。土方は鏡台の引き出しを閉めると、片膝を立てて溜息を落とし、力の抜けた手で自身の額を覆った。
もっと気遣ってやってれば、出て行かなかったのかもな・・・・・・。いや、もう遅いか・・・アイツは俺のこと見限っちまったんだ・・・・・・。
「副長! 何やってんですか、早く捜しに行かないと」
「捜すも何も、どこにいるのかもわかんねェだろ・・・・・・」
悲しみに打ちひしがれているのだろう、ボソボソと俯きながら答える。
普段鬼と呼ばれている男とは到底思えないその姿に、山崎は痺れを切らし苛立ちを露わにした。座り込んでいる彼の前に立ちはだかり、強い口調で言葉を放つ。
「何言ってんだよアンタ! 紗己ちゃんはアンタが捜しに来てくれるのを待ってるかも知れんでしょうがっ!!」
「アイツは俺のことが嫌になって、荷物まとめて出てっちまっ・・・」
言うや否や、山崎が口角泡を飛ばして怒声を上げた。
「ふざっけんなよ! なんでわかんねェんだよっ!! 彼女がどれだけアンタのこと想ってるか、まだわかんねえのかっ」
「・・・・・・」
頭上から降り注がれる部下の発言に目を覚ましたのか、土方はすくっと立ち上がると山崎の肩に手を乗せた。
「副長、わかってくれたんで・・・」
ほっと一息ついて目の前の土方を見上げる。だが、何だか様子がおかしい。
「・・・副長? え、どうかし・・・わっ!?」
突如として土方の手が山崎の肩から胸ぐらへと移動し、山崎は爪先立ちを余儀なくされる。
「ちょっ・・・副長っ!? え、何この体勢、俺今すごいイイこと言ってたんじゃァ・・・」
「やかましいわっ! 知ったふうな口利くんじゃねーよっ!! 大体テメーなんでそんなに紗己のこと詳しいんだ! ええ!?」
こめかみに青筋をたてて怒鳴りたてると、腕の力を利用して山崎を畳に叩き落した。ドシンッと鈍い音が部屋に響く。
「いってーっ!! な、何するんですか・・・ひっ!?」
「おい・・・質問に答えろ。何でそんなに紗己と親しいんだって訊いてんだよ・・・・・・!」
先程の少々情けない様子とは打って変わり、仁王立ちになり目を吊り上げ見下ろす様は、やはり『鬼』と称されるだけのことはある。微妙に質問内容が変わっているのは嫉妬の表れだろうか。
鬼の副長の気迫に恐怖を感じるも、ここはきちんと質問に答えねば、どんな目に遭うかわかったもんじゃない。山崎は必死になって弁解する。
「そっ、そんな、親しいとかってわけじゃなくて! ただ、お、俺前に見ちゃったんです! そ、その二人が・・・副長の部屋から紗己ちゃんが夜中に飛び出してきた所を、偶然見ちゃってっ」
「・・・え?」
「昨日、体調が良くないって聞いて、その症状がどうも気になるから病院に行くように勧めたら、その・・・妊娠したって連絡があって・・・・・・」
山崎は少しだけ言い淀むと、顔色を窺うように土方を一瞥した。
土方はというと、未だ仁王立ちの姿勢は崩していないものの、やや複雑な面持ちになっている。
「・・・アイツ、どんな様子だったんだ」
「副長を困らせたくないって・・・困った顔させたくないって・・・・・・」
「・・・っ」
土方は両手に握り拳をつくり、手の平に爪が食い込む程に力を入れた。だが、もっとひどい痛みを自身に与えられないものかと歯を食いしばる。
どうして俺は・・・っ! 紗己・・・・・・!!
山崎から知らされた紗己の言葉。それが全てだった。
困らせたくないから、いつでも平気だと言ってくれていたのだと、こうなってから初めて気付く。
それなのに、自分はどれだけ身勝手に困った顔を見せてしまったのだろうと、改めて思う。
(待ってろ、紗己!)
キッと目に力がこもる。伏せていた顔を上げると、土方は山崎の肩をがしり掴んで一方的に言葉を投げた。
「おい山崎! 近藤さんには適当に言っといてくれ!!」
「え、ちょっと副長!? 行くなら俺も一緒に・・・」
聞こえていなかったのか、土方は上着を翻し走り出すと、そのまま部屋を出て行ってしまった。
一方、紗己の部屋で一人取り残されてしまった山崎は、よっと勢いをつけて立ち上がると、先程打ち付けた尻を擦りながらぽつり呟く。
「・・・どうして紗己ちゃんが絡むと、ああも不器用になるかねェ・・・・・・」
切れ者の必死な姿を思い出し、ぽりぽりと頬を掻いて苦笑した。