第一章
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――――――
どうしようどうしようどうしようどうしようっ!!
自室の文机に向かって、土方は筆を握り締めたまま途方に暮れていた。
まさかの事態。とうとう紗己との事が知れ渡ってしまったのだ。しかも近藤は、土方と紗己が付き合っていて、その上で妊娠したと思っている。
まあ、普通はそう思うものだろう。しかし祝福されればされるほど、土方はいたたまれない気持ちになってしまう。
(言えるわけねーよなー・・・ああ、言えねェよ・・・いくらなんでも・・・・・・)
「まだ紗己ともちゃんと話し合ってねェってのに、いきなり結婚って・・・・・・」
手にしていた筆を置くと、土方は盛大に溜息をついた。
一旦頭の中を空にしたくて、煙草の箱に手を伸ばすし、そこから一本引き抜き咥えて火を点ける。
深く深く煙を吸い込み、今だけはこの行為に集中しようと静かに目を閉じる。
薄く開いた唇の隙間から、細い煙が漏れ出ていく。胸いっぱいに煙を送り込むと、ようやくゆっくりと息を吐き出した。
しっかりと煙草は味わえたものの、依然として気持ちはスッキリしないし、頭の中も空にはならなかった。
当然と言えば当然か。土方は呆れ気味に笑うと、また煙草を吸い始める。
真実を知らない近藤は、嬉々として結婚式の日取りなどを決めに動いている。
土方としても、自分のためにそこまでしてくれている彼を邪険には出来ず、だからといって真実――酒に酔って紗己に一度だけ手を出してしまったこと――を正直に言えるはずもなく、結局そのまま部屋へと引き上げてきたのだ。
土方は灰皿を文机の端に載せると、吐息しながら書類に目を落とした。
(はぁ・・・仕事しねェと)
火の点いたままの煙草を灰皿に休ませると、空いた右手にまた筆を取り、仕事に取り掛かる。
紗己のことも気に掛かるし、本当なら今すぐにでも彼女の様子を見に行きたい。けれど、まだ自分の中のわだかまり――人違いで彼女を抱いてしまった事を消化しきれていないため、あともう少し、もう少しと時間を引き延ばしている。
そうこうしているうちに、とっくに昼過ぎになっていた。
「あ゛ーどうすんだよマジで・・・・・・」
仕事をしていても紗己との問題が逡巡してしまい、なかなか集中しきれず書類片手に頬杖をつく。煙草もいつもよりも苦く感じて、表情まで苦々しいものに変わってしまった。
結婚――か。紗己は何と言うだろうか。右手でライターを弄りながら紗己のことを想う。
いつ頃からか、仕事中でも紗己のことを考える時間が増えてきている。こうして書類仕事をしている時は特にだ。
交わした会話や、いつも自分に向けられる紗己の柔らかな笑顔を思い出せば、とても穏やかな気持ちになる。
夜になれば、今何をしているんだろうかと気になるし、外勤の際には早く屯所に帰って紗己の顔が見たいとも思ってしまっている。
こうして考えてみると、いつの間にか自分の生活の中に、完全に紗己が組み込まれていたのだと改めて気付き、土方はなんとも気恥ずかしい気分になった。
なんだかんだで、もう腹は決まっているのだ。
(なんだよ俺、案外余裕あるじゃねェか)
煙を吐くと同時にふっと笑う。瞬間、煙が逆流して少しだけ咽てしまった。
――――――
幾分か気が楽になったので、手元の書類が片付いたら紗己の様子を見に行こうと筆を走らせていたところ、何者かが猛スピードでこちらに近付いてくる気配が。
何事かと軽く首を反らすと、屯所中に響き渡るくらいの足音と声で、山崎が部屋に飛び込んできた。
「副長ーっ! た、大変ですっ!!」
中庭を背に両手で障子戸を開いた山崎に対し、土方は片眉を上げて振り返る。
「うっせーんだよテメーはっ! ・・・って、あ! 山崎テメー! 俺と紗己の観察日記ってどういうことだ、ああっ!?」
土方は手元の煙草を灰皿に押し付けて、凄みながら立ち上がる。その姿に山崎は逃げ出したくなる気持ちを必死に奮い立たせ、両手を前に突き出して自身をガードした。
「ちょ、ちょっと待って副長! それはそのあのっ、後でちゃんと説明しますから! 今はそれどころじゃないんですって、ちょ、マジで止めっ、話聞いてくださいって!」
恐怖映画さながらの効果音を身にまとってずんずんと近付く土方に、山崎は泣きそうな顔で後退りながら訴える。
当然殴る気満々だった土方だったが、山崎の「それどころじゃない」が引っ掛かり、振り上げた拳を部下の鼻先で止めた。
「なんだよ、それどころじゃねえって何があったってんだ」
「は、話しますから首っ! 首放してっ」
「ああ? ・・・あ」
掴んでいた胸ぐらから手を放すと、解放された山崎はずるずると膝を折って、喉元を擦りながら言った。
「げほっ・・・た、大変です副長、紗己ちゃんが・・・紗己ちゃんの姿がどこにも見当たりません!」
「紗己がいねえだと? な、何言ってんだ、どうせ便所かなにか・・・」
「屯所の中どこにもいないんですよ! 他の女中の話だと、昼食も食べに来てないって・・・・・・。もうずっと捜してるんですけど、どこにもいないんですっ!」
山崎の言葉に、土方は居ても立っても居られず紗己の部屋へと駆け出した。
どうしようどうしようどうしようどうしようっ!!
自室の文机に向かって、土方は筆を握り締めたまま途方に暮れていた。
まさかの事態。とうとう紗己との事が知れ渡ってしまったのだ。しかも近藤は、土方と紗己が付き合っていて、その上で妊娠したと思っている。
まあ、普通はそう思うものだろう。しかし祝福されればされるほど、土方はいたたまれない気持ちになってしまう。
(言えるわけねーよなー・・・ああ、言えねェよ・・・いくらなんでも・・・・・・)
「まだ紗己ともちゃんと話し合ってねェってのに、いきなり結婚って・・・・・・」
手にしていた筆を置くと、土方は盛大に溜息をついた。
一旦頭の中を空にしたくて、煙草の箱に手を伸ばすし、そこから一本引き抜き咥えて火を点ける。
深く深く煙を吸い込み、今だけはこの行為に集中しようと静かに目を閉じる。
薄く開いた唇の隙間から、細い煙が漏れ出ていく。胸いっぱいに煙を送り込むと、ようやくゆっくりと息を吐き出した。
しっかりと煙草は味わえたものの、依然として気持ちはスッキリしないし、頭の中も空にはならなかった。
当然と言えば当然か。土方は呆れ気味に笑うと、また煙草を吸い始める。
真実を知らない近藤は、嬉々として結婚式の日取りなどを決めに動いている。
土方としても、自分のためにそこまでしてくれている彼を邪険には出来ず、だからといって真実――酒に酔って紗己に一度だけ手を出してしまったこと――を正直に言えるはずもなく、結局そのまま部屋へと引き上げてきたのだ。
土方は灰皿を文机の端に載せると、吐息しながら書類に目を落とした。
(はぁ・・・仕事しねェと)
火の点いたままの煙草を灰皿に休ませると、空いた右手にまた筆を取り、仕事に取り掛かる。
紗己のことも気に掛かるし、本当なら今すぐにでも彼女の様子を見に行きたい。けれど、まだ自分の中のわだかまり――人違いで彼女を抱いてしまった事を消化しきれていないため、あともう少し、もう少しと時間を引き延ばしている。
そうこうしているうちに、とっくに昼過ぎになっていた。
「あ゛ーどうすんだよマジで・・・・・・」
仕事をしていても紗己との問題が逡巡してしまい、なかなか集中しきれず書類片手に頬杖をつく。煙草もいつもよりも苦く感じて、表情まで苦々しいものに変わってしまった。
結婚――か。紗己は何と言うだろうか。右手でライターを弄りながら紗己のことを想う。
いつ頃からか、仕事中でも紗己のことを考える時間が増えてきている。こうして書類仕事をしている時は特にだ。
交わした会話や、いつも自分に向けられる紗己の柔らかな笑顔を思い出せば、とても穏やかな気持ちになる。
夜になれば、今何をしているんだろうかと気になるし、外勤の際には早く屯所に帰って紗己の顔が見たいとも思ってしまっている。
こうして考えてみると、いつの間にか自分の生活の中に、完全に紗己が組み込まれていたのだと改めて気付き、土方はなんとも気恥ずかしい気分になった。
なんだかんだで、もう腹は決まっているのだ。
(なんだよ俺、案外余裕あるじゃねェか)
煙を吐くと同時にふっと笑う。瞬間、煙が逆流して少しだけ咽てしまった。
――――――
幾分か気が楽になったので、手元の書類が片付いたら紗己の様子を見に行こうと筆を走らせていたところ、何者かが猛スピードでこちらに近付いてくる気配が。
何事かと軽く首を反らすと、屯所中に響き渡るくらいの足音と声で、山崎が部屋に飛び込んできた。
「副長ーっ! た、大変ですっ!!」
中庭を背に両手で障子戸を開いた山崎に対し、土方は片眉を上げて振り返る。
「うっせーんだよテメーはっ! ・・・って、あ! 山崎テメー! 俺と紗己の観察日記ってどういうことだ、ああっ!?」
土方は手元の煙草を灰皿に押し付けて、凄みながら立ち上がる。その姿に山崎は逃げ出したくなる気持ちを必死に奮い立たせ、両手を前に突き出して自身をガードした。
「ちょ、ちょっと待って副長! それはそのあのっ、後でちゃんと説明しますから! 今はそれどころじゃないんですって、ちょ、マジで止めっ、話聞いてくださいって!」
恐怖映画さながらの効果音を身にまとってずんずんと近付く土方に、山崎は泣きそうな顔で後退りながら訴える。
当然殴る気満々だった土方だったが、山崎の「それどころじゃない」が引っ掛かり、振り上げた拳を部下の鼻先で止めた。
「なんだよ、それどころじゃねえって何があったってんだ」
「は、話しますから首っ! 首放してっ」
「ああ? ・・・あ」
掴んでいた胸ぐらから手を放すと、解放された山崎はずるずると膝を折って、喉元を擦りながら言った。
「げほっ・・・た、大変です副長、紗己ちゃんが・・・紗己ちゃんの姿がどこにも見当たりません!」
「紗己がいねえだと? な、何言ってんだ、どうせ便所かなにか・・・」
「屯所の中どこにもいないんですよ! 他の女中の話だと、昼食も食べに来てないって・・・・・・。もうずっと捜してるんですけど、どこにもいないんですっ!」
山崎の言葉に、土方は居ても立っても居られず紗己の部屋へと駆け出した。